干支の順番がわからない

二晩占二

干支の順番がわからない

 さて、新年早々、困った事態に陥ったので、ぜひとも聞いていただきたい。


 干支がわからなくなってしまったのだ。


 もちろん、干支の一切合切すべてがわからなくなったという訳ではもちろんなくて、すなわち干支の順番が、特に中盤の並びがあやふやになってしまったのだ。


 子、丑、寅、卯、辰、巳……。


 ここまではわかる。すらすら言える。流れるように流暢にワンダフルに暗唱できるのだ。


 また、最後の最後、終わり際が、戌、亥、と締めることも確実に記憶している。私のことをアホだと思った諸君はこの場で心より陳謝するがよい。私はアホなどではない。断じて、だ。


 更に弁解を重ねることをお許しいただけるのであれば、これらの前半と終わり際をつなぐ中盤部分の動物たちが何であったのかまでは思い出すことが可能である。しかし、そのヒツジやらニワトリやらウマやらサルやらが、どのような序列で並んでいるかが、さっぱりわからなくなってしまったのだ。


 はじめは、これもお屠蘇とそ気分のせいだと自分も周りもごまかしていたのだが、どうやら違うようだぞ、と気づいてからは酔いもすっかり覚めてしまった。


 それに、空白部分の動物たちの姿かたちはくっきりと脳裏に浮かぶのだが、干支として並べる際の略称がはっきりしない。だから、リズミカルな響きにあわせて記憶を活性化させるといった、そのような画期的テクニックも用いることができない訳だ。


 困り果てた私は、母に相談をもちかけた。

 しかし母は、けたけたけたけた笑うばかりでちっとも真剣に取り合ってくれない。


 あのような正月ボケは特別番組でも見て何も考えずに笑っておけばよいのだ。私は、父に相談をもちかけた。

 父は、お前はそうやってなんでもかんでも人に聞いて、自分で学ぶということをして来なかったから、そんな羽目になるのだ、レイチェル・カールソンやヨハネス・ケプラーを読むといい、と私に助言した。

 私は素直に従ってケプラーの『夢』を読んでみたが、ヴォルヴァだのエーテルだのと小難しい言葉と天体学的創作物語が続くばかりで、ちっとも干支の真相にはたどり着かなかった。


 あのような頭でっかちに用はない。私は、姉に相談をもちかけた。

 姉は、樹形図を使えばすっきりすると思うわ、と天才的なアイデアを唱えた。私はすぐに、干支を樹形図で分類してみた。1つの動物につき6つの並びパターンが存在し、それが4通りなので全部で24パターンの並び順が存在するのだ、とはっきり分かった。

 これはすばらしい!

 私は感動した。そしてすぐにがっかりした。それらがわかったところで、正しい順番を思い出すためには何の役にも立たないように思えてならなかったのだ。


 私は次に、ハーパーさんに相談をもちかけた。

 ハーパーさんは小川を流されながら我が家の近くを通りがかっただけだったが、私の悩みを素早く察すると、そういうことなら実際にそれらの動物を集めてみたらいいんじゃないだろうか、と妙案をプレゼントしてくれた。

 なるほど、確かに真相にぐっと近づける気がするではないか。しかし、12もある干支の動物たちを、一同に集めるにはどうすれば。

 と、次の質問を浴びせる間もなく、ハーパーさんはどんぶらこどんぶらこと流れ流れ、とうとうドップラー効果とともに海へと消えていってしまった。


 かくして、私は自力で干支の動物たちを集めなければならないミッションを担う羽目になった。


 まずはネズミである。こいつは排水口の中で容易く発見できたが、すばしっこく奥へ奥へと逃げてしまうため、追いかけるためには雑巾のように身体をしぼって細長く変形しなければならなかった。関節がきしんで激痛が走った。


 ウシは北の大地に大量生息していた。酪農家のひとりと交渉し、汚い金をにぎらせ、なんとかホルスタインを一頭、入手するところまでは順調だった。しかし飛行機に乗る際、荷物扱いされることにホルスタイン令嬢が立腹し、これを説得するのに時間を要した。


 トラはマレーシアのジャングルでひょいと捕まえたので、大した労苦は伴わなかった。


 ウサギは後ろ足の意外な屈強さに手こずり、思わぬ負傷を負ってしまった。パンジ・スティックやスパイクボールといったベトナム仕込みのブービートラップを駆使して、どうにか事なきを得た。


 タツは滝の上流で見張り、登りきった鯉が化けたところを難なく生け捕りした。


 と、ここまで頑張ったのだが、はたして大問題が発生した。


 飽きたのである。もう干支の順番なんてどうでもよくなってしまったのである。正確な並びなど覚えていなくても、どうせその年にテレビか何かで知って、なんとかなるような気がしたのである。


 私がそんな風に飽和と哲学に思い悩んでいると、ちょうどそこへ、プテラノドンに運ばれながら白亜紀へ向かう途上のハーパーさんがすれ違ったので、追いかけていって今の悩みをぜんぶ打ち明けてしまった。

 ハーパーさんは、じゃあ辞めたらいいんじゃない、とあっさりした助言を残してタイムトンネルをくぐっていってしまった。


 ハーパーさんの鶴の一声で、私も、すっかりやる気をなくしてしまって、近くのコンビニへ寄ってソフトクリームを舐めながら帰宅した。


 粉雪降る中で口にするソフトクリームってのも、オツなもんだね。


 あけましておめでとう!

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