第二章 光の迷宮編

第一話 主人公、S級冒険者として大活躍する

 S級冒険者になってから、4週間ほどの日数が経過した。

 僕、玉藻、酒吞、鵺の四人は、Sランクパーティー、「アウトサイダーズ」として、毎日たくさんの依頼を受け、それらを全てこなしていた。

 僕らの下にはいつも、アープ村のように、達成報酬が相場より少ない割に依頼内容は高ランクのもの、という依頼が大量に舞い込んできた。

 こういった依頼は通常、引き受ける冒険者たちはほとんどいないのだが、アープ村のように困っている人たちを助けるため、僕たちはギルドより優先的に斡旋してもらっている。

 僕たちアウトサイダーズが低報酬で高ランクの依頼ばかりを引き受け、それらを達成していることはたちまち噂になり、僕たちが今いるインゴット王国冒険者ギルド北支部には、噂を聞きつけた人たちによって大量の依頼がやってくるのだった。

 僕たちはギルドの宿泊所の四人部屋を借りて暮らしている。

 当初はギルドには10日程度しか宿泊しない予定だったが、ギルドの宿泊所は料金が安く、食事もギルドの食堂で取れる上に料理もおいしく、すぐに依頼先へ向かうこともできる。思った以上に居心地がよく、僕たちにとってギルドは良き職場兼住居になった。

 いつもは四人一緒に目覚め、四人一緒に朝食をとってから、四人一緒に依頼先へ向かい、依頼をこなすのだが、今日は全員休みにした。

 連日ほぼ休みなしで依頼を受けていたため、たまには休息をとることにした。

 僕はいつもよりゆっくりと目を覚ました。同室の他の三人はと言うと、玉藻と酒吞の二人は寝ていた。

 酒吞は明日が休みと聞いて、昨夜、酒を大量に飲んでベロベロに酔っぱらっていた。

 後で二日酔いにならなきゃいいけど。

 鵺はすでに起きているようで姿が見えない。

 昨日、異世界を見て回りたいと言っていたから、きっと今頃空を飛びながら観光でもしているのだろう。

 僕は洗面所で顔を洗い、それから、いつもの黒い服に着替えると、そっと部屋を出て、朝食をとるため、ギルドの一階の食堂へと向かった。

 僕が食堂で食事をとっていると、何人かの冒険者たちが声をかけてきた。

 「よぉ、ジョー。お前が一人で朝飯とは珍しいな。他の仲間はどうした?いつも仲間と朝飯を食ってるだろ?もしかして、今日は休みか?」

 「ああ、そうだよ。今日は僕たち全員、休みだよ。なんせこの四週間、休みなしでずっと依頼を受けてきたから、たまにはしっかり休みを取らないと体がもたないよ。」

 「そうか。それなら、俺たちも一緒に朝飯を食ってもいいか?Sランクパーティーの冒険者と話せる機会なんて滅多にねえしな。なぁ、頼むよ。」

 「別に僕は良いよ。ただ、僕はコミュ障だから、あまり人と話すのが上手じゃないけど、それでも良いならどうぞ。」

 「おおっ、それじゃあ、ご一緒させてもらうぜ。ほら、みんなも座れよ。」

 そう言うと、冒険者たちは僕の座るテーブルの周りに座り始めた。

 「いやあ、まさかウチみたいな小さなギルドからS級冒険者とSランクパーティーが同時に生まれたと聞いたときは驚いたぜ。それに、あの「竜殺しのブロン」と戦って素手で勝つなんて、驚きを通り越して腰がひっくり返る気持ちだったぜ。なぁ、みんな気になってたんだが、ジョー、お前のジョブとスキルって何なんだ?ギルドで鑑定しても分からなかったんだってな?みんなお前やお前の仲間たちのジョブとスキルが何か当てようと必死になってるぞ。中には仲間同士で賭けをしている奴もいる。なあ頼む、教えてくれよ。」

 冒険者たちは興味津々に僕に訊ねてくる。

 「別に隠しているつもりはないけど、まぁ、教えても良いよ。僕のジョブは魔術士、スキルは霊拳だよ。」

 僕の回答に、冒険者たちは皆驚いた。

 「ま、魔術士だって!?冗談だろ?素手で戦う魔術士なんて聞いたことがねえぞ。それに、レイケンとか言うスキルも聞いたことがねえぞ。お前、本当に魔術士なのか?俺たちはてっきり、重戦士とか拳闘士とかを思ってたぜ。まさか俺たちをからかってなんかいねえよな?」

 冒険者たちが疑うような目で見てくるが、僕は淡々と答えた。

 「僕が君たちに嘘をついても何の得もないだろ。僕のジョブは間違いなく魔術士だ。あんまり知られていないけど、肉体を強化する魔術を使えるスキルがあって、僕はそれを使っている。嘘だと思うなら、この場で君たちを使って実践して見せようか?」

 僕は冒険者たちに右の拳を握りしめるポーズをとった。

 僕の言葉に、冒険者たちは慌てて答えた。

 「疑って悪かった。だから、その物騒な拳をしまってくれ。お前に殴られたら、大怪我ぐらいじゃすまないからな。」

 僕が握りしめていた拳を下ろすと、冒険者たちは皆ホッとした表情になった。

 「で、他に僕に聞きたいことはあるかい?」

 僕が冒険者たちへ訊ねた。

 「おおっ、そうだ。ジョー、お前たちの活躍はギルドでも、いや、国中でも問題だぜ。どんなに低報酬で高ランクの内容の依頼でも必ず引き受けて達成してくれる、お前たち「アウトサイダーズ」の人気は鰻上りだぜ。辺境の村の近くに巣を作ったキラービーを1,000匹討伐したとか、南の森に住み着いたオーガの群れ50匹を討伐しただとか、廃墓地に出現する大量のゾンビにスケルトンの群れ、加えてリッチーを倒したとか、辺境の田舎町の元貴族の旧い屋敷にでるレイスを討伐しただとか、とにかく、大活躍じゃあねえか。それも、依頼の報酬が全部相場の半額かそれ以下だって話だろ。中には無報酬で受けた依頼もあるんだってな。いやあ、Sランクとは言え、あんなハズレ依頼ばっかり引き受ける冒険者なんて俺たちは見たことがねえぞ。お前たちにはつくづく感心させられるぜ。なあ、どうしてお前たちはハズレ依頼ばっかり引き受けるんだ?お前たちの実力なら、もっと報酬が良くて楽な高ランクの依頼だって受けられるだろ。どうして面倒な依頼ばっかり引き受けているんだ?」

 冒険者たちの問いに、僕は一瞬考え込んだ後、言った。

 「別に大した理由はないよ。ただ、自分たちに誰かを助ける力があるなら、手が届く範囲で力になりたい、助けてあげたい、それだけのことだよ。お金も大事だけど、依頼者の命や、依頼者との絆、そういったものの方が大事だと思っている。聖人君主を気取るつもりはないけど、損得関係なく、困っている人たちを助ける、それがS級冒険者なんじゃないかと、勝手にだけど僕たちはそう思ってる。」

 僕の言葉に、冒険者たちは笑いながら返事をした。

 「ハハハ、さすがはS級冒険者だ。俺たちとは考えていることが違うな。損得関係なく、困っている人たちを助ける、か。そんなセリフを言えるお前たちがうらやましいよ。だが、お前たちに救われた人間は大勢いる。多分、国中の人間がお前たち「アウトサイダーズ」に感謝しているぜ。実はお前たちが受けた依頼の依頼先の中には、俺たち冒険者の故郷も含まれていたりするんだ。お前たちに故郷のピンチを救ってもらったと知って感謝している冒険者は多いぜ。当然、ウチのギルドの連中にもいる。もし、何か困っていることがあったら、何でも言ってくれ。俺たち冒険者が力になるぜ。なあ、みんな。」

 「ああっ、もちろんだ。」

 「当然よ。「アウトサイダーズ」はアタシたちの、みんなの英雄じゃない。」

 「俺たちは全員お前たちの味方だ。」

 冒険者たちは口々に御礼や応援の言葉を述べた。

 「それに比べて、勇者様とやらは一体何やってんだ?異世界からやって来た過去最高の勇者なんて国は言ってるけど、ちっとも何にもしねえじゃねえか?ダンジョン攻略どころか、冒険すらしねえじゃねえか?何してんだ、一体?」

 「ああっ、何でも城に籠ってずっと訓練ばっかやってるんだとよ。碌にモンスターと戦ったことがないって聞いてるぜ。訓練ばっかしてないで、いい加減実戦に出ろって話だよ、まったく。」

 「勇者様たちのための歓迎パレードを近く王都のど真ん中で開くって話を聞いたわ。パレードなんかする暇あったら、モンスターの一匹でも退治しろよって話。アタシら冒険者が苦労してるのに、呑気にパレードなんかするなんて、馬鹿にしてんのかよって話よ。」

 「勇者っていうくらいだから、みんなS級冒険者くらいの実力があるんだろうけど、それなら、なおさらすぐにでも厄介なモンスターたちの討伐をしてほしいぜ。「アウトサイダーズ」の方がよっぽど勇者に見えてくるぜ。何やってんだか、勇者や国は。」

 冒険者たちが口々に、勇者たちや国王たちに対する不満を述べた。

 そうか、勇者たちはまだあのインゴット王国の王城にいるのか。

 しかも、碌にモンスターと戦ったことはなく、いまだに実戦は未経験らしい。

 訓練をしているそうだが、一体どれほどレベルが上がったのだろうか?

 勇者たちが今、どれほどの強さを手にしているのか、彼らに復讐をする者としてはぜひ知っておきたい情報だが、簡単には入手できないだろう。

 いっそ、玉藻の認識阻害の幻術を使って王城にでも潜入するか?

 大した実力もないと分かれば、一気に奇襲攻撃をかけて、そのまま全員殺せばいい。

 だが、油断は禁物だ。

 何かしらの秘策や罠を用意している可能性もある。

 それに、成長した勇者たちの実力は未知数だ。

 ここはやはり慎重に行こう。

 潜入や奇襲は、今回は止めておこう。

 それより気になるワードが耳に入った。

 僕はさり気なく冒険者たちに訊ねた。

 「勇者様たちにもきっと事情があるんだよ。それより、みんなに一つ訊ねたいんだけど、この国のダンジョンってどこにあるんだ?実は前からちょっと気になっていたんだけど、見に行く機会が中々無くてさ。僕たち遠い辺境の地から来たんだけど、一度観光がてらダンジョンを見たいなと思っててさ。」

 僕の問いに、冒険者たちが答えた。

 「ああっ、「光の迷宮」ならちょうどこのノーザンの町から南西に、街道を馬車で二日ほど行くとあるぜ。森の中にある黄金に光り輝くデカい宮殿って感じだ。国が管理しているから、国の許可がないと中には入れないらしいが、宮殿は地下深くまで続いて、最深部には七つの聖武器の一つ、聖剣があるって話だ。しかも、勇者でないとダンジョンの攻略はできないそうだ。何でも聖剣を守るモンスターがいて、そのモンスターから認められないと、聖剣はもらえないって聞いてるぜ。まぁ、観光地として有名でもあるが、近くの森によくモンスターが出るから、注意は必要だけどな。ジョー、お前たちなら大丈夫だと思うし、外から眺める分には問題ないし、きれいだから見に行って来いよ。」

 「ああっ、時間ができたらパーティーのみんなと一緒に観光に行ってみるよ。」

 それから、朝食を食べながら、僕は冒険者たちと冒険のことやら町のことやら、最近話題の美人冒険者のことやら、色々な雑談を交わした。

 朝食後、暇だった僕は、ギルドの掲示板の前に立ち、何かソロでこなせる依頼がないか探した。

 勇者たちがレベルアップしたと聞き、僕もより強くならなければ、そう思った。

 ついでに、「光の迷宮」の近くで依頼が出ていないか探した。

 「光の迷宮」には七つの聖武器の一つ、聖剣がある。

 勇者たちの戦力を強化させないためにも、「光の迷宮」を攻略し、聖剣を破壊する必要がある。

 僕が依頼書の貼られた掲示板に目を通していると、二つの依頼書が目に止まった。

 一つは、コルドー村の湖に住み着いたカトブレパスの討伐依頼。討伐する数は1匹とある。推定ランクはSランク、討伐報酬100万リリアか。Sランクな上に、討伐報酬は相場の10分の1でBクラスギリギリの金額。これはたしかにハズレ依頼だ。誰も引き受けないはずだ。だが、たしかコルドー村は今いるノーザンの町のすぐ北側、お隣さんだったはずだ。徒歩で行けなくないし、ちょうどソロでこなすにはぴったりな案件だ。

 もう一つは、「光の迷宮」のすぐ近くに現れたバジリスクの討伐依頼。討伐する数は3匹とある。推定ランクはSランク、討伐報酬は300万リリア、依頼主の名前は、ブラン・ド・プレーティー宰相とあった。確か依頼にあるバジリスクというモンスターはAランクに該当するモンスターで、1匹当たりの討伐報酬は500万リリアが相場のはずだ。3匹なら適正な討伐報酬は1,500万リリアを支払うのが妥当なはずである。適正価格の5分の1しか出さないとは、国として、一国を預かる宰相として、この金額はあまりに低すぎる。貴重なダンジョンがあって、観光地にもなっている場所のすぐ傍のはずである。国民のために使う金などない、そう言っているようなものだ。やはりインゴット王国は碌でもない国らしい。だが、この依頼をうける目的で遠出すると言って、依頼ついでに「光の迷宮」を攻略することができる。どうやら、僕に復讐のチャンスが巡ってきたようだ。

 僕はこの二つの依頼が書かれた依頼書をそれぞれ掲示板から剥がすと、それらを持って、ギルドのカウンターへ向かった。

 「すみません。この二つの依頼を受けたいのですが、よろしいでしょうか?」

 受付嬢が返事をした。

 「おはようございます、ジョーさん。依頼を受けたいということですので。かしこまりました。依頼書を拝見いたします。ふむふむ。って、ええっ、カトブレパスとバジリスクの討伐ですか!?どちらも大変危険で、状態異常の能力を持つ高ランクのモンスターですよ。しかも、カトブレパスは視線で相手を呪い殺す能力を持っていると聞きます。カトブレパスと目を合わせた相手は即死すると言われています。本当に大丈夫ですか?」

 受付嬢が心配そうな表情を浮かべながら、僕へ言った。

 「ええ、問題ありません。これでも一応S級冒険者です。無理だと分かっていれば挑戦はしません。万全の準備で臨むつもりです。依頼を受けたいので手続きをお願いします。」

 「かしこまりました。少々お待ちください。」

 そう言うと、受付嬢は手続きを進めた。

 「お待たせいたしました。Sランクパーティー「アウトサイダーズ」による二件の依頼の受理を確認いたしました。両依頼とも依頼達成の期限は1年以内となっています。本日より1年以内に両依頼の達成をお願いいたします。依頼の受理をキャンセル、もしくは依頼が未達成の場合、ギルドよりランク降格や違約金の支払い等のペナルティが科されますのでご注意ください。依頼達成、心よりお持ちしております。頑張ってください。」

 「はい、ありがとうございます。」

 受付を終えると、僕はまず一つ目の依頼である、コルドー村の湖に住み着いたカトブレパスの討伐依頼を達成すべく、一人歩いてコルドー村へと向かった。

 一人でモンスターと戦うのは久しぶりである。アープ村のゴブリン退治以来か?

 僕はノーザンの町を出ると、街道に沿って、北に二時間ほどゆっくりと歩いて向かった。

 途中、森を抜け、坂道を上り下りすると、森の中に囲まれた、小さな村が見えてきた。

 村の入り口まで着くと、「コルドー村」と書かれた小さな看板が掲げてあった。

 村に入ると、村の中央の通りを歩く人はまばらで、商店も少なく、とても静かだった。

 僕は村人と思われる通行人に話しかけた。

 「すみません。ちょっとお訊ねしますが、カトブレパスというモンスターのいる湖はどちらにありますか?私は冒険者をしていまして、カトブレパスの討伐依頼を受けて来た者です。良かったら、道を教えていただけませんか?」

 僕が訊ねると、村人は驚き、声を上げた。

 「か、カトブレパスの討伐に来られたですって!?まさか本当に依頼を引き受けてくださる方がいるとは。おおい、みんな集まってくれ!カトブレパスの討伐に来たという冒険者の方が来られたぞ!」

 村人の声を聞き、他の村人たちが続々と僕の前に集まってくる。

 突然のことに僕は驚いた。

 「いや、あの、僕はカトブレパスのいる湖さえ教えてもらえれば結構ですから。すぐに討伐しますので、湖への道を教えていただきたいんですけど。」

 「村長、この方がカトブレパスの討伐に来られたという冒険者の方です。」

 村人たちをかき分け、白髪に長い白い髭を生やした、杖をついた、70代後半の老人が現れた。

 「おおっ、まさか本当にカトブレパスを討伐してくださる冒険者の方が来てくださるとは!私はこの村の村長を務めております、マイルと申します。遠いところ、お越しいただきありがとうございます。お名前をうかがっても。」

 マイル村長から訊ねられ、僕は自己紹介をした。

 「僕は宮古野 丈というしがない冒険者です。「アウトサイダーズ」というパーティーに所属しています。インゴット王国冒険者ギルド北支部で、こちらから依頼が出ていることを知り、やってきました。」

 僕の自己紹介を聞き、マイル村長や村人たちは全員驚いた。

 「な、なんと、今国中で評判のあのSランクパーティー「アウトサイダーズ」の御方ですと!?どんな低報酬で高ランクの依頼も必ず達成するという噂の凄腕冒険者様ですか?それに、その黒い髪に黒い瞳、黒一色の服、もしや、パーティーリーダーの「黒の勇者」様ではありませんか?」

 村長の問いに、僕は苦笑いしながら答えた。

 「ええっと、その「黒の勇者」というか、「アウトサイダーズ」のパーティーリーダーは確かに僕です。ただ、その「黒の勇者」と呼ぶのは止めていただけますか。僕のことはただのジョーと呼んでください。そのあだ名で最近呼ばれることが多いのですが、正直小恥ずかしいので。」

 僕がそう言うと、村長も村人たちも喜んだ。

 「何と「黒の勇者」様が来てくださるとは、こんなに嬉しいことはございません。ささっ、どうぞ我が家へお越しください。大したおもてなしはできませんが、どうぞゆっくり過ごしていってください。皆の者、すぐに宴会の準備をしろ。いやあ、実にめでたい。」

 村長が僕をもてなそうとするが、僕は慌てて止めた。

 「マイル村長、お気持ちは嬉しいのですが、僕はすぐにカトブレパスを討伐したいので、宴会やおもてなしなど無用です。すみませんが、カトブレパスのいる湖への道を至急教えていただけますか?後、討伐が終わりましたら、すぐに僕は帰りますので見送りも不要です。先を急いでおりますので、そのようにお願いします。」

 村長は残念そうな顔を浮かべながら言った。

 「そうですか。それは残念です。しかし、お急ぎとあらば仕方ありません。この村のちょうど西側の森の中に、大きな湖があります。そこにカトブレパスがおります。カトブレパスが住み着く以前は、村人や観光客で魚釣りを楽しんだり、夏に泳ぎを楽しんだりしていたのですが、去年の夏頃、あの湖に突然カトブレパスが現れ、住み着いてしまったのです。おかげで、魚は釣れなくなり、観光客も来なくなり、おまけに死人まで出る有り様で大変困っております。ギルドにずっと依頼を出していたのですが、このような小さな村では100万リリアしか報酬を出せず、受けてくれる冒険者の方が現れないため、どうしたものかと困り果てておったところです。しかし、「黒の勇者」様が来てくださったからにはもう安心です。どうか、カトブレパスの討伐をよろしくお願いいたします。」

 マイル村長や村人たちが僕に頭を下げて頼んできた。

 「頭を上げてください。報酬を受け取る以上、必ずカトブレパスは討伐します。安心してください。では、僕はこれで失礼します。」

 そう言うと、僕は村長たちの前を急いで立ち去り、カトブレパスがいる西側の森の中にある湖へと向かった。

 村を出て、西側の森の中を歩いて15分ほど行くと、大きな湖が見えてきた。

 僕は一旦森の中に身を隠し、それから霊能力を発動し、体に纏った。

 「霊拳!」

 僕の全身を霊能力の青白い光が包み込んだ。

 霊能力を纏った僕の体は、敵のどんな攻撃も防ぐことができる。

 例え、火だろうが毒だろうが剣だろうが槍だろうが、ほとんどの敵の攻撃を受けてもびくともしないのだ。

 まぁ、玉藻や酒吞、鵺の攻撃は別だが。あの三人ははっきり言って次元が違う。

 しかし、モンスターや冒険者程度の攻撃なら全然問題ない。

 ギルドで依頼を受け続けた四週間、僕は自身の戦闘能力を確認するとともに、実戦経験を身に着けた。

 戦いの中で霊能力を使った新しい新技も編み出している。

 状態異常の攻撃を用いてくるモンスターとの戦闘にも慣れている。

 だが、今回の相手はSランクモンスターのカトブレパス、視線で相手を呪い殺すという状態異常を起こす攻撃能力の、最上級クラスの能力の持ち主だ。

 決して油断できる相手ではない。

 僕は森の中から湖の様子を窺っていると、湖の左側の森の中からガサガサと音を立て、体長5メートルほどの大きさの、大きな豚の頭に長い大きな白い牛の角、胴体は牛、体毛は黒で、まるでろくろ首のような長いぐにゃぐにゃとした首を持ち、重い頭部を引きずりながら歩く、一見水牛に似た奇妙な生き物が現れた。

 その生き物は垂れ下がった頭を地面に引きずりながら歩いて湖の傍まで寄ると、頭を湖につけ、ゴクゴクと湖の水を飲み始めた。

 「あれがカトブレパスか。アイツの目を見ると、その視線で呪い殺されるそうだな。異世界召喚物の物語やファンタジー物のゲームによく出て来るモンスターのはずだ。元いた世界の本で読んだ通りの姿をしている。さて、相手を呪い殺すという状態異常攻撃を受けるのは初めてだ。正面からは攻撃せず、後ろから奇襲をかけて仕留めるのがベターか?だけど、あの巨体だし、もし、奇襲に失敗して攻撃が通らなかったら、逆にやられる可能性もある。いや、待てよ。僕の霊能力は元いた世界の時は暴走し、邪気となって、僕や周囲の人々を不幸にしたと以前三人に聞いた。なら、僕の霊能力はカトブレパスと同じ呪いに近い力を持っている。よし、地球出身の僕の呪いと、異世界出身のカトブレパスの呪い、どっちの呪いが強いか、力比べといこうじゃないか。」

 僕はカトブレパスとの正面対決をあえて選択した。

 僕は霊能力を纏ったまま、隠れていた森を出ると、正面に見えるカトブレパスにゆっくりと近づいた。

 僕が近づくなり、カトブレパスは僕の姿に気が付き、「ブモーーー!」という大きな鳴き声を上げ、威嚇してくる。

 次の瞬間、カトブレパスの赤い瞳が輝き、真っ赤な光を放った。

 僕はその光を全身に浴びた。

 しかし、僕の纏う霊能力によって、カトブレパスの放った赤い光は打ち消された。

 「ブモッ!?」

 光を浴びても平気な僕の姿を見て、カトブレパスは驚いたような鳴き声を上げた。

 「残念だったな。どうやら僕の霊能力の方が、お前の力より呪いとしては上らしいな。」

 僕はカトブレパスに向かってそう言うと、そのまま空中高く飛び上がった。

 そして、急降下しながら、カトブレパスの頭部目がけて右の拳からパンチを繰り出した。

 急降下の勢いも加わった僕のパンチが、カトブレパスの脳天に直撃し、カトブレパスの頭部は僕の拳と地面の間に挟まれ、そのままグシャリという音を立て、潰れた。

 「ブモォーーー!?」というカトブレパスの断末魔の叫び声が、湖全体に広がった。

 カトブレパスを討伐した僕は、カトブレパスの死体を確認した。

 「うん、目玉は飛び出ているが、破損はしていない。きっと高く売れるはずだ。」

 カトブレパスはSランクに指定される危険なモンスターだが、その目玉は貴重な魔道具の素材、あるいは、モンスターの剥製の愛好家などに好まれ、高値で取引されると聞いている。

 ギルドにこのまま持ち帰れば、きっと高値で売れることだろう。

 あと少しで、ギルドに作った僕の銀行口座の貯金は1億リリスを超えようとしている。

 いざという時のためにお金はある程度貯金し、持っていた方がいい。

 これから、世界中を旅することになったらなおさらだ。

 倹約と貯金の大切さを、僕は元いた世界で十分に学んだ。

 元いた世界でも異世界でも、お金は生活していく上でとても大事だ。

 相場より低い報酬でも、こうして工夫をすれば、高値で売れるモンスターの部位を手に入れることもできるのだ。

 依頼さえ達成すれば、人助けができて、信頼とお金を得ることができる。

 命や怪我のリスクはあるが、冒険者という職業、仕事はなかなか良いものだと思う。

 僕は腰に巻いた黒いアイテムポーチに、カトブレパスの死体を入れた。

 このアイテムポーチとは、ほぼ無限の収納空間を持つアイテムで、冒険者には必須の装備だ。

 異世界召喚物の物語でよく登場するアイテムだが、この異世界ではある程度の金額を出せば誰でも買える上、アイテム内に収納できる容量もほぼ無限らしい。時折、容量に制限がある設定があったりするが、この異世界ではその設定は無いらしい。

 ちなみに、僕が腰に巻いているアイテムポーチは、服と同じワイバーンの皮を使っていて、お値段は60万リリスと、ちょっとお高めだったりする。決して無駄遣いはしていない。

 カトブレパスの討伐が終わると、僕はふたたびコルドー村へ向かった。

 僕の姿を見るなり、マイル村長や村人たちが僕の方に集まってきた。

 「「黒の勇者」様、カトブレパスの討伐はどうなりましたか?まさか、もう討伐をされたのですか?」

 マイル村長の質問に僕は答えた。

 「ええっ、マイル村長、無事依頼通りカトブレパスは討伐しました。良かったら、アイテムポーチの中に死体が入っているので、お見せしましょう。」

 僕はそう言うと、カトブレパスの死体をアイテムポーチから取り出し、村人たちの前に出して見せた。

 カトブレパスの死体を見て、マイル村長や村人たちは皆口を開けて驚いた。

 「こ、これは確かにあのカトブレパスの死体です。まさかこんな短時間で、一日もかからず討伐するとは、恐れ入りました。さすがは「黒の勇者」様、みごとなお手並みです。これでまたこの村に観光客が戻り、活気が戻ることでしょう。一体何と御礼を言っていいやら。」

 マイル村長や村人たちは涙を流しながら、喜んだ。

 僕はふたたびカトブレパスの死体をアイテムポーチに戻すと、村長たちに向けて言った。

 「では、僕はこれで失礼いたします。皆さん、どうかお元気で。」

 僕が立ち去ろうとすると、マイル村長が僕の左腕を掴んだ。

 「お待ちください、「黒の勇者」様。せめて昼食ぐらいはごちそうさせてください。この村は湖で獲れる川魚を使った料理が評判でして、ぜひ良かったら食べて行ってください。おおい、皆の者、急いで湖に行って魚を獲ってこい。それと、急いで昼食の準備をしろ。精一杯心を込めて、「黒の勇者」様をおもてなしするのだ。」

 「いえ、僕は本当に結構ですから。依頼さえこなせればそれで十分ですから。」

 「いえいえ、そうご謙遜なさらず。あの程度のちっぽけな報酬ではあなた様から受けた恩は返しきれません。どうか、私たちの好意を受けてくださいませんか?」

 村長たちに懇願され、僕は断り切れず、村長たちのもてなしをありがたく受け取ることにした。

 「ハアー、分かりました。そうですね。ちょうど昼時ですし、ぜひご自慢の魚料理をいただいてもよろしいですか?」

 「そうですか。では、「黒の勇者」様、どうぞあちらの店へ。村総出で最高の川魚料理をごちそういたしましょう。」

 僕は村長たちに連れられ、村の飲食店と思われる店にやってきた。

 それから僕は村長たちとともに、コルドー村名物の川魚料理に舌鼓を打った。

 特に、鮎の塩焼きは絶品だった。

 日本にいた頃は、鮎はとにかく高くて、一人暮らしの男子高校生の僕には手が出せない代物だった。

 ギルドの近くの村で、こんなにおいしい鮎を食べられるとは思ってもみなかった。

 今度は、パーティーメンバーのみんなも誘って、また食べに来てもいいかもしれない。

 村人たちと食事をしながら、僕は冒険者として活動してきた4週間について、冒険の内容について話してあげた。

 僕はコミュ障なので、場を盛り上げる上手いジョークも思いつかないため、とりあえず会話のネタとして、僕たち「アウトサイダーズ」のこれまでの冒険譚について話した。

 村人たちは、特に村の子供たちは楽しそうに僕の話す冒険譚を聞いていた。

 昼食を終えると、僕はコルドー村を出ることにした。

 見送りはいいと言ったにもかかわらず、村人たちは村の出入り口まで、僕を全員で見送ってくれた。

 「もう、行ってしまわれるのですか?もっとこの村を堪能していただきたかったのですが、残念です。」

 マイル村長が残念そうに僕に言った。

 「いえ、皆さんの感謝はもう十分伝わりました。おいしい川魚料理をごちそうになりました。今度は依頼でなく、バカンスで、他のパーティーメンバーと一緒にまた、いつかこの村へ遊びに行きたいと思います。コルドー村の皆さん、本当にありがとうございました。それではまたいつか会いましょう。」

 僕はそう村人たちに向かって言うと、軽くお辞儀をした。

 そのまま、村人たちに背を向け、ノーザンの町へ向け、街道をゆっくりと歩いて行った。

 背後から、村人たちの声が聞こえる。

 「「黒の勇者」様、本当にありがとうございました。」

 「「黒の勇者」様、また遊びに来てねえ~。」

 「「黒の勇者」様、俺たちはいつまでもあんたのことは忘れねえぞ。達者でなぁ。」

 僕は後ろを振り返り、村人たちに軽く手を振った。

 コルドー村の人たちはとても良い人たちばかりだった。

 あの人たちを助けられて本当に良かった、僕はそう思い、鼻歌を歌いながら一人街道を歩いていくのだった。

 主人公、宮古野 丈がコルドー村を経ってから10分後、コルドー村の人々は村の中央にある広場へと集まった。

 マイル村長が村人たちに向けて言った。

 「皆の者、私たちは約一年もの長い間、あの恐ろしいカトブレパスの脅威に晒されてきた。村の産業は衰退し、人も減り、カトブレパスによって多くの村人が命を落とした。しかし、神は我々にあの「黒の勇者」様を遣わされた。「黒の勇者」様のおかげでふたたびこのコルドー村に平和が戻った。私はこの村の、そう今皆がいるこの広場の中央に「黒の勇者」様の功績をたたえる銅像を建てることを皆に提案したい。皆の者、異議はあるか?」

 村長の提案に、村人たちは皆口々に「「「「「「異議なし!」」」」」」と、声を上げて賛同した。

 「うむ。では全会一致とみなし、「黒の勇者」様の銅像を建てることにしよう。皆の者、さっそく準備にとりかかれ。」

 マイル村長主導の下、コルドー村の広場の中央に、主人公、宮古野 丈こと「黒の勇者」の偉業を讃える銅像が建てられることになった。

 通常なら数カ月かかるところを、コルドー村の人々はわずか2週間という驚異的なスピードで、「黒の勇者」の銅像を作り、広場に建てたのだった。

 主人公そっくりの、真っ黒に塗られた立派な銅像がそこには建っていた。

 コルドー村の真似をして、主人公が依頼を受けた各地で、同じような「黒の勇者」を讃える黒い銅像が建ち始めるのだが、主人公、宮古野 丈はまだそのことを知らないでいた。

 コルドー村を立ち、僕がノーザンの町へ歩いて戻ると、すでに時刻は夕方だった。

 僕はその足でギルドに戻ると、ギルドの受付嬢に声をかけた。

 「すみません。今日受けた二つの依頼の内、一つを達成したので報告に上がりました。すみませんが、確認をお願いします。」

 「お疲れ様です、ジョーさん。ってええっ、もう早速依頼をこなしちゃったんですか?今日は「アウトサイダーズ」の皆さんは全員お休みと聞いていましたが、もしかしてソロで達成されたんですか?」

 受付嬢が驚いた顔で僕に訊ねた。

 「ええっ、なんせ暇だったもので、散歩がてらにこなしてきました。討伐したのは、コルドー村から依頼のあったカトブレパスの討伐依頼です。今、証拠を見せますね。」

 僕は受付カウンターから一旦離れると、アイテムポーチからカトブレパスの死体を取り出した。

 カウンター前に置かれたカトブレパスの死体に、受付嬢や周りの冒険者たちは皆口を開け、茫然としていた。

 受付嬢が慌てた様子で、僕に声をかけてきた。

 「た、確かにこれは依頼のあったSランクモンスターのカトブレパスです!し、しかも、貴重な両方の目玉まで付いているなんて!?この両方の目玉だけで2,000万リリア以上の価値がありますよ!一体どうやってお一人で倒したんです?カトブレパスには視線で相手を呪い殺す能力があったはずですが?」

 「ああっ、それなら全然平気でした。モロにカトブレパスの視線というか光を浴びましたけど、全然なんとも無かったですね。僕のスキルは全ての状態異常攻撃に強い耐性があるので、へっちゃらでしたよ。ワンパンで倒しちゃいました。」

 僕は受付嬢に笑いながら答えた。

 受付嬢や周りの冒険者たちは今も驚いている。

 「カトブレパスの死の視線を浴びても平気!?しかも、ワンパンで倒したんですか!?Sランクモンスターの中でも最強の状態異常攻撃の能力を持つと言われるカトブレパスを!?おまけにソロでですか!?嘘、信じられない!?」

 「おい、カトブレパスと言えば、Sランクパーティー全員でようやく倒せる相手だろ?回復術士無しで倒せる相手じゃないだろ、普通よ?」

 「カトブレパスなんて大物、俺はこの目で初めてみたぞ!出会った瞬間即死させられるって言われる化け物じゃあねえか!?そんな奴をたった一人で倒すとか、S級冒険者だからってあり得ねえだろ!?散歩がてらにワンパンでカトブレパスを討伐してくるとか、アイツ本当に人間か!?」

 ギルドのみんなが騒いでいると、騒ぎを聞きつけた、ギルドマスターのブロンさんが、三階の執務室から階段を下りてやってきた。

 「おい、みんな一体何の騒ぎだ。って、おい、これはカトブレパスじゃあないか?何でコイツの死体がウチのギルドにあるんだ?誰がコイツを持ってきた?」

 「ああっ、こんにちは、ブロンさん。このカトブレパスを討伐して、死体を運んできたのは僕です。コルドー村から討伐依頼が出ていたようなので、コルドー村に散歩がてらに寄ったついでに、このカトブレパスを討伐してきました。依頼達成のため、今、この場に死体を出して、受付嬢さんに確認をお願いしていたところなんです。」

 僕はブロンさんに事の経緯について説明した。

 ブロンさんは目を丸くし、僕に訊ねた。

 「じょ、ジョー君、今、散歩がてらにカトブレパスを討伐したと言ったが、君のパーティー「アウトサイダーズ」は今日全員休みと聞いていたが、まさかソロでコイツを討伐したのかい?」

 「ええっ、その通りですよ。見てください。ちゃんと両方の目玉を付いた状態で倒しました。2,000万リリア以上の値打ちはすると先ほど受付嬢さんより聞きました。コルドー村ではおいしい川魚料理を食べられたし、散歩もできたし、ついでにカトブレパスを討伐して貴重な目玉をゲットできるし、いやあ、充実した休暇でしたよ。」

 僕の感想を聞き、ブロンさんは頭を抱えた。

 「ジョー君、君は自分がやったことを理解しているのかい?確かにカトブレパスはSランクに該当するモンスターだが、どんなに強いS級冒険者であっても、ソロで討伐に向かって倒せる相手じゃない。S級冒険者に加えて、熟練した高ランクの冒険者たちに、一流の回復術士を加えたSランクパーティーで臨まないと、到底勝てない相手なんだ。目が合った相手を即死させる死の視線という、状態異常攻撃の中でも最高クラスの攻撃を持つカトブレパスを相手に、たった一人で勝つなんて、それこそ歴代最強と呼ばれた勇者でもない限りできない芸当なんだ。ジョー君、君のやったことはとてつもない偉業なんだ。ギルド本部や国から表彰されてもおかしくない。ジョー君、本当に一体君は何者なんだ?君ほどの実力の持ち主が何でこのギルドに現れるまで無名だったんだ?君は一体私たちに何を隠しているんだ?」

 ブロンさんは真剣な表情で僕を見つめながら言った。

 ギルドにいる人たちも僕の素性が気になり、同じように僕の顔を真剣な表情で見つめて来る。

 いかん、少々やり過ぎた。

 まさかカトブレパスのソロ討伐がこんな大事になるとまでは予想していなかった。

 ギルド本部や国から表彰されるくらいの偉業とか言ってなかったか?

 僕の生存が勇者たちや国王たちに今バレるのはマズい。

 いずれはバレると思ってはいたが、今はそのタイミングではない。

 ここは何としても素性がバレるのを阻止しなければ。

 「ええっと、ほら、僕のスキルって、状態異常攻撃に対して滅茶苦茶耐性があるんですよ。だから、回復術士抜きでもカトブレパスを倒せたんですよ。たまたま僕とコイツの相性が良かったんですよ。それに、僕や僕の仲間たちがジョブとスキルがステータスを鑑定してもなぜか表示されないのは皆さんご存知じゃないですか。やっとこさ、実績を認めてもらってこのギルドでようやく冒険者として働けるようになったんですよ。そんな怖い顔して見ないでくださいよ。辺境の田舎からやってきたコミュ障のただの新人冒険者ですよ、僕は。」

 僕は笑いながら、素性を隠すため、そうごまかした。

 僕の言葉に、みんな一斉に笑い出した。

 「ハハハ、そうだった。確かにジョブとスキルが鑑定しても表示されなくて、それで苦労したんだもんな、ジョーは。」

 「ハハハ、ジョーが変てこなスキルを持ってるのはみんな知ってることだしな。悪かったな、ジョー。変に疑ったりしてよ。」

 「そうだな。ジョーはS級冒険者だけど、まだ新人だもんな。おまけにコミュ障で口下手で、妙に遠慮するところがあるしな。でも、困っている奴を見ると放っておけないお人好しだし、いつもハズレ依頼ばかりを引き受けてくれる良い奴だよ。変な目で見て悪かったな。」

 「ジョー君が来てからウチのギルドの評判も上がっているし、ジョー君のおかげでアタシたちも依頼殺到で大助かりじゃない。ジョー君はアタシたちみんなの大切な後輩よ。変に疑うなんて良くないわ。ごめんね、ジョー君。」

 「ジョーは今や「黒の勇者」様なんて呼ばれるウチの看板冒険者だぜ。ジョーの悪口を言う奴は俺たちが黙っていねえぞ。安心しろ、ジョー。ここにいるギルドの全員がお前の味方だぜ。」

 ギルドのみんなが、笑いながら僕に声援を送ってくれた。

 ブロンさんも急に笑顔に戻り、笑いながら僕に言った。

 「いやぁ、ジョー君。つい君を疑うようなことを言ってすまなかった。そうだね、君や君の仲間たちはジョブとスキルが鑑定してもステータスに表示されなくて、苦労の末、ウチのギルドに来てくれたわけだ。気分を悪くしてしまったなら、謝るよ。本当にすまなかった。それと、カトブレパスのソロ討伐、おめでとう。君はまさしくウチのギルドのエースにして誇りだ。これからもよろしく頼むよ、「黒の勇者」様。」

 「いえ、ありがとうございます、ブロンさん。ただ、ブロンさんも皆さんもその「黒の勇者」様ってあだ名で呼ぶのは止めてくださいよ。結構恥ずかしいんですよ、そのあだ名。僕はただのジョーですから。」

 僕やブロンさん、ギルドのみんなは笑った。

 「よーし、みんな、今日の夕飯は私のおごりだ。みんな、ギルドの食堂で好きなだけ飲んで食べてくれ。ジョー君、君も一緒にどうだい?」

 ブロンさんが僕やみんなに向けてそう言った。

 「では、お言葉に甘えさせていただきます。ついでに、パーティーのみんなも呼んできます。」

 「ウオオオー、ギルマスのおごりだとよ。じゃんじゃん食べようぜ、みんな。」

 僕や冒険者たち、ギルドの職員たちは、夕飯をブロンさんにおごってもらうことになった。

 僕は改めて、カトブレパス討伐の依頼達成をギルドに報告すると、ギルドの二階の宿泊所の、自分の部屋へと戻った。

 「ただいまー、みんな!」

 僕は部屋にいた玉藻、酒吞、鵺の三人に声をかけた。

 「お帰りなさいませ、丈様。何だかとてもご気分がよろしいようですが、何かございましたか?」

 玉藻が僕に訊ねた。

 「うん。実は今日コルドー村ってところに散歩に出かけたんだけど、ついでに、コルドー村から討伐依頼が出ていた、カトブレパスって言うモンスターを討伐したんだ。Sランクモンスターをソロで討伐するのは、物凄い偉業だって、ブロンさんが言ってたよ。それで、僕のカトブレパスソロ討伐のお祝いってことで、ブロンさんがギルドにいる人たち全員に夕飯をおごってくれるんだって。三人も一緒に夕飯を食べない?」

 玉藻、酒吞、鵺の三人は僕の言葉に喜んだ。

 「それはそれは、何とおめでたいことでしょう!Sランクモンスターのソロ討伐、誠におめでとうございます!今日はお祝いですね!」

 「丈、一人でSランクの強敵相手に勝つなんてやるじゃねえか!さすがは俺たちの主だ!いやあ、めでてえ!おごりってんなら、じゃんじゃん酒を飲むぞ!宴だ、宴!」

 「丈君、お疲れ様!やっぱり丈君はすごい!丈君は最強!私たちが一緒なら無敵!今日は最高にハッピーな日になった!みんなで一緒にパーティーナイト!」

 「ありがとう、みんな!それじゃあ、早速支度してくれ!一緒に夕飯を楽しもう!」

 僕がカトブレパスをソロ討伐したその夜、僕たちはギルドのみんなと一緒に、ギルドの食堂を貸し切って夕食を食べた。いや、宴会を楽しんだ。

 たくさんの酒と食事が振る舞われ、飲めや歌えやの大騒ぎだった。

 僕は大人数で騒ぐのは苦手だったが、たまにはいいものだと、そう思った。

 宴会は朝まで続き、皆、食堂で酔いつぶれていた。

 僕は未成年という理由で酒は飲まなかったため、パーティーの仲間たちや、冒険者たちの介抱をしていた。

 もし、異世界に召喚されず、そのまま成長して社会人になったら、こんな感じで僕は飲み会に参加して上司や同僚たちの介抱をしていたのだろうか?

 ふとそんなことを思っていた。

 異世界に召喚されてから、まだ一ヶ月も経たないが、あれだけ嫌がっていた異世界での生活に馴染みつつあった。

 それもこれも、僕にとり憑いていた妖怪の三人のおかげだろう。

 彼女たちと出会わなければ、僕の異世界生活は詰んでいただろう。

 それに、ギルドの冒険者たち、ギルドの職員たち、ギルドマスターのブロンさん、みんな良い人ばかりだ。

 素性の分からない、得体のしれない僕に、人生の先輩として、良き仲間として接してくれる。

 僕の異世界に対する復讐心は変わらない。

 だけど、僕が復讐をするのは、あくまで僕を虐げる異世界の悪、勇者たち、インゴット王国の王族たち、光の女神リリア、僕と敵対する異世界の者たちだ。

 僕が守りたいと思う異世界の人たちは、何があっても絶対に守りたい。

 僕は優しい復讐鬼。

 守りたいものは守り、復讐したいものには容赦なく復讐する。

 僕の異世界への復讐の旅は、もうまもなく始まろうとしていた。
























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