罪咎の騎士と死塔の魔女
平原誠也
第1話 死塔流し
「元第三騎士団長、シン・エルアスを死塔流しの刑に処す」
静まり返った法廷に厳かな言葉が響き渡った。
俺は天井を見上げて、その判決を噛み締める。
死刑よりも恐ろしいとされる死塔流し。そんな判決を受けても俺の心は凪いだ湖面のように静かだった。
……まあ、当然だろうな。
ただ、そう思った。
なにせ俺の犯した罪はそれほどに大きい。
……だからこれでいい。
俺は自分の結末に納得して目を閉じる。
するとその時、絶叫とも言うべき声が法廷に響き渡った。
「息子を返してよ! この人殺し!」
俺は目を開けて声のした方向に視線を向ける。
そこにいたのは大粒の涙を流した妙齢の女性だった。
……あれはたしか。
そうだ。ついこの前、騎士団に配属された新人騎士の母親だ。雑用でも率先とこなし、先輩騎士からも可愛がられていた好青年。
その新人騎士は俺がこの手で殺した。
だが、返せと言われても返す事はできない。死者を生き返らせる事はできないのだ。
だから俺はただ真摯に頭を下げた。
「……ッ!」
女性が息を呑むのがわかった。それから声を上げて泣いた。
そこからは罵詈雑言の嵐だった。
「地獄に堕ちろ! この悪魔が!」
「夫を返してよ!」
「当然の報いだ!!!」
「街の人々に謝れ!」
「これだから平民上がりは!」
「姫様に受けた大恩を仇で返すとは! この恩知らずが!」
俺はその全てを頭を下げて聞いていた。それしか出来ない自分が腹立たしくて俺は唇を噛んだ。
そんな時、法廷に凛とした声が響いた。
「裁判長。一ついいですか?」
その一言で言葉の嵐が止んだ。
聞き覚えのある声に頭を上げると、裁判長の隣で事の成り行きを見守っていた一人の女性騎士が挙手をしていた。
姫騎士アリシア=ハイルエルダー。
陽光のような輝く金髪のポニーテールと大海のような蒼い瞳。身に纏うは煌びやかに輝く黄金の鎧。
その鎧はハイルエルダー王国で王族にしか纏うことの許されていない。
彼女はこの国、ハイルエルダー王国の第一王女だ。
「アリシア様……。……わかりました。発言を許可します」
裁判長は苦々しい顔をしながらも頷いた。
「ありがとうございます」
姫様は立ち上がると洗練された所作で一礼した。
そして、俺の目をまっすぐに見る。
「シン。本当にこれでいいんですね?」
俺は迷いなく頷いた。
「はい。これは俺の罪です。誰にも渡すつもりはありません」
俺の言葉を聞いた姫様は悲痛に顔を歪めた。
唇を噛み締め、拳は強く握られている。
やがて俺の決意が変わらないと悟ったのか、大きく息をついた。
「……わかりました。……ならば私から言える事はありません。連れて行きなさい」
「ハッ!」
そうして俺は死塔流しの刑に処された。
東の大国ハイルエルダー。
そこからさらに東に存在する最果ての森。その奥地に死塔と呼ばれる塔が存在する。
言い伝えによると死塔には一人の魔女が住んでいるらしい。そしてその魔女は魂を喰らうバケモノなんだとか。
魔女に魂を食われた者は、輪廻の輪から外れてしまう。そうなると魂は再びこの世に戻る事ができない。
魔女に喰われた者は永遠に生と死の狭間を彷徨うことになる。
故に死塔流しは死刑よりも恐ろしい。
とは言っているが、要するに生贄だ。
そんなバケモノである魔女の手が王国へと伸びないようにする為の。
では何故罪人が死塔へと送られるのか。
どうせ死罪になるのならば魔女のエサにすればいい?
それもあるだろう。しかし実際のところは魔女が罪人の魂を好むからだと言われている。
罪が重ければ重いほどいい。それが俺の聞いた言い伝えだ。
よってハイルエルダー王国の大罪人は全て死塔へと送られる。
ちなみにだが、死塔へ送られて帰ってきた者は誰一人として存在しない。
「降りろ!」
乱雑に開かれた馬車の扉から俺は蹴り落とされた。
ごろごろとした石の礫が散りばめられている地面へと背中から叩きつけられる。
「痛ッ――」
痛みを堪えながら顔をあげると、そこにはおどろおどしい塔が聳え立っていた。
夜なのにも関わらず明かりは一つも付いておらず、塔の表面はうねった木の蔦に侵食されている。
その姿はまさに死塔と呼ぶに相応しい。
「た、大罪人シン・エルアス! こ、これでもってお前の刑は完了と、する!」
馬車から降りてきた騎士が、門の前で立ち止まると矢継ぎ早にそう口にする。その声は恐怖に震えていた。
辺りを見回すと俺の落ちた場所は既に門の内側で、確かに死塔に
騎士の言う通り、これで俺の刑は執行されたことになる。
本当は罪状の書かれた紙を最初から最後まで読み上げ、所定の場所に置かなければならないのだが、騎士はすぐにでも帰りたいらしく随分と省略していた。
しかしそれも仕方ないだろう。俺も罪人でなければこのような不気味な場所には長居したくない。
騎士はそそくさと馬車の中へと引き返していく。
その際、剣が馬車の手すりにぶつかり、転がり落ちた。落ちた先は俺の目の前。門の中だ。
騎士は剣を一瞥し、僅かばかり迷ったようだが恐怖には打ち勝てなかったらしい。そのまま馬車を走らせて行った。
……それもそうか。
巻き添えで魂を喰われたらたまったもんじゃない。
俺は身体を起こし、土のついた服を払った。そんな自分の行動に、つい苦笑が溢れた。
「どうせ死ぬんだ。こんなことをする意味はないな」
こうして俺の死塔流しは完了した。
しかし魔女は姿を現さない。このまま引き返せば逃げることもできるだろう。
幸いにして剣は騎士が落として行った。森に棲む魔物だろうと剣一つあれば十分だ。容易く切り抜けられる。
しかし、そんな気は微塵も起きなかった。
それでは罰にならない。俺は罰を受けなければならないのだ。
そんな時だった。死塔の扉が開いたのは。
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