第48話 死塔の騎士

 王国に帰還してから翌日の夕方、俺は王城、玉座の間へと呼び出されていた。

 目の前には華美なほどに装飾が施された黄金の扉がある。その脇には二人の騎士が立ち、玉座の間を守っていた。


「入ってくれ! シン!」

「失礼します!」


 俺は姫様の声に応え、玉座の間へと入った。


 ……何度来ても慣れないな。


 荘厳且つ厳粛な雰囲気を漂わせている玉座の間は、孤児だった俺にはなんとも居心地が悪い。


 床には真っ赤な絨毯が敷かれ、天井では水晶で作られたシャンデリアがキラキラと輝きを放っていた。

 

 玉座へと続く道の両脇には合計十四体の騎士像と魔術師像が鎮座しており、玉座の間へと入ってきた者を威圧している。

 これらは王国を守る第二から第十の騎士団と、第一から第五の魔術師団を象徴する像だ。

 

 では第一騎士団を象徴する騎士像はどこにあるのか。

 答えは玉座の隣だ。これは英雄王ユークラスの友であった騎士を表しているとされ、唯一王の隣に並び立つ事を許されている。


 ……もしかしたらこの像が勇者レン=ニグルライトなのかもしれないな。


 そのせいか他の騎士像よりも精緻に造られており、顔もはっきりしている。


 そして最後は玉座だ。

 少し高くなっている場所にあり、至る所に剣の意匠が施されている黄金の玉座。

 そこにはハイルエルダー王国国王アルスランが座っていた。騎士王の名で知られる我らが王だ。


 俺は姫様の隣まで歩を進めると、膝を突く。


「久しいな。シン」

「お久しぶりです。我が王よ」


 ただ挨拶をしただけだというのに、アルスラン王は盛大に顔を顰めた。王が騎士にしてはいけない顔である。

 

「我が王……ね。……やはりお前に言われると気持ちが悪い」

「……お父様?」


 そんなことを言ったアルスラン王を姫様が静かにたしなめる。

 どうやらこの場は王ではなく、姫様の父親モードなようだ。俺としてはありがたい。堅苦しいのは得意じゃないのだ。おそらくアルスラン王もそれがわかっているからこそ、この場には三人だけしか居ないのだろう。


「いやすまないアリシア。忠誠を誓っていない者に言われるとつい、な。シンが忠誠を誓っているのは我ではなくアリシアだろ?」

「それはその通りですね」


 俺はあっけらかんと答える。

 王であるアルスラン王に言ったのなら処罰ものの言葉だが、今は父親であるアルスラン王だ。このぐらいの軽口ならば問題ない。

 それにアルスラン王も俺のそうした態度を楽しんでいる節がある。


「……シン? まあそう言って頂けるのは嬉しいですが?」


 ジト目を向けてくる姫様も満更ではなさそうだ。


「さて、軽口はそのぐらいにして本題に入るか。アリシア。我に話とはシンの事か?」

「はい。それもあります。ですがまずはこちらを見てください。……シン」


 俺は姫様の言葉に応じ、不壊剣レスティオンを抜き放つ。するとアルスラン王は大きく目を見開いた。

 やはり親子と言うべきか、姫様が初めて不壊剣レスティオンを見た時の反応と似ている。


「それは……不壊剣レスティオンか?」


 俺はアルスラン王の言葉に頷いた。


「はい。レティシアに貰いました」

「なんと! レティシア様にお会いしたのか!?」


 アルスラン王は興奮のあまり玉座から立ち上がる。よほど予想外のことだったらしい。

 しかし姫様の表情が優れないのを見て、直ぐに落ち着きを取り戻した。

 アルスラン王は再び玉座に腰を下ろす。


「アリシア。何か問題があるのか?」

「はい。レティシア様は我々が死塔の魔女と呼んでいるお方でした」


 その言葉にアルスランは指を目頭に当てた。


「……なんと言うことだ。それは本当か?」

「はい」


 アルスラン王が天井に視線を向ける。


「そんな愚かな事をした王は誰だ? ……いやその制度を改めなかった我らも同罪か」


 アルスラン王が大きくため息を吐く。


「しかしならばこそ即刻改めなければなるまい。今この時より死塔流しは廃止だ。後ほど通達を行う。レティシア様にも伝えなければなるまい」

「私から既に約束をしています。死塔流しは即刻廃止。何かあればハイルエルダー王家として最大限協力すると。レティシア様もお許し下さるとの事でした」

「そうか。よくやった。しかし納得が行ったぞ。だから先の会議で言葉を濁していたのか。何か思惑があると思い、聞かなかったが……」

「はい。あの時は助かりました。なるべくレティシア様の事は慎重に動きたいので」

「そうだな。余計な事をする輩が現れかねん。ということは戦争を終結させたのはレティシア様なのだな?」

「その通りです。黒幕であった黒鉄の魔王が配下、ゲーティスを打ち破ったのはレティシア様とシンです。二人がいなければ王国と帝国は滅び、魔の時代が来ていた事でしょう」

「滅び……。狂化の呪いと言うものはそれほどの物だったのか……。だけどわからないことがある。シン。なぜお前はその呪いに掛からなかった? それにレティシア様と出会って生きている事もだ。死塔の魔女に近付いた者は命を落とすのではなかったか?」


 俺は頷く。

 

「はい。それは全て俺の天恵が原因です」

「……天恵? シンは天恵を持っていたのですか? たしかにレティシア様に近付いていたけど……」


 姫様が首を傾げる。


 ……そういえば説明していなかったな。


 色々と慌ただしくて姫様にさえも説明していなかった。


「レティシアが言うには俺の天恵は呪い無効。全ての呪いを無効にする天恵らしいです」

「それはなんとも局所的な物だな」

「はい。でもそのお陰でレティシアが侵されている死の呪いもゲーティスの狂化の呪いも俺には効きませんでした」

「なるほど……な。ということはもしやエーカリアの事件も?」

「その通りです。あれは王国に攻め入る為に俺を殺し、流通の拠点であったエーカリアを潰すための計画です」

「ではやはりお前は無実なのだな」


 アルスラン王の言葉に俺は首を振る。


「いえ、狂化の呪いに掛かっていたとは言え仲間や守るべき民を手に掛けたのは事実です。なので無実ではありません」


 俺の言葉にアルスラン王は大きなため息を吐いた。

 そして姫様に視線を向ける。


「アリシア。……苦労するな」

「本当ですよ」

「まあいい。とにかくシン。お前の処刑は取り消す」

「ですが!」

「これは王命だ。黙って従え」


 そう言われると俺は従うしかない。


「はい」

「それとレティシア様が我が国を救ってくださったのであれば正式に礼をしないとな。……しかしどうしたものか」

「国にお呼びするわけにはいきませんからね」


 姫様とアルスラン王が頭を捻る。

 その行動がそっくりだった。つい笑みが漏れる。

 

「それなら俺が伝えておきます。方法はレティシアと考えればどうにかなるでしょう。死塔には戻りますし」


 機巧を使えばできそうな気がする。

 

 しかしアルスラン王は目を瞬いた。


「シン。お前は騎士に戻らないのか?」

「はい。戻るつもりはありません」

「もしや自死を選ぶつもりではあるまいな? 我は許さぬぞ?」

「それは私も許しませんよ?」


 アルスラン王が僅かな怒気を滲ませて言った。姫様も眉を顰めている。

 しかし俺はしっかりと首を振った。


 確かに初めはそのつもりだった。

 復讐という目的を果たしたのならば、罪を清算する。それが俺のやるべき事だと思っていた。

 だけど今やそんな気持ちは微塵もない。


 レティシアは俺に命をくれた。

 だからこの命を無駄にするのではなく、誰かを救う為に使いたい。そしてその誰かには当然レティシアも含まれている。


 俺は新たな使命を見つけた。


「俺にはまだやるべき事があります。生かされたこの命を使って、俺はレティシアを――」

 

 そして俺は宣言した。

 その言葉を聞いて、アルスラン王と姫様は驚きに目を見開く。だけどその表情はすぐに柔らかい笑みに変わった。


「お前らしいなシンよ。真っ直ぐでとても良い使命だ」

「そうですね。ならば私も協力は惜しみません。何かあればすぐに言ってください」

「ありがとうございます」

 

 俺はしっかりと頭を下げた。するとアルスラン王が鷹揚に頷く。


「ではシンよ。我らハイルエルダー王家に代わり、レティシア様を支えてくれるか?」

「言われなくてもそうしますよ。使命とは関係なく、もともと俺はレティシアと友達なので」

「友達……か。そうだな。ではシンには新たな身分を授けよう。……そうだな」


 アルスラン王が顎に手を当てて思考を巡らせる。やがて考えが纏まったのか口を開いた。


「……死塔の騎士なんてどうだろうか?」

「いいですね。カッコいいと思います!」


 姫様が食い気味に同意する。

 しかし俺にはそんな身分なんて必要ない。身分とは関係なく俺はレティシアを支えたいから。

 

「いや……そんなの無くても俺は……」


 だがアルスラン王はがんとして譲らなかった。

 

「いやいや必要だ。地位として確立しておいた方がレティシア様との話し合いも円滑に進む。だから受け入れよ。これは王命だ」


 王命。

 ずるい言葉だ。王国の民である以上、従うことしかできない。だから俺は渋々頷いた。

 

「……はい」

「騎士団長より地位は上にしておく。なんと言ってもレティシア様は王と対等の立場だからな」


 アルスラン王が声を上げて笑う。

 俺は苦笑することしかできなかった。

 

 こうして俺は死塔の騎士という身分を賜った。

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