第26話:この仲間と共に必ずぶっ潰す!

 俺が軍装騎鳥クリクシェンの突進力のままに、突撃シュトルム歩槍ゲヴェア槍把ストックで兵士を一人、殴り倒している間に、エルマードが二人の男を瞬く間に制圧する。


「ば、化け物……!」


 拳槍ピストールを撃とうとした連中の手に握られたルガーP08を押さえ、その尺取虫に似た機構を引きちぎったエルマードに、警備兵たちは腰を抜かしてへたり込む。


「ひどいなあ。ボク、これでも恋する乙女なんだよ?」


 エルマードに顔を近づけられた片方の男は、たちの悪い冗談だと思ったのか這いずりながら逃げようとする。


「逃げたらだめだよ。おじさん、ここの女の子に酷いことしたの、ボク、分かってるんだから」


 鼻を動かしたエルマードが男の足をつかむと、引きずり寄せた。


「ひ、ひいっ、や、やめろ、助け……!」

「おじさんに酷いことされた子も、きっと同じことを言ったでしょ? でもおじさん、やめなかったんだよね。女の子のにおいが、ソコから、何人分もする」

「や、やめろ! やめ──ぶぎゅっ⁉」


 すねを両方へし折られ、泡を拭いて悶絶する男。


「ひぃぃいいいっ! た、助けてくれ! なんでもするっ!」

「ボク、言いたくないけど、おじさんは女の子、殴ったでしょ。その手から、女の子の血のにおいがする」

「す、すまない! お、オレだってやりたくなかったんだ! でも処理室に連れて行こうとした丸太・・が、言うことを聞かず暴れるから仕方なく──ひぎゃあっ⁉」

「女の子は丸太・・じゃないよ……! ひとりひとりの、人間・・なんだよ……!」


 涙を流して駆け出したエルマード。「エル! 待て!」急いで後を追うと、部屋を出たところで鳥の背から飛び降りてその手をつかみ、抱き寄せた。


「エル、大丈夫か?」

「……ボク、ここにいたのに。なのに、三日間……止められなかった」


 エルマードは、肩を震わせて泣いていた。

 俺の胸に、すがりつくようにして。


「ボクがいた間にも、女の子たちがあの黒い煙になっていったの……。ボク、分かってたのに。分かってたのに、ボクは……!」

「そうか……。よく耐えてくれたな。だからこそ、多くの女の子を救えるんだよ」

「でも……でも、黒い煙になっちゃった子は、もう……帰ってこない……! 帰ってこないの! ボクには特別の部屋が与えられて、でもあの子たちは大部屋で!」

「エル!」


 取り乱す彼女を抱きしめ、そして強引に口づけを交わす。

 一瞬、目を丸くした彼女は少しだけ身をよじったが、一呼吸ののちには大人しくなった。あらためて、強く、強く抱きしめる。


「……エル、落ち着け。まだ先がある。俺たちのやるべきことをやるんだ」


 ほう、とため息をつくようにして、エルマードは目をそらし、だが、うなずいた。


「うん……がんばる」

「ああ、それでこそ騎士の従者だ」


 うなずく彼女に、改めてにおいを確認してもらう。ここは見取り図には載っていなかった、立入禁止区域。彼女の鼻だけが、頼りだ。


 エルマードの目が険しくなり、「こっち!」と階段に向かって走り出す。


「ちょ、ちょっと待て!」


 俺は慌てて鳥から降りようとしたが、俺の騎鳥ヴィベルヴィントの奴、止まることなく階段に向かって突っ込む!


 屋内を鳥に乗って走るのも初めてだが、何かに乗って階段を駆け上がるだなんて、もっと経験がない! それなのに俺の鳥は、器用に爪先で階段を駆け上がる!

 こっちは天井で頭を打ちそうになって必死に頭を下げていて、ろくに前も見ていないけれど!


 二階に駆け上がると、すでにエルマードは、「第二研究室」と書かれている部屋のドアを蹴り破るところだった。俺も鳥から飛び降りると、彼女の後に続く。


「う、あああああああっ!」


 エルマードの悲痛な叫び声。


「どうした! 何があった!」


 部屋に飛び込んで、その悲鳴の理由を知る。いや、理由など一つしかありえなかった。


 そこは、凄惨な解体現場だった。多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーの爆撃が始まって、解体者は逃げてしまったのだろう。何かの薬品で痛みを遮断されているのだろうか、どこも見ていないような虚ろな目で、口をパクパクとさせている女性が、そこに居た。


 腹を切り開かれ、乱雑に腸を取り出され、本来ならそこにあったはずのものが、何かの液体に満たされたガラスの容器に漬けられていた。


 その状態で、彼女はまだ、生きていた。


 もう一人いたが、そちらは頭まで割られ、中身を取り出されていた。生きているかどうかなど、一目瞭然だった。


「なんで! なんでこんなことができるのさ! ボク、分かんないよ! なんで、なんでこんなことが、なんでっ……!」

「エル……」

「このお姉ちゃん、新入りのボクに、見ず知らずのボクに、『生きていればきっと機会があるから』って、『決して望みを捨てるんじゃないよ』って、励ましてくれた人なんだ! こんなのってないよ! あんまりだよっ!」

 

 みずからの体を血に染めるようにして、女性に抱きついて泣き叫ぶエルマードに、俺はかけるべき言葉が見つからなかった。

 女性は、薬物で朦朧としているのだろうか。しがみつき、号泣するエルマードにまるで気が付いていないかのように、ただ虚空を見つめ、何かをつぶやき続けているように見える。ただ、その口から、声が漏れることはない。


「エル……」


 ああ、俺がこれを言わねばならないとは。

 かつて、エルマードに言われた言葉を。


「……せめて、生き終わらせてやろう。俺たちの手で」




「隊長! 遅くなりやした!」


 二階の研究室を、防御用手榴弾グラナートで吹き飛ばした俺たちが無言のまま階段を降りていると、ロストリンクスとノーガンが駆け上がってきた。


「隊長、今の爆発は……⁉」

「……処分した」

「しょ……。……なるほど、分かりやした」


 涙をこぼしながら、しかし歯を食いしばって声をもらすまいとするエルマードと俺の様子を見て、何があったのかを察してくれたらしい。さすがロストリンクス。その辺りは付き合いが長いだけのことはある。


「エル、この研究棟、他にまだ行くべきところはあるか?」

「……たぶん、地下。ボク、ぜったいにゆるさない……!」


 牙を剥いて唸るエルマードに、ロストリンクスが無言でうなずく。


「そうだな。自分がモグラ野郎を引きずり出してやる。隊長、ここの連中は骨なしばかりで腕が鈍りそうなんだ。自分がやる」


 ベキボキと指を鳴らすノーガンに、ハンドベルクとフラウヘルトもうなずく。


「安心しろ。女たちはリィベルが誘導して、レギセリン卿の手の者に引き渡された。お前が暴れたあとは、ワシが跡形も残さずぶち壊してやるわい」

「僕は本当は、こういう突入仕事の人間じゃないんだけど、たまには女の子にカッコイイ背中を見せてあげないとね」


 それなら安心だ。エルの頭を頭を撫でながら、俺も、決意を伝える。


「行こう、エル。ここの研究はもう、終わらせてやるんだ」

「……うん!」




 ついて来ようとするヴィベルヴィントをなんとか押しとどめ、地下への階段を降りていったが、しかし、そこには焼却炉があるだけだった。


 上には解体を終えたばかりの一人、解体中だった女性がひとりだったが、どうやらそれ以前に、すでに解体された人がいたらしい。ダストシュートの下には、何人分かの腕や脚などが、潰れた肉の塊になっていた。部屋の一角には石炭が積み上げられていて、焼却炉の蓋の覗き窓の奥では、明々と火が燃えているのが見える。


 そして、そこで、やれ臭いだの、もったいねえだの、下衆な文句を垂れ流す男が二人、石炭と一緒に、遺体を焼却炉に放り込んでいた。


 ああ、一瞬で制圧したさ。こんなクソども、エルマードが出る間でもない。

 最終的には「お前が焼却炉にに入るか?」と脅してみたが、研究員たちのことなど知らない、自分たちはただ遺体を焼却する仕事をしているだけだと、鼻水を垂れ流しながらみっともなく泣き喚いていた。


 だから油断してしまっていた。


「おかしいよ……。ボク、わかる。ここだけじゃない、どこかにまだ、何かがあるみたい」


 そう言って鼻をクンクンさせるエルマードに、その「何か」の捜索を頼もうとしていたときだった。あんなクソどもが、まさかの一撃を隠し持っているなど、思いもよらなかったのだ。


 くそっ! こんなクソどもが、一発かぎりの使い捨て拳槍ピストール「リベレーター」なんて持っていると、誰が思うかっ!


「ご主人さまをよくもっ!」


 ひとりはエルマードがぶちのめしたが、もうひとりは暴発で自分の顔を吹き飛ばしやがった。噂通りの粗悪品だった。脇腹に食い込む弾を、ハンドベルクが「まったく、何度も老人の手を煩わすんじゃない」と怒鳴られながら、ナイフの先端で摘出される。ああクソッ! 鎮痛剤コークの実が欲しいところだ!


「隊長! いったん下がりやしょう! そのお怪我では……!」

「馬鹿を言うな、ここまで来て引き下がれるかっ! 俺はエルの鼻と勘を信じる、このどこかにいるはずだ、俺が見つけ出してやる!」


 俺たちはエルマードの嗅覚に従い、壁を一緒に確認していった。


「……ご主人さま、ここ。ここ、なにかある……!」

「よし、やれ!」

「いくよ……あおおおおおおおおおおおおんっ!」


 久々に見た、エルマードの野獣ベスティオカノン

 石壁に偽装されていた扉は、彼女の体当たりで蝶番ちょうつがいが破壊されて通路の奥にぶっ倒れる。


『な、なんだ今の音は!』


 通路の奥から、アルヴォイン王国語で狼狽する声が聞こえてきた。

 ……おい、ここはアルヴォイン王国の勢力下じゃないんだぞ! 何故ここに、ネーデルラントの村の、ゲベアー計画の研究所に、アルヴォイン王国の連中がいる!


 即座にエルマードが、黄金の砲弾となって暴れまわる!


『くっ、来るな、来るな犬臭い野郎ドーギィめェッ!』

『死ね、化け物ォッ!』


 アルヴォイン王国語の口汚い罵りに、それを浴びせられた当事者が金色の毛を逆立てる。


「ボクは狼だもんっ! ──あおおおおおんっ!」


 金色の残像を残すように、直立する狼のようなシルエットが、狼の遠吠えのような咆哮ほうこうと共に壁を蹴りながら敵の一群に襲い掛かる!


 王国軍兵士どもの法術ザウバー火槍バッフェが青白い発法炎を噴き、鉛玉を撒き散らす! だが、そのすべてを踊るようにかわし、エルマードは体当たりを繰り返す!


「エル! そいつらと遊ぶのはあとだ! 適当に無力化が済んだら、地下倉庫に急ぐぞ!」

「アインさま、全部、ボクが食べちゃったらだめ?」


 美味しいところをかじるだけでも──剥き出しの牙がずらりと並ぶ口から、想像もできないほどの可愛らしい声。けれど、そのギャップがかえって恐怖を掻き立てるのか、王国兵どもは、『ひぃぃいいいっ!』『た、助けてくれぇっ!』と抱き合って泣き喚く。


 二本足で立つ、金色の毛並みの下にしなやかな筋肉を感じさせる狼人間から「喰らう」宣言をされ、震えあがる気持ちは分かる。

 だが、普段の可愛らしい・・・・・姿を知っている俺からすると滑稽でしかない。


「エル、そいつらはデザートだ! 次に歯向かった奴から食っていい!」

「はーい!」

『ひいいいいいいいいっ!』

「ノーガン、ハンドベルク! そいつらを縛り上げておいてくれ! ロストリンクス、フラウヘルト! 『ゲベアー』の発見が先だ! 急ぐぞ!」

「隊長、こいつらから情報を──」

「不要だ! エル、分かるな?」

「うん、こっち!」




「えへへ、ボク、がんばったよ!」


 そう言って笑ってみせる彼女の腕には、いくつか弾がかすめた傷が増えている。


「……無茶をするなよ」


 抱きしめると、彼女は嬉しそうに頭上の三角の耳を立て、しっぽを振ってみせた。


「だいじょうぶ! ご主人さまのためならボク、なんだってできるもん!」

「だからこそだ。無茶をするなと言っている」


『く……そ野郎、がっ……!』


 拳槍ピストールを抜こうとした士官らしき男の手を蹴り飛ばして踏みつけると、俺はそいつの額に歩槍ゲヴェアを突きつける。こういう諦めない気概ってやつは嫌いじゃないが、敵に発揮されると迷惑でしかない。


『これは取引だ。今ここでこいつ・・・に、部下ともどもはらわたを食いちぎられてのたうち苦しみながら死ぬか。それとも、名誉ある捕虜扱いを受けるか。どちらか好きな方を選べ』


 俺が王国語で連中に話しかけると、エルマードはらしくない・・・・・唸り声を上げて、歯をむき出しにしてみせる。さすがはエルマード、よく分かってくれている。


『ヒッ⁉ た、助けてくれ……っ!』

『助かりたいなら、どうすればいいか分かるだろう? こいつは、こう見えても美食家でな? 血の滴る肝臓が食えれば、それで満足なんだそうだが……』

『ま、ま、待て! そいつをけしかけないでくれ! 分かった、降伏する! 命だけは……!』

命だけ・・・は、か。おい、エル。喜べ。こいつら、命だけあればいいらしい。肝臓は喰い散らかしてもよさそうだぞ?』

『ホント? やったあ、食べ放題だね』

『ひぃぃいいいいいいっ⁉』




「ひどいよ、ご主人さま。あれじゃ、ボクがヒト喰い狼みたいだよ」


 階段を駆け下りながら、エルマードが口をとがらせる。


「すまんすまん。だが、実に効果的だったろう? お前も付き合って演技してくれたじゃないか」

「それは、ご主人さまに合わせないとって思っただけだもん。ボク、ヒトなんて食べたことないもん」

「もちろんだ、知っている。悪かった。でも臨機応変に合わせてくれたエルのおかげで、迅速に制圧できた。ありがとう」


 礼を言うと、彼女は照れくさそうにうつむいてみせる。だが、通路をふさぐ重々しい扉を見て「開けてくる」と言うと、石畳を蹴り、凄まじい威力の体当たりで、こともなげに扉をぶち破った。

 ……何度見ても恐ろしい威力だ。以前、冗談めかして「野獣ベスティオカノン」と命名してみたが、彼女はそれをいたく気に入った様子だったか。


 扉の向こうには棚が並んでいた。

 見覚えのある箱が、いくつか並べられている。


 一つ一つは、やや大きめの手提げかばんといったところか。

 黒光りする金属製の箱である。


 ……ああ、見覚えがある。

 吐き気がするほどに。


「隊長……これが、『ゲベアー』ですかい……?」

「ああ」


 追いついたロストリンクスたちの言葉に、俺は思わず床に唾を吐く。


「これが悪魔の研究の成果──『仮称「こう標的ひょうてき」』ゲベアーだ」


 人道的精神を地獄の底に投げ捨てた連中が生み出した、悪魔の研究の成果。


「この一つ一つの箱に、女の……体の一部が、ぶち込まれていると?」

「そうだ。子宮と脳の一部、そしていくつかの臓器を収めた箱──人体が生み出す魔力『錬素オド』を、効率よく生みだすための装置・・だ」

 

 俺たちの祖国ネーベルラントの古語で「子宮」を表す言葉、ゲベアー。

 ここにあるいくつもの箱、そのひとつひとつに、尊厳を奪われた女性たちが入っている。

 この箱に中身を提供させられた女性たちは、すでに解体され、この世にない。それでも彼女たちの残滓ざんしが、こうして利用され続けている。


「た、隊長……」

「ああ。彼女たちの、最期の尊厳を守ろう。かつて俺の婚約者を焼き払ったように」


 俺たちはハンドベルクが作った、発破爆裂術式を刻印した手投げ榴弾りゅうだんを部屋に放り込む。退避のために階段を駆け上りながら、俺はあらためて決意を固める。


 尊厳を守るために焼き払う──本当はそんなもの、ただの感傷にすぎない。それでも、そうするしかなかった。

 響き渡る爆発音を背に、俺たちは走り続けた。

 尊厳を守るという名目で、箱詰めにされた女たちに引導を渡し、生き終わらせたのは俺たちだと、手を握りしめながら。


 こうして、悪魔の研究の総本山たる「オシュトビッツ療養所」は、俺たちの手で瓦礫と化した。とどめとばかりに、多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーをたんまりと食らわせて。




 解放された女性たちは、レギセリン卿──トニィが手配した馬車に分散して乗っている。彼が手配した騎士団の護衛付きだ。名目は、街道保護らしい。


 俺たちはその最後尾につくために、少し休憩をしていた。


「えへへ、アインさま、おつかれさま」


 エルマードが、嬉しそうに飛びついてきた。

 ぶかぶかの、俺のシャツ一枚で。


「ばっ……お前、せめてちゃんと服を着てから戻って来い」

「ボクの服なんて、破れてどっか行っちゃったもん。アインさまも分かってるから、このシャツ、くれたんでしょ?」

「いや、だからって裸にシャツ一枚って、お前……! 他に何か、まとうものは無かったのか?」

「アインさまのシャツ、ボクにはおっきいし、一応おしりも隠れてるから、問題ないでしょ?」

「だからいいってもんじゃないだろう! せめて人前では……!」


 慌てる俺に、ハンドベルクが笑う。


「隊長、いい加減にもらってやったらどうじゃ。嬢ちゃんもその気・・・でおるんじゃからな」

「だから困っているんだろうが!」


 俺と同じくらいの背丈の、極めて珍しい「金色」の体毛に覆われた狼属人ヴォルフェリングの姿を解いたエルマードは、いま、俺の肩ほどもない、金色のふわふわな髪の小柄な少女の姿をしている。


 というよりも、獣人族ベスティリングの姿こそがエルマードの本来の姿なのだから、ヒトの姿は彼女にとって、本来は擬態なのかもしれない。だが彼女は、普段はこのヒトの姿をしている。


 月に照らされ、まぶしく輝いて見えるほどの白い肌は、さっきまでの、金色の毛並みに覆われた、しなやかで、かつ鋼のような筋肉の体を持つ狼人間のそれとは、まるで違っている。


 極めて珍しい「金色」の、ややくせっけのあるふわふわの髪。

 これまた珍しい、透き通るような「青紫」の瞳。

 透明感ある、白い肌。

 体にいくつか残る、痛々しい弾の傷痕。

 そして、俺より頭一つ分くらい低い、小柄な少女。

 ──それが、エルマード。


「何を困ってるっていうんだい? 隊長」


 ハンドベルクの言葉に呼応するように、女たらしで有名なフラウヘルトも、したり顔で笑う。


「隊長、釣った魚にはちゃんと餌をあげなきゃ。カワイイ女の子がいくら好意を向けてるって分かってても、ほっといたらいずれ見限られるってもんだよ?」

「違いねえ。隊長、自分らに気兼ねしてるってんなら、今夜の宿の部屋は、お二人だけ別にしやしょうかい?」


 フラウヘルトの言葉に続けたロストリンクスの冗談に、皆がゲラゲラと笑う。


 集めた弾薬を爆裂術式の呪印で吹っ飛ばしたおかげで、今も炎に包まれている建物を見下ろしながら、俺たちはいま、確かに生きている命を胸に、笑っていた。


 ゲベアー計画──

 この非道な研究のために、最も高い適性である「甲種こうしゅ」と見なされた俺の婚約者のミルティは、散々に実験材料として弄ばれたうえに、最後は箱詰めにされたという。


 どれに婚約者が入っているのかも分からない──それらの箱に対して『生き終わらせてあげよう』と言って焼き払ったのは、エルマードだ。あの日、俺がすがって来たものは、この地上から消えた。


 だが、今、俺の腕にぶら下がるようにして笑っているエルマードも、元はさらに上位の「とく甲種こうしゅ」とされ、明日をも知れぬ運命だった。

 だが、男性では珍しい「とく乙種おつしゅ」と判定された俺の元に、ある命令を受けてやってきた。


 俺も、俺の婚約者も、そしてエルマードも、「ゲベアー計画」によって生き方を狂わされた。

 俺とエルマードだけじゃない、仲間たちもだ。

 収容所を脱走するとき、命をもって俺たちの脱走を手助けしてくれたツェーン。

 婚約者の末路を知って絶望のあまり取り乱した俺を逃がすために、敵地に居残って撤退を支援し捕らえられ、再起不能なほどの凄惨な拷問を受けたディップ。


 だからこそ俺は──


「じゃあ、アインさま。──行こう?」


 エルマードが、微笑みを浮かべて俺を見上げる。


「……そうだな。みんな、そろそろ行こう。次の目標は──」


 俺の言葉に、皆が荷物を背負い、立ち上がる。


「……ご主人さま、今夜、本当に、二人きりで寝るの?」


 エルマードの耳打ちに、俺は腰砕けになった。くそっ、変に焚き付けられたせいで、エルがなんだか妙なことを考えてしまっているじゃないか!


「……エル、あれは冗談だ。あんなこと、真に受けなくていい」

「ボクは、ご主人さまになら、いつでも……!」


 聞こえないふりをする。ゲラゲラと笑う仲間たち。


「隊長、お堅いんだから」


 ロストリンクスが苦笑する。

 いいんだよ、俺は、エルマードと共に生きて、生きて、生き抜いてやるのだから。

 いずれ彼女は貰い受ける。

 そのためにも、この仲間と共に、必ずぶっ潰す!

 悪魔の企み──外道なゲベアー計画を!



 お読みいただきありがとうございます。

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白銀の騎士と金色の従者②

~這い上がり騎士はケダモノなボクっ娘と共に牙を剥く~

第2部 手にしたものは離さない、二度と


 ── 了 ──

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白銀の騎士と金色の従者② ~這い上がり騎士はケダモノなボクっ娘と共に牙を剥く~ 狐月 耀藍 @kitunetuki_youran

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