第2話 破邪の腕輪
時姫(ときひめ)が十三歳になった日、中臣氏(なかとみうじ)の家では社(やしろ)で時姫の成長を感謝する祈りを捧げ、小さな宴を開いた。
「無事にここまで育つことができたのも、神様のおかげだな」
「ええ」
時姫の父母は時姫に言った。
「お前はいつか、神のものになるのだ。穢れに近づいてはいけないぞ」
「はい、父上」
時姫は大人しく頷いた。
「あの、父上、お願いがあるのですが」
「なんだ? 時姫」
「宝物庫にある、破邪の腕輪をいただくことは……むつかしいでしょうか?」
時姫の父の清隆(きよたか)は少し考えた後に、口を開いた。
「お前が何かを欲しがるのは珍しい。破邪の腕輪が欲しいのか……。 めでたい日を迎えたことだし、大事にするなら時姫のものにしても良いぞ」
「……有難うございます」
時姫は父に丁寧に頭を下げた。
宴の後、時姫は父から破邪の腕輪を受け取った。翡翠の勾玉が一つ埋め込まれその周りに文様が刻まれている青銅の腕輪だ。
「……父上、嬉しいです」
めずらしく笑みを浮かべた時姫の頭に清隆は手をのばしたが、触れる前にその手は止まり、何もなかったかのように清隆は時姫に背を向けた。
「……」
時姫は小さくなっていく父の背を見て、うつむいた。視界に入った時姫の両手の中には、桐の箱に入った破邪の腕輪がある。時姫は箱をそっと開け、破邪の腕輪を眺めた後、また箱を閉じ自分の部屋に戻った。
翌日の早朝、時姫は破邪の腕輪を袂に隠し、家を抜け出して影彦の家に向かった。
影彦の家についた時姫は、そばの茂みに身を隠し影彦が家から出てくるのを待った。
運よく、影彦が家から出てくると、時姫は小さな声で影彦を呼んだ。
「影彦」
「……! 時姫!?」
影彦は時姫に駆け寄ると、時姫の腕に手を伸ばし、驚いて尋ねた。
「時姫、こんな朝早くに一人でこんなところに来るなんて! 何かあったのか!?」
「私、影彦に渡したいものがあって……」
時姫は袂から小さな桐箱を出して、影彦に渡した。
「これは破邪の腕輪。勾玉に破邪の力が込められているの。どうしても、影彦にこれを渡したくて……」
時姫の言葉を聞き、影彦はさらに驚いた。
「こんな大事なもの、持ち出して大丈夫なのか? それに、俺はこんな貴重な品をもらうわけにはいかない……!」
影彦が戸惑っていると、時姫は影彦の両手に桐箱を握らせて、その手を包むようにぎゅっと押さえつけた。
「影彦、なにかあったら私を守ってね。そのためにも、この腕輪を身に着けていて」
時姫は影彦の目を見つめて言った。時姫の真剣な眼差しをうけ、影彦は心を決めた。
「分かった。受け取ろう。でも……理由を聞かせてくれ、時姫」
「私も、もう十三歳になったの。いつ神の供物にされてもおかしくないわ。だから……何かあった時には貴方に助けに来てほしいの。でも、あなたには特別な力はないから……せめてあなたを守る何かを渡したかったの」
影彦は時姫の顔をじっと見つめた。時姫の目には涙が浮かんでいる。
「約束する。時姫に何かあったら、必ず、俺が助けに行く」
時姫はこぼれそうな涙をこらえ、微笑んだ。
影彦は桐箱を開け、破邪の腕輪を二の腕に着け、外から見えないように服で隠した。
「時姫、見つからないうちに帰ったほうが良い」
「ええ。影彦、その腕輪をずっと身に着けていてね」
「ああ。時姫だと思って肌身から離さないよ」
時姫は影彦の言葉を聞いて赤面した。
「影彦、また家に遊びに来てね」
「君の父上と母上が許してくれるなら」
影彦は時姫に桐箱を返し、その白く小さな手を優しく握った。
時姫は後ろ髪を引かれる思いで影彦に別れを告げると、足早に中臣氏の家に帰っていった。
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