第4話 レティシア
「レティシア」
死塔の魔女は名前を口にした。
「……レティシア」
俺はその名を反芻する。
聞き覚えはない。名前の響きからして女性だろうか。しかし王国はもといの西の大国、セルベルド帝国にもレティシアなんて名前の強者はいない。
少なくとも俺は知らない。
……ならば暗部の人間か?
影に潜み、闇に生きる人種だ。
潜入や暗殺といった汚れ仕事を一手に引き受ける彼らは国の影そのものだと言える。
彼らは決して
「問題はどこの暗部か、だな。死塔の魔女。レティシアとやらはどこの人間かわかるか?」
名前を知っているのだから、独自の情報網で掴んでいるのかと思ったが少女は首を傾げる。
そして何かに気付いたように「……あっ」と小さく声を漏らした。
「……ちがう。……わたしの名前」
「……は?」
つい呆けた声が出た。
しかし魔女の表情を見る限り、どうやら冗談で言っている訳ではないらしい。
「……私の名前、死塔の魔女じゃなくてレティシア」
……俺の質問に答えたのではなく、死塔の魔女と呼んだ事に対して訂正したのか。
もしかしたら死塔の魔女と呼ばれるのはレティシアにとって不本意なのかもしれない。
だから俺は謝罪を口にした。
「死塔の魔女と呼んだ事については謝る。すまない」
「……それはべつに大丈夫」
レティシアはなんてことのない様に口にした。あまりに気していないらしい。
「……そうか? ならレティシア。もう一度聞くがその狂化の呪いを掛けた呪術師はわかるか?」
「わからない」
レティシアはあっけらかんと答えた。
「わからないって……」
「……でも推測する事はできる」
「推測?」
「……貴方が――」
「貴方じゃなくてシンでいい」
「……わかった。……じゃあシン。……王国最強であるシンが居なくなって一番得をするのは誰?」
「……ちょっと待てレティシア。お前どこまで記憶を覗いたんだ?」
王国最強。
それは俺、シン・エルアスを示す異名だ。
しかし、その単語は港町エーカリアでの記憶を覗いただけでは出てこないはずだ。なにせ俺はその言葉を嫌っている。
そしてその事は部下達も知っていた。だから俺自身も久々に聞く。
「……安心して。わたしが覗いたのはエーカリアの記憶だけ」
「じゃあなんで知ってい……る? ……いや、蜘蛛か」
先ほど見せられた機巧蜘蛛。
名前も調べている以上は他の情報も持っているのだろう。部下が俺の異名を口にしなくても民衆は違うのだから。
「……そう。……それで?」
俺はレティシアの言葉に思考を巡らせる。
俺が王国から居なくなって得をする人間。
一番に思いつくのは第一王子だろう。
ハイルエルダー王国、王位継承権第一位。
リヒト=ハイルエルダー。
剣の腕も確かで、実際に高位の魔物を討伐したこともある。
そして文官としての才能もあった。
内政はもちろんの事、外交の手腕も見事なものだ。
何事もなければ王位を約束された地位。しかし今や第一王子派は劣勢だ。
その原因は第一王女であるアリシア=ハイルエルダー。
姫様がその遥か上をいく才能の持ち主だったからだ。
剣の腕は騎士団長と並び、魔術の知識も魔術師団長を凌ぐ。実際にその実力が認められ、国王から第一騎士団長の地位を授けられている。
文官の才能も第一王子よりも上だ。何か問題が起きれば姫様に頼めばいいと思っている貴族もいるぐらいである。
その上、人々を惹きつけるカリスマも持ち合わせており、平民とも分け隔てなく接する。
王となるべくして生まれてきた王女。それが第一王女アリシア=ハイルエルダーと言う人間だ。
しかしそれでも王位継承権第一位の王子という肩書きは強い。なにをしても姫様は王にはなれないはずだった。だがそこに現れたのが俺だ。
平民の出でありながら王国最強にまで上り詰めた俺を見出したのが何を隠そう姫様だった。
姫様は俺を筆頭に才ある平民を数多く見出し、そのカリスマで人望を得てきた。その天秤が姫様に傾くのは必然であった。
だからその名を俺は口にする。
「第一王子、リヒト=ハイルエルダーだな」
「……ん。……他には?」
「……他か。すぐには思いつかないな。強いて言うなら帝国か?」
西の大国、セルベルド帝国。
彼の国は侵略国家だ。悲願は大陸統一。
帝国には皇帝こそが至高の存在であるという考えが一般的だ。その為、皇帝の支配を受けない国は必要ないと考えている。
故に武力で周囲の国々を呑み込み、己が領土としていった。
そして帝国は対等の国力を持つ東の大国、ハイルエルダー王国を目の敵にしており、虎視眈々と狙っている。
もし王国が墜とされるようなことになれば、大陸統一という悲願はほぼ達成されたと言えるだろう。
故に、王国最強である俺を排除できたのならその悲願に一歩近づく。
「……第一王子か帝国」
「帝国に関してはすぐに手は出せないが、第一王子には話が早い」
「……どうするの?」
俺はベッドから身体を起こし立ち上がる。
「直接聞けばいいだけだ」
伊達に騎士団長を勤めていたわけではない。俺には王城の情報がある。その気になれば誰にも見つからずに、侵入することも可能だ。
しかしレティシアは俺の前に立ち塞がった。
「……待って。……それはやめた方がいい」
「何故だ?」
「……あの地獄を作り出した張本人。……まともな人間とは思えない。……おそらく自分の命が危機に瀕したら王国でも呪いを振り撒く」
「それは……そうだろうな」
あれだけの惨状を作り上げた人物だ。レティシアの言葉には頷かざるを得ない。だけどそれでも俺は問題ないと判断した。
「でも心配はいらない。呪術師を見つけるまでは手を出さないつもりだ」
俺の目で捉えることが出来たなら、一瞬で殺せる。
たとえ呪いを発動されたとしても殺してしまえば問題ない。
しかしレティシアは首を横に振った。
「……シンは一つ勘違いをしている」
「勘違い?」
「……呪いは術者を殺しても解けない」
「……なに?」
それは想定外だった。まさに寝耳に水だ。
なにせ魔術は術者を殺せば解除される。だから俺は呪いも同じものだと思っていた。
「……わたしに死の呪いをかけた存在はすでに死んでいる」
その言葉には説得力があった。
呪いを発動する前に殺す自信はある。
しかし万が一、いや億が一にも民が犠牲になる可能性があるのならその方法はとれない。
「……確かに。それなら難しいな。なら……」
思考を巡らすが、いい案は思いつかない。
俺は剣を振るしか能がない。魔術は斬る為に色々と学習したが、呪いに関してはさっぱりだ。
王城の書庫にも呪いに関しての書物はなかった。
呪いという物はそれほどまでに珍しい。
そんな俺の様子を見てか、レティシアは小さく笑った。
「……わたしなら協力できる」
「……」
レティシアは自身が呪いに侵されている。その為に知識は豊富だろう。協力して貰えるのならばこれほど心強い存在はいない。
しかし同時に何もなしに協力してもらえるとは思っていない。俺とレティシアは今日出会ったばかりだ。
そんな存在にタダで力を貸すなんて事はありえない。
しかし俺に選択肢もない。この復讐は何がなんでも果たさなければならないからだ。
でなければ俺は死んでも死に切れない。
「………………見返りは?」
だからどんな要求でも呑もうと決意を込めて聞き返す。
しかしレティシアは信じられないことを口にした。
「……お友達になって?」
「………………は?」
俺の呆けた声が部屋に響き渡った。
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