第18話:俺は生きる、彼女と共に未来を

 焚火を囲むようにして、俺は夜空を見上げた。

 もうすぐ夜明けだ。伝令として走ってもらった兵は、今どのあたりにいるだろうか。


 それにしても、我ながらとんでもない夜だった。襲撃を受けた連中も災難だっただろうが、仕掛けた俺のほうも、まさかこんなとんでもない兵器が誕生するとは思っていなかった。


 部下も、トニィがつけてくれた兵たちも、そして捕虜どもも、ぐったりと折り重なるように眠っている。

 見張りの交代までもうしばらくだが、怪しいそぶりを見せたら即射殺、大人しくしていれば最大限の温情を約束するという言葉は、捕虜どもにもなかなか鋭く突き刺さっているらしい。どいつもこいつも、うるさいイビキを立てて眠っている。

 機械化歩槍ヴィッカース・ベルチェーの出番は、今夜はもう、なさそうだ。


「……ご主人さま?」


 もぞもぞと毛布が動いたかと思ったら、エルマードが体を起こした。彼女には見張り役など当てていないというのに。


「なんだ、エル。起きたのか? 夜明けまで、もうじきだ。それまで寝ていろ」

「ご主人さまは……?」

「俺はいい、慣れている」


 エルマードは何かを考えている様子だったが、起き上がると、毛布を羽織るようにして俺のそばに来ると、「えへへ、ご主人さまも一緒」と言って俺にも毛布をかぶせるようにして、隣に座った。


「寝てろと言っただろう?」

「ボクがこうしていたいの」


 そのまま身を崩すように、俺のももに頭を乗せる。

 彼女のふわふわの金色の髪をなでると、一度はくすぐったそうに身をよじってこちらを見上げたあと、微笑んで、また身を預ける。


 少し太めの木の枝を放り込むと、赤い火の粉が飛び散った。

 ちらちらと輝きながら、火の粉は夜空に消えていく。

 二人でしばらく、無言で焚火を見つめていた。


「……ご主人さまって、やさしいね」

「優しい?」

「うん。……残酷なやさしさ」


 エルマードは焚火を見つめながら、そう言った。


「リィベルちゃんには、いつ言うの?」

「お前の姉は臓器の一部を箱に詰められて、君の法術の燃料にされていました……なんて、言えると思うか?」

「……そう、だね……」


 ラフェンズブルク療養所とかいうところに一緒に収容されたという、リィベルの姉。しかしラフェンズブルク療養所というのは、エルマードをはじめとした、選別された女性たちが監禁されていた場所だ。


 エルマードや一緒に収容されていた女性たちは、特に甲種こうしゅ実験材料としてそれなりに大事にされていたらしいが、それにしたって、「家畜」としての尊重だ。


 事実、俺の婚約者だった女性も、女性の子宮ゲベアー魔素マナの生産装置に使う悪魔の研究「ゲベアー計画」によって、甲種こうしゅとして選別されていたらしいが、その末路は悲惨だった。

 秘匿名「こう標的ひょうてき」──解体され、その臓器を金属製の箱に詰められたのだ。「非常に優秀」という評価を受けながら。


 希少な甲種こうしゅ扱いの女性で、それだ。それ以下の乙種おつしゅの扱いなど、まさにモノ同然だっただろう。


「……エルは、あんなことをするべきじゃないと思ったか?」

「んう? ……ボクは、ご主人さまの判断を信じるよ」


 俺の腿に頬をこすりつけるようにしながら、エルマードは「ボクも、そうしてたと思うし」と答える。

 そうだった。彼女は、俺が婚約者の「箱」を見つけて取り乱していたとき、言ったのだ。


 ──もう……生き・・終わらせて・・・・・あげようよ。


 そう言って、そこにあったすべての「箱」を焼き払ったエルマード。

 愚問だった。「あんなことをするべきではなかった」などと、彼女が思うはずがないのだ。


 あんなこと──つまり「箱」に詰められた女性たちを、「生き終わらせる」こと。


 リィベルが眠ったあと、俺はエルマードのザックから、手榴弾グラナートをいくつか取り出した。防御・撤退用の、爆裂術式を刻んだもの。


 防御・撤退用のものは、本来、遮蔽物の影に隠れたり、その場から離れたりしながら投擲する。爆風や破片によって、敵を薙ぎ払う仕組みだからだ。


 その威力を利用して、俺たちは、例の「箱」を吹き飛ばした。一撃で確実に破壊し尽くすために、ハンドベルクの手も借りて。


 本当は、一人ひとり、丁重に葬るのが一番なのだろう。

 だが、今の俺たちにそんなことはしていられなかった。

 手榴弾グラナートで破壊して、土を被せるのが精一杯だったのだ。


 これ以上、彼女たちがモノとして利用されないために。 


「……いや、リィベルに伝えるべきかどうか、悩んでいてな」

「悩む? どうして?」

「リィベルは姉と会えていないだけで、この採掘場のどこかで、無事でいると思っているはずだろう?」


 俺の言葉に、エルマードは身を起こした。


「ボク、あの子は知ってる・・・・んじゃないかなって思うの」

「知っている? まさか……」

「箱詰めにされるってことがどういうことか、それは分かってないかもしれないけど、でも、生きてるって信じてるんじゃないかな。箱の中で」

「馬鹿な、あんなちっぽけな箱で、だぞ?」


 さすがにそれはないだろうと思ったが、エルマードはじっと俺を見つめると、少し目をそらして、続けた。


「……だって、ご主人さまだって、ボクが燃やすまで、その……恋人さんが、中で生きてるんだって、そう思ってたでしょ?」


 その言葉に、心臓を鷲掴みにされるような痛みを覚える。

 ──そうだった。俺だって、ミルティが箱の中で生きているという、どうしようもなく絶望的な希望にすがってしまっていた。どんな形であれ、生きていると。


「……ごめんなさい。ボク、あの時、ご主人さまがどんなに悲しんでたか、分かってて、その……」

「いや、いい。あの場でのエルの判断は正しかった。俺が、どうしようもない感傷にしがみついていただけだ」


 でも、と言いかけた彼女を、そっと抱きしめる。

 悲しみを背負っているのは、俺だけではないのだ。

 エルマードだって悲しみを、背負っているのだから。

 それでもなお、俺のそばで、共に生きると誓ったのだ。

 ならば俺にできることなど、ただ一つ。


 彼女と共に、生きる。


「……ご主人、さま……? んむ──」


 パチパチとはぜる焚き火から身を隠すように、彼女が掛けてくれた毛布を、二人で頭から被り直す。

 その熱い吐息を唇に感じながら、華奢な体を抱きしめる。


 俺は生きる、彼女と共に未来を。

 全ての悲しみを、過去に変えて。




「やあ、本当にありがとう。まさか、こんなことになるなんてね」


 トニィが、屋敷の門まで出向いて俺たちを出迎える。伝令は次の日の早朝に、落ち合う予定の砦にたどり着いたそうだ。そこから俺たちを出迎えるために、あらかじめ準備してあった兵たちが俺たちを山の麓まで出迎えに来ていた。

 そこからさらに六日間の行程を経て、俺たちはトニィの屋敷にたどり着いた。


 行きは同じ行程を三日で踏破したから、捕虜を連れての移動はやはり時間がかかるのを実感する。同時に、軍装騎鳥クリクシェンの足の便利さを改めて噛みしめる。


「それにしても、君の部下は実に優秀だね。どうだい、みんな丸ごと、私の元に来てくれないか?」

「いや、この戦いが終わったら、俺はエルと一緒に畑でも耕しながら静かに暮らしたいんだ。戦いなんて、もう縁のない生活で」

「いや、それは実にもったいない。ぜひうちの領に来てくれないか。待遇は保証するよ」

「好意は受け取っておくよ」


 俺たちがそうやって和やかに話をしているというのに、後ろからそれを台無しにする勢いでうるさいのは、例の王国豚野郎である。


「私はこの横暴な男の悪行を告発するものである! レギセリン卿! この男は捕虜虐待を行う、騎士の風上にもおけぬ悪逆無道の男である! このような男を手元に置いては、卿の品格を疑われるであろう! その悪行を調べ上げ、すぐに告発すべきである!」


 こいつは何を言っているんだ?

 俺たちの会話を聞いてなお、それが言えるなんて。

 俺と親しくするトニィの品格が疑われるというなら、貴様と親交ある連中はみんなクソ溜めのウジ虫以下だ。


「レギセリン卿! 卿の御身を思えばこそですぞ! 仕える王は違えども、国の未来を憂う貴族として、まずはその男を──!」

「ヴァルテル。そこの騒がしい輩を、どこか静かになる場所に放り込んでおいてくれないか」

「かしこまりました、旦那様」


 で、騒ぎながら遠ざかっていく豚を見送りながら、トニィはため息をついた。


「先日はゲオログの不始末を片付けてもらい、今日また、国境ぎりぎりを狙うダニ退治……自分の領内を管理できていない未熟さをさらす思いで、じつに恥ずかしい限りだよ、アイン」

「そんなことはないさ」


 屋敷に戻りながら、俺こそため息をついた。


「俺の生まれ故郷のヴァンドグレイブ領だって、どうなっているか分かったものじゃない。基本的に田舎者で世間知らずだから、気が付いたら水源が切り取られていた、なんて十分にあり得る話だ」


 自分の領内の開拓に余念がないここですら、これだ。自分の故郷こそ、食い物にされていないか心配になってくる。


「まさか、と言いたいところだけれど、一概に笑い飛ばせない時勢だからね……」


 トニィは力なく笑いながら、手を上げた。


「本当は、自分で始末をつけなければならなかった。先陣を君に任せてしまっている形になったが、本当に感謝している。先の任官の話も、決して冗談ではない。深林伯がご子息の騎士に、男爵の元に下れ、というのは失礼だと重々承知の上で、もう一度言いたい。私に力を貸してくれないか?」


 トニィの力のこもった言葉に、俺は苦笑を禁じ得なかった。


「すまないが……」

「……そうか。分かった。だが、門戸はいつでも開いている。気が変わったらいつでも声をかけてくれたまえ」


 その言葉に、俺は彼の手をつかんで握った。


「そうだな、飯をたかりになら来るぞ? その恩返しに、何かをすることはあるかもしれないが」

「それで十分だよ、アイン」


 レギセリン卿トニィスコルト・デン・エィーガー。

 変わり者だとは前々から聞いていたこの男。彼とはその後、終生の付き合いになるとは、この時、思ってもみなかった。

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