第26話:この仲間と共に必ずぶっ潰す!
俺が
「ば、化け物……!」
「ひどいなあ。ボク、これでも恋する乙女なんだよ?」
エルマードに顔を近づけられた片方の男は、たちの悪い冗談だと思ったのか這いずりながら逃げようとする。
「逃げたらだめだよ。おじさん、ここの女の子に酷いことしたの、ボク、分かってるんだから」
鼻を動かしたエルマードが男の足をつかむと、引きずり寄せた。
「ひ、ひいっ、や、やめろ、助け……!」
「おじさんに酷いことされた子も、きっと同じことを言ったでしょ? でもおじさん、やめなかったんだよね。女の子のにおいが、ソコから、何人分もする」
「や、やめろ! やめ──ぶぎゅっ⁉」
「ひぃぃいいいっ! た、助けてくれ! なんでもするっ!」
「ボク、言いたくないけど、おじさんは女の子、殴ったでしょ。その手から、女の子の血のにおいがする」
「す、すまない! お、オレだってやりたくなかったんだ! でも処理室に連れて行こうとした
「女の子は
涙を流して駆け出したエルマード。「エル! 待て!」急いで後を追うと、部屋を出たところで鳥の背から飛び降りてその手をつかみ、抱き寄せた。
「エル、大丈夫か?」
「……ボク、ここにいたのに。なのに、三日間……止められなかった」
エルマードは、肩を震わせて泣いていた。
俺の胸に、すがりつくようにして。
「ボクがいた間にも、女の子たちがあの黒い煙になっていったの……。ボク、分かってたのに。分かってたのに、ボクは……!」
「そうか……。よく耐えてくれたな。だからこそ、多くの女の子を救えるんだよ」
「でも……でも、黒い煙になっちゃった子は、もう……帰ってこない……! 帰ってこないの! ボクには特別の部屋が与えられて、でもあの子たちは大部屋で!」
「エル!」
取り乱す彼女を抱きしめ、そして強引に口づけを交わす。
一瞬、目を丸くした彼女は少しだけ身をよじったが、一呼吸ののちには大人しくなった。あらためて、強く、強く抱きしめる。
「……エル、落ち着け。まだ先がある。俺たちのやるべきことをやるんだ」
ほう、とため息をつくようにして、エルマードは目をそらし、だが、うなずいた。
「うん……がんばる」
「ああ、それでこそ騎士の従者だ」
うなずく彼女に、改めてにおいを確認してもらう。ここは見取り図には載っていなかった、立入禁止区域。彼女の鼻だけが、頼りだ。
エルマードの目が険しくなり、「こっち!」と階段に向かって走り出す。
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は慌てて鳥から降りようとしたが、
屋内を鳥に乗って走るのも初めてだが、何かに乗って階段を駆け上がるだなんて、もっと経験がない! それなのに俺の鳥は、器用に爪先で階段を駆け上がる!
こっちは天井で頭を打ちそうになって必死に頭を下げていて、ろくに前も見ていないけれど!
二階に駆け上がると、すでにエルマードは、「第二研究室」と書かれている部屋のドアを蹴り破るところだった。俺も鳥から飛び降りると、彼女の後に続く。
「う、あああああああっ!」
エルマードの悲痛な叫び声。
「どうした! 何があった!」
部屋に飛び込んで、その悲鳴の理由を知る。いや、理由など一つしかありえなかった。
そこは、凄惨な解体現場だった。
腹を切り開かれ、乱雑に腸を取り出され、本来ならそこにあったはずのものが、何かの液体に満たされたガラスの容器に漬けられていた。
その状態で、彼女はまだ、生きていた。
もう一人いたが、そちらは頭まで割られ、中身を取り出されていた。生きているかどうかなど、一目瞭然だった。
「なんで! なんでこんなことができるのさ! ボク、分かんないよ! なんで、なんでこんなことが、なんでっ……!」
「エル……」
「このお姉ちゃん、新入りのボクに、見ず知らずのボクに、『生きていればきっと機会があるから』って、『決して望みを捨てるんじゃないよ』って、励ましてくれた人なんだ! こんなのってないよ! あんまりだよっ!」
みずからの体を血に染めるようにして、女性に抱きついて泣き叫ぶエルマードに、俺はかけるべき言葉が見つからなかった。
女性は、薬物で朦朧としているのだろうか。しがみつき、号泣するエルマードにまるで気が付いていないかのように、ただ虚空を見つめ、何かをつぶやき続けているように見える。ただ、その口から、声が漏れることはない。
「エル……」
ああ、俺がこれを言わねばならないとは。
かつて、エルマードに言われた言葉を。
「……せめて、生き終わらせてやろう。俺たちの手で」
「隊長! 遅くなりやした!」
二階の研究室を、防御用
「隊長、今の爆発は……⁉」
「……処分した」
「しょ……。……なるほど、分かりやした」
涙をこぼしながら、しかし歯を食いしばって声をもらすまいとするエルマードと俺の様子を見て、何があったのかを察してくれたらしい。さすがロストリンクス。その辺りは付き合いが長いだけのことはある。
「エル、この研究棟、他にまだ行くべきところはあるか?」
「……たぶん、地下。ボク、ぜったいにゆるさない……!」
牙を剥いて唸るエルマードに、ロストリンクスが無言でうなずく。
「そうだな。自分がモグラ野郎を引きずり出してやる。隊長、ここの連中は骨なしばかりで腕が鈍りそうなんだ。自分がやる」
ベキボキと指を鳴らすノーガンに、ハンドベルクとフラウヘルトもうなずく。
「安心しろ。女たちはリィベルが誘導して、レギセリン卿の手の者に引き渡された。お前が暴れたあとは、ワシが跡形も残さずぶち壊してやるわい」
「僕は本当は、こういう突入仕事の人間じゃないんだけど、たまには女の子にカッコイイ背中を見せてあげないとね」
それなら安心だ。エルの頭を頭を撫でながら、俺も、決意を伝える。
「行こう、エル。ここの研究はもう、終わらせてやるんだ」
「……うん!」
ついて来ようとするヴィベルヴィントをなんとか押しとどめ、地下への階段を降りていったが、しかし、そこには焼却炉があるだけだった。
上には解体を終えたばかりの一人、解体中だった女性がひとりだったが、どうやらそれ以前に、すでに解体された人がいたらしい。ダストシュートの下には、何人分かの腕や脚などが、潰れた肉の塊になっていた。部屋の一角には石炭が積み上げられていて、焼却炉の蓋の覗き窓の奥では、明々と火が燃えているのが見える。
そして、そこで、やれ臭いだの、もったいねえだの、下衆な文句を垂れ流す男が二人、石炭と一緒に、遺体を焼却炉に放り込んでいた。
ああ、一瞬で制圧したさ。こんなクソども、エルマードが出る間でもない。
最終的には「お前が焼却炉にに入るか?」と脅してみたが、研究員たちのことなど知らない、自分たちはただ遺体を焼却する仕事をしているだけだと、鼻水を垂れ流しながらみっともなく泣き喚いていた。
だから油断してしまっていた。
「おかしいよ……。ボク、わかる。ここだけじゃない、どこかにまだ、何かがあるみたい」
そう言って鼻をクンクンさせるエルマードに、その「何か」の捜索を頼もうとしていたときだった。あんなクソどもが、まさかの一撃を隠し持っているなど、思いもよらなかったのだ。
くそっ! こんなクソどもが、一発かぎりの使い捨て
「ご主人さまをよくもっ!」
ひとりはエルマードがぶちのめしたが、もうひとりは暴発で自分の顔を吹き飛ばしやがった。噂通りの粗悪品だった。脇腹に食い込む弾を、ハンドベルクが「まったく、何度も老人の手を煩わすんじゃない」と怒鳴られながら、ナイフの先端で摘出される。ああクソッ!
「隊長! いったん下がりやしょう! そのお怪我では……!」
「馬鹿を言うな、ここまで来て引き下がれるかっ! 俺はエルの鼻と勘を信じる、このどこかにいるはずだ、俺が見つけ出してやる!」
俺たちはエルマードの嗅覚に従い、壁を一緒に確認していった。
「……ご主人さま、ここ。ここ、なにかある……!」
「よし、やれ!」
「いくよ……あおおおおおおおおおおおおんっ!」
久々に見た、エルマードの
石壁に偽装されていた扉は、彼女の体当たりで
『な、なんだ今の音は!』
通路の奥から、アルヴォイン王国語で狼狽する声が聞こえてきた。
……おい、ここはアルヴォイン王国の勢力下じゃないんだぞ! 何故ここに、ネーデルラントの村の、ゲベアー計画の研究所に、アルヴォイン王国の連中がいる!
即座にエルマードが、黄金の砲弾となって暴れまわる!
『くっ、来るな、来るな
『死ね、化け物ォッ!』
アルヴォイン王国語の口汚い罵りに、それを浴びせられた当事者が金色の毛を逆立てる。
「ボクは狼だもんっ! ──あおおおおおんっ!」
金色の残像を残すように、直立する狼のようなシルエットが、狼の遠吠えのような
王国軍兵士どもの
「エル! そいつらと遊ぶのはあとだ! 適当に無力化が済んだら、地下倉庫に急ぐぞ!」
「アインさま、全部、ボクが食べちゃったらだめ?」
美味しいところをかじるだけでも──剥き出しの牙がずらりと並ぶ口から、想像もできないほどの可愛らしい声。けれど、そのギャップがかえって恐怖を掻き立てるのか、王国兵どもは、『ひぃぃいいいっ!』『た、助けてくれぇっ!』と抱き合って泣き喚く。
二本足で立つ、金色の毛並みの下にしなやかな筋肉を感じさせる狼人間から「喰らう」宣言をされ、震えあがる気持ちは分かる。
だが、普段の
「エル、そいつらはデザートだ! 次に歯向かった奴から食っていい!」
「はーい!」
『ひいいいいいいいいっ!』
「ノーガン、ハンドベルク! そいつらを縛り上げておいてくれ! ロストリンクス、フラウヘルト! 『ゲベアー』の発見が先だ! 急ぐぞ!」
「隊長、こいつらから情報を──」
「不要だ! エル、分かるな?」
「うん、こっち!」
「えへへ、ボク、がんばったよ!」
そう言って笑ってみせる彼女の腕には、いくつか弾がかすめた傷が増えている。
「……無茶をするなよ」
抱きしめると、彼女は嬉しそうに頭上の三角の耳を立て、しっぽを振ってみせた。
「だいじょうぶ! ご主人さまのためならボク、なんだってできるもん!」
「だからこそだ。無茶をするなと言っている」
『く……そ野郎、がっ……!』
『これは取引だ。今ここで
俺が王国語で連中に話しかけると、エルマードは
『ヒッ⁉ た、助けてくれ……っ!』
『助かりたいなら、どうすればいいか分かるだろう? こいつは、こう見えても美食家でな? 血の滴る肝臓が食えれば、それで満足なんだそうだが……』
『ま、ま、待て! そいつをけしかけないでくれ! 分かった、降伏する! 命だけは……!』
『
『ホント? やったあ、食べ放題だね』
『ひぃぃいいいいいいっ⁉』
「ひどいよ、ご主人さま。あれじゃ、ボクがヒト喰い狼みたいだよ」
階段を駆け下りながら、エルマードが口をとがらせる。
「すまんすまん。だが、実に効果的だったろう? お前も付き合って演技してくれたじゃないか」
「それは、ご主人さまに合わせないとって思っただけだもん。ボク、ヒトなんて食べたことないもん」
「もちろんだ、知っている。悪かった。でも臨機応変に合わせてくれたエルのおかげで、迅速に制圧できた。ありがとう」
礼を言うと、彼女は照れくさそうにうつむいてみせる。だが、通路をふさぐ重々しい扉を見て「開けてくる」と言うと、石畳を蹴り、凄まじい威力の体当たりで、こともなげに扉をぶち破った。
……何度見ても恐ろしい威力だ。以前、冗談めかして「
扉の向こうには棚が並んでいた。
見覚えのある箱が、いくつか並べられている。
一つ一つは、やや大きめの手提げかばんといったところか。
黒光りする金属製の箱である。
……ああ、見覚えがある。
吐き気がするほどに。
「隊長……これが、『ゲベアー』ですかい……?」
「ああ」
追いついたロストリンクスたちの言葉に、俺は思わず床に唾を吐く。
「これが悪魔の研究の成果──『仮称「
人道的精神を地獄の底に投げ捨てた連中が生み出した、悪魔の研究の成果。
「この一つ一つの箱に、女の……体の一部が、ぶち込まれていると?」
「そうだ。子宮と脳の一部、そしていくつかの臓器を収めた箱──人体が生み出す魔力『
俺たちの祖国ネーベルラントの古語で「子宮」を表す言葉、ゲベアー。
ここにあるいくつもの箱、そのひとつひとつに、尊厳を奪われた女性たちが入っている。
この箱に中身を提供させられた女性たちは、すでに解体され、この世にない。それでも彼女たちの
「た、隊長……」
「ああ。彼女たちの、最期の尊厳を守ろう。かつて俺の婚約者を焼き払ったように」
俺たちはハンドベルクが作った、発破爆裂術式を刻印した手投げ
尊厳を守るために焼き払う──本当はそんなもの、ただの感傷にすぎない。それでも、そうするしかなかった。
響き渡る爆発音を背に、俺たちは走り続けた。
尊厳を守るという名目で、箱詰めにされた女たちに引導を渡し、生き終わらせたのは俺たちだと、手を握りしめながら。
こうして、悪魔の研究の総本山たる「オシュトビッツ療養所」は、俺たちの手で瓦礫と化した。とどめとばかりに、
解放された女性たちは、レギセリン卿──トニィが手配した馬車に分散して乗っている。彼が手配した騎士団の護衛付きだ。名目は、街道保護らしい。
俺たちはその最後尾につくために、少し休憩をしていた。
「えへへ、アインさま、おつかれさま」
エルマードが、嬉しそうに飛びついてきた。
ぶかぶかの、俺のシャツ一枚で。
「ばっ……お前、せめてちゃんと服を着てから戻って来い」
「ボクの服なんて、破れてどっか行っちゃったもん。アインさまも分かってるから、このシャツ、くれたんでしょ?」
「いや、だからって裸にシャツ一枚って、お前……! 他に何か、まとうものは無かったのか?」
「アインさまのシャツ、ボクにはおっきいし、一応おしりも隠れてるから、問題ないでしょ?」
「だからいいってもんじゃないだろう! せめて人前では……!」
慌てる俺に、ハンドベルクが笑う。
「隊長、いい加減にもらってやったらどうじゃ。嬢ちゃんも
「だから困っているんだろうが!」
俺と同じくらいの背丈の、極めて珍しい「金色」の体毛に覆われた
というよりも、
月に照らされ、まぶしく輝いて見えるほどの白い肌は、さっきまでの、金色の毛並みに覆われた、しなやかで、かつ鋼のような筋肉の体を持つ狼人間のそれとは、まるで違っている。
極めて珍しい「金色」の、ややくせっけのあるふわふわの髪。
これまた珍しい、透き通るような「青紫」の瞳。
透明感ある、白い肌。
体にいくつか残る、痛々しい弾の傷痕。
そして、俺より頭一つ分くらい低い、小柄な少女。
──それが、エルマード。
「何を困ってるっていうんだい? 隊長」
ハンドベルクの言葉に呼応するように、女たらしで有名なフラウヘルトも、したり顔で笑う。
「隊長、釣った魚にはちゃんと餌をあげなきゃ。カワイイ女の子がいくら好意を向けてるって分かってても、ほっといたらいずれ見限られるってもんだよ?」
「違いねえ。隊長、自分らに気兼ねしてるってんなら、今夜の宿の部屋は、お二人だけ別にしやしょうかい?」
フラウヘルトの言葉に続けたロストリンクスの冗談に、皆がゲラゲラと笑う。
集めた弾薬を爆裂術式の呪印で吹っ飛ばしたおかげで、今も炎に包まれている建物を見下ろしながら、俺たちはいま、確かに生きている命を胸に、笑っていた。
ゲベアー計画──
この非道な研究のために、最も高い適性である「
どれに婚約者が入っているのかも分からない──それらの箱に対して『生き終わらせてあげよう』と言って焼き払ったのは、エルマードだ。あの日、俺がすがって来たものは、この地上から消えた。
だが、今、俺の腕にぶら下がるようにして笑っているエルマードも、元はさらに上位の「
だが、男性では珍しい「
俺も、俺の婚約者も、そしてエルマードも、「ゲベアー計画」によって生き方を狂わされた。
俺とエルマードだけじゃない、仲間たちもだ。
収容所を脱走するとき、命をもって俺たちの脱走を手助けしてくれたツェーン。
婚約者の末路を知って絶望のあまり取り乱した俺を逃がすために、敵地に居残って撤退を支援し捕らえられ、再起不能なほどの凄惨な拷問を受けたディップ。
だからこそ俺は──
「じゃあ、アインさま。──行こう?」
エルマードが、微笑みを浮かべて俺を見上げる。
「……そうだな。みんな、そろそろ行こう。次の目標は──」
俺の言葉に、皆が荷物を背負い、立ち上がる。
「……ご主人さま、今夜、本当に、二人きりで寝るの?」
エルマードの耳打ちに、俺は腰砕けになった。くそっ、変に焚き付けられたせいで、エルがなんだか妙なことを考えてしまっているじゃないか!
「……エル、あれは冗談だ。あんなこと、真に受けなくていい」
「ボクは、ご主人さまになら、いつでも……!」
聞こえないふりをする。ゲラゲラと笑う仲間たち。
「隊長、お堅いんだから」
ロストリンクスが苦笑する。
いいんだよ、俺は、エルマードと共に生きて、生きて、生き抜いてやるのだから。
いずれ彼女は貰い受ける。
そのためにも、この仲間と共に、必ずぶっ潰す!
悪魔の企み──
お読みいただきありがとうございます。
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白銀の騎士と金色の従者②
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白銀の騎士と金色の従者② ~這い上がり騎士はケダモノなボクっ娘と共に牙を剥く~ 狐月 耀藍 @kitunetuki_youran
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