第4話:俺達は未来を共に歩むのだから

「わ、私たちだって、好き好んでこんなことをしていたわけじゃない!」


 乙型おつがた金物かなもの──乙種おつしゅ丸太まるたを使った、「直列接続による増幅方式」を試行するための実験。それをここでは行っていたという話を聞いて、俺は再び吐き気を催した。

 エルマードも、あからさまに顔色を悪くしていた。必死にこらえていたようで、今度は吐かなかったが。


 なんのことはない。甲種こうしゅ適合──錬素オドを効率よく発生することができる、「上質」の素材となる女性など、そうそういない。

 そんなことに気が付いた研究者どもが、さらに悪魔の発想を巡らせたのが、この実験だった。


「つまり貴様らは、高性能な『素材』に巡り遭うことを期待するよりも、そこらにいる女を材料にすることを思いついたってわけだな。特に選ばれた女性でなくとも、いずれはごく一般の女性すべてを『素材』にすることを目論んだんだ!」

「そ、そんなことは……」

「女を『丸太』と呼ぶ貴様らが、そうしない保証があるはずないだろう!」


 弱々しく言い返そうとした連中に怒鳴り返す。

 そう。「乙種おつしゅ丸太まるた」、つまり「通常よりもやや優れた特性」をもつ女性に目を付けたのだこいつらは、そういった「ちょっと優れた女性」たちを解体し、それによって「乙型おつがた金物かなもの」を作り上げたのだ。

 そしてそれをいくつも直列接続し、取り出す錬素オドを増幅すればよいのではないか──それが、ここでの実験だったのだ。


 俺とエルマードが見つけた資料は、廃棄予定にあっただけあって、すでに古かったのだ。もはや特別な素材による特別な限定品ではなく、「やや高級な素材」を使った「量産品」への研究に移行しているのだろう。


 もしこれが実用化すれば、今度は普通の女性をも素材として転用するに違いない。「高級素材」でなくとも、やりようによって魔素マナを取り出す方法が確立されるようなものだからだ。


 とく甲種こうしゅのエルマード、とく乙種おつしゅの俺は、「希少な素材」を生産する「畑」と「種」として、素材量産のために活用しようという目論見だったらしいが、それと並行して、研究者のオモチャたる高級路線ではなく、「現実的な量産品」の道がすでに模索されていたというわけだ。


「……じゃあ、甲種こうしゅの女の子は? 集められた女の子たちは、どうなったの?」


 エルマードが、かすれた声で聞いた。

 そうだ、彼女と共に集められた女性たちは、順次、居なくなっていったという。エルマードが最後に残されたというだけで、いくら甲種こうしゅが希少とは言っても、実験で使い潰されていったのだろうか。

 ──それとも。


甲種こうしゅ丸太は希少だ。交配・・相手・・を厳選すれば甲種こうしゅが生まれやすいことも分かっている。大丈夫だ、安心してくれたまえ。たしかに初期の実験では解体していただろうが、今は本国に集められて、貴重な資源生産用として運用されているはずだ。多胎化の薬剤も進歩している。効率の良い繁殖に使われているはずで、何不自由ない環境で生活し──あびゃあっ!」


 みなまで言わせず、ぶん殴っていた。

 なにが「何不自由ない環境で生活」だ。


「『貴重な資源生産用』だと? 『効率の良い繁殖に使われている』だと⁉︎ お前ら、人をなんだと思ってやがる!」


 エルマードの話だと、彼女が収容された東方関門軍オシュトバーリア第73部隊1番班には、とく甲種こうしゅの彼女を始め、何人もの甲種こうしゅの女性たちが集められていたという。

 その中にはエルマードのような少女もいたという。その彼女たちを「資源生産用」として、「多胎化の薬剤」を用いて「効率の良い繁殖」の母体に使用している……!


「それの、なにが『大丈夫』で、どこが『安心』できる話だというんだ!」

「ご、ご主人さま、だめっ! 落ち着こうよ!」

「落ち着けるかッ!」               


 奴の話だと、幾人かは実験素材としてすでに解体されたかもしれないし、幾人かは「甲種こうしゅ素材を産むため」に「繁殖に使われている」のだ。おそらく今、この瞬間も。


「エル! お前も同じ目で見られていたんだぞ! なにが『好き好んでこんなことをしていたわけじゃない』だ! こいつらも十分に下衆野郎どもだ!」

「でも、それでも……! ご主人さま、だめだよっ……!」


 こいつらは戦いに勝利するためなら、魔煌レディアント銀だけでなく、国の女性をも狩り尽くすつもりなのだろうか。それとも、繁殖用の素材は確保してあるから問題はない、とでも言いたいのだろうか。


 こんな鬼畜のような研究をしてきた国を、それを統べる王を、俺は仕えるべき主として拝し、戦ってきたというのか!


「ボクのご主人さまは、強くて、優しくて、酷いことなんてしない人だよ!」

「俺は聖人君子でも何でも……!」

「ボクは信じてる! ボクが選んだご主人さまは、そういう人だって!」

「エル、俺はお前たちを利用して、自分の……!」

「それでも!」


 エルマードは、俺の胸に顔をうずめるようにして、叫んだ。


「それでも、ボクは信じてるの! ボクのご主人さまは、強くて優しくて、酷いことなんてしないひとだって!」


 その悲痛な叫びに、俺は、もう、何も言えなくなってしまった。


「……お前な。俺は、騎士で、軍人だぞ? 戦争で戦ってきた男だ、お前が知らないだけで、俺だって酷いことを……」

「それは、郷里くにのためだったんでしょ? ボクなんて、ボクを拾ったおじさんから食べ物もらうために、ひとごろし、してたんだよ?」


 まっすぐ俺を見上げるエルマードに、ますます何も言えなくなる。俺は「酷いこと」とぼやかしたのに、彼女ははっきりと言った。「人殺しをした」、と。


 彼女が自分の所業をはっきりと認めているのに、俺は逃げようとしたのだ。自分のやったことから。


「それにご主人さまは、ボクとか、ツヴィーやドーリィみたいな子をこれ以上増やさないために戦うって言ってたでしょ? ボクが知ってる限り、ご主人さまが戦う理由は、いつも自分のためじゃなくて、誰かのためだったよ? ボク、そんなご主人さまだから、ずっとおそばにいたいって思うようになったんだよ」


 買い被りだ。

 俺はそこまで「いい人」なんかじゃない。


 でもエルマードは、俺から離れようとしなかった。

 まったく、お前ってやつは。




「……終わりやしたか?」


 上から降りてきた俺を見て、ロストリンクスが眉をひそめた。


「……そこの五人は?」

「ここで女を加工していた奴らだ」


 途端にロストリンクスとノーガンが色めき立つ。


「隊長! だったらそいつらは……!」

「落ち着けノーガン。俺に考えがある。ロストリンクス、狙撃班に集合の信号を送れ」




「本当に、これで良かったんですかい?」


 ロストリンクスの言葉に、俺は努めて感情を出さずに返す。


「これでいいんだ」

「……ですが隊長、奴らはいずれまた歩槍ゲヴェアを手に取って、自分らの前に立ち塞がることになりますよ?」


 ノーガンも納得がいかない様子だ。その気持ちは、俺も分かる。

 雲が晴れた月明かりの中で、武装の全てを取り上げられた男たちがこの館をさっていく後ろ姿を見つめながら、俺自身、いまだに晴れぬ迷いを胸に抱えていた。

 自分でも、甘い判断だし偽善だとも思う。


「だが、それでも、俺は決めたんだよ。さっきも言っただろう? 俺たちには大義名分が必要だってな」


 それをついさっき自分で破ろうとしていたのだから、自分の決意など大した説得力を持たない。それでも、俺を踏み止まらせてくれたエルマードの思いに応えたかった。


 目隠しをされ、後ろ手に縛られて処断・・を待つ五人の白衣の男たちを見下ろしながら、ロストリンクスが言った。


「……隊長がそうおっしゃるなら、私は従うまでです。ノーガン、いいな?」

「……了解ヤヴォール

「じゃあ、やるぞ。機械化マシーネン歩槍ゲヴェア陣地にあった死体……数が一つ足りないが、そこは仕方がない」


 その時だった。


「隊長! フラウヘルトおよびハンドベルク、ただいま到着です。で、こいつら、なんなんです?」


 フラウヘルトたちが合流したのだ。

 手短に話すと、やはり二人は色めき立った。


「なるほど、それで処刑するんですね。今すぐやりましょう、女の敵は生かしておく利益がありませんからね」

「待て。まずこいつらに、外の死体を二階に運ばせる」

「二階? そりゃまた、どうしてです?」

「見に行けば分かる」




 やりきれない、といった様子でかぶりを振ったハンドベルク、そして意外だったのは肩をすくめてみせただけのフラウヘルト。

 ハンドベルクは手先の器用さを生かして多くの負傷兵の簡易手術を担ってきた男で、必要なら腐った腕や脚を切断することもままあっただろうし、フラウヘルトに至っては、狙撃手としてスコープ越しに人が死んでゆくさまを見つめてきた男だ。死体には見慣れているのだろう。


 ただ、戻ってきた二人が口をそろえて言ったのは、「なぜ兵士を解放したのか」だった。


「あの現場を作った連中を生かして帰すなど、ワシには無理だな」

「隊長は、せめて同じ目に遭わせてやろうとは思わなかったのかい?」


 予想通りの質問に、ため息をつく。


「俺もそう思ったさ。だが、下っ端の兵隊を血祭りに上げたところで、解決することなのか? 新たな補充兵を呼ぶだけだ。それよりも──」


 機械化マシーネン歩槍ゲヴェア陣地に倒れていた兵の死体を二階に運び込んでいる白衣の男たちを親指で示しながら、俺は続けた。


「──あの連中の研究を、俺たちは阻止しなければならない。ここは『甲標的ゲベアー』に関連する施設じゃない。それをさらに量産体制にするための研究をする施設──その加工工場だった」

「よし、殺そう。とりあえずそこの五人は皆殺しだね」


 笑顔で即答し、すぐさま歩槍ゲヴェアを構えるフラウヘルトに、俺は苦い思いでやめさせるしかなかった。


「ハンドベルク。幸い、弾薬がそれなりに残っている。これを使って、二階を焼き尽くすようなことは可能か?」

「……十分とは言えんが、まあ、配置の仕方じゃろうなあ」

「誰が誰だか分からない程度には黒焦げにできるか?」

「そこまでやるなら、燃料がいるじゃろう」

「燃料……」




 馬車から運び込んだ小麦の粉の下に、爆裂術式を仕込んだ即席榴弾を配置。わずかに遅れるように、爆炎術式が起動するようにした。


 その結果が、これだ。


 ドガアアアアアアン‼


 地面を、大気を揺るがす、すさまじい大爆発!

 窓という窓から爆風が撒き散らされ、爆発の中心部だった場所の屋根が凄まじい勢いで吹き飛ぶ!

 口笛を吹くフラウヘルト。


「これは、黒焦げとかそういう次元の話じゃないな」

「当たり前じゃ。なんちゅう恐ろしいことを考え付くのやら」

「爺さんが教えてくれたんだぞ、炭鉱の爆発事故の話」

「ずいぶん昔に話したきりじゃろう。むしろなんで覚えていた」


 定期便の馬車の中にあった小麦の袋を使って、爆炎術式の威力を飛躍的に高めることに成功したのだ。上手くいくかどうかの自信はなかったが、思いのほかうまくいった。


「……それでだ。お前たちには、協力してもらうことがある」

「協力……ですか?」


 白服の男の一人が、思いつめたような顔をする。どんな無理難題を吹っ掛けられるのか、といった様子だ。


「なに、簡単なことさ。『こう標的ひょうてき』『乙型おつがた金物かなもの』──その一切の情報を、洗いざらい吐いてもらいたいのさ。無論、その後の協力についても、そちらの意志に関係なく、な」

「……我々が知っていることなど、全体からすれば微々たるものだぞ?」

「それでいい。お前たちの命を一時預かりにした以上、俺達は未来を共に歩むのだからな。郷里さとの土地を枯れさせ、女たちを火にくべるような、悪魔の技術……。そんなもの、この世界に残していていいことなんて、何一つないんだからな」


 男は、苦悶に満ちた表情を浮かべたが、やがて、俺と手を握りかわした。


「……分かった。できるだけの力は貸そう」

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