第22話:夕映えに輝く気高き金色の狼が

「へえ、これはすごいね」


 俺が投げ込んだたった一つの手榴弾グラナートが、誘爆に誘爆を重ねて最後はとんでもない大爆発を引き起こした、ヘーネル兵器工廠こうしょう


 その、先ほど吹き飛ばした工場から奪取した獲物が、StG44──突撃シュトルム歩槍ゲヴェア44。最新鋭の法術ザウバー火槍バッフェらしい。

 それに、丸い手鏡を分厚くしたような物体を取りつけながら、フラウヘルトが面白そうにいじくっている。


標的暗視装置ツィールゲレート『ヴァンピール』……なるほどね。こんなものまで作っていたなんて」

吸血鬼ヴァンピール? なんだそれは」


 首をかしげるノーガンに、フラウヘルトが「見てみなよ」スコープを覗かせた。


「……おおっ⁉ なんだこりゃ、人が緑色に見える!」

「そう。まるで吸血鬼が獲物を見つけるように、夜でも敵の姿が見えるって道具」


 木の幹に体を預けながら、フラウヘルトは小さく笑った。


魔煌レディアント銀の魔素マナの力が続く限り、闇を見通すことができるってわけさ」

「フラウヘルトにぴったりの装備だな」

「それはどうだろうね、隊長」


 笑いながら首を振るフラウヘルト。


「どうも、あまり遠くまで見通せないみたいだし、この歩槍ゲヴェア自体、狙撃に使えるかというと、そこまで精度がいいわけでもなさそうだし。僕には、ちょっと中途半端かな? 使えないことはないかもしれないけどね。ただ──」


 そう言って、彼は改めて歩槍ゲヴェアを手に取った。どこか遠くを見るような目で、続ける。

 

「このスコープも悪くはないし、標的暗視装置ツィールゲレートなんてモノも作っちゃうなんて、いかにこの歩槍ゲヴェアに力を入れていたかが分かるね」


 力を入れていた……つまり、これをもって大きな反撃に出ようということだったのだろうか。だが──


「誰かさんのせいで、もう、当分は作れなくなっちゃっただろうけど」


 フラウヘルトの奴め、実に楽しそうに俺を見る。だから、工廠こうしょう全部が吹き飛んだのは偶然なんだって!




「……どうする?」

「どうするもこうするも、突破する以外、あり得んじゃろう」


 橋に敷かれた警戒線にたむろする兵士たちの姿に、俺は歯噛みする。さすがに二つの工廠を破壊したことで、緊急警戒線が敷かれたのだ。傾いた陽射しが徐々に赤く世界を染めていく中で、警戒に当たる小さな姿が見える。


 連中がいる橋が架かる川はそれほど深くないようだが、なにせ両岸が人の背丈を軽く超える高さの、切り立った岩壁になっている。下りるのも大変だが、上るのはもっと大変だ。騎鳥シェーンを始め、すべての装備を放棄するしかないだろう。しかしそれでは、オシュトビッツ療養所を襲撃することができなくなる。


 リィベルたち馬車組は、すでに通過したのだろうか。それも気がかりだが、まずは自分たちだ。


「じきに夜だ。それまで待つか?」


 俺の問いに、ロストリンクスが、フラウヘルトにスコープを返しながらうなる。


「むしろ増員されやせんかね? そうなると、たとえ警戒線を突破できたとしても、こちらも速度を出せない分、厄介でしょう」

「追っ手については、最悪の場合、手榴弾グラナートでなんとかならないか?」

「いや……連中が手にしているのは、隊長も手にしているStG44そいつですぜ? 数人で弾をばらまかれたら、かなり危険でさ」

「いっそ、派手にぶっ放して押し通るというのは?」

「犠牲を覚悟で、か? ノーガン、それは却下だ。甘いかもしれないが、ディップのようなことはもう、可能な限り避けたい」


 俺を逃がして捕まり、拷問の末に戦えぬ体にされてしまったディップの姿が脳裏をよぎる。無謀な作戦で仲間を失いたくはなかった。

 しかし、だからといって、全くの犠牲なしに戦いというのは成り立たない、というのもまた、現実だった。どうすればいい。


 そのときだった。エルマードがそっと、耳打ちをしてきた。


「ご主人さま……お許しがもらえるなら、ボクが行くよ・・・?」


 その言葉の意味。

 俺には、一つしか思い浮かばなかった。


「エル、まさか……」

「だって、ご主人さまが困ってるなら、ボク、なんとかしたいから」


 再び、あの金色の獣となって、警戒線の兵たちを蹂躙しようというのだろう。


「……だめだ、それは」

「どうして?」

「エルの真の姿を今ここでさらしたら、お前が姿を変える存在だと、俺以外の人間にも知らしめることになる。お前はそれを、望んでいないんだろう?」

「それはそうだけど、でも……」


 なおも訴えかけるエルマードの頭を、くしゃくしゃっとなでる。


「その気持ちだけで十分だ。それに、今回は今までとは違う。奴らは、StG44これを装備しているんだ。一人ひとりが、だぞ?」


 これまで、金色の狼となって暴れまわった時に対峙した歩槍ゲヴェアは、単発式のものだった。

 しかし、ロストリンクスやフラウヘルトがスコープで確認したところ、警戒に当たっている兵たちは、みなStG44を装備しているという。


 つまり、この反動が少なく扱いやすく、しかも機械化マシーネン拳槍ピストールよりも威力がある弾幕にさらされるということだ。


「大丈夫だよ」

「何を言っているんだ。変幻自在に逃げるために蹴る壁も天井も、あそこには無いんだぞ?」

「違うよ、ご主人さま。ボク、考えたの」


 エルマードは、そう言って、にっこりと微笑んだ。


「ボクと、ふたりで通ろう?」




「止まれ! 貴様ら、我々を見て分からんか!」


 俺たちを見て、丸眼鏡の兵士たちが歩槍ゲヴェアを突きつけてくる。


「我々を見てって……兵隊さん、なにかあったのかい?」

「あったのかい、じゃない! 見れば分かるだろう! ここは封鎖中だ、とっとと帰れ!」

「そんな、わしらの家は、川の向こうですのに」


 俺があわれっぽく言うと、エルマードも「兵隊さん、お願いです」と手を合わせる。


「わしら、柴刈りに行った帰りでさ。昨日からたんまり刈って、ようやっと帰るってのに、どうすりゃええんですか?」

「知るか! いい加減にしないと、こいつが火を噴くぞ!」


 騎鳥シェーンには、山のように積まれた枝の類。

 実はこの中には、歩槍ゲヴェアと弾薬が隠されている。

 そう、「一般人のふりをして突破しよう」作戦だ!


 突破後に武装して橋に戻り、手榴弾グラナートの奇襲を合図に挟み撃ちにして混乱させ、一気に突破する。

 提案者のエルマードは、妙に自信ありげにしていた。確かに、エルマードは今までに、その愛くるしさを武器にしてなのか、相手の警戒を解くようなことが何度もあった。これで追い返されるなら、またほかの手を考えねばならないだろうが……。


「兵隊さん、どうしてもだめですか?」

「ダメだダメだ。おいガキ、ガキだからってなんでも許されると思うなよ?」


 丸眼鏡の兵隊が、歩槍ゲヴェアの口で、エルマードの額を小突く。


「あっ……」


 しりもちをついたエルマードに、眼鏡野郎がさらに歩槍ゲヴェアを突きつける。


「これ以上痛い目に遭いたくなけりゃ、とっとと帰れ。貴様らに関わっているほど、オレたちは暇じゃないんだ」


 ……この野郎!

 思わずギリッと奥歯がきしむ。


「……なんだぁ? おい貴様、脳みそぶちまけられたいか?」

「おじさま、まって、お話、聞いて?」


 エルマードが立ち上がった時だった。

 彼女の青紫の瞳が、怪しい輝きを帯びた──そう感じた瞬間だった。


「話だ……と……?」


 眼鏡野郎の腕が、だらりと下がったと思ったら、その眼鏡が一瞬、強烈な青白い光を放つ!


「うぉうっ⁉」


 のけぞる眼鏡野郎。それは、隣の眼鏡野郎も同じだった。


「クッ……クソッ……ガキ、てめぇ……!」

「……え? あれ? なに? どうして……?」


 兵士の様子がおかしい。脚がふらふらとしている。

 そしてエルマードのほうも、なぜかうろたえている。

 何があった? だが普通じゃない!


「エル! 来い!」


 俺はとっさに彼女を抱えようとしたときだった。


「こ、このガキ、魔眼まがんの人狼だ! 繁殖用・・・特甲種・・・魔眼・・人狼・・を発見!」


 ふらふらとしながら、目の前の一人が叫んだのだ。もう一人が警笛を鳴らす!

 チィッ! クソッ、万事休すか!


「腹さえ無事ならいい! 捕獲しろッ!」


 二人の兵は、まだ体の自由が利かないらしい。だが、ぎこちない動きで歩槍ゲヴェアを構える!


 魔眼の人狼ってなんだ⁉

 だが、考える前に俺の体は動いていた。エルマードの体を抱きしめ、走り出す!


「男は撃てッ! そこのガキだけ回収できればいいッ!」


 絞り出すように叫ぶ眼鏡野郎! ちくしょう、拳槍ピストールの一挺でも持っていれば……!

 その瞬間、脇腹と大腿、そして肩に、焼けつくような痛み!


「ご主人さまぁっ!」


 エルマードの悲鳴に、俺はやっと、自分が撃たれたのだと気が付く。

 そのまま、彼女を抱えるように肩から倒れ込む。

 くそったれ!


「や、やめて! お願い、ご主人さまが死んじゃう!」 


 エルマードの悲痛な悲鳴。


「隊長! 今行きます!」


 遠くから聞こえてきたのは、ノーガンの声か。

 同じ方向から射撃音!

 俺を撃った兵士二人が、血しぶきを上げて前のめりに倒れる。


「ご主人さま! 撃たれたの⁉」

「馬鹿……伏せていろっ!」


 身を起こそうとした瞬間、さらにこめかみをかする衝撃。

 橋の中央に設けられたバリケードから、撃ってきやがったか……?


「やだあっ! ご主人さま、血が……血が! そんな、真っ赤な……‼」

「お前は逃げろ……どうやら連中、お前が狙いだ……」

「やだよ! ボクだけ逃げろなんて、そんな!」


 撃たれたところが熱い。ひどい痛みだ。

 くそっ……こんな、こんなところで……。


 ロストリンクスの怒号と、射撃音が響き渡る。

 何も隠れる場所の無い、この橋のたもとで。


 ……やめろ、みんな。冷静になれ。

 死ぬのなら、俺一人でいい……。


 泣きながら俺を揺するエルマード。

 馬鹿野郎……お前は逃げるんだよ。

 お前は……


「ひぐっ──!」


 夕日に照らされる空に、赤いしぶきが舞う。

 エルマードの短い悲鳴が、耳を貫く。

 彼女の額からこめかみにかけて、赤い筋が刻まれる……!


「え……エル、エル……!」


 収容所で彼女と出会ったとき、彼女はまだ、少年の格好をしていた。

 愛くるしい奴だと思った。

 同時に、放ってはおけないが面倒くさい奴だとも。


 それが、一緒に脱走し、共に戦い、ここまで来た。


 なのに。

 それなのに。


 俺はいいのだ、騎士として戦場に立った男だ。

 いつかは死ぬかもしれない、そういう役目だ。


 だが、彼女は違う。

 彼女が、胸を張って生きられる、そんな世界にしたかったのだ。

 それなのに……!


「エル……だいじょうぶか、エル……!」


 必死に身を起こす。

 彼女を連れて帰るのだ。

 彼女は、十分に過酷な試練を受けてきた。

 これからは、幸せに生きるべき少女なのだ。


「だ、だめ、ご主人さま、動いたら、血が……!」


 エルが、額から血を流しながら、それでも俺を押しとどめようとする。


「みんながもうすぐ来るよ、だから──」


 その瞬間だった。胸に、焼けつくような、もう一発。

 衝撃で、再び地面に倒れたことに気づく。


 ……ああ、もう──


 意識が遠のいた時だった。


「ご主人さまっ! ご主人さまあっ‼ あ、あ……あおおおおおおおおおおんっ‼」


 夕暮れの赤い世界を切り裂く、大気が震えるような遠吠え。

 びりびりと体が震えるような、その遠吠えと共に、

 長い毛並みをなびかせる、美しい狼が立っていた。


 射撃音は聞こえなかった。


 ただ、夕映えに輝く、気高き金色の狼が、そこにあった。

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