第22話 王

 ハイルエルダー王国国王、アルスラン=ハイルエルダーは宣戦布告を受けて直ぐに騎士団と魔術師団に招集をかけた。

 

 招集を受けた王国騎士団、及び魔術師団の団長は即座に移動を開始。二日後には王都の外れにある平原に集結した。

 招集を受けたのは第一から第八騎士団と、第一から第五魔術師団だ。シンの所属していた第三騎士団もアリシアによって既に再編が行われている。

 

 招集の掛からなかった第九騎士団と第十騎士団はそれぞれ別の任務が与えられていた。

 第九騎士団は北の国境にある終域エンドの警戒、第十騎士団は東の国境にある死の森の警戒だ。

 これで王国の戦力はほぼ全てが集結したことになる。その数、約十五万。


 そんな騎士、魔術師たちを国王アルスランは高台から睥睨する。


「よくぞ集まってくれた!」


 アルスランが吼える。

 凄まじい大音声に空気がビリビリと震えた。

 普通ならば拡声の魔術が必要な規模だが、アルスランは魔術を使わない。

 使えないのではなく、使わない、だ。

 それは王たる者、己の声は己で届けるべしとの考えからである。

 

 ハイルエルダー王国国王アルスラン。

 彼には二つ名がある。その名も騎士王アルスラン。

 若き日より戦場に身を置き、自らで道を切り拓いてきた王だ。

 

 その為、歴戦の猛者特有の覇気がある。

 王となり戦場から退いて日が経つというのに、その覇気は一切衰えていない。

 身体も全盛期の頃を維持しており、大木のように大きい。


「皆も知っていると思うが、我が王国は平和を唱えてきた。なぜならば国というものは民が作るものだからだ。戦ではその民が大勢犠牲となる。国にとっては損失でしかない!!!」


 低く威厳のある声が轟いた。

 十五万の騎士、魔術師たちは己が仕える王の言葉に表情を引き締める。


「もしこの王都や都市が攻め込まれれば、諸君らの家族が犠牲になるだろう。そんな事が許されるか。……否! 断じて許してはならぬ蛮行だ!!!」


 そしてアルスランは一度言葉を止め、拳を振り上げた。


「故に、我は告げる! 我らが王国の威を示せ! 蛮族どもを殲滅しろ!!!」

「「「うおおおおおお!!!」」」

「全軍!!! 出撃!!!」


 王の号令に騎士たちは反転。

 ハイルエルダー王国軍はオルビット平野に向けて行軍を開始した。




「お見事でした」


 城の執務室に戻ったアルスランは宰相デロウス=イズリスに迎えられた。デロウスはイズリス公爵家の現当主だ。その為アルスランとは幼き日より交流があり、数少ない友と呼べる人物である。


「世辞はよせ。……それで首尾は?」

「……こちらに」


 アルスランが手短に言うとデロウスが一束の書類を手渡した。受け取ったアルスランはその場でパラパラとめくり一通り目を通す。


「……なんという事だ」


 アルスランは大きなため息を吐くと目頭を抑え、天を仰いだ。


「心中お察します」

「……継承者争いは静観する予定だったんだがな」


 アルスランも人の親だ。

 気持ちとしては指名によって、次期国王を決めたいと思っている。愛する子供たちに余計な血を流してほしくないと思うのは当然の親心だ。

 

 だけどできない理由があった。

 それは政争という戦を経験せずに王になった場合、子に王位を奪われる可能性があるからだ。

 王が愚王だったのならそれでもいいとアルスランは思う。だけど逆だった場合、最悪王国が滅びる。


 実際に長きハイルエルダーの歴史にも、滅びる一歩手前までいった例はある。


 ……かつての勇者レン=ニグルライト様の時代もそうだったと聞く。


 王族にのみ口伝で伝わる約五百年の勇者レン=ニグルライト。

 彼の時代、ハイルエルダー王国は腐敗していた。

 その時は、彼のパーティに入り世界を回った第二王子ユークラス=ハイルエルダーが、王位を簒奪。王国を正した。

 そのおかげで今もハイルエルダー王国は存続している。


 こういった理由からアルスランは継承者争いを静観していた。しかし事態は変わってしまった。


「……我でもこれは見過ごせん」

「……でしょうな」


 デロウスが手渡した書類には、第一王子リヒト=ハイルエルダーがシン・エルアスの死塔流しを画策した証拠が記されていた。

 これは国益を損ねる行為だ。結果として戦争も起きている。

 国王であるアルスランはシンの重要性を正しく理解していた。彼が裁きを求めても殺すべきではなかったと考えている。


 ……あの時、我が王都にいればな。


 アルスランはそう思わずにはいられない。

 あの日、アルスランは王都にいなかった。それは同盟を結んでいる国で会談があったからだ。

 港町エーカリアの大虐殺事件はその会談中に知らされた。アルスラン王はすぐに伝令を送り、リヒトに収拾を任せた。しかしそれが間違いだった。


 アルスランが帰国した時には既にシンの刑は執行されていたのだ。


 ……まさかあの会談も仕組まれていたのか?


 そうだったのならば国際問題に発展する。しかしアルスランはすぐに否定した。

 その国の王とは先代からの付き合いだ。それにもしハイルエルダーが陥落すれば次は己の国だと理解している。

 故にその可能性は限りなく低い。


 ……ともあれシンという最大戦力を謀殺したリヒトに王である資格はない。


 アルスランはそう結論付けた。


「この戦に勝てれば、アリシアが英雄となる。それで次期国王は決まったような物だな。この戦が我の最後の仕事になる」

「問題はアリシア様が生き残れるかですね」

「……生き残る。あれは運命というものに愛されている」


 アルスランは断言した。それには根拠がある。


 アリシアは幼少の時から危機に陥ることが多かった。しかしその全てを無事に切り抜けている。

 魔物に襲われた時もそうだ。孤児だったシンに救われ、その才を見出した。


 ……おそらく、アリシアには天恵がある。


 そしてそれは英雄に類する物だとアルスランは思っていた。


 ……さてどう転がるか。後は任せたぞ。アリシア。


 アルスランは窓から外、最愛の愛娘が向かったオルビット平野の方向へと視線を向けた。

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