【中間選考突破!!】異世界が嫌いな俺が異世界をブチ壊す ~ジョブもスキルもありませんが、最強の妖怪たちが憑いているので全く問題ありません~
第二話 主人公、ラトナ公国でも大活躍する、そして、女大公に振り回される
第二話 主人公、ラトナ公国でも大活躍する、そして、女大公に振り回される
僕たちがラトナ公国に来てからちょうど10日が経った。
クリスが強引に引き受けてきた大量のハズレ依頼をこなすべく、僕たちは寝る間も惜しんで、精力的に依頼を達成すべく、日夜冒険者活動へと励んでいた。
この国に入ったらすぐに「火の迷宮」を攻略して立ち去る予定だったのに、クリスに出会ったおかげで、全てSランクというハズレ依頼を30件も引き受けるハメになり、攻略や復讐どころではなかった。
まぁ、ダンジョンを管理する国のトップからダンジョン攻略の許可をもらえた上に、一国のトップとコネができたことはある意味大きなメリットではある。
この前「光の迷宮」を破壊した際は突発的な襲撃となったため、国中で騒ぎになってしまった。
しかし、国のトップであるクリスと今回知り合いになったことで、「火の迷宮」を攻略して聖双剣を破壊しても、彼女の権力を使って、大きな騒ぎにならないよう情報操作をしてもらうことができる。
僕たちの正体もバレず、復讐をより確実に遂行できると考えれば、その見返りとしてハズレ依頼を引き受けることは悪くはない。
僕たちはこの日、首都の北側の外れの墓地に現れるウィスプ2,000匹の討伐依頼のため、ウィスプたちが出る墓地へと向かっていた。
ウィスプとは、死者の魂が成仏せず火の玉のように姿を変えて生まれるモンスターで、ランクはFランク。異世界召喚物の物語では定番のように出て来るモンスターだ。鬼火とも呼ばれている。灯に化けて、人間を道に迷わせたり、底なし沼に誘い込んだり、危険な道へと誘いこんだり、人間の体に火をつけたりなどの害を人間にもたらすモンスターである。一匹だけだと大したことはないが、それが大勢になると、人間を襲って焼死させたり、事故死させたりすることがある。
特に今回は数が報告されているだけで2,000匹以上とあり、数もとても多い上に、実際に墓場の管理人だった人がウィスプたちによって焼死する被害まで出ていると聞いた。
ウィスプたちは夜になると現れると聞いたため、僕たちは墓場へと到着すると、夜になるのを待った。
だが、ここで一つ問題が起こった。
今回のウィスプ討伐依頼に何故かクリスが同行してきたのだ。
危ないから同行はダメだというのに、ウィスプ程度なら自分も倒せるし、「火の迷宮」攻略のリハーサルにもなるとか何とか言って、僕たちが制止するのも聞かず、勝手に付いてきてしまった。
国のトップに怪我でもあったらそれでも一大事なのに、このクリスという人はどうにも破天荒というか無茶苦茶な人である。
「日が暮れてきたから、もうじきウィスプたちが現れるねえ。ああっ、ウィスプが2,000匹も現れるなんて、それを退治するだなんて、実にスリルがあるじゃあないか!ああっ、胸がゾクゾクして楽しみが止まらないよ!」
クリスがとても興奮した様子で僕たちに言った。
「クリス、お楽しみのところ悪いけど、君は武器を持ってきているのか?見たところ、丸腰に見えるんだが?僕は素手でも戦えるけど、君はそうはいかないんじゃないか?」
僕がそう訊ねると、クリスは着ていたジャケットの左の内ポケットから、銀の鞘に収まった、刃が10cmほどの長さに、10cmほどの銀色の柄を持つ小さなダガーを取り出してみせた。
「私の武器はこのダガーさ。そしてこれは、私の研究中の品の試作品だよ。」
クリスが自信満々に銀色の小さなダガーを見ながらそう言った。
「そんな小さなダガーで戦うつもりか?そんなに小さいとウィスプを攻撃するなんて無理なんじゃ?ウィスプはすばしっこいと聞くし、リーチが足りないと思うんだけど?」
「大丈夫。全く問題はないよ。まぁ、見ていてくれたまえ。」
僕の疑問にクリスは笑って答えた。
本当に大丈夫なんだろうか?僕は不安で仕方なかった。
やがて、日が暮れて夜がやってきた。
墓地の端っこの茂みの中で様子をうかがっていると、夜になって一時間ほど経った頃、墓地の中に徐々に無数の青白い光が浮かび上がり、その光が火の玉のようになってフワフワと墓地の中を飛び回り始めた。
「よし、ウィスプたちが姿を現した。鵺、今すぐウィスプたちに向かって・・・」
僕がウィスプたちの姿を確認し、鵺に指示を出していた時、興奮したクリスが隠れていた茂みからウィスプたち目がけて飛び出して行った。
「ハハハ、行くぞウィスプたち!私の研究成果を見せてやる!」
彼女は持っていた銀色の小さなダガー片手にウィスプたちに突撃をかまして行った。
「ちょっ、ちょっと待て、クリス!今すぐ戻れ、戻るんだ!」
僕はクリスを呼び戻そうとするが、僕の声を無視してクリスはウィスプたちに突っ込んで行く。
「さぁ、その身で私の研究成果を味わうがいい!行くぞ!」
クリスがそう言うと、彼女が手に持っていた銀のダガーの刃の長さと形状が変化し、刃の長さが80cmほどに伸び、サーベルのような形状の刃へと変化した。
そして、刃先がサーベルのように変化した銀色のダガーをウィスプたちに向かって振りぬいた。
クリスの放った斬撃がウィスプたちに当たると、ウィスプたちは消滅していった。
「フハハハ、どうだい、私の研究成果、トランスメタルの威力は!」
クリスはウィスプたちを倒したことにご満悦の様子だった。
彼女はウィスプたちに向かって、攻撃を続けた。
しかし、何度目かの攻撃を放った時、突如、サーベルに変わったダガーの刃が折れた。
「あちゃ~、ただのオリハルコンだとすぐに耐久性に限界がくるな。やっぱりブラックオリハルコンじゃないと駄目みたいだなぁ~。」
クリスは呑気にそんなことを言っているが、彼女から攻撃を受け刺激されたウィスプたちが一斉に彼女に襲いかかり、彼女を燃やそうとしていた。
「呑気に独り言を言ってる場合か!?霊拳!」
僕は霊能力を発動し、霊能力を身に纏うと、クリスに襲いかかるウィスプたちから彼女を守るべく、茂みから急いで飛び出し、彼女の体を掴むと、そのまま覆いかぶさるようにして、ウィスプたちから彼女を守った。
僕とクリスの体を燃やして殺そうと、大量のウィスプたちが僕たちを取り囲み、僕の体にひっついてきて、火をつけてくる。
僕は霊能力を纏って身を守っているから、全然熱くはないし、燃える心配はないが、クリスの方はそうはいかない。
「おおっ、全身が青白く発光するとは面白いな。移動速度が飛躍的に向上するだけでなく、2,000匹のウィスプの熱にも平気で耐えられる耐久能力まであるなんて、実に興味深い能力を持っているね。今度じっくりと私の研究所で君の能力について詳しく調べさせてもらえないかな、ジョー君?」
「何、呑気なこと言ってんだ!このままだと僕は大丈夫でも君が燃やされるかもしれないんだぞ!?あれほど勝手に飛び出すなって言っただろうが!?今度僕の指示を無視したら「火の迷宮」には同行させないからな!強制的に帰らせるからそのつもりでいろよ。分かったな!」
「はいはい、悪かったよ。もう君の指示は無視したりしないから、許してよ、ね?」
本当にこの人はちゃんと分かっているのか?
ウィスプ相手でも僕たちが引き受けているのはSランクの危険な依頼なんだぞ?
冒険者以外を同行させるなんて普通はあり得ないことなんだぞ?
僕はクリスが本当に反省しているのか疑問だったし、腹が立っていた。
しかし、今はこんなことを考えている場合じゃない。
僕は大声をあげて、向こうの茂みにいる鵺に向かって指示した。
「鵺、今すぐ雨を降らせてくれ!雨でウィスプたちをまとめて消火して仕留めるんだ!」
僕の指示に鵺が答えた。
「了解、丈君!ちょっと待ってて!」
そう言うと、鵺は右手を空中へとかざした。
鵺が右手を空中にかざしてしばらくすると、墓地の上空に黒い雨雲が現れた。
そして、すぐに激しい雨が降り始めた。
鵺が作り出した雨雲から振る激しい大量の雨を浴びて、ウィスプたちは一斉に消火されていった。
5分後、雨が止むと、墓地にいたウィスプたちは一斉に雨を浴びたせいで消滅したのだった。
ウィスプたちが消滅した後には、3cmほどの赤い小さな丸い石が落ちていた。
ウィスプたちを倒すと出てくる魔石であった。
墓地に落ちている魔石を僕たちは討伐の証として拾い集めた。
1時間後、約2,000個の魔石を拾い集め、袋へとしまうと、僕たちは一旦墓地の外へと出た。
「いやぁ、実に見事なお手並みだったよ、諸君。まさか、2,000匹もいたウィスプたちをあっさり倒してしまうなんてね。いやぁ、実にお見事。おまけに私もトランスメタルの研究成果を試せたし、良い実験データがとれて良かったよ。諸君、お疲れさま。この調子で次も頼むよ。」
クリスが僕たちにヘラヘラと笑いながら言った。
怒った酒吞がクリスの頭に拳骨を落とした。
「あ痛っ!?何するんだ一体!?頭脳明晰な私の頭が壊れでもしたらどうするんだ!?」
「何が頭脳明晰な頭だ、この大馬鹿野郎!俺たちの作戦や指示も碌に聞かずいきなり飛び出して行って馬鹿かお前は!?丈が助けに入らなかったら丸焦げにされて殺されるところだったんだぞ!?作戦も碌に聞かずに飛び出すような馬鹿を次も連れて行くわけねえだろうが!」
「酒吞の言う通りです。酒吞、あなたも成長しましたね。全く、作戦も聞かず、指示も無視してモンスターに突っ込んで行くなど自殺同然です。ご自身の研究成果を試すためなんて理由で素人が大勢のモンスターの前に飛び出すなど、絶対にあってはなりません。クリス様、本気で反省なさらないようでしたら、ダンジョン攻略にあなたをお連れすることはできません。いいですね?」
「クリスが飛び出したりしなければ、すぐにウィスプたちを倒すことができた。丈君がわざわざあなたを助けに飛び出す必要は無かった。もし、あなたを助けるために丈君が大怪我でもしたら、どう責任をとるつもり!?私たちは決して遊びで依頼を引き受けているわけじゃない。みんな命懸けで、常に細心の注意を払って、依頼に臨んでいる。依頼に失敗すれば、依頼主の人たちも困る。作戦も聞かず、指示も無視して、勝手に飛び出して仲間を危険に晒す人は信用できない。あなたを今後、依頼に同行させるのは私も反対。」
酒吞、玉藻、鵺の三人はクリスに注意した。
「三人の言う通りだ、クリス。もし、今後、また同じような無茶をするようなら、君をダンジョン攻略へ同行させるわけにはいかない。このパーティーの安全を守るためにだ。例え君がダンジョンを管理するこの国のトップで、僕たちのダンジョンへの立ち入りを禁止すると言い出しても、それは覆らない。今後は必ず僕たちから作戦を聞き、僕たちの指示を聞いてから慎重に行動すること、これが守れないというなら、君の同行は認めない、分かったね?」
僕もクリスに改めて注意した。
僕たちから注意を受け、クリスも反省した様子だった。
「わ、悪かったよ。本当に今回のことは反省しているよ。これからはちゃんと君たちから作戦を聞いて、指示もちゃんと聞いてから動くからさ。約束する。だから、私をダンジョンに一緒に連れて行ってくれよ。この通りだ。お願い!」
クリスは僕たちに深々と頭を下げながら、謝った。
「ハアー、絶対だからね。約束だよ。ちゃんと約束を守れるなら、君のダンジョンへの同行を認めるよ、クリス。」
「本当かい、ジョー君。君はやっぱり優しいね。本当にありがとう。大好き。愛してる。」
クリスはそう言うなり、僕に抱き着いてきた。
本当に理解したんだろうか、この人は?
僕は思わずため息をついた。
トラブルはあったものの、僕たちはウィスプたちの討伐依頼を終えると、馬車に乗って、ギルドへと向かい、依頼達成の報告へと向かった。
ギルドに着くと、僕はクリスと腕を組みながら、ギルドの受付カウンターへと向かった。
ギルドにいた冒険者たちが、クリスと腕を組む僕を見るなり、憐れむような目で僕を見ながらヒソヒソと話をしている。
「あの兄ちゃん、大公殿下に目をつけられたりして災難だな。本当にご愁傷さまだぜ。」
「あの人に関わったら碌な目に遭わないって話だからな。五体満足でいられたらそれだけで御の字だろ。」
「あの冒険者、確か「黒の勇者」様だろ。でも、いくら「黒の勇者」様でもあの人の実験に付き合わされた日にゃ絶対にたまったもんじゃねえだろ。本当にかわいそうに。」
冒険者たちのクリスに関するあまりよろしくない評判が聞こえてくる。
クリスと一緒にいる僕を憐れむような発言も聞こえてくる。
実際、僕も先ほど彼女の実験とやらのために碌でもない目に遭ったばかりなので、本当にそうだとしか言いようがない。
全くえらい人物と関わり合いになってしまったものだ。
一刻も早く、依頼を消化して、ダンジョンを攻略して、この国とこの人からおさらばしよう。
僕はそう固く決意した。
受付カウンターに着くと、僕は受付嬢へ声をかけた。
「すみません。「アウトサイダーズ」という者ですが、ご依頼を承った、ウィスプ2,000匹の討伐依頼を達成しましたので報告に上がりました。お手数ですが、確認をお願いします。」
僕はカウンターにウィスプたちの魔石が詰まった袋を置いた。
「討伐ご苦労様です。確認いたしますので、少々お待ちください。」
受付嬢はそう言うと、ウィスプたちの魔石の詰まった袋をカウンターから後ろに置いてあるテーブルへと移動させると、袋を開いて、他の職員たちとともに、袋から魔石を取り出し、数え始めた。
10分後、受付嬢がカウンターへと戻ってきて、僕たちに向かって言った。
「お待たせいたしました。確かにウィスプの魔石2,000個の納品を確認いたしました。討伐、大変お疲れ様でした。さすがは「黒の勇者」様率いるSランクパーティー「アウトサイダーズ」ですね。この調子で他の依頼も引き続きお願いいたします。討伐報酬の2,00万リリアは後日、四等分していつものように皆様の口座にお振込みいたします。本当にお疲れさまでした。」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
僕たちは無事、ギルドへの討伐依頼の達成報告を終えた。
「ハハハ、さすがは「アウトサイダーズ」だねぇ。たった200万リリアの報酬しか出ないSランクの依頼をこなすとはね。ギルドにいる冒険者諸君、それに、ギルドの職員のみんなもそう思うだろ。私も一緒に同行して研究成果を試せたし、モンスターたちから守ってもらったし、本当に素晴らしいパーティーだよ、彼らは。今日は実に気分が良い。良かったら、ここにいる全員に私から夕食をごちそうしよう。みんな好きなだけ飲んで食べてくれ。今日は私の奢りだ。」
クリスがギルドにいた人たちに向かって大声で言った。
クリスの言葉を聞いて、ギルドにいた人たちが皆、声を上げて喜んだ。
「マジか!?大公殿下が夕食を俺たちみんなに奢ってくれるとよ。今日はツイてるぜ、まったく。」
「大公殿下が依頼に同行されて、実験に付き合わされたのに無傷だなんて、やっぱスゲエな、「アウトサイダーズ」はよ。」
「俺なんて前に大公殿下が研究で作った剣を実験に持たされて依頼を受けたら、スキルを発動した途端、剣がグニャグニャに折れてよ。おかげで目の前にいたオークにぶっ飛ばされて大怪我したぜ。」
「お前の方がよっぽどマシだよ。俺なんか試作品の矢とやらを大公殿下から渡されて、畑を荒らすゴブリンの討伐依頼を受けたら、矢がゴブリンに当たった瞬間、ゴブリンどころか畑ごと吹っ飛んで、畑の持ち主から怒られるは、畑の賠償金を払わされることになるやら、散々だったぜ。」
「アタシなんか、大公様から研究中の魔法の杖を渡されて、試しにそれを持ってコボルトの討伐依頼を受けたら、魔力を込めた瞬間、杖が槍に変わって、おかげでコボルトに追い回されて殺されるところだったわ。」
「大公殿下の実験に付き合わされてピンピンしてる「黒の勇者」様たちって本当にすごいな。まさに、「黒の勇者」様万歳、「アウトサイダーズ」万歳だな。できれば、このままこの国にとどまって、大公殿下の実験相手になってくれねえかな?」
冒険者たちやギルドの職員たちが様々な言葉を口にした。
やはり、クリスの実験とやらに付き合うと碌なことが無いらしい。
錬金術師としてSランク並みの腕前だと本人は言っているが、本当にそうなのだろうか?
評判を聞く限り、変な研究ばかりしかしていないような気がするのだが。
もし、彼女から研究中の武器の試作品とやらを渡されて僕も依頼を受けていたら、とんでもない目に遭わされていた気がする。
素手で戦える戦闘スタイルで良かった、そう思った。
クリスから研究中の武器とやらを渡されても、絶対に使わないことにしよう。
僕たちはそれからクリスやギルドにいた人たちと一緒に夕食を食べた。
ギルドの食堂を借りて、ちょっとした宴会を催した。
冒険者たちやギルドの職員たちから、これまでの「アウトサイダーズ」の活動について色々と質問攻めにあった。
特に、カトブレパスをソロ討伐した話は驚きもされたが、ウケもよかった。
僕がカトブレパスの浴びた者を呪い殺す死の視線を浴びても平気だと聞いて、みんな目を丸くしていた。
クリスもこの話を聞いていて、僕の能力をますます研究したいと言っていた。
宴会は翌朝まで続き、結局僕を除き、みんな酔いつぶれてしまった。
その日は、依頼は受けず、屋敷に帰って静かにみんなで過ごしたのだった。
それからまた、僕たちは引き続き残りのハズレ依頼をこなす日々が続いた。
ラトナ公国に着いてから3週間後、一つの依頼を除き、ほとんどのハズレ依頼を無事、達成することができた。
明日、クリス同行の下、僕たちは「火の迷宮」攻略に挑むことになった。
クリスから、「火の迷宮」に関する情報について聞いた僕たちは作戦を立てると早速準備へと取りかかった。
僕たちは首都の中央通りにある大きな服屋へと足を運んだ。
服屋へ入るなり、僕は店員に声をかけた。
「すみません。冬物のコートを探しているのですが、置いていますか?」
「冬物のコートでございますか?あいにく今は夏に入ったばかりで夏物しか店頭には置いておりませんが。ですが、奥に多少、在庫があったと思いますが、それでよろしければお売りいたしますけど。」
店員がそう言うと、クリスが顔を出し、店員に向かって言った。
「すまないね、店員君。私たちはどうしてもコートが入用なんだ。悪いが、今すぐ在庫とやらを全部、ここに持ってきてくれるかい?何ならまとめて全部買い取ってあげてもいいよ。」
「た、大公殿下!?し、失礼しました。すぐに在庫をお持ちいたします。店長、大公殿下がお見えです!すぐに奥の冬物のコートを全部持ってきてほしいとのことです!」
「な、何ぃ!?ほ、本当だ!大公殿下、この度は当店へようこそおいでくださいました!すぐに冬物のコートをお持ちいたしますので、しばしお待ちください!」
店長と店員たちが店の奥から慌てて冬物のコートを引っ張り出してきた。
僕たちはそれぞれ気に入ったコートを取ると、試着室へと向かった。
僕は一番に試着室を出た。
僕が選んだのは、男物の黒のロングのレザージャケット(黒のレザーのライダースコート)だった。
下に着ている黒のワイバーンの革の服と合うように選んだ。
ちょっと黒が強くなるが、個人的には気に入った。
「どうでしょうか、丈様?似合っていますか?」
試着室のカーテンを開け、玉藻が選んだコートの感想を訊ねてきた。
玉藻が着ているのは、金色のゆったりとしたガウンコートだった。
「うん、とてもよく似合っているよ。優しい感じがして、玉藻にピッタリだと思う。」
「そ、そうですか。お気に召していただいて良かったです。」
玉藻がそう言って喜んだ。
「じょ、丈、どうだ、似合っているか?変じゃないか、俺?」
次に、試着室のカーテンを開け、酒吞が選んだコートの感想を訪ねてきた。
酒吞が着ているのは、赤色のミリタリーコートだった。
「ああっ、よく似合っているよ。力強い感じがあって、酒吞のイメージとも合ってるよ。すごく良いと思う。」
「そ、そうか。似合ってるか。お前がそこまで言うなら悪くねえな。」
酒吞が照れながら答えた。
「丈君、私はどう?似合ってる?」
次に、試着室のカーテンを開け、鵺が選んだコートの感想を訊ねてきた。
鵺が着ているのは、銀色のガッチリとしたチェスターコートだった。
「うん、鵺もよく似合っているよ。キリっとした感じがあって、クールな鵺によく合ってると思うよ。」
「ありがとう、丈君。じゃあ、これにする。一生大事にする。」
鵺が微笑みながら、喜んだ。一生大事にするとは、ちょっとオーバーな気もするが。
「ハハハ、真打ち登場だ!どうだい、ジョー君。私のこの美しい姿は。存分に見るがいいさ。」
最後に、試着室のカーテンを開け、クリスが選んだコートの感想を訊ねてきた。
クリスが着ているのは、朱色の、大きなボタンが前にいくつも付いたダッフルコートだった。
「ああっ、クリスもよく似合っているよ。可愛らしさもあって、それでいて大人っぽい雰囲気もあって、クリスにぴったりだと思う。うん、すごく綺麗だと思う。」
「アハハハ、そ、そこまで褒めてくれるとは思わなかったよ。しかし、君がそこまで言うならこれにしよう。」
クリスは照れ笑いをしながら、そう言った。
「みんな、よく似合っているよ。コートの代金は僕が全額出すから、気にしないでね。」
「ありがとうございます、丈様。この玉藻、一生の宝にいたします。」
「さすがだぜ、丈。それでこそ俺たちが見込んだ男だぜ。ますます惚れるぜ。」
「丈君、ありがとう。このコートは家宝にする。絶対に失くさない。」
「太っ腹だねえ、ジョー君。そうゆう気遣いのできる男が私は好きだよ。私もこのコートは大切に着させてもらうよ。ありがとう。」
みんなから御礼を言われ、僕は思わず照れてしまった。
女の子と一緒に服を買いに行く日が、陰キャぼっちのコミュ障の僕に来るとは思わなかった。
異世界召喚物の物語だと、主人公がヒロインたちの水着選びやドレス選び、下着選びなんかに付き合うシーンが登場したりするが、冬物のコートを選んであげるというのが、いかにも僕らしいと思う。
異世界に行っても、お約束の展開にならないところとか、いかにも現実的なところが、異世界召喚物の物語が嫌いな僕に合っていると言える。
僕は服屋のカウンターでコートの代金を支払った。
僕のを合わせてコートの代金は総額で450万リリアだった。
内訳を言うと、僕の買ったレザーコートが50万リリアで、他の4人に買ったコートが合計で400万だった。
冬物で在庫のコートとは言え、首都で一番大きい、高級服店の品物とあって、決して安くはなかったが、貯金は十分にあったため、問題なかった。
おそらく、もしかしたらこれが女の子に僕が服を買ってあげる最後の機会かもしれない、そう思うと、高くても別にいいかと思えた。
それに、あんなに喜ぶ彼女たちの姿を見ていると、つい買ってあげたいと思ってしまった僕だった。
服屋を出ると、僕たちは屋敷へと戻った。
準備は整った。
後は明日、「火の迷宮」を攻略するだけだ。
待っていろ、僕を虐げる異世界の悪、勇者たち、インゴット王国の王族たち、光の女神リリア、僕と敵対する異世界の者たちよ。
お前たち全員を、さらなる地獄へと突き落としてやる。
僕の異世界への次の復讐が、これから幕を開けようとしていた。
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