第2話 死塔の魔女
死塔の扉が開き、姿を現したのは一人の少女だった。
美しい少女だ。
白く透き通るような肌に、幼さを残した可愛らしい顔立ち。髪は腰に届きそうなほどに長く、色は月光を思わせる煌めく銀。そして瞳は血のように
その少女は漆黒のドレスを着ていて、銀の髪とのコンストラクトが芸術品のように美しい。
そして一番の特徴はその耳だ。
……エルフ?
少女の耳は細く先が尖っていた。
歳は成人したての十五歳ほどに見えるが、実際の年齢はわからない。エルフならば何百年生きていても不思議ではない。
……これが……死塔の魔女?
俺が想像していた姿とはかけ離れていた。
魂を喰らうバケモノだと言うのだから、異形の怪物とか魔物の類だと思っていた。
しかし蓋を開けてみればただの少女だ。
とてもじゃないが言い伝え通りのバケモノとは思えない。
「……ん」
俺が二の句を継げずにいると、少女が手を差し出し何かを要求してきた。しかし俺は何を要求されているのかわからない。
そのまま少女を見ていると、彼女は可愛らしく子首を傾げた。
「……ん? ……罪状。……ないの?」
少女は抑揚のない声でそう言った。
……罪状?
それで俺は思い出した。
罪状の書かれた紙は所定の位置に置かれる決まりだ。
しかし恐怖に苛まれた騎士はそれを怠った。つまり罪状は馬車の中にある。
「ああ。悪い。騎士が持って帰った」
「……そう。……困っ……た? ……ん?」
少女が眉を顰めて俺を見た。しかし何も口にしない。だから俺は訝しみながらも自らの大罪を告白する。
「罪状はないけど俺の罪は人殺しだ。部下……第三騎士団全員と港町エーカリアの住人を皆殺しにした」
大虐殺という言葉ですら生ぬるい。殺した人数は1568人。直接手にかけていない人々も合わせるともっとだ。
俺は一夜にして都市を滅ぼした。
これが俺の裁かれるべき
しかし、俺の大罪とでもいうべき所業を聞いても少女の顔に変化はなかった。
というよりも何か他の事を考えているかの様に俺をジッと見つめている。
そしてしばらくの沈黙の後、少女が口を開いた。
「……貴方。……わたしが怖くないの?」
「怖い? どうしてだ?」
目の前にいるのは王国で恐れられている死塔の魔女だ。
しかし俺にはただの少女には思えなかった。
「……え? ………………う……そ」
少女が指先に赤黒い魔力を灯し、空中に走らせる。
そして記述されたのは魔術を行使する為に必要な魔術式だった。
式が一度大きく輝くと、溶ける様にして消える。
「……」
変化はない。それより殺意を感じなかった。
だから俺の身体に害を成すものではないはずだ。
「………………やっと。……やっと見つけた」
「見つけた? なにを?」
少女は俺の質問には答えずに、信じられない事を口にした。
「……わたしは貴方を殺したくない」
「………………は? ……殺したく……ない?」
口の中で少女の言葉を反芻する。
俺は死ぬために、大罪を償う為にここへ来た。だから裁かれなければならない。それでは非常に困る。
「い、いや。……待ってくれ。俺は普通の死では償えない事をした。……してしまった! だから裁かれなければならないんだ!」
しかし少女は淡々と告げる。
「……死に普通も普通じゃないも……無い」
そんな筈はない。そう思いたかったのかもしれない。
目の前にいるのは死塔の魔女だ。死塔には他に人の気配はない。だからそれは間違いないだろう。
しかし俺は、王国は、盛大な勘違いををしているのではないか。
そんな予感がした。
だから俺はそれを確認する為に言葉を紡ぐ。
「……魂を…………喰うんじゃないのか?」
案の定、少女は眉を顰めた。
「……食べない。……それはヤツらが作ったでまかせ」
「……でま……かせ?」
予感が確信に変わる。
俺はあまりの衝撃に足の力が抜け、膝をついた。
「……そん……な。……じゃあ……俺は……どうすれば……」
俺は地獄のような苦しみの果てに死ななければならない。それだけの事をした。してしまった。
……そうでなければ俺の罪は……。
俺はふらふらと立ち上がると、少女に一歩近づいた。
少女はそんな俺をじっと見つめていた。
一歩、二歩と進んでいく。
しかし、少女は動かない。やがて俺は少女の目の前まで来た。
少女はただの少女だ。しかし魔術が使える正真正銘の魔女でもある。だから魂を食わないまでも俺を殺せる筈だ。それこそ地獄のような苦しみの果てに。
だから俺は膝をついて懇願した。
「俺を……裁いてくれ」
少女はしゃがみ込み、俺と視線を合わせると両手を頬に触れた。
その手つきはとても優しく、慈しむようなものだった。
「……やっぱり貴方は死なないのね。……実在したなんて」
そう言って少女の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
その涙の意味がわからなかったが、俺はハッと我に帰った。
……俺は……何をやっているんだ。
そして自分を恥じた。
なんと愚かな事をしてしまったのか。
俺は
それは人を殺すという罪を押し付けるのとなんら変わらない。
「……すまなかった」
俺はそう呟くとふらふらと立ち上がり、門を目指す。
視線の先にあるのは剣だ。騎士が落としていってしまった剣。
裁きがないというのなら、自分自身で裁くしかない。
俺は剣を手に取ると、切先を己の胸へと向けた。
「……え? まって――!」
少女が俺の意図に気付き声を上げた。
だがもう遅い。俺は自分の胸を躊躇なく貫いた。
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