第四話 【処刑サイド:勇者たち】勇者たち、初めての冒険に浮かれる、しかし、空振りに終わる

 勇者たちが異世界へと召喚されてから4週間ほどの月日が経過した頃。

 主人公、宮古野 丈がSランクモンスター、カトブレパスのソロ討伐という偉業を達成したその日、勇者たちは王城でマリアンヌ姫から、念願だったモンスター討伐の実戦訓練に行けることを聞かされ、喜んでいた。

 異世界での初めての冒険、その言葉で勇者たちの頭はいっぱいで、浮かれまくっていた。

 マリアンヌ姫は勇者たちに向けて説明した。

 「勇者様たちのレベルは当初予定していたよりも早く成長いたしました。皆様、無事、Lv.20を超えられました。よって、予定を早め、モンスター討伐の実戦訓練に取り組んでいただきます。これより、王都中央にあるインゴット王国冒険者ギルド本部にて皆様には冒険者登録をしていただきます。もちろん、皆様は勇者ですので、すぐに現状最高ランクのSランクとなります。皆様方なら歴代最強と呼ばれた勇者パーティーと同じ伝説の最高ランク、SSランクにすぐに昇格も可能でしょう。ギルドで冒険者登録をした後、皆様には王国北部のアープ村から依頼が出ているというゴブリンの巣の討伐をしていただきます。ゴブリン自体はEランクと大変弱いモンスターですが、何でも100匹以上の巨大な巣を作っており、依頼自体はAランクと高ランクで、油断は禁物です。ですが、勇者様たちならきっとすぐにゴブリンたちを討伐できるでしょう。アープ村への移動については、馬車をご用意しておりますので、そちらをご利用ください。2週間ほどの長期遠征になりますが、ご容赦ください。また、王命により、国民は皆勇者様方に無料で旅に必要な資金や物資、食事、宿を提供することが義務付けられております。お困りの際は何なりと国民にお申し付けください。それから、今回の遠征には皆様の案内役として私も同行いたします。勇者様たちの活躍が拝見できるのを心から楽しみにしております。」

 姫の説明が終わると、勇者たちは皆興奮した。

 「勇者」にして「光の勇者」、島津がマリアンヌ姫に声をかけた。

 「マリアンヌ、何から何まで本当にありがとう。必ずゴブリンたちは僕たちが討伐してみせるよ。旅の間も、僕が必ず君を守ってみせる。」

 「まぁ、シマヅ様、それは頼もしい限りです。期待していますからね。」

 島津とマリアンヌ姫が互いの顔を熱っぽい目で見つめ合う。

 異世界に勇者たちが召喚されてからまだ4週間ほどしか経っていないが、すでに二人は恋人同士になっていた。

 国王も二人の仲を公認し、いずれはこの二人に後を託すとまで言われている。

 ラブラブな二人の雰囲気を見て、勇者たちは皆面白くなさそうだった。

 特に、クラスメイトの女子たち、勇者の女性陣は大半が嫌そうな顔をし、舌打ちをする者さえいる。

 学校一のイケメンである島津に元いた世界から好意を抱き、彼の恋人の座を狙っていた女子たちは少なくなかった。

 島津をマリアンヌ姫にあっさりと奪われたことが気に食わなくてしょうがない、そんな感じだ。

 さて、それから、旅の支度を整えると、勇者たち一行は王都の中央にあるインゴット王国冒険者ギルド本部に向けて馬車に乗って出発した。

 ギルド本部は5階建ての白い壁の巨大な建物であった。

 ギルド本部に着くと、ギルドの入り口ではちょび髭を生やした商人風の、40代前半くらいの男が立って、勇者たち一行を迎えた。

 男は馬車から出てきたマリアンヌ姫の姿を見つけるや否や、急いで姫に駆け寄り、挨拶をした。

 「これはこれは、ようこそ当ギルドへお越しくださいました、マリアンヌ姫様。私、当ギルドのギルドマスターを務めております、ガメツィーと申します。勇者様たちもお初にお目にかかります。この度は当ギルドをご利用いただき、誠にありがとうございます。皆様におかれましては、末永く当ギルドをご利用いただけますと幸いです。では、奥へどうぞ。私が責任をもってご案内させていただきます。ささっ、どうぞ、こちらへ。」

 ガメツィーはそう言うと、ギルド本部の中に勇者たち一行を通した。

 ギルドの中に入るなり、「剣聖」にして「火の勇者」、前田 敦が声を上げた。

 「オラァ、カス冒険者どもが、道を開けろ!勇者様のお通りだぁ!」

 前田の挑発するような言葉に、ギルド内にいた冒険者たちが一斉に殺気立った。

 しかし、相手は国が保護する勇者の上、王族であるマリアンヌ姫までいる。

 手荒な真似などできず、冒険者たちは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら、黙って勇者たち一行を睨みつけた。

 受付カウンターに着くなり、マリアンヌ姫が受付嬢に向かって言った。

 「そこの者、今すぐ勇者様たちの冒険者登録をしなさい。もちろん、ランクはSランクです。これは王命です。分かりましたね。」

 マリアンヌ姫の言葉に受付嬢は困惑した。

 「し、失礼ですが、姫様、勇者様たちのレベルはおいくつほどでしょうか?Sランクですと、レベル90以上は必須ですし、それに見合う実績が必要になります。念のため、レベルをうかがってもよろしいでしょうか?」

 受付嬢の言葉に、マリアンヌ姫は顔を顰めた。

 「聞こえなかったのですか?私は勇者様たちをSランク冒険者として全員登録するようにと、命じたはずです。これは王命です。勇者様たちにレベルの優劣など関係ありません。命令が聞けないのですか?」

 「し、しかし、ギルドの規定では必要なレベルと実績を持たない者に、本人に見合わないランクを与えることは原則禁止されております。例え、勇者様であっても、そのような例外は許されておりません。過去の勇者様たちもご自身に見合ったランクから冒険者登録を行い、少しづつランクを上げられてこられました。いきなり勇者様たちをSランク冒険者に認定するなど前例のないことですし、勇者様たちのご成長に差しつかえる恐れもございます。どうか、お考え直しください、姫様。」

 受付嬢の言うことは全くもってその通りなのだが、マリアンヌ姫は受付嬢の忠告に耳を貸さなかった。

 「ガメツィー・ギルドマスター、あなたの部下は姫であるこの私の命令が聞けないと申しています。ギルドの規定とやらと、私の命令、どちらを優先すべきか、賢いあなたならお分かりですよね?」

 マリアンヌ姫は語気を強めながら、ガメツィーに迫った。

 ガメツィーは慌てながら答えた。

 「も、もちろん、姫様の命令こそが最優先でございます。おい、君、ギルドの規定なんぞどうだっていい。君のせいで姫様や勇者様たちはお怒りだ。この責任、どうとってくれるつもりだ?さっさと命令通り、勇者様たちをSランク冒険者に登録して差し上げろ!ギルドの信用に傷がついたらどうする!?全く、部下がくだらないことを言って大変申し訳ございません、姫様。すぐに勇者様たちをSランク冒険者に登録いたしますので、少々お待ちください。君、後で私の部屋に来なさい。減俸程度の処分じゃすまないと、そう思うんだな!」

 ガメツィーの言葉に、受付嬢は「ヒィー!?」っと声を上げ、それから、目には涙を浮かべながら、勇者たちの冒険者登録の手続きにとりかかった。

 1時間後、勇者たちの手にはSランクの文字が記載されたギルドカードがあった。

 勇者たちはSランクの文字を見て、全員浮かれている。

 マリアンヌ姫も満足そうな表情を浮かべている。

 しかし、勇者たち一行の反応を尻目に、ギルド内にいたギルドの職員たちや冒険者たちは皆、冷ややかな目で、勇者たち一行を見ていた。

 「おい、聞いたか?勇者たちのレベルは20しかないってよ。せいぜいCランクがいいところだろ?」

 「まともな実績もない上に低レベルのくせしていきなりSランクとかありえねぇだろ?」

 「あんな下品で実力もない連中が本当に勇者で大丈夫なの?アタシら正直不安しかないんだけど?」

 ギルドの職員たちや冒険者たちはヒソヒソと、勇者たち一行に聞こえないよう話をしていた。

 周囲の反応を無視して、マリアンヌ姫はガメツィーに向かって言った。

 「ガメツィー・ギルドマスター、先日伝えた通り、私たちはこれからアープ村のゴブリンの巣の討伐依頼に向かいます。今からでも報酬の用意をしておきなさい。分かりましたね?」

 「はいっ、かしこまりました。勇者様たちでしたらゴブリンの巣の討伐など楽勝でしょう。ご活躍を期待しております。」

 勇者たち一行は冒険者登録を終えると、ギルド本部を出て、馬車に乗って、アープ村へ向けて出発した。

 勇者たちが出発してからしばらくした後、ギルド内にいた冒険者の一人が急に思い出したような顔をしながら、他の冒険者たちに向かって言った。

 「ん?さっき姫様、アープ村のゴブリンの巣の討伐に向かうって言ってたよな?でも、その依頼、確か例の「黒の勇者」様が依頼達成したって言う話じゃなかったか?」

 「そういえば、そんな話を聞いた覚えがある。「黒の勇者」様率いるSランクパーティー「アウトサイダーズ」の片づけたはずの案件だったと俺は聞いたぞ?」

 「北支部にいる冒険者の同期から最近、その話を飲み会の時、聞いた気がする。なら、北支部から各ギルドに連絡があったはずだぞ?このギルド本部にも当然来ているはずだぞ?まさか、また、ギルドの総務部がミスったんじゃないか?それが本当なら、勇者様たちは完全な空振りだぞ?姫様が気づいたら、多分滅茶苦茶お怒りになること間違いなしだぞ?」

 「やべぇぞ。それが本当ならギルドどころか俺たち冒険者まで姫様の怒りのとばっちりを食らうかもしれねぇぞ。いっそこの際、「黒の勇者」様のいる北支部に移るか?あそこのギルドは今、大分羽振りが良いと聞いたぜ。こうしちゃいられねぇ、俺は北支部に移るとするぜ。ここは最近、景気は悪いし、評判も下がってるからな。」

 冒険者たちは口々にそう言った。

 だが、そんな冒険者たちの声が、ギルドマスターのガメツィーの耳に届くことはなかった。

 当のガメツィーはと言うと、執務室で一人、浮かれていたのだった。

 勇者たち一行が王都のギルド本部を出発してから一週間が経過した。

 途中立ち寄った町や村で、勇者様たちを支援するために国民は全員、勇者様たちに無料で金品や物資、食料、宿などを提供するように、という王命が書かれた紙を持って、勇者たち一行は、国民たちからありとあらゆる物を奪って回った。

 依頼のことなど忘れ、立ち寄った町や村で豪遊したり、必要もない金品や宝石類を奪ったりと、その姿は勇者ではなく、盗賊のようだった。

 農民、商人、貴族を問わず、国民たちは勇者たち一行のあまりの横暴ぶりに怒りを露わにした。

 だが、王命とあっては逆らうこともできず、黙って悔し涙を飲むことしかできなかった。

 そして、勇者たち一行はアープ村へと到着した。

 マリアンヌ姫を先頭に、勇者たち一行はアープ村の中へと入って行った。

 馬車から降り、ぞろぞろと村の中に入ってくる勇者たち一行の姿を見て、アープ村の人々は一体何事かと、仕事をするのを止め、勇者たち一行を見るのだった。

 マリアンヌ姫が近くにいた村人に声をかけた。

 「そこの御方、私はインゴット王国国王の娘、マリアンヌ・フォン・インゴットと申します。後ろにおられるのは、光の女神リリア様により選ばれた勇者様たちでおられます。私たちはギルド本部より、この村から依頼のあったゴブリンの巣の討伐へと参りました。可及的速やかに私たちをゴブリンの巣へと案内しなさい。それから、討伐前に、勇者様たちに必要な食事や物資、宿を無料で提供するように。このように王命も出ています。さぁ、急いで私たちの指示に従いなさい。」

 王命が書かれた紙を見せながら、自信満々にマリアンヌ姫は村人に向かって言った。

 だが、村人は首をひねりながら、姫に答えた。

 「あの~、マリアンヌ姫様、ゴブリンの巣の討伐でしたらとっくの昔に終わっていますが?」

 村人の言葉に、マリアンヌ姫は口を開けて驚いた。

 「え、ええっ、ゴブリンの巣の討伐が終わっている!?それは本当なのですか?私たちは確かに王都のギルド本部で依頼を受けてきたのですが?い、一体誰が、いつ討伐したのですか?」

 「ゴブリンの巣の討伐でしたら、確かもう4週間も前のことだったと思います。ふらっとこの村に立ち寄った四人の旅の御方が、あっさりゴブリンの巣を討伐しましてね。いやぁ、ゴブリンたちは一匹残らず倒してくれるわ、攫われていた村の娘たちは生きて戻って来るわ、そりゃあもうすごい活躍でしたよ。あんなに強いのに冒険者じゃないって言うんだから、本当に驚きましたよ。」

 村人は笑いながら、姫に向かってそう答えた。

 姫はいまだに信じられないと言った様子だ。

 「そ、そんな馬鹿な!?依頼では確かAランクと書いてありました。ゴブリンとはいえ、冒険者でもない者が、Aランクのゴブリンの巣を討伐するなんて、そんなことできるわけが!?あなた、まさかこの私を騙しているのではなくて!?嘘でしたら、重罪ものですよ!?」

 姫が八つ当たりするように、村人に言った。

 村人はそんな姫の態度に困惑した。

 「そ、そんな、私は嘘など申しておりません。確かにゴブリンの巣は旅の御方たちによって討伐されました。嘘だと思うなら、冒険者ギルド北支部に聞いてみてください。ゴブリンたちの耳を持って、その方たちは冒険者ギルド北支部に冒険者登録へと向かわれました。アープ村のゴブリンの巣をその方たちが討伐されたと、しかも、たった4人でゴブリン400匹を討伐されたということが分かるはずです。」

 「ご、ゴブリンを400匹も討伐ですって!?それも、たったの4人でですか!?そ、そんな、そんなことをできる人間など、Aランクパーティー、いえ、Sランクパーティーでもなければ不可能な芸当です。一体何者ですか、その旅の四人組とは?」

 「さぁ、遠い辺境の地から来たとしか言っておりませんでしたな?ですが、皆さん、とても気さくで優しい方々でしたよ。我々からの依頼も無報酬で受けてくれましたし、本当に良い方々でしたよ。」

 「む、無報酬でゴブリンの巣を討伐した!?そ、そんなお人好しが本当にいるのですか?」

 村人の言葉に、マリアンヌ姫はひどく動揺した。

 姫と村人が話をしていると、前田が割り込んできた。

 「おい、おっさん、今の話、本当か?タダでゴブリンの巣を討伐する奴なんて本当にいるのかよ?俺たち以外の冒険者に依頼を出してて、俺たちに報酬を払いたくなくて、嘘ついてんじゃねえのか?だったら、タダじゃあおかねぇぞ?」

 前田が腰に差していた双剣、聖双剣のレプリカを抜き、刃をちらつかせながら、村人に迫った。

 「う、嘘じゃあありません。何度も申し上げるように、ゴブリンの巣はすでに旅の御方たちによって討伐されました。私は決して嘘などついておりません。」

 村人は震えながら、必死に答えた。

 その時だった。

 どこからか石が飛んできて、前田の額に当たった。

 石が当たったせいで、前田の額から血が流れた。

 「痛ってえなぁ!?誰だ、俺に石をぶつけた奴は?」

 前田が大声で叫び、村人たちを睨みつけた。

 「うるさい!お前たちなんて勇者じゃない!勇者が村人に剣を向けたり、物を取ったりなんかするもんか!さっさと帰れ、偽勇者!」

 前田に石を投げ、そう言ったのは、あのジャック少年だった。

 前田は双剣を構えると、ジャックに向かって剣を向けた。

 「このクソガキがぁ、勇者である俺に石をぶつけてタダで済むと思ってんのか!?今すぐ、ぶっ殺してやる!」

 だが、前田の脅しにジャックは怯まなかった。

 「お前みたいな偽勇者なんか怖くないやい!本物の勇者様はもっと強くて優しかった!お前みたいな悪党が勇者様を名乗るな!さっさと僕たちの前からいなくなれ、このへっぽこ偽勇者!」

 ジャックの言葉に、前田は激怒した。

 「て、テメエ、剣聖のこの俺をへっぽこ偽勇者だとか抜かしたな!?だったら、教えてやるよ、本物の勇者様の力をなぁ!」

 前田は双剣に力を込めると、双剣が赤く光り始めた。

 前田は今にもスキルを発動して、ジャックを殺そうと構える。

 その時、前田とジャックの間に、一人の少女が立ち塞がった。

 少女は、ジャックを庇うように、両手を広げ、前田の前に立ち塞がるように立った。

 少女が前田に向けて言った。

 「ほ、本物の、ゆ、勇者様なら、こ、子供に剣をむ、向けたり、し、しない。く、「黒の勇者」様は、み、みんなに、や、優しかった。わ、私たちを、命懸けで、ご、ゴブリンから、た、助けて、くれた。わ、私たちの、ゆ、勇者様は、く、「黒の勇者」様だけ。」

 前田に向かってそう言うのは、以前、主人公、宮古野 丈によって救われた、ターニャという名の少女だった。

 ゴブリンたちに攫われ、いまだそのショックが抜けきらず、今もリハビリの真っ最中であったが、騒ぎを聞きつけ、ジャックを守るため、傷ついた体を押して、前田の前に立ち塞がったのだった。

 「ああっ、「黒の勇者」様だ!?誰だ、ソイツは!?本物の勇者は俺たちだけのはずだ!?勇者を名乗っていいのは、俺たちだけだぞ!」

 前田は双剣でターニャたちを攻撃しようとする。

 だが、そんな前田を島津が制止した。

 「止めろ、敦!僕たちは勇者だ。戦うべき相手は魔族やモンスターだ。彼ら村人は僕たち勇者が守るべき存在だ。剣を向けるのは止めろ。ひとまず冷静になれ。」

 「ちっ、分かったよ。命拾いしたな、クソガキども。俺たちは心が広いんだ。感謝しろよ。」

 そう言って、前田は双剣を鞘に納めた。

 島津が、ジャックたちに向かって訊ねた。

 「仲間が剣を向けてすまない。君たちに聞くが、君たちが言う「黒の勇者」様って、一体どんな人だい?良かったら、僕たちに教えてくれるかな?」

 島津の問いに、ジャックが得意そうな顔で答えた。

 「「黒の勇者」様はすっごく優しくて、すっごく強いんだ。空を飛べるし、ゴブリンを素手で倒しちゃうんだ!後、剣とか斧とかで切られても全然平気なんだ!とにかく、優しくて、強くて、格好良くて、「黒の勇者」様は僕たちのヒーローなんだ!」

 ジャックの言葉に、島津やマリアンヌ姫、他の勇者たちは口を開けて驚いた。

 「そ、空を飛んで、ゴブリンを素手で倒すだって!?そんなスーパーマンみたいな人がいるのかい?ねぇ、君、その人の名前は分かるかな?」

 「「黒の勇者」様の名前?ううん、僕は知らない。多分、村の皆も知らない。でも、すっごく格好いいよ!」

 ジャックは、本当は「黒の勇者」様の名前を知っていたが、村長や他の村人たちから口止めされていたため、知らないふりをした。

 島津はジャックとの会話を終えると、マリアンヌ姫に向かって言った。

 「マリアンヌ、この少年や村人が言っていることは本当だと思う。どうやら「黒の勇者」様とやらがすでにゴブリンたちの巣を討伐してしまったようだ。今回は諦めて、また別の依頼を受けることにしよう。何、実戦の機会なんてギルドに行けばきっといくらでもあるさ。とりあえず、今日はこの村で一泊して、それからまたギルドで依頼を受けることにしようじゃないか?だから、そんなに気を落とさないでくれ。」

 「お優しい言葉をありがとうございます、シマヅ様。そうですね、実戦訓練の機会ならギルドに行けばきっとたくさん、それに見合った依頼が見つかることでしょう。では、今日のところはこの村に一拍いたしましょう。アープ村の皆さん、至急、勇者様たちのために本日宿泊する宿を準備しなさい。それと、食事と物資もです。勇者様たちが望む物は全て無償で差し出しなさい。これは王命です。分かりましたね?」

 マリアンヌ姫が村人たちに向かって命令した。

 だが、村人たちは誰も言うことを聞かず、勇者たち一行を無視し、みんな家や店の中に戻っていく。

 村人たちの冷たい態度に、マリアンヌ姫は腹を立てた。

 「皆さん、聞こえないのですか?今すぐ勇者様たちのお泊まりする宿に食事、物資を提供しなさい!これは王命です、聞いているのですか!?」

 マリアンヌ姫がヒステリックに叫ぶ。

 そんな姫の前に、一人の老人が現れ、姫に向かって言った。

 「姫様、申し訳ございませんが、この村に勇者様たちに提供できる物は何一つございません。私はこのアープ村の村長を務めるカインと申します。見ての通り、この村はとても貧しく、宿といっても、せいぜい数人が泊まれるほどの宿しかございません。それに、この村は自分たちの食料や物資を確保するだけで精一杯の有様です。もし、勇者様たちに貴重な食料や物資を渡せば、村人は飢え、この村はたちまち滅んでしまいます。いくら、王命で勇者様たちを支援しろと言われても、このようなとても貧しい村からさえ徴収されなければいけないのでしょうか?見たところ、勇者様たちはとても不自由をしているようには思えません。他に御用がないようでしたら、申し訳ございませんが、どうか今日のところはお帰りください。お願いいたします。」

 カイン村長がマリアンヌ姫や勇者たちにそう言うと、頭を下げた。

 カイン村長の言葉を聞き、マリアンヌ姫や勇者たちは皆、気まずい思いだった。

 結局、アープ村に泊まることもできず、ゴブリンの巣の討伐もできず、勇者たち一行は元来た道を引き返した。

 帰りの道中、初めての冒険になると思っていた依頼が空振りに終わった憂さ晴らしをすべく、勇者たち一行は立ち寄った町や村でふたたび、食料や物資、金品、宝石類を根こそぎ住民たちから奪った。

 また、奪った金品でギャンブルで遊んだり、女遊びをしたり、と派手に豪遊して回った。

 勇者たちの悪評は瞬く間に国中に広がり、勇者たちを偽勇者や勇者の皮を被った盗賊などと、国民たちは陰で噂していた。

 アープ村を出発してから一週間後、勇者たち一行はふたたび王都へと戻った。

 勇者たち一行は抗議をすべく、ギルド本部へと向かった。

 勇者たち一行がギルド本部に到着すると、何も知らない、ガメツィ・ギルドマスターが笑顔で、一行を出迎えた。

 だが、勇者たち一行は全員、すでに他の者によって達成された依頼を掴まされ、おまけに二週間もの長旅を強いられたことで、全員怒り心頭だった。

 マリアンヌ姫は一目散にガメツィに激しく詰め寄り、抗議した。

 「ガメツィ・ギルドマスター、よくも私たちに恥をかかせてくれましたね!アープ村のゴブリンの巣の討伐依頼はすでに、「黒の勇者」なる冒険者によって達成されたと、村人たちから聞かされました!それも4週間以上も前にです!冒険者ギルド北支部から各ギルドにすでに連絡が行っているはずです!ギルド本部などと言いながら、ずいぶんと雑な仕事をされているようですね、おたくのギルドは!この失態、どう責任をお取りになるおつもりですか!?」

 姫の凄まじい剣幕に、ガメツィは青ざめた。

 「た、大変申し訳ございません、マリアンヌ姫様。おそらく事務方が何かミスをしたために、誤った情報をお伝えしてしまったようです。ミスをした職員は即刻クビにいたします。ですので、どうかお気をお鎮めください。どうか、私どもに汚名返上の機会をお与えください。今度こそ、勇者様たちにふさわしい依頼をお持ちいたしますので。」

 ガメツィは何度も必死に頭を下げ、勇者たち一行に謝罪した。

 そんな勇者たち一行やガメツィの姿を見て、ギルド内にいた冒険者たちはクスクスと皆、笑い出した。

 「碌に自分たちで依頼も確認せず、のこのこと終わった依頼を受けに行くとか、本当にあれでも勇者かよ?ド新人がS級冒険者にいきなりなるなんて、はっきり言って無謀だろ?」

 「アイツら勇者のくせして、スライム一匹倒したことねえんだろ?いっそFランクから始めたらどうだ?」

 「「黒の勇者」様は実力を示して、冒険者になったその日にS級冒険者になって、国中で大活躍してるって言うのに、本物の勇者様たちは低レベルで実績なし、実戦経験もないくせしてS級冒険者を名乗っているとか、恥ずかしくないのか?」

 「今回の遠征中は立ち寄った村や町から金品を奪って、遊び回っていたらしいぜ。「黒の勇者」様がモンスターたちと戦っている中、アイツら、依頼のことなんぞ忘れて遊び惚けてたって聞くぜ。まったく、どっちが本当の勇者なんだか?」

 冒険者たちの、勇者たちを馬鹿にする声や嫌味が、嫌でも勇者たち一行の耳に入ってくる。

 勇者たち一行は全員、恥ずかしさのあまり、その場で赤面し、皆口を閉じてうつむいている。

 とても勇者とは思えない、情けない姿であった。

 恥ずかしさを堪え、マリアンヌ姫はガメツィに命じた。

 「ガメツィ・ギルドマスター、あなたにもう一度だけチャンスをあげます。今度こそ、勇者様たちの実践訓練にふさわしい依頼を持って来なさい。この際、依頼のランクは問いません。Sランクの依頼でも構いません。もし、またしくじれば、その時は王命であなたをギルドマスターの職から解きます。失敗は許しません。近日中に、私たちに依頼を持って来なさい。分かりましたね?」

 「は、はい。必ず勇者様たちにふさわしい依頼をお持ちいたします。ですから、どうか、どうかクビだけは何卒ご勘弁を。」

 ガメツィは土下座して、勇者たち一行に謝罪をするのだった。

 勇者たち一行はギルド本部を出ると、馬車で王城まで帰還した。

 元気のない勇者たちであったが、マリアンヌ姫が励ますように声をかけた。

 「勇者様たち、この度は誠に申し訳ございませんでした。ですが、次こそは必ず皆様にふさわしい依頼を用意させます。それから、この後、勇者様たちの歓迎パレードを開催いたします。どうかそちらに参加して、皆さん元気を出してください。国中から勇者様たちのお姿を一目拝見しようと、国民が集まって来ます。歓迎パレードは盛大に行いますので、どうかそちらをお楽しみください。」

 姫から自分たちの歓迎パレードが開かれると聞き、勇者たちは元気を取り戻すとともに、また、浮かれまくった。

 しかし、その歓迎パレードが悲惨な結果になることを、姫も勇者たちも知らなかった。



















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