第一章 処刑編

第一話 主人公、異世界に召喚される

 僕の運命を決めたその時は、何の前触れもなく、突然訪れた。

 僕が教室でクラスメイトたちと数学の授業を受けていた時、突如、教室の床が光り出した。

 光とともに、教室の床に何やら魔法陣らしきものが浮かび上がった。

 「な、何だ、一体!?」

 突然起こった奇妙な事態に、僕は声を上げて驚いた。

 僕は教室の窓側の列の一番後ろの席に座っていた。

 前方を見ると、クラスメイト達も授業をしていた担任教師も皆、困惑していた。

 次の瞬間、床の魔方陣から強い光が放たれ、教室中を光が包み込んだ。

 光に包まれた瞬間、僕は意識を失った。

 ひんやりとした固い地面の感触が伝わってきたことで、僕は目を覚ました。

 体を起こし、周りを見ると、どこかの大広間のような空間が目の前に広がっていた。

 周りを見ると、一緒に教室で授業を受けていたクラスメイトたちや、担任教師の姿があった。

 全員怪我は無いようで、皆僕と同じように体を起こし、周りをキョロキョロと見回している。

 「一体、ここはどこなんだ?」

 僕が疑問に思っていると、突然広間の前方から声が聞こえた。

 「陛下、お喜びください!無事、勇者の召喚に成功いたしました!」

 中世ヨーロッパ風の、チュニックやジャケットを着た、ちょび髭を生やした貴族のような出で立ちの中年男性が、隣にいる金色の王冠を被った50代くらいの王様のような出で立ちの男性に声をかけた。二人ともヨーロッパ系の顔で、どう見ても日本人には見えない。

 「うむ。無事、成功したようで何よりだ。これで魔王討伐に向けてまた一歩前進したわけだ。召喚術士の諸君、大儀であった。」

 陛下と呼ばれる男性が、広間にいる黒いローブを着た集団に向かって声をかけた。

 「お父様、召喚術士の皆様への労いも大切ですが、勇者様たちへの挨拶も大切です。今も混乱されているご様子ですし。」

 金色のティアラを被った、僕たちと同じ年頃の女性が、陛下と呼ばれる男性に言った。

 「おお、そうであったな。いかん、いかん。早速、ご挨拶と事情の説明をしなければ。」

 そう言うと、ティアラを被った女性とともに、僕たちの方へ向かって歩いて近づいてきた。

 「ここは一体どこなんですか?私や、私の教え子たちをこんな場所へ連れてきた目的は何ですか?あなた方のやっていることは誘拐も同然ですよ。そもそも、あなた方は一体、どなたでしょうか?事情を説明してください。」

 担任教師の下長飯しもながえ先生が、抗議を交えながら、陛下と呼ばれる男性たちに向けて訊ねた。

 「どうか、お怒りをお鎮めください。あなたたちのお怒りはごもっともです。しかし、どうか、こちらの話に耳を傾けていただけますでしょうか?ここはあなたたちのいた世界とは異なる世界なのです。異世界と言うのが適切でしょう。」

 「い、異世界ですと!?あなた方は私たちをからかっているのですか?そんなこと、信じられるわけがないでしょう。」

 先生が顔を真っ赤にして反論する。

 「当然、すぐに信じろと言うのも無理な話ではございますが、事実、ここはあなたたちのいた世界ではありません。ここは異世界、アダマスと呼ばれる世界、星です。今、証拠を御覧に入れましょう。ブラン宰相、君の魔法を勇者様たちに披露して見せたまえ。」

 「はっ。畏まりました。」

 陛下と呼ばれる男性から指示を受け、後方にいたちょび髭を生やした貴族風の男性、ブラン宰相が右手を前に突き出し、次の言葉を唱えた。

 「火炎詠唱!」

 詠唱が終わった直後、ブラン宰相の右手から勢いよく炎が噴き出した。

 噴き出した炎が火炎放射器のように一直線に飛び、広間に設置してあった的を燃やし尽くした。

 目の前の光景に、僕もクラスメイトたちも、そして、下長飯先生も口を開け、啞然となった。

 「いかがでしょう?これで信じていただけますか?」

 陛下と呼ばれる男性が、先生や僕たちに向けて言った。

 「待ってください!今のは何かの手品、もしくはCGを用いた演出の可能性があります。他に何か、ここが異世界であるという証拠はありませんか?」

 そう声を上げて訊ねたのは、島津しまづ ゆう。成績優秀、スポーツ万能、学校一のイケメンで、クラスのリーダー的存在でもある男子生徒だった。クラスの男子たちのNo.1にして、クラスの男子のカースト上位グループの中心的存在。副生徒会長にして市長の息子というエリートにしてお坊ちゃまだ。身長180センチの長身にイケメンで品行方正な性格とあって、学校の女子たちから絶大な人気を誇る。

 「そうだぜ、おっさん。今のマジックみてえなので信じろなんて無理だぜ。他に証拠があるなら、見せてみろよ。」

 汚い言葉遣いで訊ねたのは、前田まえだ あつし。いわゆる不良だが、クラスのカースト上位グループに属し、クラスの男子のNo.2ともいえる存在だ。島津の腹心ポジションも務めている。

 「そうですか。魔法だけでは信じられないと言うのですね。でしたら、こちらのモンスターを見たことはございますか?おい、例の捕らえたワイバーンをここに運んで来い。勇者様たちにお見せするのだ。」

 陛下と呼ばれる男性はそう言うと、広間にいた騎士たちが慌てて広間を出て行った。

 数分後、騎士たちが大きな檻に入れられた一匹の奇妙な生き物を、檻ごと台車に乗せて運んできた。

 その奇妙な生き物は、黒いドラゴンの頭と胴体に、蝙蝠の翼、鷲の脚に蛇の尾を持つ、体長5メートルほどの姿をしていた。

 檻の中から、「ギャオーーー。」という鳴き声を上げ、暴れている。

 ワイバーンと呼ばれたその生き物の入った檻が、僕たちの目の前にまでやってきた。

 どう見ても作り物ではなく、明らかに生きている。

 「いかがでしょう?これは先日我が国の国境付近を飛んでいたのを、我が国の騎士たちが捕らえた、ワイバーンと呼ばれるドラゴンの亜種です。あなた方のいた世界に、このような生物はいましたか?」

 陛下と呼ばれる男性が島津たちに問いかけた。

 「いや、こんな生物は見たことありません。どうやら、本当にここは異世界のようですね。」

 「本当だぜ。まさか、本物のドラゴンが見られるなんて。マジで俺たち、異世界に来ちまったようだぜ。」

 島津たちは驚きながら、そう答えた。

 「ご納得いただけたようで何よりです。では、改めまして、皆様を我々の世界にお呼びした理由をご説明いたします。」

 陛下と呼ばれる男性がそう言うと、説明を始めた。

 「申し遅れました。私の名は、アレクシア・ヴァン・インゴット13世。インゴット王国の国王を務めております。隣にいます娘は、マリアンヌ・フォン・インゴット。私の一人娘で、この国の姫でもあります。以後、お見知りおきを。」

 「マリアンヌ・フォン・インゴットでございます。勇者様方、どうぞよろしくお願いいたします。」

 国王と姫がそれぞれ、僕たちに挨拶した。

 「皆様を我々の世界にお呼びしたのは、我々の世界が危機に晒されているからです。実は、我々の世界には、我々人間とは別に、魔族と呼ばれる恐るべき存在がおります。魔族は知性を持ち、人間以上の魔力や身体能力を持っております。また、皆様方にお見せしたモンスターを従える力を有しております。そして、魔族は我々人間と敵対しており、魔王と呼ばれる存在の下、我々人間を滅ぼそうと企んでおります。我々人間は、長きに渡って、魔王率いる魔族たちと戦争を続けてきました。」

 国王は一拍置いて、話を続けた。

 「先日、この世界の創造神にして光の女神リリア様より神託が下りました。神託の内容は、この世界に異世界より勇者たちを召喚し、魔族と戦うように、というものでした。女神様は我々に異世界より勇者を召喚する方法も授けてくれました。神託を受け取ったのは、巫女である我が娘です。神託に従い、我々は魔族に対抗するため、皆様を勇者としてこの世界にお呼びしたわけでございます。我々人間は、魔王率いる魔族により、絶滅の危機に晒されております。どうか、我々に勇者様たちのお力をお貸しいただけますでしょうか。」

 国王は深々と僕たちに向けて頭を下げた。

 姫や宰相、周りにいた騎士たちも、国王に倣って、僕たちに頭を下げた。

 「頭を上げてください、国王陛下。事情は分かりました。あなたたち異世界人が、魔族によって滅ぼされるかもしれない危機にあることは理解しました。僕たちにできることがあれば、ぜひ協力させてください。困っている人たちを放ってはおけません。ですよね、下長飯先生。」

 島津が国王に向かって答えると同時に、下長飯先生に向けて言った。

 「さすが俺の自慢の生徒だ、島津。しかし、どうやって、魔族とやらと戦うんだ?先生もお前たちも戦争なんてしたことがない、実戦経験なんて全くないド素人だぞ。魔法とやらがあるそうだが、先生たちにも簡単に使えるものなのか?魔法も使えずに戦うなんて無理があると思うが?」

 島津先生の疑問に、すかさず国王が答えた。

 「その点でしたら、ご心配には及びません。マリアンヌ、お前から勇者様たちにご説明してあげなさい。」

 「分かりました、お父様。勇者様たちにはこちらの世界へ召喚される際、女神リリア様より勇者としてのジョブとスキルが与えられております。そのジョブとスキルを使えば、魔族、そして、魔王に対抗することが可能であると、女神様よりうかがっております。」

 姫の説明に、島津が訊ねた。

 「すみません。ジョブとスキルとは一体何でしょうか?詳しくご説明いただけますか?」

 島津の問いに、姫が答える。

 「もちろんです。まず、ジョブとは、光の女神リリア様によって与えられる、個人に適した職業のことを指します。一般的には、農民や商人などといった非戦闘職の職業が多くを占めます。ですが、中には、剣士や魔術士、重戦士といった戦闘職の職業が与えられる者もおります。また、私のように、巫女や祈祷師、占星術師、鑑定士といった特殊な職業を与えられる者もおります。女神様の神託によれば、皆様には勇者としての特別なジョブが女神様より与えられているそうです。」

 「ジョブについては概ね分かりました。では、スキルとは何でしょうか?」

 「はい、スキルとは、個人の持つジョブに応じて、ジョブとともに与えられる特殊な能力のことを指します。一人に付き一つのスキルが、女神様より与えられます。先ほど、ブラン宰相が皆様にお見せした魔法もスキルによるものです。ジョブとスキルにはレベルがございまして、ジョブのレベルが上がると同時に、スキルのレベルも上がります。スキルが上がると、スキルでできることの幅が広がり、さらに威力や性能なども上がります。皆様には、勇者のジョブに応じた強力な戦闘系のスキルが与えられているはずです。女神リリア様よりいただいたジョブとスキルを使いこなせば、皆様が魔族と戦うことは十分可能です。」

 「スキルを使えば、勇者として魔族たちと戦うことができるわけですね。しかも、女神様の話を信じるなら、強力な力を持ったスキルが僕たちには与えられている。戦うには十分な武器がすでに揃っているわけだ。確かに、勝算はありますね。」

 島津が姫の説明を聞いて、納得した様子を見せた。

 「どうだい、みんな。僕たちには女神様より勇者としてのジョブとスキルが与えられているそうだ。女神様より特別に強力な力をもらったわけだ。これなら、きっと魔族や魔王とだって戦えるはずだ。みんなで力を合わせて、異世界の人たちを助けてあげようじゃないか。」

 島津が僕たちに向けて、勇者として魔族と戦うことを提案してきた。

 僕も含め、多くの者は未だに困惑していた。

 「そうだぜ、みんな。ここは力を合わせて、人助けと行こうじゃねえか?異世界で勇者になって冒険できるなんてチャンス、早々ないぜ。俺たち全員で力を合わせれば、魔王なんて楽勝だぜ!」

 前田が島津に賛同し、みんなに発破をかけた。

 「島津と前田の言う通りだ。私たちには特別な力がある。それがあれば、魔族と戦い、異世界の人たちを助けられる。先生も島津たちの意見に同感だ。俺の教え子であるお前たちなら、きっと勇者になって、この世界の人たちを救えるはずだ。先生も陰ながら、力を貸すぞ。」

 下長飯先生が後押しをすると、僕以外のクラスメイトたちは徐々に、勇者として戦うことに賛同し始めた。

 だが、僕はどうしても、目の前にいる国王や姫たちが信用できないでいた。

 戦争をしている割に、国王や姫たちにはやつれた様子は見られない。

 今だって、金色の王冠やティアラ、ドレスやマントに身を包み、豪華な宝石類を身に着けている。

 それに、至って健康そうな顔色で、食料や物資に困っている様子でもない。

 騎士たちも戦争中のわりに至って平然としている。

 何となくだが、僕は、国王や姫たちを見ていると、かつて、僕の相続した遺産目的に僕を引き取り、金遣いが荒く、豪遊していた叔父叔母夫婦の姿が思い出された。

 どうにも信用できない。

 本当に勇者として魔族と戦えるジョブとスキルが女神から与えられているのか?

 ジョブとスキルがあるからと言って、戦えば死ぬ恐れだってあるのではないか?

 そもそも、魔族が人間を滅ぼそうと企んでいると言っているが、本当に魔族は人間の敵なのだろうか?

 僕の頭の中には、国王たちへの不信感と疑問でいっぱいだった。

 僕はどうにも気になって、国王たちに訊ねてみた。

 「すみません。ちょっとお訊ねしますが、仮に僕たちが勇者として魔族や魔王を倒した場合、その後、元いた世界に戻れるのでしょうか?それに、魔族と戦わなくても、和平交渉とかでどうにか解決できないんでしょうか?戦争で解決って、何というか、ちょっと強引過ぎやしませんか?」

 僕の質問に、それまで笑顔だった国王や姫たちの顔が引きつり、怪訝そうな、ちょっと苛立つような表情に変わった。

 だが、すぐにまた元の笑顔へと戻り、姫が僕の質問に答えた。

 「勇者様のご指摘もごもっともです。残念ながら、勇者様たちを元いた世界に帰還させる方法は分かっておりません。しかし、魔王を討伐すれば、女神リリア様より何らかの神託が下されるかもしれません。その神託の中に、勇者様たちを元いた世界に帰還させる方法があるかもしれません。不安はあるかと思いますが、どうか私たちにお力をお貸しください。それと、魔族と和平交渉をしてはどうかとのご提案がございましたが、これまで人間側が何度和平交渉を持ち掛けても、魔族側が応じたことは一切ございません。残念ですが、魔族たちとの戦いは避けては通れないのが実情です。」

 姫が申し訳なさそうに僕の質問に答えると、島津たちがすかさず口をはさんだ。

 「宮古野君、君はどうしてそんな冷たいことを言うんだ?国王も姫も、どうしようもなくて、わざわざ異世界から僕たちを呼んで頼ってきたんだろう。元いた世界に帰ることも大事かもしれないが、目の前で困っている人たちがいるのに、そんな人たちの前で帰りますと聞こえるような質問をするのは、少しデリカシーに欠いていると思うな。君の質問のせいで、高まっていたみんなの士気が下がってしまったじゃないか。頼むから、足並みを乱すようなことはしないでくれ。」

 「そうだぜ。もっと空気を読めよ、宮古野。お前の我が儘に付き合うつもりはねえぞ。ここはもう、日本じゃないんだぜ。学校にいた時みてえに、自分だけ関係ねえみたいな顔はできねえんだぞ。本当に迷惑な野郎だなぁ、お前はよ。」

 島津たちから非難され、僕はそれ以上質問をすることは無かった。

 クラスメイトたちや先生は皆一様に、僕の方を見て、嫌悪するような表情を浮かべている。

 クラスではいつもぼっちで、一人浮いていた僕だが、それは異世界でも変わらないらしい。

 僕と関わると不幸になるだの、僕は呪われているだの、碌でもない噂を流され、周囲から気味悪がられていたが、そんな扱いにはとっくに慣れている。

 とりあえず、ここは一旦みんなに合わせることにしよう。

 もし、国王や姫たちの話に一つでも嘘があると分かったら、隙を見て逃げだせばいい。

 ぶっちゃけ、戦争なんて真っ平御免だ。

 僕は昔から異世界転生物とか異世界召喚物とか呼ばれる物語が嫌いだ。いや、大嫌いだ。

 大体、神様からチート能力をあげられて、勇者になってモンスターや魔王と戦って、異世界を無双する、そんな都合の良い話、あるはずがない。

 社畜だとかニートだとか引きこもりだとか、そんな現実世界で社会や自分の現状に不満を持っている連中が、現実逃避したいがために思い描いた、都合の良すぎる作り話、そう思っていた。

 本音を言うと、今でも無意味だと思っている。

 だが、現実に僕は大嫌いな異世界召喚物とか呼ばれる物語にそっくりな状況に巻き込まれている。

 正直言って、気分は最悪だ。

 こんなことを思っていると、お約束ではあるが、物語の主人公は何らかの理由で無能の烙印を押され、追放か、下手したら処刑されるんだよな。

 女神様とやら、頼むから、そんなことにはならないようにしてくれよ。

 とにかく、今は現状を受け入れ、適当に周りに合わせておこう。

 僕はそんなことを考えていた。

 「皆さま、お手数ではございますが、これよりあちらにおります鑑定士と、ステータス鑑定用の水晶玉を使って、皆さまのジョブやスキルといったステータスについて鑑定を行わせていただきます。水晶玉の方に並んで、順番に鑑定を受けてください。鑑定結果に応じて、皆さまのレベル上げに必要な指導を行わせていただきます。それでは、お並びください。」

 姫からステータスを鑑定するという言葉を受け、僕たちは案内に従い、前方に見える鑑定士と、水晶玉の置いてある台に向かって一列に並んだ。

 まさか、このステータスの鑑定が、僕の運命を分けようとは、この時は想像もしていなかった。













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