第39話 最強
縮地を連続使用し、木々を掻い潜りながら俺は森を駆け抜けた。
森を抜けてしまえば、後は平原だ。遮る物は無く、速度は飛躍的に上がる。
すると、ものの数分で戦場が見えてきた。
俺に気付いた騎士たちが、慌てている。
「何だあいつは!」
「魔術師団! 魔術を――」
そんな声が聴こえたが、無視して縮地を使う。すると声は背後へと流れ、聞こえなくなった。
俺はひたすらにペンデュラムの指し示す方角へ進んでいく。
すると姫様が戦っている中央の戦場が見えてきた。
俺は目を凝らして姫様の姿を探す。
……居た!
遥か遠方で激闘を繰り広げている二人の人物が居た。
しかし状況は良くない。姫様の胸に大太刀が突き刺さり抜くことが出来ないでいる。
おそらく再生の弱点に気付かれたのだろう。
しかし姫様は対処した。大太刀の刃に拳をぶつけ、無理やり降ろす。
痛々しい光景だ。血が吹きだし、内臓が溢れそうになっている。姫様は凄まじい激痛に顔を顰めていた。
そしてヴィクターが大太刀を振るう。姫様は反射的に心臓を防御した。するとヴィクターの笑みが深くなる。
俺はヴィクターの狙いを正確に理解した。
……首を刎ねるつもりか!
再生の弱点。
再生能力を持つ魔物と戦闘経験があるのならば誰もが知っている物だ。
それは首を刎ねてしまえば、再生が行えないと言う事。
無論、姫様もそれは知っている。
しかしおそらくヴィクターは心臓を狙い続ける事で、姫様の意識を外したのだろう。
ヴィクターの大太刀が姫様の首へと迫る。
だが俺とはまだかなりの距離がある。このままでは確実に間に合わない。
……なら!
俺は大地を深く踏み締め、限界を超えた力で縮地を使った。掛かった負荷に足が耐えきれず、骨の砕ける音が響く。
しかしそんな物はどうでもいい。姫様を救うためならば些事でしかない。
俺は痛みを無視して駆け抜けた。
「うぉぉぉおおお!!!」
雄叫びを上げて疾走する。
そしてヴィクターの大太刀が姫様の首を切断するその寸前で、俺は大太刀に
そのまま身体を捻り、回転。
ヴィクターの首を刈り取るべく、再び
しかし砕けた足ではうまく踏み込みが出来ずに、避けられてしまった。
俺を警戒して距離を取るヴィクター。
その瞳は怪訝に細められていた。
「貴様……。仮面の男か」
俺は頷く。そしてヴィクターを警戒しつつも首だけを動かし、視線を姫様へと向けた。
「……無事ですか?」
見たところ大きな怪我はない。
内臓が溢れ出しそうになっていた大怪我も今や再生を終えている。
俺はホッと息を吐いた。
……よかった。間に合った。
しかし姫様はポカンと口を開け、目を見開いていた。
「……え? ……なん……で?」
呆けた声を上げる姫様。その目に大粒の涙が浮かび上がった。
「……生きていたのですね。……
姫様は人差し指で涙を拭いながらそう口にした。
……え? なんで? バレてる?
俺は心配になり、さりげなく仮面に手を触れた。
……ついてるよな?
仮面には認識阻害の魔術が付与されている筈だ。
しかもレティシア謹製の魔導具である。バレている筈がない。だから俺は誤魔化すことにした。
「……誰と勘違いしているのですか?」
しかし姫様は確信しているようだった。
「……この期に及んでとぼけるつもりですか?」
姫様は眉根を寄せて、プクっと頬を膨らませた。
……久しぶりに見るな。この表情。
小さな頃はよくしていたが、大人になってからはしなくなった表情だ。懐かしく感じながらも、どうするべきかを考える。
しかし良案が浮かぶ前に姫様が口を開いた。
「認識阻害の魔術ですね。……ですが私が貴方を間違えるとでも? 何年の付き合いだと思っているのですか? 背格好でわかりますよ。シン?」
俺は大きくため息を吐き、観念した。
流石にこれは誤魔化せない。だから仮面を外した。
「お久しぶりです姫様。裁きならば後ほど受けます。しかし今はまだやる事があるのでお目溢しいただければ……」
「貴方に与える裁きなどありません」
姫様がピシャリと言い放つ。
「ですが……」
「理由があったのでしょう? やる事というのはそれと関係が?」
仲間の死を言い訳にするようで、出来るなら言いたくない。
だが姫様は王女だ。知らなければ国が滅びるかもしれない。だから狂乱の呪いとその術者については教えておくべきだろう。
だがそれは後だ。目の前には帝国最強の剣士がいる。
「……後ほどお教えします。姫様。先に足を治して貰えますか?」
視線を向けると右足があらぬ方向に曲がり、血が滲んでいた。
「……すみません。気付きませんでした」
姫様はすぐに魔術式を記述した。
すると瞬く間に砕けた骨が修復されていく。
「ありがとうございます」
「いえ、私こそまた助けられましたね」
「あの時と同じで間に合ってよかったです。あとは……」
ヴィクターに向き直ろうとしたが、姫様が俺の服の裾を引っ張った。
「……その前にシン。一つだけ答えてください」
「なんですか?」
「その剣は
姫様の言葉に俺は大きく目を見開いた。
「……知っているのですか?」
「……やはりそうですか。なぜシンが持っているのかはわかりませんが、貴方に相応しい剣だと私は思います」
「相応しい? この剣はなんなんですか?」
俺の言葉に姫様が首を傾げた。
「……? 知らないのですか? 勇者の剣ですよ」
「勇者の……剣?」
「ハイルエルダー王家に口伝でのみ伝わる勇者、レン=ニグルライト様の剣です」
「レン……ニグルライト」
ここでその名前を聞くとは思わなかった。
その名はレティシアが持っていた手記を書いた人物だ。そして
「……あとでその話、詳しく聞かせてください」
「もちろん構いません。
「ありがとうございます」
俺は礼を言ってから再び、ヴィクターへと向き直る。
「終わったか?」
「ああ。待たせたな」
「よい。強者に対して不意打ちなんて不粋な真似はせん。して、貴殿はシン・エルアスだな?」
俺は頷く。
姫様が名前を口にした以上、もう
「いかにも。俺がシン・エルアスだ」
「やはりか。死んだと聞いていたんだが……」
「出来れば誰に死んだって聞いたのか教えて欲しいけどな」
「それは
軽口のつもりだった。だが、思わぬ情報を得た。
俺は口の端を吊り上げる。
「それは失言だぞ。ヴィクター=エクリプス」
ヴィクターの言葉は帝国に呪術師がいる事を示していた。
なぜなら俺が死んだと言う情報は公になっている。帝国元帥という地位にいるものが知らないはずがない。
しかし
「おっと。確かにそうだな。強者を前にして感情が昂っていた。しかしシン・エルアスよ。オレは貴殿が生きていてくれて心底嬉しいぞ」
「そうだな。俺もお前と戦う事ができて嬉しいよ」
そして俺はニヤリと笑って見せる。
「俺より弱いやつが同格として語られるなんてウンザリだからな」
俺は敢えて挑発する。
別にどちらが強いかなんて事はどうでもいい。興味もない。だが言葉は時として刃となる。
……さて、どう反応する?
怒りを見せるのならば好都合。冷静さを失った刃ほど読み易いものはない。
しかし俺のあからさまな挑発にヴィクターは怒るでもなく大口を開けて笑った。
「ふはははは!!! その通りだな!!!」
なかなか爽快な人物らしい。嫌いじゃない。
「白黒付けようではないか! 最強は二人もいらぬ! そうだろう!? 王国最強シン・エルアスよ!!!」
「御託はいい。さっさと来いよ! 帝国最強!」
そして最強同士の戦いが始まった。
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