第16話 到達

 首を刎ねた死纏飛竜エルドワイバーンが霧散し、抱えられるほどに巨大な魔石が地面に落ちた。


 ……こんな大きい魔石は初めて見るな。


 落ちた魔石を持ち上げるとずっしりと重い。

 以前、竜種を倒した時もここまで大きくはなかった。

 それはきっと以前倒した竜よりも死纏飛竜エルドワイバーンの方が強力なせいだろう。


「……シン」


 名前を呼ばれて振り返ると、レティシアが駆け寄ってきていた。


「お疲れ様。見事な魔術だった」

「……ありがと。……シンもすごい剣術だった」

「こちらこそ。……それとコレ、空間魔術でしまえるか?」


 抱えていた魔石を視線で示す。

 このまま持っていくには邪魔になる。だけど捨てていくのも勿体無い。これはこれで魔導具の素材としては最高級の物だ。


「……ん。……でも転移の方がいい」

「……確かにそうか」


 考えてみれば別にしまって持っておく必要はない。

 ならば、先に死塔へと送ってしまえばそれで事足りる。


「なら転移で」

「……ん」

 

 レティシアは魔石へと手を伸ばすと魔術式を記述した。すると腕に掛かっていた重みと一緒に魔石が消え去る。

 死塔へと送られたのだろう。


「後もう一つあるよな?」

「……ん。……向こうのはもっと大きいと思う」


 レティシアが走って行ったので、俺も後に続く。

 死纏飛竜エルドワイバーンが墜落した地面は陥没してきた。その中央に魔石がある。レティシアの言った通り先ほどの魔石よりも一回りほど大きい。


「……じゃあ送っちゃうね」

「頼む」


 レティシアが魔術式を記述すると、同じようにして魔石が消えた。


「ありがとな」

「……ん」

「それで、日も暮れてきたし一度戻るか?」


 陽は既に沈みかけ、東の空には星々が瞬いていた。

 今日もだいぶ進んだ。だけどまだ距離があるのなら戻るべきだろう。

 しかしレティシアは首を横に振った。

 

「……ううん。……もう少しだから」

「わかった。なら進むか」

「……ん」


 そうして進むこと、わずか三十分。それは見えてきた。


 


「……あれは……なんだ?」


 言葉にするならば浮遊島だろうか。

 山のように巨大な岩が、上空に浮いていた。

 一体どんな原理であれほどの質量を持つ物体を浮かせているのか。見当もつかない。


「……あれが死滅龍エルドグランデの住処だった場所。……手記によるとこの辺に転移魔術の魔導具があるはず……」

「……レティシアの転移魔術で行けばいいんじゃないか?」


 見えている場所ならば転移できるはずだ。しかしレティシアは首を横に振る。

 

「……それじゃダメ」

「転移阻害ってやつか」

「……さすがに魔王の転移阻害を補正するのは手間がかかる」

「それなら魔導具を探した方が早いってことか」

「……そう。……だから探すの手伝って」

「わかった」


 俺とレティシアは周囲をくまなく探索した。すると、ものの数分で巨樹のうろに隠された魔導具を発見することができた。

 ちなみに見つけたのは俺ではなくレティシアだ。

 

 発見した転移の魔導具は石板の形をしており、人が上に乗ることによって転移が行われるといった代物らしい。

 古代の遺跡にはこういった形式の魔導具が多い。


「……じゃあ行こ」

「ああ」


 レティシアと共に魔導具の上へ足を踏み入れる。そして視界が切り替わった。


 その瞬間、見上げるほどに巨大な魔石が目に飛び込んできた。レティシアの言葉が正しければこれが死滅龍エルドグランデの魔石だろう。破片だと言うのにこの大きさとは目の前になければ信じられなかったことだろう。


「――何者だ」


 その時、凛と響くような声が聞こえた。

 それだけで心臓が握りつぶされたかのような錯覚に陥る。魔石が膨大な魔力を放っていたせいで気付くのが遅れた。

 魔石の前には守るようにして一体の魔物がとぐろを巻き、目を瞑っていた。


 ……あれは、ダメだ。


 直感がそう告げている。

 一目見てわかった。今まで戦ってきた魔物とは文字通り格が違う。この魔物の前では死纏飛竜エルドワイバーンなど赤子も同然だ。


 瘴気を纏った漆黒の巨躯に折り畳まれた巨大な翼。

 見に纏う魔力は膨大で、そこにいるだけで重圧がのしかかってくる。


 魔王に至った龍種。最古の三大魔王と同じ種族。

 戦えばまず勝ち目のない相手だ。


 なんとしても逃げなければならない。俺は即座に判断した。


「レティ……」


 しかしそこで違和感に気付いた。

 目の前にいるというのに、龍種は今だに眼を瞑っている。

 それはいつでも俺たちを殺せると言う事の証左だ。


 ……なら、レティシアだけでも。


 レティシアが転移の魔導具へ戻り、俺がこの龍種を抑える。僅か数秒なら俺にでも抑える事は可能だろう。

 それならば、なんとかレティシアだけでも逃がす事ができる。


 ……俺が巻き込んだんだ。レティシアだけはなんとしてでも。


「……レティシア。……俺ではアイツに敵わない。……だからレティシアは先に――」


 しかし、レティシアは一度深呼吸をすると、手を握りしめ一歩前に出た。

 龍種が目を開き、身体を起こす。

 そして俺たちを睥睨した。


 見ただけ。

 たったそれだけで、俺は身動きが取れなくなった。

 一挙手一投足が命取りになる。そんな確信があった。


「……だいじょうぶ。……おそらくシンがいれば」


 レティシアはそう言うと先へと足を進めた。


 ……しっかりしろ。俺が……騎士である俺が守らないと。


 俺も一度深呼吸をして覚悟を決めた。


 ……なんとしてでもレティシアだけは守る。


 そう心に決めて、俺は一歩を踏み出した。

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