入れ替わり

白神天稀

入れ替わり

「智樹、お前って『あみ』と『つな』って漢字はそれぞれ覚えてるか?」


 帰り道でそんな質問を友達に投げかけた。


「えっと……右が岡って書く方が『つな』、死亡の亡の字に似てる方が『あみ』だよな」


「やっぱり、そうだよな」


「なんだよ急に? 漢字テストでミスでもしたのかよ。今日も現文の授業寝てたしな〜」


「あれは関係ないだろ! そうじゃなくてさ」


 茶化していた智樹も空気を察して真剣な面持ちになる。


「どうした。なんか悩みか?」


「馬鹿にしないで聞いてほしいんだけど」


「おん」


「俺って多分、平行世界からやって来たんだと思う」


「……は?」


 しばらくの沈黙が訪れた後、先に口を開いたのは智樹だった。


「それは、つまり……中二びょ」


「って思うよな。自分でも分かってんだよ、アホみたいな話だって!」


「じゃななんでそんな突拍子もないこと思ったんだよ」


「俺が知ってる『あみ』の字は、こっちでの『つな』って字の方なんだよ」


「それって単純にお前が覚え間違いしてたってだけの話じゃねぇの?」


「それは絶対にない。一応の根拠はある」


 俺はマップアプリを起動して自宅の住所を表示する。


「俺の住所の一部には、『あみ』って字が入ってる。生まれて十七年間ずっとこの漢字を『あみ』って書いてきたし、むしろ間違えやすいから何度も親に覚えさせられたしな」


「えぇ。それ親御さんも間違えてた、ってオチじゃない?」


「絶対に違った。父ちゃんも母ちゃんも『あみ』って書いてた。けど最近になってから俺が字を間違えてるって指摘されて、それで異変に気付いたんだよ」


 それでもにわかに信じ難いようで、智樹は不審な目を向けている。


「智樹はさ、マンデラ効果って知ってるか?」


「どっかの大統領が獄中死した、っていう事実とは違う記憶を大勢の人間が持ってた。それはその記憶を持つ人間達が全員パラレルワールドを移動してこの世界に来たせい。だから記憶と事実が食い違ってるって言われてる都市伝説だろ?」


「え、詳しいな」


「それこの前ユーチューブで観たばっか」


「ユーチューブかよ」


「だからお前もそれに触発されて、そんな事言い出したのかーなんて思ってさ。ま、信じてないのは現在進行形だけど」


「そうなるよな。でもどうしたら良いんだか」


「なら仮にお前が平行世界を渡ってきたとして、その漢字の読み方以外に違うことってあったの?」


「あとは、その……いや、ない」


「じゃあほぼ困らねぇし良いじゃん。立証のしようも無いってことで、気にする必要なーし」


 半ば強引に押し切った智樹の言葉でこの話題は終わる。


 これは誰にでもある記憶違い、それで片付くはずの話だ。単純に俺が覚え違いしているだけのこと。

 それでも俺は自分が別の平行世界からこの世界に渡ってきてしまったのだと信じている。いや、そうでないと説明がつかない。でもその理由をコイツに、智樹には言えない。言ってはいけない気がするんだ。


「って事で、この話は忘れようぜ」


 だってお前の名前は慎太で、俺より4つ歳上の幼馴染だったのだから。


 近所の仲良い兄ちゃんだった慎太はいつの間にかこの智樹になって、クラスメイトになっていた。でも小学生からのアルバムも周りの記憶も全て、智樹としてコイツの記録が残っている。

 俺の記憶もいつからコイツが慎太から智樹になったのか、全く覚えていない。何の疑問も抱かずここまで過ごし、今になって自身の記憶との矛盾が発覚したのだ。


「そうだ、家帰る前にコンビニ行こうぜ! 今日新しいパック出るんだよ」


「……うん、いいよ」


「よっしゃあ。ブルードラゴン出ねぇかな~」


 小さい頃に慎太から貰ったデュエルのカードは、未だにカードケースの中に入っている。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



 この物語の一部は、作者が実際に体験した出来事を基に執筆しています。

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入れ替わり 白神天稀 @Amaki666

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