第46話 戦争の後
呆然と立ち尽くす帝国兵を尻目に、俺はその場を立ち去る。するとしばらく歩いたところで視界が切り替わった。
隣にはレティシアが居る。俺は元いた結界の上に転移していた。
「ありがとな。レティシア」
「……これでよかった?」
「ああ。
「……ならよかった」
レティシアが満足そうに頷くと、頭上に記述された巨大な魔術式が霧散していく。
ものの数秒で空は元へと戻った。
「シン!」
そんな時に下から姫様の声がした。
視線を向けると姫様が大きく手を振って手招きをしている。
「ごめんレティシア。ちょっと行ってくる」
「……ん」
俺は結界から飛び降りた。そして姫様の元に着地する。
「どうしました?」
「それはこちらのセリフです。どうなりましたか?」
姫様が呆れたような視線を向けてきた。確かにその通りだ。
「帝国には釘を刺しておきました。おそらく当分は戦争を起こす気にならないでしょう。この戦争は王国の勝利です」
「それはよかったです。……そこでシン。相談なのですが、一緒に王国まで来てもらえませんか? ヴィクターを抑えられるのはシンしかいないので」
ヴィクターは捕虜となるだろう。
帝国元帥の身柄となれば王国に有利な条件で和平が締結できる。なんにせよ、ここで解放するメリットはない。
ヴィクターは俺がいなくても暴れることは無いだろう。
彼は武人だ。そんな情けない事をするような人間ではない。
しかしそれを周囲がどう思うかは別だ。
獅子が単体でいるのと、調教師が側に居るのとでは与える印象が違う。
「オレもそうして貰えるとありがたい。無用な揉め事を起こしたくはないのでな。貴殿が居ればオレが王国側の陣地に行っても皆が安心するだろう」
「確かにそうだな。……わかりました。それは構いません。ですが姫様。先に言っておきます。俺が王国へ行き、リヒトに会った場合、返答次第では殺すことになるかもしれません」
「わかっています。貴方のやりたいようにやってください」
俺はその返答に驚いた。
肉親を殺すと宣言したのだ。俺は止められるものとばかり思っていた。
「……止めないのですか?」
「もしエーカリアの事件に兄が関わっているのならば、殺されても仕方ありません。私は兄よりも親友であるシン。貴方の方が大切です」
「……そうですか」
真正面から言われると気恥ずかしいものがある。しかしそれならば好都合だ。
「ならば先にそちらを片付けますか。幸い、兄は本陣にいます」
「良いのですか?」
「ええ。早い方がシンとしても良いでしょう?」
「……そうですね。わかりました。では俺はレティシアに伝えてきます」
「よろしくお願いします」
そして再び縮地を使い、レティシアの元へと戻る。
「レティシア。ごめん。一度王国に行かないといけなくなった」
「……わかった。……ならわたしは先に戻ってるね。……王国には行けないから」
本当は王国に連れて行きたい。
そしてレティシアが王国を救ったのだと、声高々に喧伝したい。
他にも俺の知っている店や観光名所にも案内したい。
しかしそれは出来ない。死の呪いが邪魔をする。
「……ごめん」
「……ううん」
するとレティシアが俺の袖をちょこんと摘んだ。
「……ちゃんと帰ってくるよね?」
不安げに揺れる瞳。身長差のせいで上目遣いになっていて破壊力がすごい。顔が熱くなってくる。
だけどここで目を逸そうものならレティシアを不安にさせてしまう。だから俺は目を見てしっかりと頷いた。
「もちろんだ。……だから待っていてくれ」
「……ん。……わかった。……待ってる。……帰りはどうする?」
「馬車かなんかで戻るよ」
「……わかった。……じゃあまたね」
「ああ。また」
レティシアは小さく手を振ると魔術式を記述し、その姿を消した。
俺は結界が消える前に飛び降り、地面に着地する。
すると姫様が地面にへたり込んでいた。
レティシアが居なくなり、死への恐怖が無くなったからだろう。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。腰が抜けてしまって……」
「仕方あるまいよ。オレですらこの有様だ」
ヴィクターが手を向けてくる。見ると手のひらが手汗でびっしょりだった。
どうやら気丈に振舞っていただけらしい。
俺は苦笑を浮かべ、姫様に肩を貸す。
「立てますか?」
すると姫様はなんとか立ち上がった。
「すみません……」
「こうしていると昔を思い出しますね」
「そうですね。懐かしいです」
初めて会った時、怪我をしていた姫様に俺が肩を貸したのだ。あれからもう十年は経つ。
「ええ。本当に」
「しかし、これはどうしましょうか?」
姫様が周囲を見渡して言う。
そこには気絶して倒れている騎士たちがいた。
「……待つしかないですね。ちなみに意識を覚醒させる魔術とかって?」
「ありません」
「じゃあ待ちますか。ヴィクターもそれでいいか?」
「ああ。……オレも少し休みたい」
そう言うとヴィクターは苦笑を浮かべた。刀鬼と恐れられる男でも死の呪いは随分と堪えたようだ。
そして待つこと数十分後、意識を取り戻した騎士たちを引き連れ第一騎士団は本陣へと帰還した。
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