第21話:StG44、これが噂の新型歩槍か?

 組み立てられた多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーと、装填された弾を見て、ハンドベルクが満足げにうなずく。月の明かりに照らされたレンガ造りの兵器工廠こうしょうは、警備のかがり火だけがわずかに見える以外、人の動きは見られない。

 風もなく、静かな夜だ。実に都合がいい。


「いきますぞ、点火ぁっ!」


 相変わらず凄まじい音を立てて、六連装の発射筒から噴進ラケート榴弾グラナーテが次々かっ飛んで行く!


「……おお~、吹っ飛ぶ吹っ飛ぶ。ありゃ、弾薬庫に誘爆したな」

「ああ~っ! 僕の、僕の愛するKarカラビナ98クルツ歩槍ゲヴェアが~っ! ちょっと出来ない子だけど愛おしいヴァルターGewゲヴェア43がぁあ~っ!」


 火柱を上げる兵器工廠こうしょうを見て手を叩くノーガンと、本気で涙を流して頭を抱えるフラウヘルト。歩槍ゲヴェアが得意でないノーガンと、狙撃手として様々な歩槍ゲヴェアを使いこなし愛するフラウヘルトの感性の差が、如実に表れている。


「遊んでいる暇はないぞ、次の一波装填!」

「ほいさぁ!」

了解ヤヴォール


 嬉々として次の弾を準備し始めるハンドベルクとノーガン。

 間髪入れず、再び六発の火の玉が凄まじい音を立てながら、既に瓦礫になりつつあるレンガの建物をさらに吹き飛ばしていく。


「ご、ご主人さま、いいの? あんなことしちゃって……」

「いいんだよ。お前は俺を信じてついて来るんだろう?」


 あえて笑ってやると、エルマードは一瞬ためらってみせたあと、微笑み返し、うなずいた。


「よし。分かったら次だ」




「ねえ、ご主人さま?」


 騎鳥シェーンを走らせながら、背中にしがみつくエルマードが聞いてくる。


「どうして、戻るようなことをするの?」


 先の歩槍ゲヴェア工廠こうしょうから、最終目的地「オシュトビッツ療養所」の逆方向に向けて騎鳥シェーンを走らせているのが、不思議だったらしい。


攪乱かくらんのためさ」

「どういうこと?」

「オシュトビッツまでの順路そのままに攻略していけば、その先が見えてしまうだろう?」


 俺の言葉に、エルマードは納得したらしい。ぎゅっと、しがみついてくる。


「……ご主人さま、それで、ボクを置いてかずに、連れてきてくれたわけは?」

「何を言っている? お前を今まで、置いていったことがあったか?」

「あったよ。砦の時」


 言われて苦笑する。そういえば以前、エルマードを、狙撃班の補佐に配置して後詰めに回したことがあったか。


「それに、リィベルちゃんはこっちに連れてきてないもん。まっすぐオシュトビッツに向かわせてるよね?」

「あの子は戦闘要員じゃない。だがエルマードは、俺の頼もしい戦友だからな」

「戦友……?」


 いぶかしげに問い直すエルマードに、俺は笑った。そこを気にするのか。


「何より、大事な従者だ。そして従者は主人を助けるものだ、そうだろう?」

「あ……うん!」


 背中に顔をこすりつけてくる。うれしかったようだ。そういうところもまた、愛らしい。

 彼女のぬくもりを感じながら、俺は並走する仲間たちに声をかける。


「ロストリンクス! あとどのくらいだと思う!」

「このまま、休憩込みで走り抜けるとして、今晩には着くかと!」

「爺さん! 体力はもつか!」

「そう思うならもう少し、年寄りを労わる行程を提案せんかい!」

「よし、減らず口が叩けるなら、まだ大丈夫だな!」

「まったく、我らが隊長殿はこき使うのがお上手で!」

「分かった! お前は爺さんハンドベルクがへばったら担いで走れ! 望み通りこき使ってやるぞ、ノーガン!」

「やれやれ! 女の子も歩槍ゲヴェアも、騎鳥シェーンだってご褒美が無きゃすねるんですよ!」

「だったらフラウヘルト! 噂によると次の工廠こうしょうは、最新鋭の歩槍ゲヴェアを製造中らしいぞ! そこから気に入った奴をかっぱらってこい!」

「報酬が現地調達って、それ蛮族のやり口ですよっ!」

「いいんだよ! 昨夜の工廠こうしょうでも見ただろう! おかげで当分、弾には困らない!」


 昨夜の工廠こうしょう襲撃では、焼け跡からネーベルラントの制式弾であるモーゼル弾だけでなく、303アルヴォイン弾も大量に見つかった。つまり敵国の弾も生産していたのだ。

 いいように解釈すれば、鹵獲ろかく兵器を使えるように、ということだろう。だが、本当にそれだけだろうか。




 今回の襲撃目標はヘーネル兵器工廠こうしょう多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーをぶっぱなし、盛大に工廠こうしょうを吹き飛ばしたところで襲撃、という手はずも、昨夜同様だ。


 だが、噴進弾はその性質上、どうしても軌道にブレが出る。館も含め、やっぱり周りはとんでもないことになっていた。


 昨日の今日で警戒情報が流れていたらしく、兵器工廠こうしょうの敷地内には警備兵が大幅に増やされていたようだが、爆炎と爆風の暴威に敵う者はなく、俺たちが襲撃するころには、右往左往して逃げ惑う兵士ばかりだった。


 俺たちは館近くの茂みに集合した俺たちは、騎鳥シェーンから降りて待機し、襲撃の機会を伺う。炎上する館に照らされて、黒いフードマントの下の軍服──アルヴォイン王国・・・・・・・・軍服・・カーキ色・・・・・が、鮮やかに浮かび上がる。


 俺とロストリンクスはヴィッカース・ベルチェー機械化マシーネン歩槍ゲヴェア。あとの者は全員、リエンフィールズ歩槍ゲヴェア──王国製の装備で武装済みだ。ああ、悪だくみ・・・・ってやつだ。


「よし、そろそろ遅延発動の最後の一波が来る。巻き込まれないように、頭上の注意を怠るな」


 ロストリンクスの言葉に、全員がうなずく。


「それにしても連中、自分たちを襲った火の玉が迫撃戦槌ヴェルファーなのか、それとも法術なのか、その違いも分かっていないようだな」

「なんせワシの渾身の新作じゃからのう!」


 俺の言葉に、得意げに髭をなでるハンドベルク。

 確かに、迫撃戦槌ヴェルファーなら、音を立てて炎を曳きながら飛んでくることなど無い。こいつはハンドベルクが開発した、彼が言うところの噴進ラケート榴弾グラナーテなのだから。


「そういうのって、分からないものなの?」


 不思議そうに聞いてくるエルマード。


魔煌レディアント銀の結晶が誘爆してるんだ、ただの炎ではないのは分かってるさ。ただ、それが法術によるものなのか、魔煌レディアント銀の結晶に呪印を刻んだ兵器によるものなのかは、判別が難しいってだけだろうな。見ろ」


 なかば瓦礫と化してしまった館の周りのあちこちで、青白い光の壁が展開され始める。エルマードが指を差して聞いてきた。


「あれは?」

「法術に対する対抗呪印だ。あの壁に触れると、法術によって生成された現象がかき消されてしまうのさ。戦場で法術が廃れた原因だ。しかしこの壁は、弾丸や迫撃戦槌ヴェルファーには無力だ。素通りしてしまうのさ。……来たぞ!」


 青い光の壁は、あくまでも法術によって生成された現象を中和してかき消すものであり、飛来する鉛の弾や、撃ち出されて飛来してくる榴弾グラナーテを止める力はない。


 噴進ラケート榴弾グラナーテに関しては、もし着弾までにまだ噴進用の呪印が有効であれば、それは無効化されるだろう。だが、勢いのついた弾体がそこで止まるはずもない。そのまま、通常の榴弾グラナーテ同様に突っ込んでいくはずだ。


 そう。

 凄まじいうなりを上げて飛んでくる、遅延発動した最後の一波!

 あの攻撃は、連中が展開した青白い光の壁を、こともなげに粉砕するのだ!


 まずは一発──ちょうど法術の対抗呪印が展開されていた光の壁を、何事もなく貫き炸裂する!


 爆発音、ここまで届く衝撃、悲鳴と怒号!

 さらに次々に飛来する火球に、連中の混乱が加速する。

 

「総員騎乗! 手榴弾グラナートは持ったか!」


 雨あられと飛来する火球に、もはや現場にとどまる警備兵などほぼいなかった。実に都合がいい。


「俺たちの姿を見せつけろ! さらけ出せ! ──総員突撃!」




 第四波の攻撃で、ついに警備兵たちは現場を放棄したらしい。俺たちは広い工廠こうしょうの中を散って、縦横無尽に駆け回る! まだ燃え残っていそうな所には、エルマードが手榴弾グラナートを投げ込んで破壊! 


 その瞬間、手榴弾グラナートではありえない連続爆発!


「うわっ、誘爆したか! ──エル! 無事か!」

「ボクは大丈夫!」


 その声に安心しながら、ヴィッカース・ベルチェーを意味もなくぶっ放す!

 そろそろ弾切れかと思ったとき、エルマードが崩れた壁の奥から、いくつもの木箱があふれてきているのを見つけた。


「ご主人さまっ! あれ!」


 駆け寄ってみると、それは歩槍ゲヴェアだった。

 燃え上がる炎の中で黒光りするそれは、しかし見たことのない形をしていた。形状からすると、どうやら機械化マシーネン拳槍ピストールのように見える。


 だが、そばには付属品と思しきスコープも落ちている。機械化マシーネン拳槍ピストールならば、拳槍ピストールの弾をばらまく、近接戦闘用の法術ザウバー火槍バッフェ。スコープなどいらないはずだ。


「なになに……? StG44──突撃シュトルム歩槍ゲヴェア44、これが噂の新型歩槍ゲヴェアか?」


 一つ、手に取る。ずっしりとくる重さ。そばに落ちていたやや湾曲した弾倉を装填する。引き金を引くと派手な音と共に連射できたが、ヴィッカース・ベルチェーとは違って比較的反動が小さく、扱いやすく感じた。ほぼ直線の槍把ストックのおかげだろうか?


「……これはいい。エル、お前も使ってみろ」


 そう言って持たせてみたが、エルマードにはやや荷が重いようだった。単発式の歩槍ゲヴェアならともかく、連射の衝撃を制御しきるのは、彼女の体格には難しかったようだ。


「まあいい、これは使えるぞ。エル、いいものを見つけてくれた」

「えへへ……ご主人さま、お役に立てた?」

「ああ。実にいい拾い物だ」


 その時、「隊長、何してるんです!」と、反対側から駆けてきたのはフラウヘルトだった。その後ろから、さらに発法音が響いてくる!


「ケツ喰われてます! しつこいのが可愛いのはカワイコちゃんだけだってのに!」

「お前っ……! クソッ、エル! そこの陰に隠れろ! 迎え撃つ!」


 俺はヴィッカース・ベルチェーを構えると、フラウヘルトの後ろから追ってくる連中に向けてぶっ放す!


「うわっ! 隊長! かすりましたよっ!」

「俺じゃない、後ろからだろ!」

「隊長の弾ですって! 僕を殺す気ですか!」


 わめきながら飛び込んできたフラウヘルトに、新型歩槍ゲヴェアを押し付ける。


「ほら、新型だ! 付属品にスコープもある! 適当に拾って使え!」

「拾ったばかりのスコープなんて、調整もクソもないですから使えませんよっ!」

「だったらまた今度調整しろ! 今は奴らを追い散らせ!」

「ああもう!」


 わめきながらStG44をぶっぱなし始めるフラウヘルト。


「……これはいいですね、反動が小さいから狙いやすい! 狙撃に使うにはちょっと短射程ですけど!」

「いいからぶっ放して追い散らせ!」


 言いながら、防御用の手榴弾グラナートを目いっぱいの力で放り投げる!

 しばらくの沈黙のあと、破裂音と共に付近の瓦礫に何やら飛び散る音。


「……おいおい! 遮蔽物がなかったら、下手したら俺たちまで死んでるぞ! なんて物騒なものをこしらえたんだ、ハンドベルクの奴!」


 だが、これで向こうさんは沈黙したらしい。


「よし、今だ! 歩槍ゲヴェアを捨てろ、脱出する!」

「待ってくださいよ! こんないいもの、捨てていくのは惜しいです!」


 そう言って、フラウヘルトが歩槍ゲヴェアと弾薬箱を二つ、騎鳥シェーンにくくり付け始める。


「重いものを持ったら動きが鈍くなる! せめて弾は置いていけ!」

「だめですよ! 見てください、これは明らかに通常弾ではないです! おそらく専用に作られた短小クルツ弾、補給がききません! いくらいい歩槍ゲヴェアでも、弾が無ければただの筒ですよ!」

「死にたいのか!」

「報酬は現地調達、隊長が言ったんですからね!」


 あきれる俺に、「ほら、隊長も! 後で良品を選別しますから、歩槍ゲヴェアもスコープも、いくつか拾っておいてください!」と押し付けられる。


 結局、持ちきれない分はで処分することにし、脱出した。

 だが、StG44の木箱が雪崩れてきている壁の向こうを確認することもなく、適当に手榴弾グラナートを投げ込んだのがまずかった。しかも、強力な爆裂術式が刻まれた、防御用のものを。

 どうも壁の向こうには出荷待ちの歩槍ゲヴェアや弾薬が大量にあったらしい。手榴弾グラナートの爆裂術式の呪印に反応し、その術式を反映して恐ろしい誘爆を引き起こしたのだ。飛び散った魔煌レディアント銀の結晶はさらに誘爆を呼び、最終的に凄まじい大爆発が発生した。


 いや、本当に、今度こそ死ぬと思った。なにせ、全力疾走中の騎鳥シェーンが浮いたくらいだぞ? よくぞ転倒せずこらえてくれたものだ。

 俺とエルマードの二人を乗せ、さらに弾薬箱まで背負わせてしまったうえで走り切ったヴィベルヴィントの奴には、あとで美味い餌をたらふく食わせてやろう。


「あの誘爆は、隊長のせいですからね。貸しですよ」

「あんな誘爆をするなんて、誰が予想できるかっ!」


 煤だらけになった俺たちを出迎えたのは、一足先に脱出していた面々だった。


「……さすが隊長ですね。恐ろしいお人だ」


 ロストリンクスが、いまだに誘爆が止まらず爆発が止まらない──飛び散った先でさらに爆発を続ける地獄絵図を描き出す元工廠こうしょうを見下ろしながら、顔を引きつらせている。ノーガンも無言で、爆発と炎に包まれている工廠を見つめている。おなじく、顔を引きつらせて。


「だって、ボクのご主人さま、だもんね」


 なぜか妙に誇らしげなエルマード。


「ワシのことを爆弾魔とか呼ぶ隊長の方が、よほど爆破魔じゃのう」


 ハンドベルクも、実に楽しげに笑う。

 いや、本当に偶然なんだっ!

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