第21話 転移魔術

 戦場を制御する。

 方針はそう決まった。だが大国同士の戦争だ。付け入る隙はそう多くはないだろう。


 ……ならばどうするか。


「レティシア。教えて欲しい事があるんだが、転移魔術は遠方の人間を他の場所に転移させることは可能か?」

「……遠方の人間って目に見えていない人って事?」

「ああ。そうだ」


 レティシアは少し考えてから答えた。

 

「……可能か不可能かで言ったら可能。……だけど工夫がいる」

「工夫?」

「……シンは転移魔術の原理は知ってる?」

「空間を繋ぐってやつか?」


 俺が知っている転移魔術は二点の座標を指定し、空間を繋ぐというものだ。その為、転移魔術を発動するには二つの位置座標が必要となる。


 しかしレティシアは首を傾げた。


「……それが一般的なの?」

「って俺は魔術師団の団長に聞いたけど……」


 俺が聞いたのは第一魔術師団の団長だ。

 聡明な女性で魔術への見識が深く、王国内では最強の魔術師だといえる。もちろんレティシアを除けば、だが。

 そんな彼女が魔術に関して間違えるはずがない。と思っていたが、レティシアの反応を見るとその考えが揺らぐ。

 

「……もしかして違うのか?」

「……空間を繋げるなんて非効率すぎる。……座標を書き換えれば済むのに」

「………………わるいレティシア。俺にもわかる様に説明してくれるか?」

「……ん。……人は自分が居る座標を情報として保有している。……その座標を書き換えるだけで転移は可能。……これでわかる?」


 ……要は今いる座標を変えれば人は転移するって事か?


 そんな事ができるのだろうか。


 ……いや、できるんだよな。


 実際にレティシアは使っているし、俺も経験した。


 だとしたら俺は重大な事を聞いた気がする。

 転移魔術という物は空間を繋げるからこそ、莫大な魔力を消費し、常軌を逸した魔力制御能力を必要としているのだ。

 レティシアの使う転移魔術はその前提をひっくり返す。


 ともあれ納得もできる。どうやって魔術師レティシア単体で使っているのかと思っていたが、そもそも原理が違ったのだ。

 

「……大丈夫だ。理解した」


 頭が痛くなってくるが理解はできた。


 ……魔術史に残るほどの偉業な気もするが、この際は置いておこう。


 今重要なのはそこでは無い。レティシアの言った工夫とやらだ。


「それで工夫って?」

「……さっき言った通り、わたしの転移魔術は人間の情報を取得しなきゃいけない。……目に見えていない人間となると……」


 レティシアは口元に手を当てて、視線を地面に落とした。今は邪魔をしないほうがいいと判断し、俺は結論が出るまで待つ。


 しばらくするとレティシアは顔を上げた。


「……魔導具を創るのが早い……と思う。……持っている人間の位置情報を私が取得できるような」

「それは開戦までに間に合うか?」

「……すぐ出来る」


 レティシアはそう言うと虚空からいくつか素材を取り出した。その中の二つには見覚えがある。


死纏飛竜エルドワイバーンの魔石と、緋緋色金か」

「……ほんとはここまで良質な素材は必要ないんだけど念のため。……情報伝達速度とかが飛躍的に向上するから」


 そんな会話をしながらも、次々に素材が変化していく。緋緋色金がリング状に形を変え、レティシアが魔術式を記述。と思ったら死纏飛竜エルドワイバーンの魔石が圧縮され、小指の先ほどの大きさになった。

 そうして出来上がったのは一つの指環リングだ。


「本当にすぐ出来るものなんだな」

「……これぐらいなら。……この指環リングを付けていれば、私はシンの位置座標を取得、設定できる。……もちろん拒否することもできるから安心して。……やり方はあとで説明する」

「別にそこは心配してないよ。それで、これがあれば遠方から遠方への転移が可能なんだな?」

「……後は転移先の座標が分かれば。……でもこれはこの子でなんとかなる」


 レティシアが腕を上げると、空間が歪んだ。そこから姿を現したのは機巧の大鷲だった。

 翼を広げるとニメートルほどもある巨大な大鷲だ。

 

「……開戦間際に何体かを戦場上空へと放つ。……この子たちの視覚はわたしと共有できるようにしてあるから……」

「鳥が見えている場所なら転移できるってことか。……ほんとレティシアはなんでも出来るな」


 レティシアに出来ないことなんてあるのだろうか。俺はそんなふうに思った。

 

「……それで、どうするつもり?」

「開戦後、劣勢になっている地域に俺が転移する。そして過剰にならない程度に押し返す」

「……それは開戦前じゃダメなの? ……シンなら主力戦力を殲滅できる」


 レティシアの疑問は最もだ。

 開戦前に主力戦力を潰してしまえばそもそも戦争は起こらない。それもいいだろう。俺とレティシアならばそれが可能だ。


「確かにできるだろうな。でも俺はここで第一王子リヒトを潰しておきたい。ヤツは王の器ではないからな」

 

 俺の死塔流しに絡んでいるのはほぼ確定している。

 その選択を王位継承権を持つ王子がするなんて事はあってはならなかった。戦争というという結果を予期できない王は、いつか必ず王国に悲劇を齎す。


「……この戦争で第一王女に手柄を上げさせて英雄にするってこと?」

「そうだ。帝国という大国を倒し、姫様が救国の英雄になれたのなら第一王子を蹴落として王になれる」


 だから俺はこの戦争を利用する。

 姫様を、アリシア=ハイルエルダーを王にするために。

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