第24話:今までも、これからも、ずっと

「……エル。もう少しだけ……」

「んう? ……ふふ、ご主人さま、赤ちゃんみたい」


 エルマードが、くすぐったそうに身をよじる。だが、彼女はそれを、受け入れてくれた。ふかふかのエルマードの毛並みを、もう少しの間だけ堪能する。

 毛布のような彼女の体は、とても抱き心地がよく、安らいだ。彼女は眠り続ける俺を温めようと、ずっとこの体で温め続けてくれたのだろう。


 あれほど血を流し、返り血も浴びていた彼女の毛並みが、血の汚れの一切ないふわふわな体をしているのは、一度人の姿となったかららしい。ひとの姿となった彼女は、川で体を洗い清め、そしてまた、この獣の姿となり、俺を温めてくれたのだ。

 彼女の方も相当な重傷だったはずだが、やはり獣人族ベスティリングの彼女のほうが、体が丈夫なのだろう。


 俺のほうは、どうやら二日ほど眠り続けていたようだった。ただ、撃たれた傷を考えれば、寝ているどころか死んでいてもおかしくなかったはずだ。単に運がいいという話で片付けられるものではなかった。


 その二日の惰眠を貪ることを実現させたのは、この、半分朽ちた小屋のおかげだった。俺たちがいた部屋は、半地下倉庫だった。道理で、鼻をつままれても分からないほど真っ暗だったわけだ。

 倉庫といっても毛布は敷かれていたから、地面の上で、何かにもたれかかって寝ることに慣れていた俺には、悪くない環境に感じられた。


「それにしても隊長って、法術の心得があったんですか?」

「そんなものがあったら、お前ら相手に騎兵槍ランスを振り回しては返り討ちに遭うより、火球をぶつけていたと思わないか?」

「なるほど、十分な説得力ですな」


 ロストリンクスが小さく笑う。


「ところで、ここはどこだ?」

「地図の上では、おおよそこのあたりです」


 街道から外れた丘陵地帯を示すが、何かがあるような場所には見えない。


「だが、ただの山小屋にはとても見えないな。朽ちているとはいえ、十分にしっかりとした石壁だ」

「それは……」


 ノーガンが苦笑する。


「それは、こちらの御仁に聞かれた方が良いでしょう。この館のご主人です」


 ドアを開けて入ってきたのは、しかめっつらの老人だった。


「朽ちた山小屋で、悪かったのぉ?」

「そ、それは……申し訳ない! その……時間の流れを、感じたもので……」

「つまり、オンボロということじゃろう?」


 これ以上何かを言ってもさらにボロが出るだけだ。俺は平謝りに謝る。


「……まあ、ええわい。ここはな、百年以上前、ここら一体を治めておられた御領主様の別荘地だったものを、わしの爺さんが、騎士として長年仕えた褒美にもらったんじゃ。この館も、その名残じゃ」

「御領主様からの褒美、ですか?」

「おうとも」


 だからこの辺りの丘陵地帯は、森も含めて、全てこの爺さんのものだという。


「息子夫婦は、街の方に行っちまったがな。わしは爺さんから受け継いだ土地と、この家を守り継ぐ最後の世代として、ここに住んでおる」

「最後? 息子さんは?」

「どうせ戻ってこんじゃろう。わしでおしまいだ」


 その横顔は、不満そうでもあり、また、寂しそうでもあった。


「とにかくじゃ。何をやらかしてきたのかはあえて聞かん。だがその怪我では歩くのも難しいじゃろ。しばらく休んでいけ。なあに、ここらを兵隊がうろついたところで、追い返してやるわい」


 その言葉にノーガンが笑い、ロストリンクスがうなずく。

 どうやら俺が寝ている間に、本当に兵士を追っ払ったようだ。


「お心遣い、感謝いたします。ただ、我々にはやらねばならないことが……」


 言いかけた俺に、雷が落ちる。


「死にそうだった怪我人が偉そうなことを抜かすな! 休んでいけっつったら休んでいけ!」


 そう怒鳴って、老人は部屋を出ていく。あまりの剣幕に、エルマードなど俺にしがみついて涙目だ。ノーガンに至っては、苦笑しながら俺を見る。兵士を追い払うだけの威力を持つこの落雷を、おそらく彼らも招いてしまったのだろう。


 ……療養していけ、というのは確かにありがたいことだ。ただ、奇妙なほど、痛みが無いため、その厚意に甘える期間も短いだろうが。




「傷口から弾を抜いたかじゃと? そんなこと、しとりゃせんぞ」


 ハンドベルクが、腕を肩から吊り下げながら笑った。あの橋のたもとの攻防で腕を撃たれたらしい。顔をしかめながら、笑った。


「ほれ、ワシもこのザマだからな。とてもそんなことはできんかった」

「じゃあ、俺の体の中には、まだ弾丸が食い込んだままだということなのか?」

「さてな。あんな不思議な姿を見せられては、何とも言えんわい」


 そう言って、ハンドベルクは俺の胸を指さす。


「十騎長から聞いたぞ? お前さん、胸を撃たれたそうじゃないか。じゃが、その傷痕はあっても、弾は無かった。貫通もしとらんのにだ。まるで弾が自分から出ていったか、あるいはお前さんの体が押し出したのか。そうでも言わんと説明がつかん」

「……悪いが、本当に記憶がない。確かに、エルを助けようとして必死に走ったのは覚えているし、あの場で、兵士たちの歩槍ゲヴェアがどうしてだか破裂したのも見ているが、体に食い込んだ弾丸をどうしたかなんて、本当に俺には記憶がないんだ」


 首を振って答えると、ハンドベルクはさらに笑った。


「ま、そんなことすらも、実は些細な問題と言えそうなのが、その、お嬢ちゃんのことなんじゃがな?」

「……エルが、獣人族ベスティリングだったということか?」

「ま、そうじゃな」


 ハンドベルクが、それまでの笑顔を引っ込めた。

 真剣な、こちらの眼を射抜くような、鋭い眼光で。


「隊長。お前さんは、知っておったんじゃな? あの人狼の正体を」


 変に隠し立てをしても、不信を煽るだけだろう。俺は素直にうなずいた。


「ああ。知っていた。今から話すよ、本人も交えて」




「……おとぎ話の人狼が、本当に存在していたとはねえ」

「目の前であんな姿を見せられりゃ、信じねえわけにはいきやせんな」


 直立する狼のような姿と顔。体格も大きく異なり、俺とほぼ同じ背丈とあれば、この狼属人ヴォルフェリングが、あの小柄で愛らしい少女のエルマードなどと言われても、到底信じ難いだろう。

 しかし、その淡い金色の毛並み、透き通るような青紫の瞳は、確かにエルマードのそれだ。そして──


「……隠してて、ごめんなさい……」


 ──その声も。

 エルマードは、俺にも話したことを、一部、かいつまんで話した。ただ、自分が泥棒を生業とする男に拾われたことは話したが、賞金首の暗殺をしていたことまでは話さなかった。

 ……それでいいんだ。なにも、自分の後ろ暗い過去を、べらべらと話す必要はないのだから。


「いいってことじゃよ。人間・・、だれしも隠しておきたいことの一つや二つ、あるもんじゃて」


 ハンドベルクが「悪いのはホレ、そこの、お前さんの秘密を独り占めしていた、どこぞの隊長さんじゃから」と微笑む。ただ、獣人の姿のエルマードのことを「人間」と呼んでくれたハンドベルクには、胸の内で感謝した。


「ごしゅ……隊長は悪くないよ、ボクのこと、大事に思ってのことで……」


 真摯に訴える彼女がまた、愛らしい。見た目は金色の狼に近いのだが、その仕草はエルマードそのものだ。


 ……というか、だ!


「お前らっ! 俺が寝ている間、エルに聞く機会が何度もあっただろ! なに知らん顔をしてるんだ!」

「女の子が嫌がるようなことを無理に聞くのは、男として最低だよ? 僕には、とてもできないね。隊長なら根掘り葉掘り聞くかもしれないけど」

「お前、俺をなんだと」

「モテそうな要素は色々と持ってるのに、どこか残念で結局モテない、僕ら『掃き溜め部隊』の素敵な隊長様ですがなにか?」

「よーし、フラウヘルトよくぞ言った」

「ついでにエルちゃんと違って、隊長のほうは人間をおやめになったみたいで」

「そこになおれ、成敗してくれる」


 皆で笑い合う。エルマードだけは、笑っていいのかよくないのか、困っているようだったが。


「俺が人間をやめたかどうかなんて、俺にも分からない。もともと掃き溜め部隊の隊長に左遷されるくらいには、常識外人間だったっていうことではあるけどな」

「なに言ってやすか。左遷されたというより、むしろ隊長が自分らを集めやしたんでしょうに」

「はみ出し者はいつでも鉄砲玉になるって計算だったんだよ、ロストリンクス」

「そのわりにわけの分からない奇策ばかり立てて、損耗を極力回避しようとしてばかりいやしたな」

「当たり前だろう。あのころは女連れだったんだぞ? 万が一のことがあったら殺される。俺が、義父おやじ殿に」

「今もじゃないですか」

「本当だ。いかん、やっぱり殺されそうだ」


 皆で笑いながら、それを冗談にできている今の俺に気が付く。自虐でも、過去の自分を笑い飛ばせている自分に。


「……さて、隊長。お笑いはここまででさ」


 ロストリンクスに促され、俺はうなずいた。

 現状、意味が分からない俺の体だが、もはや四の五の言ってはいられない。使えるものはなんでも使う。体に痛みが無いというのであれば、それも利用するだけだ。


「エルのほうは、どこか痛みがないか?」

「んう? ……ボクは、べつに、どこも」


 首をかしげ、体を動かし、にっこりと笑う。狼のような顔でも表情が分かるのは、やはり目の力だろうか。その淡い青紫の瞳が、きらきらと輝いている。

 あれほど弾を受けて、体中から血を流していたはずなのに、いったいどういうことなのだろう。だが、彼女が大丈夫というなら、それを信じるしかない。


「隊長の不死身っぷりにあやかりたいですな。ですが自分たちは何も問題ありやせん。いつでも、隊長の下命あれば動けやす」


 ロストリンクスが苦笑しながら、しかし胸を張る。


「兵の命は一山いくら、ってなクソみたいな戦場で、隊長は可能な限り自分らの損耗を抑えようと努力してくださいやした。覚えてやすか? あの、『ネーベルラント貴族連合軍』として戦った、最後の日を」


 ……忘れるものか。あの日があったから、俺は今、ここにいる。

 婚約者を失ったあの日から、俺の生きる目的は、大きく変わったのだ。


「あの時、軍法会議にさらされる危険を顧みず、あえて後退を決意した隊長を、自分たちはどこまでも信じやす」


 俺とエルマードがなぜか傷が癒えている以外は、誰もがどこかしら負傷していた。だが、ロストリンクスの言葉に、全員が笑ってうなずいた。ならば、もう、やるしかないだろう。




 質素ではあるが温かい食事をいただいたあと、俺たちは身支度を始めた。身支度とは言っても、大した物などない。歩槍ゲヴェアの分解掃除くらいだ。


「……お前、貴族なんだって?」


 掃除をしていた歩槍ゲヴェアを組み立てていると、隣に座ってきたのは、小屋の爺さんだった。


「継承権もまともにない五男坊ですよ。今となっては、ただのはぐれ者です」

「なんだ、家を飛び出してきた不良息子って奴か」

「似たようなものですね。家にいてもただの無駄飯食らいの人生になりそうだったんで、嫁さん欲しさに騎士の真似事で一旗挙げようとして、このざまです」

「……何が、このざまだ」


 そう言ってふん、と笑った爺さんは、どこを見るでもなく、ポツリと言った。


「親にしてみりゃあ、息子が生きてる、それだけで一番だってのによ。つい、欲をかいちまうんだ、親ってのはなぁ……」

「欲……ですか?」

「ふん……。自分の土地や仕事を継げ、立派になれ、誰にでも胸張って自慢できるような一角ひとかどの男になれ……。そんなもん、無事に生きているってだけで十分なのによ……」


 それは、街に行ってしまったという彼の息子のことを指しているのだろうか。聞いてみたかったが、触れると古傷に障るような気がして、それ以上、聞けなかった。




 夕方、日が没するまでもうすぐ、という頃に、俺たちは身支度を整えた。


「……なんだ、お前ら。もう行くのか?」

「お世話になりました。おかげさまで、助かりました」

「……なにも、死に急ぐこたぁねぇってのによぉ……」


 爺さんはため息をつきながら、それでも、一つの青白く輝く結晶を俺に握らせた。

 握り拳ほどもある、高純度の、魔煌レディアント銀の結晶だった。


「爺さん、これは……?」

「売ればひと財産じゃろうが、今のワシにはもう、いらん。お前さん方なら、いい使い方をするじゃろうて」


 そう言って、あくまでも押し付けてくる。

 夕闇迫る中、魔煌レディアント銀の結晶が放つ青白い輝きは、一層神秘的に見えた。


「何年も顔を見せに来ん息子と違って、こんな辺鄙へんぴなところに顔を出したお前さん方だ。何かの縁があったんじゃろう」


 爺さんは、その姿が俺たちからもゴマ粒ほどにしか見えないほど遠くなっても、ずっと俺たちを見送っていた。今生の別れを惜しむかのように。




 月明かりを頼りに、街道からやや外れた草原を、騎鳥シェーンを駆って俺たちは走っていた。

 予定外の時間を食ってしまった。リィベルたちはいま、どこにいるだろうか。


「……エル」

「なに?」

「エルが、みんなにした話……一つだけ、確認したい」

「なに? ボク、ご主人さまになら、なんだって話すよ?」

「お前の呼び名だ。UniウニMOGモグ……だったな?」

「うん」


 彼女が、仲間たちに話したこと──彼女自身の由来だ。

 彼女の言ったその称号──不思議な表現だった。

 UniウニMOGモグ──Universaleユニバーサル - Materメーテル Omniumオムニウム Gentiumジェンティウム


「……それを名付けたのは、一人の研究者──そうだったな?」

「うん」

「すまない、聞き慣れない言葉の名前でな、なんといったか、忘れてしまった。もう一度、教えてくれないか?」

「シマヅっていうひとだったよ?」

「シマヅ……いったいどこの奴で、何語だ?」

「ニフォン人だって。言葉はルァテン語……とか言ってたっけ?」

「ニフォン人? ルァテン語?」


 ……ニフォン。どこかで聞いたことがあるような、無いような。

 おとぎ話に出てくる地方名だったような気もするが、確証が持てない。


「うん。なんていうか、変な人だった。ボクが脱走しようとして狼の姿になろうとしてたところ、見られちゃって」

「見られた? 大丈夫だったのか?」

「大丈夫っていうか……。泣いてるのか笑ってるのか分かんないかんじで抱きついてきて。『ケモ耳! モフケモ! ケモむす!』とか、『ケモむすは本当にあったんだ!』とか、『神がこの世界に俺を遣わしたのはこのケモ少女と出会うためだったに違いない!』とかなんとか……」


 ……うん、間違いない、そいつは危険な奴だ。


「それで、ケモノになれるのは秘密にしてあげるし、絶対に守ってあげるからって約束してくれたから、脱走するのやめて、その人の前でだけ、ときどき、変身するようになったの」

「そいつの前でだけ……?」

「うん。その……いつも、すごく興奮してた」

「エルの……裸にか?」

「ううん? ボクの狼の姿に」


 ……間違いなく危険な変態だ。いや、金色のエルも美しいのは間違いないのだが。


「そうかもね。でも、指一本触れてこなかったよ?」


 肯定・獣人愛好、否定・接触、というわけか。

 ますます危険な「変態という名の紳士」という言葉が、なぜか脳裏に浮かぶ。

 ……待て。それじゃ俺もその「変態紳士」の一員ということに……?

 いや、「変態紳士」どころじゃないぞ、俺は彼女に何度触った……⁉


 ともかく、エルマードによるとシマヅという男は、こう言ったという。


 ──君はきっと、すべての種族の始祖、この・・世界・・における「本来の種族」の、純血に近い女性なんだよ。君に出会って確信した。今いる獣人族ベスティリングたちは、おそらくこの・・世界・・渡って・・・きた・・「異種族」である「人間」との混血が進んだ結果、本来の力を失った人々なのだ。


「でね、ボクのこと、Lycanライカン-thropusトロプスって呼んでた」

「ライカントロプス……?」

「うん。その人が、わたしにつけた称号が、さっきの──」

「つまり、UniウニMOGモグ……」

「うん。Universaleユニバーサル - Materメーテル Omniumオムニウム Gentiumジェンティウム。シマヅの『世界』の古い古い言葉で、『世界の全ての種族の母』っていう意味なんだって」


 エルマードが、「ボクが世界中みんなのお母さんって、なんだかおかしいね」と、照れ笑いのような声で言う。


「……で、そのUniウニMOGモグって呼び名は、その……ほかの連中──『ゲベアー計画』の研究者たちは知っているのか?」

「うん。でも、意味はシマヅが『UniウニMOGモグUniウニMOGモグだ』って教えなかったら、みんな意味も知らずに、ボクのこと、『ウニモグ』って呼んでたみたい」

「エルにはエルという可愛い名があるのに、『丸太』だの『ウニモグ』だの、好き放題に呼ばれていたんだな。まったく、なんて奴らだ」


 俺が舌を鳴らすと、エルマードが、腰に回した腕にぎゅっと力を入れた。


「えへへ……そうやって怒ってくれるご主人さま、大好きだよ……?」

「当たり前だろう。エルは俺の大切な、じょ──従者なんだからな」


 大切な女性──そう言いかけて、慌てて訂正する。


「……えへへ、聞いちゃった。ボクはご主人さまの、大切な女の子……そうだよね? その言葉、信じていい……よね?」

「……ああ、いいさ。信じろ。家名の誇りにかけて、二言はない」

「うん……。信じてる。だって……」


 そしてまた、いらずらっぽく言う。「なんたって、ボクの裸、みんなに見せるように命じるひとなんだもん。ボクだって、全身全霊でお仕えする意地をみせることができたし」


 ……うぼぁっ!

 そうだ、そうなんだよ!

 話し合いが終わったあと、何の気なしに人の姿に戻ってくれといったら、彼女、ひどく驚き、しかし思いつめたような顔で、「……うん、わかったよ。ボク、ご主人さまにお仕えする女なんだから、それくらい、できるもん」とか言ってのけて──


 で、すっぽんぽんのエルマードが、目の前にできあがったわけさ。

 忘れてたよ。そもそも彼女、狼の姿でも実は全裸だったんだ。毛皮をまとっているから気づかなかっただけで。


 真っ赤な顔で、体の凹凸が控えめな、白い肌をさらした彼女に、俺は慌てて上着をかぶせたけれど、もう遅かった。


 結果、みんなから「変態長」の烙印を押されたってわけさ。

 ……いいんだよ、もう! なにせエルは──


「エル。お前はずっと、俺のそばにいてくれる──そのつもりなんだな?」

「……うん。ずっとずっと、お仕えするよ。ボク、ずっとご主人さまの、おそばに」


 背中に頬をこすりつけてくる彼女のぬくもりが、どこまでも愛おしい。


「……ああ。俺たちは、ずっと一緒だ。今までも、これからも、ずっと」


 ──すべてが終わったら、彼女は俺が引き取る。そう決めているのだから。




 馬車と合流できたのは、それからさらに三日後のことだった。「もう、もう、お会いできないかもしれないって思っていました……!」と、リィベルに泣きつかれた。


 安心させたくてその髪をうっかり撫でてしまい、リィベルにはひどく狼狽された挙句、「そのおつもりでいらっしゃるのでしたら、私、おそばに参ります」と覚悟を決めた顔をされてしまった。


 で、真っ赤になって怒ったエルマードが、「ご主人さまのおそばにお仕えするのはボクだもん!」と、しばらく俺の背中をポカポカ叩き続けた。


「何度もしとねを共にした、ボクというものがありながら!」


 いや、まあ、うん、確かにそう、客観的に見ればそれは事実なんだが、その言い方。

 俺たちはまだ、潔白の、清い間柄なんだぞ?

 そう言ったら、今度は「だったらボクを抱いてよ! 今すぐ抱いて!」と泣かれてしまった。

 彼女をなだめるのは大変だった。

 色々と、今後の約束もさせられてしまった。


 ……とまあ、そんな経緯もあったが、ともかく俺たちはいよいよたどり着いた。

 オシュトビッツ村──そのはずれに建てられた、オシュトビッツ療養所。

 高い壁に囲われた、赤レンガの建物が立ち並ぶ、悪魔の研究所に。

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