第10話:領主貴族らしくもないやりかた
「
エィーガー氏の眉が、ピクリと動く。
「はい。大地から
俺の言葉に、エィーガー氏は難しい顔をしてみせた。何と答えればよいのか……そんな悩みを抱くかのような。
「ところで、私は貴族として志願し、王に奉ずる軍人としてこの戦いに参加しました。そこは、およそ『騎士道物語』の存在する世界ではありませんでした。無感動な死が支配する、地獄でした」
「……ええ、それは聞き及んでおります。我が領でも、幾人もの騎士が、帰らぬ人となりました」
沈痛な面持ちのエィーガー氏。やはりこの地方でも、犠牲者は出ているようだ。ということは、
「では、先ほどおっしゃられていた、『平民の無慈悲な鉛玉が全てを決める』というお言葉。その犠牲を強いているのが、騎士道物語の時代には無かった
俺の言葉に、エィーガー氏が顔をしかめる。
「そうですね……。
「それらの
「
エィーガー氏の言葉に、俺は「ええ、そうです」とうなずいてみせる。
「その
かつて、法術を使うために必要な必須装備は、
ところが
そうして、
「
そこまで言うと、エィーガー氏は嘆息と共に口を開いた。
「なるほど。それが先ほどの
「はい。この地方、もしくはこの近辺で、そのような噂を耳にしたことはありませんか?」
エィーガー氏は、しばらく俺の顔を探るような目をして、沈黙していた。エルマードが、そばでそわそわしているのが分かる。
だいぶ、長く感じられた沈黙のあと、エィーガー氏はソファに背を深く沈めて微笑んだ。
「……なぜ、その噂を気にされるのですかな?」
「今、戦場を支配する一番の武器は、
先日攻略した館の前に据えられていた、ヴェスプッチ合衆国製の
「おそらく、今後は単発の
「そうかもしれませんね」
「そうなると、今よりもさらに弾薬の消費は増えていくでしょう。そうなると、ますます
エィーガー氏は、目を細めた。
「つまり、
「はい。
俺は、エィーガー氏の目をまっすぐ見て続けた。
「自国の土地の
「……なるほど、分かりました」
エィーガー氏は、再びカップを口につける。ゆっくりとすすったあと、彼は小さく息を吐いた。
「確かに、そのような恐れは考えられますね」
「はい、ですから──」
「ですが」
彼は、首を振って微笑んだ。
「我々には知性があります。
……理解されていなかった。この地方や近隣諸国では、まだそのような被害が少ないのだろうか。
「
「ですが、採掘する土地ということは、農地でも、まして街でもないのではないですか? そうした土地が多少不便になったところで、大した影響は無いのではないでしょうか」
なんという楽観論なのだろう!
「私が知るところによると、深刻な
エィーガー氏は、俺の話を、微笑を浮かべながら聞いていた。
「
「さすがにそれは、心配のしすぎではありませんか?」
笑って見せるエィーガー氏だが、俺は語気を強めて続けた。
「近年の街は、上水・下水の水流機構も、高低差を利用したものではなく、
エィーガー氏の顔から、笑みが消える。
隣に控える執事に何か耳打ちをすると、彼は改めて俺に向き直った。
「……なるほど。
「いえ、疲れなど……! それよりも……」
さらに訴えようとした俺だったが、エィーガー氏は微笑みを浮かべたまま、話は終わりだとばかりに席を立つ。
……分かってもらえなかったのか。
どうしようもない無力感に
その時だった。
「おじさま、お話を聞いて?」
エルマードだった。
まっすぐ、エィーガー氏を見つめる。
その淡い青紫の瞳に、火が灯るような、そんな淡い光が宿った──そう思った瞬間だった。
「小娘……! 客人よ、失礼!」
エィーガー氏の執事が、それまでの物静かな物腰とは打って変わった勢いで身を乗り出し、エルマードの肩を掴み、彼女の体を床に叩きつける!
「ひぐっ……!」
宙を舞い、床に叩きつけられて悲鳴を上げるエルマード!
「な、何を……⁉︎」
「アインツァイト様、こちらの従者の素性は?」
厳しい目で問う執事に、俺は答えられない。
「申し訳ございませんが、この者を同席させることは、今後、お控え願います」
「それは……何故?」
「ご存知ないのですか? この者の──」
執事が険しい目で何かを言いかけた時だった。
「やめてぇっ!」
悲鳴を上げたのは、エルマードだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい! ボク、もう、アインさまと同席しません! しませんから、だから、だから……!」
床に額を擦り付けるような姿で、エルマードは床に這いつくばっていた。
「エル、どうしたんだ……」
「お願いします! ボク、もう絶対に、エィーガーさまの前に立ちません! もう二度と、こんなことしません! 約束します! だから、だから……!」
エルマードは涙を流しながら、這いつくばって訴え続ける。
執事は服を整え、しばらくそんな彼女を見下ろしていたが、「……アインツァイス様、従者の躾、よろしくお願いいたします」と、冷然と言い放ち、エィーガー氏と共に退室していった。
「エル……」
なんと言ってやればいいか分からないまま声をかけると、エルマードは泣きじゃくりながら、ひたすら「ごめんなさい」を繰り返した。俺が何を聞いても、ただただ、「ごめんなさい」を繰り返すのみだった。
寝室にあてがわれた部屋に戻った俺は、見る影もないほど萎れていたエルマードのことが気になって仕方がなかった。だが、エルマードと俺では部屋が分けられていて、彼女はメイドに促されて割り当てられた部屋に入ってしまった。
「……やっぱり、エルにちゃんと話を聞いておこう」
彼女の部屋に行くために立ち上がった時だった。
「アインツァイス様。お時間よろしいでしょうか」
ノックと共に入ってきたメイドから問われて、エルマードのことは気になるものの、館の主人からの求めとなると応じざるを得ない。構わないと答えると、部屋の移動を促された。
長い廊下を案内されて入った部屋にいたのは、エィーガー氏だった。
「先ほど話を聞いたばかりだというのに再度お呼び立てして、実に申し訳ない。腹を割って話したく思いましてね」
「腹を割って……?」
「ええ。領主貴族らしくもないやりかただとは思うのですが」
「領主貴族らしくもないやりかた……ですか?」
「でしょう? 笑顔の仮面を通して化かし合う貴族が、腹を割って、などと」
そう言って、エィーガー氏は酒を勧めてきた。
「実に興味深いと申しますか……誰も口にしなかったことを率直におっしゃった、あなたの話。もう一度、お聞かせ願えますか?」
「私の話、ですか?」
「ええ。この戦争の根幹を揺るがすお話──
どきりとする。さっきは信憑性を疑われて話を切り上げられたと思ったのに。
「私が知っている情報もお渡しいたします。ですからアインツァイス様。あなたも『ヴァルターリヒト家の人間』として、あなたが知っていることを、ぜひお話しいただきたい」
さっきまでの穏やかな目とは違う、エィーガー氏のぎらりと鋭い視線。俺は息を呑みながら、しかし改めて彼に向き直った。
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