第二話 【主人公サイド:インゴット王国冒険者ギルド北支部】とあるギルドマスターの回顧、そして拭えぬ疑念

 主人公、宮古野 丈がS級冒険者になり、仲間たちとSランクパーティー「アウトサイダーズ」を結成して、冒険者としてから4週間ほどが経過した頃。

 主人公がSランクモンスター、カトブレパスのソロ討伐という偉業を達成したその日の夜、一人宴会をこっそり抜け出し、インゴット王国冒険者ギルド北支部のギルドマスター、ブロン・ズドーは執務室に一人籠り、机に頬杖をつきながら、ぼんやりと物思いにふけっていた。

 ブロンは呟いた。

 「みんなの手前、追及はしなかったが、ジョー君、それに仲間の三人の素性にはいまだ不明な点が多い。遠い辺境の地から皆、やってきたと口をそろえて言うが、具体的な出身地は決して明かそうとしない。それに、ジョブとスキルが鑑定してもステータスに表示されないという特異な体質の持ち主でもある。ジョブとスキルが鑑定しても分からない、そんなことは今まで見たことも聞いたこともない。全員Sランク相当の戦闘能力を持っているし、この4週間でSランクやAランクの依頼を、それも低報酬で高ランクの内容というハズレ依頼と呼ばれる依頼ばかりこなしている。結果、ウチのギルドにやって来るハズレ依頼はほとんど彼らによって消化され、ギルドの経営は以前と比べて順調そのものだ。ジョー君率いる「アウトサイダーズ」の活躍は今や国中の評判で、彼らの人気は鰻上りだ。「アウトサイダーズ」への依頼目的に、ハズレ依頼を問わず、ウチのギルドに持ち込まれる依頼の件数も大幅に増えた。S級冒険者やA級冒険者を多く抱えるギルド本部は売り上げや信用において大打撃を受けていると聞いている。「アウトサイダーズ」のリーダーであるジョー君自身も「黒の勇者」様と呼ばれるほどの人気っぷりで、今やウチのギルドの看板冒険者だ。彼らはウチに来てまだたったの4週間足らずだが、十分な実績と信用を築いている。それ自体に不満はない。しかし・・・」

 ブロンは一拍置くと、また独り言を呟き始めた。

 「しかし、彼らの力は異常だ。特に、ジョー君。彼のあの力は何だ?彼は自分のジョブを魔術士だと言い、肉体を強化する魔術が使えるスキルだと言っているらしい。だが、素手でモンスターと戦う魔術士など今まで見たことも聞いたこともない。重戦士や拳闘士のジョブを持っているなら分かる。だが、それらのジョブが持つスキルは戦闘技術が向上したり、わずかにパワーやスピードが強化されるだけだ。肉体が光り輝き、モンスターを一撃で粉砕したり、状態異常攻撃を無効化したりなど、そんな芸当はできっこない。先日の私との模擬戦の際、次期S級冒険者候補と呼ばれ、元A級冒険者で、レベル80を誇る私の大斧の一撃を、彼は拳で受け止めただけでなく、大斧さえ砕いてみせた。あの怪力はすでに人間の常識を超えている。だが、極めつけは、今日のカトブレパスのソロ討伐だ。目を合わせた者を呪い殺す、死の視線という状態異常攻撃系の能力の中で最も凶悪な力を持つあのSランクモンスターのカトブレパスをソロ討伐するなど、前代未聞のことだ。歴代最強と呼ばれた勇者に匹敵する力がなければ到底できないことだ。散歩がてらに討伐しました、で済ませられるモンスターじゃない、あのカトブレパスは。カトブレパスの死の視線を浴びても即死せず、平然としていられるなんて、それも回復術士抜きとは、全くもって信じがたい話だ。だが、これらは全て紛うことなき事実だ。ジョー君、君がすでに伝説の勇者パーティーと同じSSランクに匹敵する力を持つことは分かった。だが、君は一体どこから来た?君の持つその驚異的な力は一体なんだ?君は一体、何を私たちに隠している?」

 ブロンは宮古野 丈に抱いた疑問を口にする。

 机に頬杖をつきながら、一人考え込んでいると、急にブロンは執務室の壁を見ながら言った。

 「そこにさっきからいるのは気付いているぞ、スミス。スキルを解いて、さっさと顔を見せろ。全く、帰っているなら、さっさとかくれんぼなどせず、報告でもしたらどうだ。」

 ブロンがそう言った途端、急に執務室の壁から、一人の人物が姿を現した。

 身長は170cmほど、グレーのショートヘアに、グレーの瞳、中性的な顔立ちとスタイルの、黒づくめの人物が笑いながら姿を現した。

 「アハハハ、ごめんごめん。あんまりブロンが真剣な顔で考え事しているから、つい声をかけづらくってさぁ。ほら、僕って空気が読める奴だからさぁ。」

 スミスと呼ばれた人物は、中性的な声で、笑いながらブロンに答えた。

 「どうせ、私の悩む顔を面白がって黙って見ていただけだろ。それより、何か面白い情報は手に入ったか?」

 「ああっ、もちろんだよ、ブロン。僕は情報収集のエキスパートだからね。飛びっきりのネタをいくつか掴んできたよ。」

 スミス・シャドー。インゴット王国冒険者ギルド北支部の副ギルドマスターにして、情報収集のエキスパート。ギルドマスターであるブロンの命を受け、世界中を駆け巡り、ギルドに有益な情報を掴んでくる、凄腕のスパイ。暗殺者のジョブを持ち、スキル光学迷彩を使って透明化する能力を用いてあらゆる場所に潜伏し、諜報活動を行うことを得意とする。また、変装の名人でもある。ギルドでも、スミスの存在を知る者は数少なく、謎の副ギルドマスターと皆から呼ばれている。今、ブロンに見せている姿も本当の姿か否か、定かではない。

 そんなスミスが、ブロンに掴んできた情報について話し始めた。

 「インゴット王国が異世界から勇者たちの召喚に成功した話はすでに知っているだろ。王国は世界各国に向けてその事実を発表し、勇者への支援という名目で各国に援助を求めたそうだよ。そして、勇者たちを使って、魔族及び魔王討伐を開始することを正式に宣言したそうだよ。いよいよ人魔大戦、戦争をおっぱじめようってわけさぁ。王国はこの戦争を利用して一儲けしようと考えているみたいだね。魔族を滅ぼした後はおそらく勇者たちを利用して世界征服でもしようと考えているかもね。なんせ史上初めて、40人もの勇者の召喚に成功したわけだし、圧倒的な物量で魔族を殲滅した後は、勇者たちを自国の世界征服のための軍事力に使うのが目に見えて分かるよ。」

 スミスは一拍置くと、話を続けた。

 「勇者たちの動向だけど、近くギルドを通じてモンスターとの実践訓練をさせるつもりらしいよ。どのギルドを通すかまでは分かっていないけど、十中八九ギルド本部を通すだろうね。ギルド本部としては、今、ウチに依頼や人気を奪われて売り上げや信用が下がっているから、勇者御用達の看板を得られる千載一遇のチャンスだろうね。まぁ、どうでもいいけど。勇者たちのレベルは今のところLv.20手前ってところらしいよ。Lv.20でも僕たち異世界人のそれよりもはるかに強力だと聞くけど、僕の見立てだとそんなに強くはないかな。まぁ、良くてCクラスってところかな。あんなんで本当に勇者かよって、正直僕は思うね。後、近々勇者たちの歓迎パレードを王都の中央で開くそうだよ。国を挙げての一大行事だと言って、城に仕えている人たちが大急ぎで準備しているよ。まったくおめでたい連中だよ。それはさておき、実は勇者たちに関するとっておきの情報を掴んだんだ。ブロン、おそらく君の悩みの種に関係あるかもしれない話だよ。」

 スミスはもったいぶるように笑いながら言った。

 「スミス、もったいぶらずにさっさと教えろ。お前が掴んだって言う、勇者たちに関するとっておきの情報とは何だ?」

 ブロンは急かすように訊ねた。

 「まあまあ、そう急かさないでよ。実はね、異世界から勇者として召喚された人物が本当はもう一人いたって言う話を掴んだんだ。そう、勇者には実は41人目がいたんだよ。」

 スミスはブロンの顔を見ながら言った。

 「異世界から召喚された勇者がもう一人いただと!?だが、国は召喚された勇者たちは全員で40人だと言っているぞ。そのもう一人の勇者として召喚された人間は一体どうなった?今、どこにいるんだ?」

 ブロンはスミスに訊ねた。

 スミスはニヤリと笑みを浮かべると、ブロンに向かって言った。

 「異世界から勇者として召喚されたそのもう一人の人物は、召喚直後、城の鑑定士がステータスの鑑定を行ったところ、なぜか勇者としてのジョブもスキルも持っていないことが分かったんだ。国王たちはその人物を、光の女神の加護を受けていない、能無しの悪魔憑きと言って、勇者たちに命じて処刑したそうだよ。処刑された人物だけど、いまだに遺体は見つかっていないそうだ。勇者たちの攻撃を受けて肉体ごと跡形もなく消滅したと、王国は思っているらしいけど、僕はそうは思わない。これはあくまで僕の推測だけど、処刑された人物はきっと何らかの方法で生き延びた。そして、王国や勇者の目から隠れ、今も生きている。だって、いくら勇者たちの攻撃を受けたからと言って、Lv.1の勇者の攻撃ぐらいじゃ遺体の一部が残ってもおかしくはないはすだ。だけど、現実に処刑された人物の遺体は見つかっていない。誰もその人物の死を直接確認してはいないんだ。そして、処刑された人物の生存を示す手がかりがもう一つ。今回異世界から召喚された勇者たちの多くは、黒髪に黒目という、この世界では見たことがない容姿をしているんだ。後、ほとんどの者が10代後半の年齢でもある。実際に僕もこの目で確かめたよ。ほら、だんだんと君が良く知っている人物の顔が浮かんでくるだろ?ジョブもスキルも分からない、勇者たちと同じ黒髪、黒目の10代後半と見られるその人物の姿が浮かび上がってくる。」

 スミスの言葉を聞き、ブロンはハッとした。

 「まさか、異世界から勇者として召喚され、処刑されたそのもう一人の人物と言うのは、ジョー君だと、スミス、お前は言いたいのか?」

 ブロンの驚いた顔を見て、スミスは笑った。

 「その通りさ、ブロン。君が先ほどまで熱心に考えていたジョー君こそ、異世界から勇者として召喚されたもう一人の人物だと、僕はにらんでいるよ。現に、インゴット王国が異世界から勇者を召喚したその日に、ジョー君はウチのギルドに突然現れた。これが果たして偶然の一致と言っていいものかな?それに、瞬く間にS級冒険者になった彼の実力、もし、彼が女神から実は勇者として何らかの特別なジョブとスキルをもらったけど、それらがステータスを鑑定しても表示されない、何か特殊な事情があって、だけど、王国がその事実に気が付かず、彼をうっかり誤って処刑してしまったと考えると、何だか辻褄が合うような気がしてこないかい、ブロン。」

 スミスの推測を聞き、ブロンは困惑した。

 「スミス、もし、お前の推測通りだとすると、私たちはとんでもない人物を意図せず拾ったことになるぞ。もし、ジョー君が本当に異世界から勇者として召喚されたもう一人の人物だと言うことが国王たちに知れたら、えらいことになるぞ。なんせ能無しの悪魔憑きと呼んで処刑した人物が、実は勇者として女神から特別なジョブとスキルを与えられた存在で、今やS級冒険者として活躍するほどの人物を、みすみす逃しただけでなく、誤って処刑する大失態を犯したわけだ。おそらく、ジョー君の存在を知れば、国王たちは否応なしにスキャンダルのもみ消しにかかるぞ。下手したら、ジョー君の命を狙って刺客を放つ恐れもある。最悪、国やギルドを巻き込む大変な騒ぎになりかねん。ああっ、私としたことが、つい身元確認を怠ってしまった。一体これからどうしたら良いものやら?」

 ブロンは頭を抱えた。

 そんなブロンをケラケラと笑いながら、スミスは言った。

 「そんなに深刻に考えるなよ、ブロン。今更やっちまったことを後悔してもどうにもならないよ。それにぶっちゃけ、僕はジョー君には期待しているんだよ。彼はすでに伝説の勇者たちに並ぶSS級に匹敵する実力を持っている。正直、他の40人の勇者たちより彼の方が圧倒的に実力は上だ。そして、今後ますます彼は強くなるだろうね。もしかしたら、案外、女神様は勇者として彼に期待しているかもしれないよ。他の40人はほとんどおまけで、彼に勇者としてステータスが鑑定不能なほどの絶大な力を持つジョブとスキルを与えたかもしれない。現にジョー君は「黒の勇者」様って言うあだ名で呼ばれているそうじゃないか。「七色の勇者」を超える新たな勇者が、彼なのかもしれない。もし、国王たちが何か言ってきた時は、僕が今君に話した話を言って、ギルドマスターである君が、ジョー君と国王たちとの仲介役を担うと言えばいい。ジョー君と国王たちの仲直りに手を貸せば、君の評価はぐんと上がるだろうね。「七色の勇者」を超える新たな勇者を見出した逸材、なんて言われて表彰されるかもしれないよ。まぁ、とにかく、今はもう少し様子を見て、それからどう動くべきか考えても良いんじゃないかと、僕は思うよ。」

 スミスの言葉を聞き、頭を抱えていたブロンは、頭を上げると言った。

 「そうだな。確かにお前の言う通りかもしれない。いざとなれば国王たちとジョー君の間に私が入って、両者を仲直りさせればいい。ジョー君が勇者として絶大な力を持っている可能性は高い。ジョー君を手放すメリットが無いと、はっきり伝えればいい。今はとにかく様子見と行こう。すまんがスミス、しばらくジョー君たちの動向を探ってくれ。そして、彼らの思惑について掴んでほしい。頼んだぞ。」

 ブロンの指示を聞き、スミスは答えた。

 「了解だよ、ブロン。僕に任せてくれ。」

 そう言うと、また、スミスは執務室の壁に溶け込むように姿を消した。

 ブロンは椅子にもたれながら呟いた。

 「ハアー、このまま何も起こらないと良いが。」

 しかしながら、ブロンの願いが叶うことは無かった。

 すでに主人公、宮古野 丈が、国王たちや勇者たちへの復讐に向けて動き始めていたことを、彼は知らなかった。

















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