第3話 疫病

 時姫は屋敷から出してもらうことが出来なくなった。時姫は隙を見て屋敷から抜け出そうとしてみたが、いつも召使や門番に見つかってしまい部屋に戻された。

 しかたなく、時姫は蔵の中にある本を読んだり、庭で空を見上げてぼんやりしたりしながら過ごした。


 ある朝、門の方から人々の声が聞こえた。時姫は自分の部屋から出て、様子をうかがった。

 どうやら、村人たちが時姫の父である中臣氏(なかとみうじ)の清隆(きよたか)に、何か訴えているようだ。

 時姫が耳を澄ませると、会話の断片がいくつか耳に入ってきた。


「疫病で……死人が……」

「神が……お怒りに……」

「今こそ、供物を……」

「……分かっている。皆、騒ぐでない」


 時姫は息をのんで部屋に戻った。

「どうしよう……村で疫病がはやっている? 私はいけにえにされてしまうの?」

 時姫が部屋の隅でうずくまっていると、障子の向こうから清隆の声がした。

「時姫、部屋に入るぞ」

「……はい、父上」


 部屋に入ってきた清隆は、じっと時姫を見た後、凛とした声で言った。

「時姫、神に助けを求める祈りをささげる時が来たようだ」

「父上……」


 時姫は自分の着物の袖をぎゅっと握りしめた。

「……いつ、でしょうか? 私が……神のもとへ行くのは」

「次の新月の晩だ」

「それでは……親しい人に別れを告げに行かせて頂けませんか?」

「ならぬ。穢れがつくかもしれぬ。次の新月の晩まで、部屋に居なさい」

「……分かりました」


 時姫は一人部屋で、影彦を思った。

「とうとう、この日が来てしまった……。影彦……」

 今は空になっている破邪の腕輪がしまわれていた桐箱を手に取り、時姫は静かに祈った。

「影彦が……病にかかりませんように……。影彦が……私を助けに来てくれますように」


 そして、日は過ぎ、新月の夜が来た。

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