第47話 自業自得
「酷い有様ですね」
姫様が眉を顰めながら呟く。
本陣に帰還した俺たちが見たのは地獄だった。
数多くの騎士たちが血を流して倒れている。その中には傷を抑え呻いている者もいれば、亡くなっている者もいた。
無事な騎士も地面に膝を突き、茫然自失としている。
そんな中、俺は姫様と共に一際大きな天幕、リヒトの天幕へと入った。
「何でだ! どうしてこうなった!? お願いだ! 目を開けてくれ!」
そこではリヒトが涙を流しながら叫んでいた。
腕に抱えられているのは心臓に剣が突き刺さった女性だ。しかしその瞳は誰のことも映してはいない。既に事切れていることは明白であった。
……たしか第一王子付きの文官だったか?
俺の記憶ではリヒトとは幼馴染だった筈だ。
とても仲良さげに話していたのを何度か見かけたことがある。
「失礼します。第一騎士団長アリシア=ハイルエルダー。帰還しました」
リヒトが涙でぐしゃぐしゃになった顔を姫様に向ける。
すると輝きの失われた瞳に光が戻った。
「アリ……シア? アリシア! 良いところに来た! 彼女を治してくれ!」
姫様に縋りつくリヒト。しかし姫様は冷めた視線を向けた。心底呆れているのがわかる。
「兄様。貴方がそれを言いますか……。それに見ればわかるでしょう。手遅れです」
「そんな! うそだ! だって!」
尚も姫様に縋り付くリヒトの胸ぐらを俺は掴み上げた。
「自分の大切な人だけは助かってほしいと? 随分と虫のいい話だな?」
「貴様! 何をす……。シン・エルアス!?」
リヒトは俺の顔を視界に収めると目が見開いた。
「俺を排除し、帝国に戦争という選択肢を取らせた人間の言葉とは思えないな? この戦争で命を落とした騎士たちにも大切な人はいるんだ。そんな彼らの前でも同じことが言えるのか?」
「貴様なぜ死んでいない!? 死塔流しはどうなった!? せっかく苦労して――!」
俺はリヒトの腰から剣を抜き、肩に突き刺した。そのまま天幕の柱に固定し、磔にする。
「ギィヤアアアアア!!!」
聞くに耐えない悲鳴が天幕の中に響く。
「話が早くて助かるよ。そっちは認めるんだな?」
「……くっ! 貴様! 自分が……何をしたのかわかっているのか!? 俺は……王族だぞ!?」
「だからどうした? 俺はもはや騎士ではない。なにせ死塔に送られた死人なんでな?」
「くっ!」
リヒトが憤怒の形相で俺を見る。
しかし騎士ですらないヤツの怒りなぞ、無いのと同じだ。
「まあそれは良い。俺も裁きを望んでいたしな。だから質問だ。リヒト=ハイルエルダー。港町エーカリア。あの事件を仕組んだのはお前か?」
「……私は……私は関わっていない!」
俺はリヒトの肩を貫いている剣を捻った。そして殺気を乗せた言葉を放つ。
「――本当か?」
「ぐぁっ! ……誓って本当だ! 港町エーカリアが滅べばどれほどの損失か! 少し考えればわかるだろう!」
「シンを排除すればどうなるのかがわからなかったのに、ですか?」
姫様がリヒトに冷ややかな視線を向けて言う。
「そ、それは……」
「貴方が招いた結果です。兄様」
「ちがう! 俺は!」
「何も違くはありません! 貴方がシンを排除し、帝国に戦争を起こす隙を与えた。 結果として多くの人が亡くなった。それのどこが違うのです!」
「ぐっ……」
王位が絡まなければ聡明な男だ。しっかりと理解しているのだろう。
「……それでシン。どうしますか?」
「おそらく嘘はついてないですね。本当にエーカリアの事には関わっていないんだと思います。だから命までは取りません。さっきも言った通り、死塔流しに至っては俺が望んでいたことでもありますし」
「わかりました。ならば後は陛下に任せましょう。兄様。撤退です」
姫様の言葉にリヒトはポカンと口を開けた。
「てっ……たい? どういう事だ?」
「言葉通りの意味ですよ。戦争は王国の勝利で終わりました。帝国も程なく撤退するでしょう」
「魔人の四人は俺が討ち取った。帝国元帥ヴィクターも捕らえてある。そして俺が生きていることが知れ渡った。帝国に勝ち目はない」
俺は肩に刺した剣を抜き、地面に膝をついたリヒトに放り投げる。すると彼は肩を落とし、力なく項垂れた。
きっと王位という夢が潰えたことを理解したのだろう。
それ程までに姫様の功績は大きい。
「………………わかった。……全軍に伝えよう」
こうして王国軍も撤退を開始した。
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