第38話 危機

「がはっ!」


 俺は翼魔人の心臓を不壊剣レスティオンで貫いた。


「バケ……モノめ……」


 恨み言を残し、翼魔人の身体から力が抜けていく。

 

「……三人目」


 俺は不壊剣レスティオンを振るい、死体となった翼魔人を払い落とした。その先に転がっていたのは、同じように心臓を貫かれた岩石魔人と核を斬られ、ただの水と化した水魔人だ。

 どちらも既に事切れている。


「さて。あとはお前だけだな。そろそろ答える気になったか?」


 俺は唯一生きている竜魔人へと視線を向けた。

 竜魔人は俺との戦闘で既に満身創痍。身体中から血を流している。

 竜の特性を持った魔人だ。この中では一番強かった。しかし本物の竜種には遠く及ばない。

 

 そんな紛い物の竜に負ける道理はない。

 

「答える事は……何も無い」


 見事な忠誠心だ。

 元騎士として見事と言わざるを得ない。しかしこの魔人は敵だ。情報を吐かないと言うのなら、殺さなければならない。

 

「そうか。……なら、死ね」


 俺は縮地を使い、竜魔人に肉薄した。

 そして不壊剣レスティオンをその首目掛けて振るう。満身創痍の竜魔人には避ける体力も残されていなかった。竜魔人は目を瞑り、天命に身を任せる。

 しかし俺が竜魔人の首を刎ねる事はなかった。


 ……ん?


 今の今まで目の前にいた竜魔人の姿が消えている。

 というよりも周囲の光景が変わっていた。目の前には小さな湖が広がっている。

 おそらくは転移魔術だ。


「……レティシア?」


 俺の声に応える者はいない。


 ……竜魔人を守ったのか? しかし何のために?


 思い当たるのはそれぐらいだが、答えは出ない。

 するとそこで再び視界が切り替わった。

 

 次に転移した場所は死塔の食堂、石板の前だった。

 そこでレティシアが切羽詰まったような声を上げる。


「……シン! ……アリシアが!」


 レティシアの声に俺は戦場中央を映し出している石板を見た。

 そこでは姫様と一人の男が激戦を繰り広げていた。しかし一目見て分かる程に姫様は窮地に陥っている。

 そして――。


「姫様!!!」


 石板には姫様の心臓を大太刀が貫く映像が映し出された。


「……っ! レティシア! 転移を!」

「……できない! ……転移阻害の魔術が使われている!」


 そこで俺は思い至った。

 先ほどの転移は竜魔人を守ったのではなく、姫様の危機を知ったレティシアが姫様の元へと転移させたのだ。しかし転移阻害のせいであらぬ座標に飛ばされてしまった。

 だから一度、死塔へと戻した。


「……解析には少し時間がいる。……ごめんなさい。……私がもっと早く……」


 レティシアが泣きそうな声音で呟く。俺は直ぐに反論した。

 

「謝るな! レティシアのせいじゃない!」


 それだけは確かだ。悪いのは姫様を刺しているあの男だ。レティシアが悪いなんて事はあり得ない。


 ……どうにかしないと!


 俺は思考を回す。姫様だけは何としても助けなければならない。それには回復魔術の使い手が必要だ。

 しかし俺はそもそも魔術自体使う事ができない。レティシアは使えるかもしれないが、呪いのせいで近付くことが出来ない。


 ……なら本部に転移し――。


 その時、俺の思考を遮るように石板が直視できない程の輝きを放った。

 あまりの光量に目を細め、腕で視界を遮る。


「なんだ?」


 しばらくすると光は収まった。

 映像には倒れている姫様が映し出される。しかし先ほどとは様子が違った。

 そして倒れていた姫様が身体を起こす。


「……うそ。……まさか……そんな」


 レティシアが驚愕の声を漏らし後退る。

 

「……レティシア? 何か分かるのか?」

「……あれは天恵の覚醒」

「天恵の……覚醒?」


 俺はレティシアの言葉を反芻する。


「……ん。……強力な天恵は子供には負荷が高い。……だから非活性化状態になる。……それが今、覚醒した」

「ってことは姫様は無事なのか?」

「……たぶん。……きっと回復能力を宿した天恵だから」


 レティシアの言葉に俺はホッと息を吐いた。しかし、レティシアの表情は浮かない。


「……だけどわからない。……相手はあのヴィクター=エクリプスだから」

「ヴィクター=エクリプス……? この男が?」


 帝国軍元帥にして最大戦力。

 刀鬼とうきの異名を持つ剣士だ。俺と対比するように帝国最強と言われている。

 しばしば俺とヴィクターのどちらが最強なのかと議論が交わされている人物だ。


 ……想定が甘かった!


 俺の対処に現れるとばかり思っていた。

 それがまさか姫様に対して投入するとは。


 しかしこの男があの刀鬼ならば、確かに安心は出来ない。

 姫様は確かに強い。加えて天恵の覚醒だ。その強さは今までとは比べ物にならないだろう。

 しかし相手は魔王を単騎討伐できる正真正銘のバケモノだ。俺もやったからこそわかるが、その功績は並大抵のものではない。


「……レティシア。転移阻害の解析はどのぐらい掛かる?」

「……最低十分。……長くても十五分で終わらせる」

「……間に合うと思うか?」


 レティシアは首を振る。


「……たぶん決着が付くのにそう時間は掛からない」


 俺も同じ意見だった。

 

「なら転移阻害の効果範囲外ギリギリに転移する事は可能か?」

「……ん。……既に範囲は特定している。……一番近いのはアリシアのいる場所から南東の森の中。……でもかなり距離がある」

「わかった。ならそこに頼む。全速力で向かう」

「……ん。……ならこれを持って行って」


 レティシアが虚空から取り出したのは一つのペンデュラムだった。


「……登録した座標を指し示す魔導具」


 ペンデュラムにレティシアが触れると、西の方角を指し示した。確かに戦場の方向だ。


「助かる。ありがとな」

「……ん。……じゃあ転移させる」

「頼む」


 俺が頷くと、レティシアは魔術式を記述した。


「……気を付けて」

「ああ」


 そして視界が切り替わる。

 レティシアの言った通りそこは森の中だった。そしてペンデュラムはアリシアのいる北西を示している。


「……必ず救う」


 俺は大きく息を吐き出し、縮地を使った。

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