第25話:生きて帰って、正式に婚約だ!

「……済まない、オレが知ってるのは、これだけだ……」


 そう言って、オシュトビッツ療養所事前の潜入捜査をおこなっていた男は、力なく笑った。


 ここは、そんな彼らが使っている小屋だった。狭く小さな納屋、その地下に、彼らは潜んでいたのだ。だが、その男は、ひどい怪我を負っていた。ここ数日でオシュトビッツ療養所の警備が厳しくなり、穏便に脱出することが難しくなってしまったのだという。


 警備が厳しくなったのは、俺たちのせいか? だが、彼は荒い吐息で微笑み返した。


「自分にできるのは、見て、聞いたことをまとめるくらいが関の山だ……。あんたたちが思う存分に暴れてくれたら、それが自分の手柄になる。あとを頼む……」


 力の入らない手で俺の手を握り返してきたが、その情報の中身は実に貴重なものばかりだった。

 見張りの交代の時間帯、建物の大雑把な見取り図。収容されている人々の部屋の、大まかな位置。どのような生活を強いられているか、その日課表のようなものまで。


「彼が危険を顧みず入手した情報、どうか、あなたたちの手で……!」


 彼の潜入活動を支援してきたという女性は、涙を浮かべつつ、だが気丈にそう言った。俺は礼を述べて一刻も早く村を離れるように助言すると、彼らと別れた。


「入る娘はいる、だが出る娘はほとんどない……事前の情報の通りですな」

「あの密偵がバレて、命からがら出てくることになったって話はまずい。リィベルを使って入る話はナシにして、あの迫撃戦槌ヴェルファーをありったけぶっぱなして、強硬突撃したほうが……」


 ノーガンの主張は分からないことはない。だが、問題もある。


多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーの弾は確かにまだある。だが、いきなりぶち込んでしまっては、中の女性たちに被害が及ぶ。その手は使えない」

「ですが、警戒度が上がっているということは、リィベルを届けに来たっていう手は使えない恐れがありやすぜ」

「だが、見ろ。この見取り図によれば、ここの建物のほとんどは、あくまでも収容施設だ。間違って被弾してみろ、大きな犠牲を払うことになるぞ?」


 しばらく頭を悩ませていた俺たちだが、エルマードが不思議そうに尋ねてきた。


「あの……ここ、立入禁止区画ってあるんだけど、ここ、壁は近いけど収容棟は遠いし、ここを中心に吹き飛ばしちゃったらダメなのかな? 壁も壊せて、ここから入れそうだし」


 ……全員が、エルマードの示した指の先を見つめる。


「いや、さすがにそれは無謀だろう。正面突破よりは確かに楽だろうが……」

「どうして? 多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーが飛んでくる音と爆発が起きたら、きっとみんな、逃げようとするよ? そしたら、ボクらがその人たちを連れて逃げれば……」


 エルマードの案に、ノーガンが顔をしかめる。


「いや、爆撃があったからといって、すぐに逃げるなんでできるはずがない。第一どこに逃げるんだ? だいたい、爆撃を受けた女たちが、爆弾がまだ降ってくるかもしれないってのに、逃げようとすると思うか?」

「ほ、ほら! こっちだよこっち! こっちなら壁際の監視塔もぶっ飛ばしちゃえるし、収容棟から壁まで近いよ!」

「お前な。初撃の反対側に穴を開ければいいって考えたんだろうが、何も知らない女たちが、吹き飛ばされたばかりのほうに逃げると思うか?」

「うー……ダメかなあ?」


 エルマードの案も分からなくもない。彼女はおそらく、爆発が起きれば、みんな、爆発の起きた方の反対に逃げるから、そこに穴を開けてやれば、逃げやすいだろうと考えたのだろう。

 だが、戦闘訓練の無い女たちが、事前情報も無しに、わざわざ爆発の起きた方に逃げるだろうか。いや、爆発が起きた方は危険だと判断する恐れのほうが大きい。


「隊長の言う通りじゃ。ワシらは軍人だから、敵の施設内に囚われていて爆発が起きたら、脱出の機会だとばかりに真っ先に走るじゃろう。だが、中の女たちはそんな発想などもたぬはずじゃ。事前に知らねばな」


 ハンドベルクの言葉にうつむくエルマード。仕方ないが、なるべく危険は減らしたかった。そもそも、爆発で混乱が起きれば、逃げ惑う女たちは間違いなく作戦遂行の障害となるだろう。


「やはり、リィベルを届けるかたちで潜入し、問題と思われる箇所に遅発爆弾を仕掛けてくるほうがいいだろうな。女たちは、そのあとで──」




「ボクが行く。リィベルじゃなくて、ボクが」


 すべての計画が済み、それぞれに準備をして、あとは実行まで待つばかり──ひと眠りするつもりで納屋の天井裏にいた俺のところに、エルマードがやって来た。


「ダメだ。お前は俺と行動しろ」

「ボクだって戦えるもん」

「ダメだ。そもそも、どうしてお前がリィベルの代わりになるんだ?」

「何言ってるの? ボク、特甲種だよ? ボクのほうが、絶対に価値のある囮になるんだから」

「何を言う、お前は囮以上に働いてもらうつもりなんだ。俺の補佐がお前の仕事だと言っただろう?」

「ちがうの……」


 エルマードは、しばしためらい、そして、思いつめたように言った。


「ボクを使ってほしいの……。きっと、きっとお役に立つから……」


 そう言って、彼女は、俺の上にまたがってきた。




「本当にこれでよかったんですかい?」

「なんだ、ここへきて怖気づいているのか? 俺なんかより、ずっと戦場暮らしの長いお前が」


 多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーから激しい音と共に飛んで行く噴進ラケート榴弾グラナーテを追いかけるように、俺たちは軍装騎鳥クリクシェンの背にまたがって駆けていた。


 すでに第二波の爆撃で、建物も壁もあちこち崩壊が見られる。この第三波は、さらに大きな損害を与えるだろう。


「違いやす。本当に、あの嬢ちゃんを使ってよかったんですかい? あれはもう、隊長の──」

「いいんだ。使えるものは、なんでも使う。それがたまたま、彼女だった。それだけだ」


 ──ボクを使ってほしいの……。


 彼女の想いを受け入れた、今回の作戦。

 もはや後には引けない。

 彼女の想いを背負って、なんとしても、この一回で片をつける!


「ロストリンクス! ノーガン! 突入後は雑魚どもに構わず管理棟だ! ハンドベルクたちが第四波で反対側の壁をぶち抜くまで、計画通り、派手に行くぞ! 」

了解ヤヴォール‼」




 館の中は、大混乱に陥っていた。

 第三波までの多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーによる噴進ラケート榴弾グラナーテの威力は、凄まじいものだった。


 先に攻略した兵器工廠こうしょうはいろいろと頑丈に作ってあったようだが、こちらは迫撃戦槌ヴェルファーによる攻撃など想定していなかったらしい。建物はもろくも崩れ、屋根は抜けて壁には大きな穴が開いている。


「……こりゃあ、想定外にもろかったですな」

「ハンドベルクが張り切りすぎたのさ。あの爆弾魔爺さん、本当にいい仕事をしてくれたよ」


 俺も苦笑いだ。半壊の管理棟では、白衣の男たちがうめき声を上げながら、崩れたレンガのがれきに埋もれている。こいつらは非戦闘員なのだろう。だが、同情する気にはなれなかった。否、している暇など無かった。


 発法音と、足元を弾く弾の音!

 それでも暴れないのは、今や俺の愛鳥であるヴィベルヴィントが、肝の据わった鳥だからだろう。


「やっこさん、やっと反撃してきやがりやしたぜ!」

「構うな! 正面の奴だけ討ち取れ! もうすぐ第四波が来るはずだ!」


 素早く転進を指示! 悪魔の研究施設──煙を吐き続ける高い煙突のある建物に向かう。立入禁止区域として、調査でも一切のデータがなかった場所。


 あそこだけは、なんとしても破壊しなければならない──そんな気がする。


「来やした! 第四波でさ!」

「分かってる!」


 すさまじい音を立てて飛んでくる噴進ラケート榴弾グラナーテに、警備兵たちはひどく狼狽して、攻撃どころではなくなっていた。あの音は、兵器の秘匿や奇襲には不向きだと思っていたが、案外、心理的な圧迫効果があったようだ。


 ただ、あの弾はこちらまでは飛んでこない。あくまでも、壁際の監視塔を破壊し、脱出用の風穴を開けるためのものなのだから。


「これでもくらえっ!」


 ノーガンが、自慢の膂力りょりょく手榴弾グラナートをぶん投げる!

 奴らの不幸は、迫撃戦槌ヴェルファー榴弾グラナーテは知っているだろうが、ハンドベルクが開発した手榴弾グラナートの存在を知らないということだ。


 ドウンっ!


 爆裂術式が炸裂し、壁の陰に隠れて撃ってきていた兵士が、レンガの壁ごとなぎ倒される!

 吹き飛ばされたレンガの破片やら土埃やらが飛んで来て、その威力の恐ろしさの片鱗を味わわされる。


「ノーガン! 進行方向に投げるな! 俺たちにまで被害が及びかねない!」

「すみません、つい!」


 だが、敵の防御に穴が開いたのも事実!

 噴進ラケート榴弾グラナーテの着弾も始まり、敵が一層恐慌状態に陥っていく。

 その爆音を背景に、StG44──先日鹵獲した突撃シュトルム歩槍ゲヴェアをぶっぱなしながら、俺たちは一気に駆け抜けようとした。


 ──だが、何事も計算外ということは起こるものだった。


「隊長ぉおおおっ!」


 たまたまよく飛び過ぎたのだろう。その一発が、俺たちが脇を通り抜けようとした建物に直撃する!


「くっ……突っ切るぞ!」

「無茶です、隊長!」


 この瞬間の判断が、俺と、ロストリンクスたちとを隔ててしまった。

 ガラスの窓をぶち抜いた榴弾は、そのまま建物の一角で炸裂。レンガ造りの建物を内側から吹き飛ばし、大量のレンガが撒き散らされたのだ。

 建物と建物の間の細い通路は、たちまちレンガで埋め尽くされる──!


 くそっ……! だが、ここで止まるわけにはいかないだろう。ロストリンクスとノーガンはそれぞれ機械化マシーネン歩槍ゲヴェア突撃シュトルム歩槍ゲヴェアを装備している。ちょっとやそっとの敵にやられるようなことはあるまい。


 問題は、分断された先の俺だ。いくら予備弾倉は軍装騎鳥クリクシェンにたっぷり括りつけてあるとはいえ、一人で切り抜けるしかないのは厳しい。

 だが、やるしかないだろう。エルマードが、俺を待ってくれているはずなのだから。


「エル……俺はお前を信じているからな!」


 多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファー最後の第五波、噴進ラケート榴弾グラナーテの音が聞こえてくる。あれが着弾したら、第四波で吹き飛ばした壁から脱出する手はずになっている。

 エルが、その手はずを整えてくれているはずなのだ。それを信じるしかない。


「エル! 俺はお前を……!」




 ──ボクね……魔眼、なの。


 屋根裏でひと眠りしようとした俺の元に来たエルマード。

 聞いたことはある。その目に見つめられると意識を乗っ取られ、操られてしまうのだと。もちろんおとぎ話に出てくるくらいで、実際にそんな能力があるというのを聞いたことなど無い。


 だが、納得できてしまった。

 アテラス駅で、ウルアルト城で……

 敵兵だけじゃない。トニィの執事が突然エルマードを押さえつけようとしたのも、俺に対して「考えが突然変わったことはないか」と不可解なことを聞いてきたのも。

 エルマードの今までの行動を思い返せば、つまり──


「……そうか。俺に自覚はなかったが、お前は、ずっと俺を操ってきたんだな?」

「ち、ちがう……ちがうの、それは信じて」


 ひどく顔を歪めて、エルマードは俺にすがり付いてきた。


「全部言うよ。ボク、たしかに最初……最初は、何度か、ご主人さまの心を変えたくて、魔眼のチカラ、使ったの。でも、でも……いまはもう、ご主人さまには使ってないよ? ボク、本当に……本当に使ってないの!」


 か細い声で、だが必死に訴えかけてくるエルマード。


「……分かった。じゃあ聞くぞ。いつまで使っていた」

「そ、それは……」


 今は使っていない──ならば、どこかの時点では俺を操っていたのだ。それを確かめておきたかった。俺の意志は、どこまで捻じ曲げられていたのか。


 しばらく彼女はためらっていた。言えないということは、俺は、自分で何かを決めてきたのではなく、彼女の──いや、彼女の背後の・・・存在・・に、ここまで操られてきていたのではないかと勘繰りたくなる。


 だが、その答えは意外だった。


「……アテラス駅。でも、ボク、それからはずっと、使ってないよ。本当に」


 アテラス駅は、俺が最初に目的地にした場所だ。

 本当か? 本当に、以後は使っていないと?


「ボクね? どうしても、ご主人さまについて行きたかった。任務は、ご主人さまの仔を産むことだったけど、それだけじゃなくて、本当に、ボク、ご主人さまのお役に立ちたかったの。だから……」



 ──ボクを、嫌わないで……。


 心を操られていた、と言えば、きっと嫌われると思っていたのだろう。

 だからこそ、ケダモノこそが自分の正体だと明かしても、魔眼のことだけはずっと隠してきたのだ、彼女は。


 涙をこぼしながら、それでも役に立ちたいからと告白した彼女を、どうして無碍になどできようか。


 彼女は、俺を信じてくれた。

 俺に嫌われることを恐れながらも、それでも告白してくれたのだ。


 その愛に応えずして、なにが男か。


「エル! どこだ! 俺はここだ! お前の主人は、ここにいるぞ!」


 第五波の噴進ラケート榴弾グラナーテの雨が降り注ぐ!

 クソッ、頼もしいが恐ろしい兵器だ!

 すさまじい爆発音に、頭が痛くなる。この衝撃には、さすがの愛鳥ヴィベルヴィントも恐慌状態に陥ったようで、脚が止まってしまう!


「走れヴィベルヴィント! 止まったら死ぬぞ!」


 耳元で叫んでやると、「クケェェェエエエッ!」と叫んで正気に戻ったらしく、間一髪で崩れてきた壁から逃れる!


「エル! エル――ッ! お前のご主人様はここだ! どこだ、俺の従者!」


 叫びながら走っていたときだった。


「ご主人さまっ!」


 崩れかけた建物の二階、壊れた床のうえから、金色の、二本足で立つ狼が顔をのぞかせる!


「エル……エル! こい!」

「はいっ!」


 そのしなやかな体を大きく拡げるように、金色の毛並みをなびかせて飛び降りた彼女は、こちらに駆け寄ると飛びついてくる。


「ああ、エル! 会いたかったぞ!」

「ボクも! ボクも逢いたかった!」


 むさぼるように唇を重ねる。

 ああ、三日前にリィベルと二人で、この恐るべき研究施設に乗り込むために別れて以来だ。


 わずか三日。

 だが、女たちを解体し部品とする悪魔の施設に送り込むことを考えれば、三日間という時間はあまりにも長かった。常に黒煙を吐き続ける恐るべき「処理施設」なのだから。


 ──ボクを、使って……。


 あの時重ねた唇の感触とは違う、狼の顔に近い姿のエルマードの、薄い唇と鋭い歯の感触、そしてヒトよりもずっと長い舌。

 だが、その淡い青紫の瞳は、涙をこぼす透き通る瞳は、まぎれもなく、俺の愛する女性ひとのものだ。


「エル! 手筈はどうなっている!」

「……うん。だいじょうぶ。ボク、がんばったよ。リィベルちゃんの誘導で、みんなもう、動いてる。予定通りだよ」


 ならば、あとはロストリンクスとノーガンがそちらにできるだけ早く合流することを願うのみだ。壁側からは、フラウヘルトとハンドベルクが援護に入ることになっている。レギセリン卿の手配した地下組織の面々も、すぐに迎えに来るはずだ。


「……魔眼は使ったのか?」

「すこしだけ……。ほとんどの人は話をするだけで分かってくれたけど、どうしても怖がって分かってくれなかった人にだけ。あ、あと、兵隊さんを誤魔化すときに」

「よし、でかした! それでこそ俺の愛しい従者だ!」


 エルに拳槍ピストールを渡す。ヴァルターP38、我らがネーベルラントの誇る制式拳槍ピストールだ。


「エルさん! お幸せに!」


 声につられてそちらを見ると、崩れた建物の一階廊下から、二、三人の女性が手を振っていた。


「……お幸せに・・・・?」

「あ……えっと……」


 頬を染めるエル。狼に近い顔なのにそれが分かるのは、目の様子と、それと色の薄い体毛のせいだろうか。


「あの子たちは、その……この三日間で、お友達になって……」


 つい、俺のことを「婚約者だ」と見栄を張って紹介してしまったのだそうだ。でもそれを、ちゃんと俺に正直に話すところがいじらしくて、また愛らしい。


「いいさ。その見栄、本当にしてやる」

「……え?」


 目を丸くするエルマードに俺は微笑みかけ、軍装騎鳥クリクシェンに拍車をかけると、目標


「生きて帰って、正式に婚約だ! すべてを終わらせたら俺の国に連れて行ってやる!」


 俺は、黒煙を吐き続ける研究棟に向かって軍装騎鳥クリクシェンを走らせる。悪魔の研究の、最大の拠点とされるこの場所を、ぶっ潰すために!




 先の多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーの攻撃は、結局一発もあたらず無傷のまま残る、研究棟。

 手榴弾グラナートを放り投げて扉をぶち抜き、突撃シュトゥルム歩槍ゲヴェアの弾を盛大にぶちかましての突撃! 狭い通路を、ただでさえ背の高い軍装騎鳥クリクシェンで走るのはいささかスリリングだ。


 あとは、エルマードの鼻だけが頼りだった。この研究棟は第一級の立入禁止区域で、密偵は誰も侵入できなかったのだという。あとは、かつて同じような研究施設である「ラフェンズブルク療養所」にいたというエルマードが、少しでも馴染みがあると思われるニオイを嗅ぎ当てられるかどうかだ。


「ご主人さま、あの先!」


 エルマードが鼻をクンクンさせて言う先は、ちょっとした広間になっていた。机や何やらを積み上げた即席のバリケードに隠れて、幾人かの男たちが放つ断続的に響く拳槍ピストール発法はっぽう音と、崩壊した壁や地面を弾がえぐる音が響く。相手も障害物を積み上げて、こちらを通すまいと必死の様子だった。


「くっ……弾切れだ! あと弾はどれくらいある?」

「ひぃ、ふぅ、みぃ……もう弾倉マガジンは五個だけ! あとは、バラが……ええと、ちょっと!」

「残り180発と少々か……。苦しいな、弾がなければ戦えない世の中ってのは」


 俺は、彼女が差し出してきた弾倉マガジンを受け取ると、空になったモノを抜き取り新しく装填して棹桿コッキングレバーを引く。


「えへへ、そういう・・・・世の中を、ご主人さまが終わらせたんだよね!」

「まだ終わっていない。これから終わらせるんだ。……ま、それを目論んだせいで今、自分が弾切れになりそうだってのも情けない話だが」


 手にした「StG44」──突撃シュトゥルム歩槍ゲヴェア44。これから量産されるはずだった、最新鋭の歩槍ゲヴェアだ。その生産拠点を弾薬の生産拠点ごとぶっ潰したのは、何を隠そう、先日の俺自身。


 彼女の手に握られたヴァルターP38を見て、弾切れこんなことになるなら、相手の拳槍ピストールの弾を奪って使える「MP40」──機械化マシーネン拳槍ピストール40を持ち出したほうがよっぽど良かったか、と苦笑する。


 ……いや、自分が今後、滅ぼすことになる武具にいつまでも頼ってばかりはいられない。このまま時間を浪費しても、相手の有利になるばかり。機を作って突っ込むしかない。


「……やるしかないな。それに俺には──」


 自分を鼓舞するように笑ってみせると、我が従者にして幸運の女神──金色のふかふかの髪をもつ彼女を抱き寄せる。


「ふあ──ご主人さま?」

「お前の幸運を分けてくれ。いつものことだが」


 そう言って、半人半獣たる姿となっている彼女のふかふかの髪の中から伸びる、犬のような三角の耳──弾の貫通痕が痛々しい右の耳──の中の白い和毛にこげに、ふっと息を吹き込む。


「んにゅうんっ!」


 びくりと肩をすくめて総毛立つ彼女の髪が、ぶわっとふくれるように逆立ち、ふかふかの髪がよりいっそうもふもふになる。この感触、慣れないらしい。それがまた、愛おしい。


 いかにも犬(本人は「狼」を主張しているが)の獣人らしい彼女の、実にふわふわな髪の中に顔をうずめるようにして彼女を抱きしめると、そのにおいを胸いっぱいに吸う。


 ああ、彼女のにおい──その髪のにおい。

 己を奮い立たせる、このにおい。


「……そんなに、ボク・・もふもふ・・・・が好き?」

「ああ。最高だ」

「もう……。へんなご主人さま」


 彼女は照れくさそうに微笑むと、俺の背に腕を回す。


「……でも、ボク、ご主人さまのこと、大好きだよ?」

「俺もだ。……愛している」

「……だからへんって言ってるんだけどね? 獣人族ベスティリングのボクを、そんな……」


 きゅっと、背中に回された腕に、力が入るのを感じる。

 俺も、彼女を抱きしめる腕に力をこめる。


「……ご主人さま、だいじょうぶ。ご主人さまのこと、ボクが守ってみせるから」


 頼もしい言葉に、俺はその髪をなでた。

 ……ああ。頼もしい従者にして、愛しい君がいれば。


「……そうだな、大丈夫だ」


 時間にして、脈拍数十数回程度といったところか──けれどそのわずかな時間で、俺は覚悟を決める。


「──よし、行くぞ! 制圧射撃と同時に左側面! 思う存分暴れてこい! すぐに俺も突撃する!」

「まかせて!」


 制圧射撃を開始した俺の背後で、彼女の咆哮ほうこうが響く!

 こんなところで足止めなんて食らっていられるものか!

 この不条理で非情な戦いを終わらせて、彼女と共に生きるのだ、俺は!




 婚約者であるミルティを奪われ、生きる意味すら見失った俺が、新たな出会いを得て再び戦いに身を投じ、人を率いて、一つの時代を終わらせようとしている。


 まさか、ただのちっぽけな地方領主貴族の五男坊が、世界の運命を左右するようなことになろうとは。

 『戦争くらいしか、浮かぶ瀬がない』と考えていた俺が、一人の少女のために、その戦争そのものをひっくり返すことになろうとは。


 新たな出会い──彼女と出会うきっかけとなった敗北と、彼女と積み重ねてきた過程を思い出しながら、俺は歩槍ゲヴェアを構えて突撃を敢行する──!

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