第17話 瘴呪龍エルドラーヴァ

「……これはまた……忌々しい小娘が来たものだ」


 龍種が顔を顰めながら言った。

 魔物が言葉を話すこと自体、不思議な事ではない。魔王に至った存在は極めて高い知能を有している。

 その為、言語を解する魔王は多い。


 以前、騎士団にいた時に討伐した魔王も言葉を解していた。あの時に討伐した魔王は出現してから僅か五年と若い魔王だったが、数多の魔術を操り戦術さえも理解していた。

 五年でそれなのだ。

 悠久の時を重ねた魔王は人類では測ることすら烏滸がましい程の知能を持つ。

 

「……初めまして、瘴呪龍しょうじゅりゅうエルドラーヴァ」


 レティシアはスカートの裾を摘み、貴族と見紛うほど上品な礼をとった。


「……わたしの名は――」

「――興味がない」


 しかし瘴呪龍エルドラーヴァと呼ばれた龍種はレティシアの言葉を遮り、言い放つ。


「……そう。……じゃあ魔石を渡して」


 レティシアもそんな瘴呪龍エルドラーヴァを意に返さず端的に己の目的を告げる。

 

「……素直に渡すと思うか?」


 両者の視線が交差する。

 剣呑な空気を感じた俺はレティシアの前に出て不壊剣レスティオンを構えた。

 瘴呪龍エルドラーヴァは俺の持つ不壊剣レスティオンを一瞥すると再び顔を顰める。


「……不壊剣レスティオンか。忌々しい剣だ」


 ……この剣を知っているのか?


 そうは思ったものの、なにが藪蛇になるかわからない。口には出さなかった。

 

「……でも貴女は渡すしかない」

「……なに?」


 それは挑発とも取れる言葉だ。

 瘴呪龍エルドラーヴァが僅かな怒気を滲ませた声を漏らした。心なしか重圧が強くなった気がする。

 

 しかしレティシアは動かない。じっと瘴呪龍エルドラーヴァを見つめている。

 やがて瘴呪龍エルドラーヴァは俺を見た。

 

「…………なるほど。その根拠は貴様だな? 本当に忌々しいことだ。小娘と共にいるところを見るに呪い無効の天恵か?」

「……そうだ」


 俺はしっかりと頷く。すると瘴呪龍エルドラーヴァは鼻を鳴らした。

 

「……ふん。呪い無効に、不壊剣レスティオンか。それに……」


 瘴呪龍エルドラーヴァが観察するような目で俺を見る。そして眉を顰め呟いた。

 

「……確かに私では勝てないのは道理である」


 瘴呪龍エルドラーヴァが大きな溜め息を吐く。しかし次の瞬間、先程までの重圧がお遊びと思えるほどの殺気を放出した。


「――だが、この魔石を持っていくと言うのなら命に変えても抗うぞ?」

 

 ここで怖気付いたら死ぬ。

 そう直感が告げていた。だから俺も歯を食いしばり戦意を漲らせた。

 次に動いたら。そう決意を込めて龍を睨み返す。


「……命を賭ける? ……おかしい。……貴女は死滅龍エルドグランデからこの死界樹海を任されていたはず……」

「そうだ。


 瘴呪龍エルドラーヴァの言葉にレティシアは頷いた。


「……そう。……そう言うことだったのね」


 瘴呪龍エルドラーヴァは語らない。しかしその沈黙が答えを示していた。

 瘴呪龍エルドラーヴァの言葉は、魔石を守ることが死界樹海を守ることと同義だと言っている様なものだ。そこまでのヒントがあれば俺でもわかる。


「……つまり、死界樹海の核はその魔石の破片?」


 レティシアの言葉にやはり瘴呪龍エルドラーヴァは答えない。


「……小娘。貴様は好かんが愚かではないだろう。この魔石を奪うということが、どういう結果を齎すかわかるな?」

「……もちろん。……ならその魔石は諦めざるを得ない。……でもはいいでしょ?」

「………………業腹だがな。この魔石を諦めると言うのならば他は好きにするが良い」


 瘴呪龍エルドラーヴァはそう言うと、先程までの殺気が嘘だったかのように霧散した。

 初めに感じていた重圧も消えている。

 

「……ありがと」

「……ふん。……用を済ませたら疾く去れ」


 瘴呪龍エルドラーヴァが鼻を鳴らし、とぐろを巻く。そして再び目を瞑った。その脇をレティシアが進む。


「……シン。……行こう」

「……ああ」


 どうやら戦闘は回避できたらしい。俺もレティシアの後に続いた。


「――不壊剣レスティオンの所持者よ」


 だが瘴呪龍エルドラーヴァの脇を通り過ぎる時、俺は呼び止められた。

 警戒しつつも、瘴呪龍エルドラーヴァに向き直る。


「……そう警戒するな。……私にもはや戦う理由はない」

「……その言葉を信用しろと?」

「……ふん。どちらでもいい。だがいい心構えだ」

「………………それでなんの様だ?」


 瘴呪龍エルドラーヴァが目を開く。


「貴様はハイルエルダーの騎士だな?」

「……元、だけどな」

「それはどちらでもいい。忠告だ。今尚あの王国に心残りがあるのならば気をつけるが良い。黒鉄の小僧が最近おかしな動きをしている」

黒鉄くろがねの小僧? ……黒鉄くろがねの魔王か?」


 それは約十年前に生まれた若き魔王の名だ。

 帝国の更に西にある黒鉄山脈という終域エンドを支配している。

 野心が強く、何度も帝国に攻め入っている魔王だ。


「それをなぜ俺に?」

「忌々しい国だが、ハイルエルダーが今滅びるのは少々面倒だ。それに……心当たりがあるのではないか?」


 瘴呪龍エルドラーヴァの言葉になぜだかの光景が脳裏を過った。


 ……考えすぎか?


 そうは思ったものの、龍種たる瘴呪龍エルドラーヴァの言葉だ。無視するにはその事実があまりにも重すぎる。


 そんな俺を見て瘴呪龍エルドラーヴァは悪い笑みを浮かべた。


「せいぜい悩むことだ。最悪、私はどちらに転んでも良い」


 それだけ言うと瘴呪龍エルドラーヴァは再び目を瞑った。もはや言うことはない。言外にそう告げていた。


「……シン。……行こう」

「ああ」


 俺は頷くと、釈然としない物を心に抱えながらもレティシアの後に続いた。

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