第2話 肝試しの代償

 よくある総合病院などと比べれば小さい病院でしたので、ゆっくりと歩いていてもすぐに一階部分の探索は終了しまいした。

 廊下の部分だけでしたが、くるっと回って入り口のところへ戻ってきました。


 途中に二階に上がる階段もあったのですが、懐中電灯に照らされた階段を見て誰一人としてそちらへ行こうと言い出さなかったのは賢明な判断だったと思います。

 ほら、あんまり勝手に歩き回るのもね?ね?


 それなのに、馬鹿が――友人がとんでもないことを言い出しました。


「裏手の山に小さな建物があるんだぜ」


 言いきられてしまいました。

 この時点でそこへ行かないという選択肢は私の負けを意味します。

 それは他の二人も同様です。

 ちっ!という舌打ちが聞こえてきました。私の口元から。


 病院の建物に沿って裏手に回ります。

 誰も手入れしていないので、腰の辺りまで伸びた草をかき分けるように進んでいること自体がとても不快でした。


 辛うじて人一人が通れるほどの狭い道。

 道?ただ草が生えてない地面じゃないの?そんな思いの中進んでいきます。

 徐々に山の中に入っていくと、そこは病院の中よりも暗く感じます。

 本当に懐中電灯の明りしか頼るものがない程の暗さです。


 4人の懐中電灯の焦点を出来るだけ合わせながら進んでいたんですが、恐怖は突然襲ってきました。


 はみ出していた草を手で避ける時に一人の光が進行方向から少しだけ外れたところを照らしました。


 それは白いカーテンのようなもの。

 そこに長く垂れさがっている髪の毛のようなもの。

 暗闇に浮かぶようにそれは懐中電灯の光に映し出されました。


 それを照らしている友人の手が全身が硬直したかのように止まりました。

 私たちの目にもそれははっきりと見えています。

 木に引っかかった布か何か、多分そうだったのでしょう。

 しかしその時の私たちはそんな冷静ではありませんでした。


 その白いナニカがすうっと動いて私たちの方へ近づいてきます。

 多分、風か何かで動いたのだと思います。

 誰かが叫びました。

 それを合図に全員が今来た道を全力で駆けだしました。

 懐中電灯も自分の前を照らすことで精いっぱいです。

 とても協力することなんて考えていませんでした。


 途中で誰かの悲鳴が聞こえました。

 まあ一人くらいの犠牲は仕方ない。その時にそんなことを思ったことは墓の中まで持っていこうと思っています。


 山を下り、病院の建物を抜けて一気に車へと飛び乗りました。

 運転席の友人が全員乗っているか確認しエンジンをかけて発進しました。

 一人多いとかでなくて良かったです。


 誰一人として先ほど見たもののことを口にはしません。まるで声に出してはいけないものを見たかのように。

 しかし、一人だけ後部座席の私の隣に乗っていた友人が腕を抑えて痛い痛いと泣きそうな声を出していました。

 何か知らんけど頑張れ、私はそう励ましたのですが、どうやら腕を怪我している様子。

 ああ、あの時の悲鳴はこいつか。車のルームライトを点けると、彼の着ていたシャツは血だらけになっていて、腕を抑えている手も真っ赤になっていました。

 走って逃げている時に、木の枝か何かで切ったらしいです。


 血の量からして、これは病院に連れていった方が良さそうだと判断したのですが、スマホの無い時代では病院の電話番号を調べることも出来ません。

 一旦家に帰ってタウンページ頼みになります。

 まあ、すぐに死ぬことはないだろうと励ましながら再び友人の家へと帰っていきました。


 廃墟への無断の立ち入りは軽犯罪法に触れます。

 場合によっては住居侵入罪で刑法が適用されるケースも。

 でも、それ以上に自分自身が危険な目に遭う可能性もあるのです。

 この友人のように大怪我をすることだってあり得ます。

 まあ、ちゃんと許可をとって、自己責任で行う分には構いませんけども。



 余談ですけど――

 この怪我をした友人は腕を15針ほど縫いました。

 命に別状はありませんでしたが、これ以降肝試しをしようと言い出すことはありませんでした。

 怪我をして後悔したのか、あの時の出来事が余程怖かったのか、それとも――



 病院からようやく家に帰ってきました。

 まずは今の時間でも診てもらえる病院を探さないといけません。

 車を家の前に止めたまま降り、玄関へと向かおうとした時に私たち全員の足が止まりました。


「部屋の電気……消さなかったっけ?」


 二階の彼の部屋の電気が点いていました。


 消し忘れ?いや、確かに部屋を出る時には消していて暗かったはず。

 家族の誰かが帰ってきているのか?

 玄関を開けると鍵がかかっておらず、彼の家族はすでに帰宅していました。

 内心ビクビクしていたので全員がほっとしました。


 血まみれの友人を見て、母親が大慌てで救急箱を持ってきましたが、すぐに病院の方が良いと判断して、その日の当番医を探してくれました。

 タオルで傷口を抑えて三度みたび車へ。

 その時に運転席の友人が呟きました。


「俺の部屋の電気は点けにいってないって……」


 ぞくっとして彼の部屋の方を振り向きました。



 ガラス越しに見えた彼の部屋の中。



 そこには確かに白い布のようなものを纏った長い髪の人物がこちらを見下ろしていたのです。




―― 完 ――


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廃墟での肝試しは罰せられることがあるのでやめましょうね。 八月 猫 @hamrabi

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