エピソード2 昔の同僚と新しい家族の話

彼女の名前は藤田樹。

前にいた会社の同僚で、気が合うので会社を辞めた後もこうして時々会っている。


「子供、引き取ることにしたの」


注文を済ませるとさっそく、私は彼女に言った。


私は妊娠しにくい体質らしく、夫が「子供がいなくても幸せになれるよ」と言っていたこともあって子供を育てることを諦めていた。


しかし最近あることがきっかけでやはり子供が欲しいと思い、夫と話し合って養子縁組をすることにしたのだ。


「そうですか、おめでとうございます」


少しは驚いてくれるかと思ったが、彼女はいつものすました表情で言った。


「ありがとう」

「はるさんならきっといいお母さんになると思います」

「そうかな」

「はい」


店員さんが彼女の前にコーヒーとチーズケーキを私の前に紅茶とロールケーキを置いて去っていく。


「親になるということはとても大変なことです」


彼女はコーヒーに口をつける。


「そうよね、血がつながっていないんだからなおさら」

「それは関係ないです」


今度は水を一口。


「血がつながっているかいないかなんてことは関係ないです。大事なのは親になる人にその覚悟と適性があるか、ということです」

「覚悟と適性」

「覚悟は私にはよくわかりませんが、適性は」

「どれだけ多くの愛情を与えられるか?」


私は少し得意げな顔をしていたのだろうか。彼女が微笑む。


「多くのというより、適量の、ですね」

「適量の?多すぎてもだめってこと?」


「はい、愛情は料理に入れる調味料のようなものだと聞いたことがあります。

料理を子供に食べさせるものだとして、愛情を塩と仮定しましょう。塩をたくさん入れると健康に悪いし、しょっぱくなってしまいます。逆に塩を入れ忘れてしまっては味気のないものとなり食べることに楽しみを見つけられないかもしれません。


食べることは生きることですから、それはあまりに悲しいことです」


そうかもしれないと思った。


「はるさんはたしか妹さんがいらっしゃいましたね」

「うん」

「よく上の子も下の子も平等に育てるべきだ、と言う人がいますけど私はそれ間違っていると思うんです」

「どうして?」

「人はそれぞれ感じ方が違いますから、その人その人の特性を見極めて対応するのが適切かと」

「なるほど」


たしかに私がいつも気にしていたことでも妹はなんでもないと思っていたようなことがあった。


「やっぱりはるさんはいいお母さんになると思います」

「そうかな」


私は照れくさくなってロールケーキをつつく。


「はい、大体の子供が親に対して求めることは聞いてくれることだと思うんです。はるさんは誰の話でもちゃんと聞いてくれるじゃないですか」






「血がつながっているかなんて関係ない」


彼女は私にそういった。私ならきっといいお母さんになる、と。改札を通り抜け、電光掲示板を確認する。


親になる。

きっかけはドラマだ。笑われると思って誰にも言えていない。


自分がお腹を痛めていないのにちゃんと親になれるのか、両親に言われた。

簡単なことじゃない、義父母に言われた。

それでも私は子供が欲しかった。諦めきれなかった。


藤田樹は、どうして結婚しないのだろう。子供が欲しいと思ったことはないのだろうか。彼女が恋愛しているところを私は知らない。


そういえば私が夫と結婚すると報告した時に彼女はこんなことを言っていた。


「家族になるということはとても大変なことです」


彼女はどうして、一人でいるのだろう。

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