第5話 お友達

「………………ちょっと待ってくれ。もう一度言ってくれないか? 俺は見返りになにをすればいい?」

「……だから、わたしとお友達になって?」


 どうやら聞き間違いではないらしい。

 しかし何かとんでもない要求をされると身構えていた俺は素直に信じられなかった。

 なにせ相手は王国で恐れられている死塔の魔女だ。


 ……なんの冗談だ?


 俺は目頭に手を当てて天を仰ぐ。

 しかし現実は変わらない。だから俺は確認の為にもう一度聞いた。

 

「友達になるのが見返りか?」

「……ん」


 レティシアが小さく頷く。俺は一度大きく深呼吸をした。

 気が抜けるが悪い話ではない。

 なにせ俺は死塔の魔女レティシアが邪悪なバケモノではないと知っている。友人となったところで不都合はない。


 ……命も救ってもらったしな。


 俺は剣を突き刺した胸に手を当てた。

 あのまま死んでいたら犯人がいた事にすら気付かなかった。仲間の無念を果たす機会をレティシアに貰ったとも考えられる。

 だから俺は頷いた。

 

「……わかった。それぐらいならなんの問題もない」


 だけど俺は気になった。

 この少女が何故友人を求めるのかを。

 だから素直に聞く事にした。


「でもなんで友達なんだ?」

「……わたしには友達がいない。……この身体は死の呪いに侵されている」

「……は? いやちょっと待て。生まれてから?」

「……ん」


 レティシアは小さく頷いた。

 生まれてから今に至るまで、近付く者は例外なく絶命してしまう呪いに侵されている。

 それはつまり――。

 

「レティシアはこの塔にずっと一人なのか?」

「……ん。……五百年間ずっと」

「……」


 俺は言葉を失った。

 

 五百年の孤独。

 それは正真正銘の地獄だ。


 普通の人間なら発狂していてもおかしくはない。

 それほど途方もなく、果てしない時間だ。

 

 俺にはその長さを想像することしかできない。

 人間である俺は五百年という時を生きることが出来ないからだ。


 ……そんなことがあっていいのか?


 いいわけがない。

 レティシアが何か罪を犯したというのなら話は別だ。だけど生まれてからということはレティシアは何もしていない。何も悪くない。こんな理不尽な事があっていいはずがない。


「……みんな死んじゃうから。……死ななかったのはシンが初めて」


 そう呟いたレティシアは心なしか悲しそうに見えた。

 いや、事実悲しいのだろう。だけど表情があまりにも動かない。

 

 

 レティシアは表情の変化が乏しく、感情が読みにくい。

 

 これも孤独の弊害か。

 だとしたら居た堪れない。人というのは繋がりがあってこそ生きていけるものだ。

 レティシアの死の呪いはその繋がりを強制的に断つ。なんと忌々しく、邪悪な物だろうか。


「……シン?」


 レティシアが心配そうに見つめてくる。

 その視線は俺の手に向いていた。無意識に握りしめていたようだ。手を開くと血が滲んでいた。


「……悪い。心配はいらない」


 するとレティシアは魔術式を記述した。みるみるうちに傷が治っていく。


「ありがとう」

「……ん。……それで、どう?」


 レティシアの瞳は不安に揺れていた。そこで俺は気付いた。


 ……そうか俺が希望なのか。


 五百年間現れなかった呪いを無効化できる人間。俺は唯一、レティシアに近付いても死ぬことのない人間だ。


 ……大罪人である俺が、希望か。


 思わず自嘲の笑みが溢れた。それはなんと皮肉な事だろうか。もし神様がいるとすれば悪趣味な事この上ない。

 

 だけど聞いてしまったからには、俺には見捨てる事ができなかった。


 ……なら、せめて俺が死ぬまでは。


 そう決めた。


 だけどそんな理由があるのならばとして友人になることはできない。

 そんな関係はおよそ友人と呼べる物ではないからだ。

 友人というものはなろうとしてなるわけではない。

 だからこそ、そこだけはハッキリとさせておく必要がある。


「……レティシア。俺は見返りとして友人になるわけにはいかない」

「……ぇ」


 レティシアが消え入りそうな声を漏らした。だから俺は慌てて否定する。


「待て待て。早とちりするな。俺はレティシアと普通に友達になりたい。それは何かをした対価に、とかではなく……」

「……どういうこと?」

「……見返りが欲しいのなら他の事を聞く。だから……その、なんだ。俺は見返りとか関係なく、レティシアと友達になりたい」


 俺の言葉を聞いた瞬間、レティシアの表情が僅かに動いた。レティシアは大切な物を抱え込むように胸の前で手を握る。

 それは小さな変化。だけどレティシアはしっかりと笑みを浮かべた。


「……うれしい。……ありがとシン」


 俺はそんなレティシアという少女に目を奪われた。


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