第4話 ゴルゴダ・リベリオン・メシアバースト
はたして、真理愛の預言は的中した。
空が高くなり、雲が尾を引くように薄くなってきた頃、つまり男と出会って半年が経過しようかという頃、あのバラエティコーナーの角台に異変が生じた。いままで一度も入賞したことなどなかったのに、ここにきて男の打った球が、ぼくの目の前でスタートチャッカーに入ったのだ。それも立て続けに四つ。あっという間に盤面下方に表示されている保留ランプが埋まりきった。
あっけにとられているぼくの目の前で、下手くそながらも制作者たちはきっとかわいらしさを意識してデザインしたであろう女の子たちの図柄が、電飾音の号令と同時に勢いよく回転をはじめ、大当たり抽選の消化が始まる。
しかし、そうはうまくいかないのがパチンコ遊技というもので、保留玉は一個、二個と、なんの面白味もなく簡単にハズレていく。高揚感の波が引いていくのを感じつつ、このまま特に面白味もなく保留玉を消化してしまうんだろうかと見守っていると、そんな曇ったぼくの目を覚まさせる事態がまたもや起きた。
三つ目の保留玉を消化している最中、残る最後の保留玉が唐突に変化したのだ。それも、期待値八十パーセント以上の金保留をしのぐと言われている、
《ぱちんこ 武教伝説-夜明けのゴルゴダ-》――それが、男が年がら年中打ち続けている機種の名前。版権に使われているアニメの正式名称は「武教伝説」だ。
五年ほど前に動画配信サービス限定で公開された、このガールズ・ポリティカル・アクションアニメは、その不謹慎すぎる内容から当局の規制を受け、配信からわずか一か月後に配信停止に追いやられたといういわくつきのアニメでもある。
元請け会社のスケジュール管理が杜撰を極め、脚本家がプロデューサーから受けたパワハラを原因に自殺し、第一原画の下請けを任されていたアニメーション会社の従業員に対する給与未払いが内部告発により問題視されるなど、外部での話題にも事欠かなかった。なお、この下請け会社は、以前から製作費などの負担が経営状況を悪化させていたこともあり、配信開始の一週間後には破産手続きに踏み切っている。
そうして最終的には、シーンのところどころで出現するスライムのような作画が
だが、ネタとパロディに全振りし、古今東西の様々な独裁者をカリカチュアさせた敵キャラクターを登場させ、純真無垢な十二人の《
固唾を呑んで、《ヘッドギア保留》の大当たり抽選の消化を見守った。両端にピンク字で「6」の図柄が並ぶ。中央を走るおさげ髪の美少女、早村トマ子が「7」の数字を置きに来た。
と、次の瞬間には盤面上部に設置された十字架型の役物が反応を見せる。赤系パーティクルエフェクトの煌めく画面へ躍り出るのはド派手な明朝体の「レボリューション・ゴルゴダ・チャンス!」の黄金文字。噂に聞く昇格演出。
この演出の後に来るのは「武教リーチ」だ。主人公を始めとする総勢十二名の《
仰々しいナレーションと同時に現れたのは、期待値3.5の《原始崇拝のポルポル》だ。遊技に集中する男のそばで、ぼくは小さく呻き声をあげた。期待値3.5。正直なところ微妙だ。《覇道帝国のアドルフ》か《冬将軍のスタン・鈴》あるいは《パルチ
『眼鏡かけてる奴は全員死刑だァーーーーーハッハッハッァ!!』『原始時代以外勝たんわーーーーッハハハハハハァァァッッッ!!』と完全にキマった台詞を吐くカマキリのような風貌の老人に対し、立ち向かう乙女は、一人、二人、三人と、フラクタルノイズのエフェクトをバックに、図柄変化の演出と並んで画面内へ整列。最終的に揃ったのは六人。各々が宗教的モチーフの物騒な武器を手に、猛然とポルポルへ挑みかかる……と、突如として画面がフリーズ、暗転した。
「マジか」
茫然と口を半開きにするぼくの間抜けな表情と、この怒涛の展開を前に心穏やかなままの男の表情が、暗い画面越しに映る。そこから、泡のように沸き立つ神々しい光と、ディゾルブする奇跡の明朝文字群が、現れては消えていく。
《わたしたちは、あきらめない……!》
《世界が光で満ちるまで……》
《この世の悪を正すまで》
《神の教えを信じて守り》
《この身、果てるとも突き進む!》
《大地は割れ、宙は啼き》
《天使のラッパが祝福する》
《めんたいこ》
《奴隷の子らは
《光の下へ導く我ら!》
《それが、乙女の最期の祈り》
《
十二の美声が力強く轟き、十字架の役物が波打つように乱舞する。画面を彩る十二人の乙女たちが、新世紀FEVERの更に上位に位置する《創世記FEVER》への昇格演出を告げる。
いま、画面上で繰り広げられているド派手なアニメーション演出は、既存の流用ではなかった。本編話数の短縮に伴い、公式ではその存在が抹消されながらも、パチンコ化にあたって新規追加された衝撃のラスボス……世界の独裁者を陰から支配していたファリサイ機関の
《あなたも、回心してあげる!》
雨風ペトロが啖呵を切る。その黄金の右拳でヘッドギアを把持。雷鳴が轟き、雨風が激しく吹き荒れ、この世の終焉を彷彿とさせる荒涼とした背景動画をバックに、一気呵成に拳を天へかざす。七色に染まるポニーテールを揺らしながら、宙を翔けんと跳躍を決める。
《ゴルゴダ・リベリオン・メシアバーストォォォォォォオオオオオオオ!》
暴虐と慈愛に溢れる神の拳が、巨大化して君臨するイスカリオテの悪人面を勢いよく、何度も何度も殴りつける。演出に呼応するかたちで役物が激しく揺れ、電飾音の盛り上がりもピークへと差し迫っていく。筐体から鳴り響く燃えるBGMを聞いているうちに、なんだかこちらの意気も上がってくる。女の子の作画は総じて微妙なのに、なぜこうも心熱くなるのだろうか。
演出が終盤に差し掛かる。ぎらついた黄金エフェクトで装飾されて、一文字ずつズームしてくる《撃! 滅! 愛! 想!》の巨大フォントに続いて、ペトロがキメポーズをこちらに向かって取りながら、大きくヘッドギアを振り上げる。
画面に出現する『引け!!!!』の指示。手元のレバーを引くことで、ここまでさんざん焦らしてきた抽選結果が掲示されるというシステム。本当は球がスタートチャッカーに入った時点で内部抽選が始まっているので、別にレバーを引こうが引かまいが結果は見えているのだが、すべてのパチンカーにとって……特に負けが込んでいるパチンカーにとっては……心臓が高鳴る瞬間であるのは間違いない。ここまで期待を持たせてくれたんだ。当たらなければ困る……自分が遊技しているわけでもないのに、なぜだかそんな気分にさせられてしまう。
男はゆっくりと左手を添えると、絞るようにレバーを引いた。渾身の力を、そこに込めるように。
画面が、またもや暗転した。
そこから、うんともすんとも、動かない。
知らない演出だ。注意深く見守っていても、一向に画面が変わることはない。
まさか、ここに来て故障――? 真理愛のひとことが脳裏を過る。
信じられない、という心持ちで腰を浮かせた時だった。
「聴きましたか?」
男が、静かに涙を流していた。やっときた大当たりの可能性を無惨にもスルーされて泣いているのかと思いきや、そうではなかった。
「いま、たしかに聴こえました。神の声が」
機械は暗転したままだ。
ぼくは、静かに隣の台へ腰を下ろした。なんと声をかけてよいものか。迷っていると、男は泣き笑いの表情のまま、こちらを見た。
「きっと、これから世界は良くなりますよ。きっと良くなる。もう、争いは起こらない」
いつの間にか、盤面が暗転から回復して、機械は通常状態へ戻っている。
翌日、アノクラシーに揺れていた南洋諸島国家が、
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