第20話:悪だくみの時間をはじめようか

「今度はどこに行けと言われたんでさ」

「今度は少々厄介だ。単純に吹き飛ばせばよかった前の仕事とは、根本的に違うんでな」


 トニィは、俺たちがこれまでに少人数で潜入・破壊活動をしてきたことに興味を持ったらしいのだ。


「エルマードにも関わる話だ。ラフェンズブルク療養所、というのがエルマードのいた場所だが、これに似た場所として、オシュトビッツ療養所、というものがあるらしい」

「オシュトビッツ? ──聞いたことがねえですが、オシュトってことは、東の方ですかい?」

「隣接するポーレン伯爵領のオシュトビッツ村にあるらしいんだが、少々遠いな」


 地図を開いて見せると、覗き込んだハンドベルクが「これは確かに、遠いのう」とうなる。


「こんな、山を超えた先の村に、いったい何があるんです?」


 ノーガンが、道をたどるようにして指を滑らせながら聞いてくる。


「噂に留まる話なんだが、どうもこの村にある療養所が、いわゆる『ベイターインク』と呼ばれる機関の中核をなす施設ではないかと、トニィ──レギセリン卿は考えているようだ」


 あくまで噂だが、女性、特に若い少女たちがこの村の療養所に集められているらしい。療養所とはいうが、収容所を彷彿とさせる高い塀に囲まれていて、その建物の一つにはやたらと高い煙突があるという。炊事の煙とはどこか違う、黒い煙がいつも上がっているらしい。


「煙突? 煙突くらい、どんな屋根にもついているものじゃないのかな?」

「確かにフラウヘルトの言うとおりじゃが、煙突だけが高々としている建物なんて、そうそうあるものでもあるまいて。例えば、精錬所とかな」


 ハンドベルクの表情が厳しい。


「不気味な点は、その煙突が、いつも煙を吐いている点だ」

「煙くらい、煙突ならば吐いていて当然では? 炊事だってするでしょうに」


 ノーガンの問いに、俺はうなずきながら、しかし続ける。


「確かにそうかもしれんが、それなら炊事の時間に限られるはず。それに、むやみに煙突だけを高くする必要はない──そういうことでやすね?」


 ロストリンクスの言葉に、俺はうなずきながら、奥歯を噛み締める。

 ──そうだ。常に黒い煙を吐き続ける、高い煙突。


「もう一つ。その噂が不気味なのは、女性たちが集められているという話は聞くのに、そこから出てきた女性がほとんど見られない、という点だ」

「出てきた女性が、ほとんどいない?」


 エルマードの顔に、緊張が走る。


「その機関が本当に『ベイターインク』だった場合……リィベルの姉がそうだったように、乙型おつがた金物かなものが実用化しつつあると考えれば、……俺には、恐ろしい想像ができてしまうんだよ」


 人間の錬気オド生成能力を格付けし、好成績の者を集めて研究する機関。

 好成績の女性を解体し、その臓器を使って錬気オドを生成させ、魔素マナに変換する研究。

 女性の臓器を詰めた、錬気オドを生成するための使い捨ての箱。

 直列に連結した箱が生み出す魔素マナを使って、法術を行使したリィベル。

 いまも女性を集めており、しかしそこからほぼ出てくることのない館。

 そして、高い煙突が常に吐き続ける、黒い煙。


「すべてがつながると、思わないか?」

「……女たちはそこに集められ、解体され、不要な部分は燃やされている……そういうことですかい? ……さすがにそこまでは、と思いたいでやすが……」


 俺の意を汲んだロストリンクスの言葉に、ハンドベルクは黙って首を振る。


「……結果だけを求めて技術にのめり込んだ人間は、何をしでかすか分からん。結果を出すためなら、悪魔と手を結ぶこともためらわんじゃろう」

「で、でも、ボクがいたラフェンズブルク療養所に、高い煙突の建物だなんて、そんなもの、なかったと思うけど……」


 エルマードの顔が青ざめている。彼女もリィベルたち同様、ラフェンズブルク療養所にいた。リィベルの姉は、乙型おつがた金物かなものとして箱詰めにされていた。エルマードも、もしかしたら同じような運命をたどっていたかもしれないのだ。


 彼女は「特甲種こうしゅ」という、高い能力を持つ希少種だ。だからこそ、リィベル同様に「繁殖用」として有効に活用する道を見出され、箱詰めを回避できただけだ。


「リィベルの姉のこともある。ラフェンズベルクでも、おそらく処理そのものはあったのだろう。オシュトビッツの療養所とやらは、ラフェンズベルクをモデルケースにして、より効率・・よく・・処理・・できる・・・施設として作ったのかもしれない」

「効率よく処理って──女の子を? 食肉みたいに? ……あってたまるか、そんな施設!」


 フラウヘルトが、吐き捨てるように言う。俺も全く同じ気持ちだ。ミルティを──婚約者を、そうやって失ったのだから。


「俺たちがこの屋敷に来てから、たったひと月足らずの間に、噂とはいえ、情報が集まってしまうくらいだ。もちろん、レギセリン卿の情報網が優秀なのだろうが、俺たちが集めてきた情報も、無駄ではなかったということだ」

「……ですが、自分たちは……」


 ロストリンクスが歯を食いしばる。


「……自分たちは、王国の豚どもをぶちのめすために戦ってきやした。そう信じてきやしたが……オシュトビッツはポーレン伯爵の領内、我らがラントにおいて、それなりの地位を占める貴族の領内……」


 肩を震わせる彼が言わんとすることは、分かる。


「……隊長のおっしゃる王立法術研究所の『ゲベアー計画』、エルマードが所属していたという東方関門軍オシュトバーリア第73部隊1番班の話。リィベルの嬢ちゃんのラフェンズブルクの話と、あの露天掘りの現場にあった箱とその中身……。つまり、自分たちは……」

「言うな。俺たちはただ、祖国の正義を信じていた。それだけだ」


 俺は、エルマードの話と以前潜入した砦で入手した資料、先日捕らえた研究者の話から、この非道な研究の主体者が誰かということを、もう大体理解していた。


 だが、ロストリンクスをはじめとした面々にとっては、少なからぬ衝撃だったようだ。無理もないだろう。自分が所属してきた主体が、非人道的な研究に手を染め、しかもそれが実用化間近だったなど。


 もちろん、俺もある程度、彼らと情報を共有してきた。だが、今まで対峙してきた相手は、あくまでも王国の人間が主体だった。先日襲撃した研究所だって、敵である王国兵が占領した地域の建物を接収し、ネーベルラント人研究者を使って研究させていた、という形だった。


 つまり、あくまでも「王国」という憎むべき敵の勢力下において、不本意ながら協力せざるを得なかったラントの住人、という図式が成立していた。


 しかし、真実は逆だった。ネーベルラントがまず魔煌レディアント銀の単純利用による歩槍ゲヴェアを開発し、他国がそれを模倣した。

 さらに、魔煌レディアント銀の枯渇を予見した王立法術研究所が、人間の錬気オドをどうにかして法術に転用できないかということを思いつく。

 そしてそれが狂気のレベルまで推し進められたのが、かの「ゲベアー計画」であったというわけだ。


 それがどうして王国側まで同じような研究をしているのか、その経緯は不明だ。しかし、戦争をしている当事者の二国が同時に同じような研究をしているのは、まぎれもない事実。


 なんとしてでも、この悪魔の研究を滅ぼさなければならない。土地を食い荒らし、人を燃料に変える、この悪魔の研究を。


「すでに、馬車の手配は済んでいる。オシュトビッツの管理者への手紙も、準備済みだそうだ。俺たちはこれから、『拾い物』を届けるという体裁でオシュトビッツに向かう」

「なるほど、レギセリン卿の使者として、視察という名の偵察に行くわけですね」


 ノーガンの言葉に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。


「ああ、そう偽装・・する」

「……偽装?」


 首をかしげた面々を見回すと、俺は大きく息を吸った。


「俺たちのこれまでの実績を、トニィ──レギセリン卿は高く買ってくれたようだ。今回も頼んだぞ」

「やれと言われればやるだけでさ。で、隊長。今度はどう、暴れるんです?」


 ロストリンクスの言葉に、俺は地図を指で示す。


「今回の最終目標はここ、オシュトビッツをぶっ潰す。ただし、その前に、そもそもやっておきたいこともあってな。少し寄り道になるが、……この国が、そもそもこの戦争の引き金となるものを作り出した──それをこそ、まずは何とかしなければならないと思わないか?」


 フラウヘルトが、あきれたように肩をすくめる。


「隊長は、まあ騎兵槍ランス騎兵突撃チャージしてハチの巣になる趣味がおありなんでしょうからいいんでしょうけど、そこをぶっ潰したら、僕の狙撃手としての存在意義が無くなりそうなんですけど?」

「だが、レギセリン卿が所属するネーベルラントが率先して軍縮を訴えなきゃ、説得力はないだろう?」

「軍縮って……。隊長、ただの兵器工廠こうしょうが潰されるだけでしょう?」

「俺たちが起こす騒動をどう料理するかは、レギセリン卿の腕の見せ所さ」

「酷い話だね、自分は好き勝手に暴れて、その尻ぬぐいを恩人に押し付けるなんて」

「女たらしのフラウヘルトにだけは言われたくないな」

「隊長、僕は女の子たちに、僕との楽しい時間という夢を与えているんだよ? 一緒にしないでもらいたいね」


 ゲラゲラと笑い声が起こる。「いずれにしても、そのツケをどちらも相手に押し付けてる時点で、二人ともろくでもねえ奴だ」とノーガン。

 俺も笑いを収めると、皆を見回した。


「さて、ひとしきり笑ったところで──さあ、悪だくみの時間をはじめようか」




 馬車で揺られて五日ほど。レギセリン領と隣接するポーレン伯爵領シュペア村には、「なぜか」騎鳥シェーンが都合よく繋がれていた。


「不思議なことがあるものだなあ、はっはっは」

「あはは……」


 ひきつった笑みを浮かべるエルマードだが、ほかの連中はそれを当たり前のように「受領」する。理由は不明だが、トニィが俺に譲ってくれた騎鳥シェーンも、「なぜか」一緒に繋がれていた。


「たまたまレギセリン卿の屋敷の鳥房から泥棒に盗まれて、たまたまここにつないでいたのを、たまたま俺たちが発見することになったのだろうか。いやあ、驚きだ。天はときにいきな計らいをするものだなあ!」


 真に受けているのは、馬車の中に居残っているリィベルくらいだろう。なぜか感謝の祈りを神に捧げ始めている。

 そんな偶然があるわけないだろうに。全部、トニィの奴のお膳立てだ。いよいよ始まったのだ、変わり者たちが牙を剥く時が。


「これから『たまたま』散歩しようという時に、なんという偶然なんだろう! いやあ、偶然ってありがたいなあ!」


 我ながら白々しく笑ってみせたあと、俺たちは「なぜか」馬車の中に積んであった装甲を、手分けして騎鳥シェーンにくくりつけていく。最後に鞍をつける。もちろん二人乗り用の鞍で、刻まれている銘は「旋風ヴィベルヴィント」。この鳥の名だ。


 この村からやや下ったところにある工廠こうしょうは、ネーベルラント最大の歩槍ゲヴェア工廠こうしょうとされている。フラウヘルトが愛用するKarカラビナ98クルツ歩槍ゲヴェアも、ここが最大の生産拠点らしい。おなじ王を戴く貴族の領内を荒すことにはいろいろ思うところもあるが、もはや作戦は始まっている。


 前回、露天掘り鉱床で猛威を振るった、例の火器の準備もばっちりだ。まだこいつの脅威は、誰にも知られていない。

 投射時のすさまじい音を除けば、噂に聞く恐るべき火球投擲術「陽弾擲撃破ソーラーアサルト」に似ているらしいから、法術による攻撃とごまかすこともできるだろう。


 それを分解し、手分けして騎鳥シェーンにくくりつけてある。構造自体は単純だから、騎鳥シェーンさえいれば運ぶのも手間じゃない。


 騎乗しようとすると、ヴィベルヴィントの奴、みずから脚を曲げ、地面に座った。乗れ、と言いたいらしい。名前は荒々しい奴だが、よく訓練されている。


 鳥にまたがると、エルマードも飛び乗った。「よろしくな、相棒」と鳥の首を撫でると、無言で立ち上がる。どこまでも頼もしい奴だ。


「よし。全員騎乗したか?」


 見回すと、全員が完全武装の軍装騎鳥クリクシェンにまたがり、こちらの指示を待っていた。


「さあ、暴れるぞ」

了解ヤヴォール!」

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