ガンダムの人事評価。


 前領主のゾルガダ・ボンダンドールに代わり、弟のガンダムバリアン・ボンダンドールが着任し――実に三日が経った。


「――屋敷の手入れ、領主の身の回りの世話。

 それが貴女の業務内容で間違いないかな?」


「ええ、そうです」


 ガンダムバリアンの、陽気さの中に混じる威圧的な声に動じず――キヨ(48)は母性溢れる笑顔で応じた。


「なるほど……でもそうなると、君は明らかに賃金を貰いすぎだよね? 家政婦の相場のおよそ二倍だ。

 よもや、なにかでもしていたのかな?

 ……とにかく、僕は兄のように甘くはない。全て合理的に、結果で物事を判断する。取り入ろうとしても無駄だ」


「はあ……」


「そういうわけで、君の新しい給料はこれだ」


 そう言ってガンダムは一枚の給与明細をテーブルに滑らせた。

 そこに記載されている金額は、相場よりもかなり低い。


「いちおう、査定理由も説明しておこうか。

 ひとえに、能力不足だね」


「……能力不足、ですか?」


「そういう態度もね、どうかと思うよ。

 僕も自分より年上のおばちゃんを叱ったりしたくないんだよね、なんだか悲しくなるからさ。

 たとえば……食事だ。朝食、昼食、夕食……君が提供したのは三食。いいか? 量が多い食事を三回だ!」

 

 話しているうちに我慢ならなくなったのか、冷静さを欠いた様子のガンダムが二の腕のあたりをまくり上げる。


「僕の身体を見ろ! どこをどう見ても兄とは違う、立派なトレーニーの身体だッ!」


「と、とれーにー?」


「筋トレに励む人間のことだッ! 常識だろ!」


「ごめんねえ……お母さん、ちょっと横文字に疎くて……」


「チッ……これだから田舎のババアは……!

 とにかく、トレーニーの食事と言ったら一日六回なんだよ! じゃないとカタボリックを防げない上に血糖値の上下が激しくなっちゃうだろうが!

 それに、メニューも問題だ! あんな糖質だらけの飯、僕の筋肉を殺す気か!? というかコロッケにポテトフライって、旦那をメタボで殺したい専業主婦だって出さない組み合わせだろ!」


「で、でもボンダン……いえ、ゾルガダ様は……」


「僕はあいつじゃない!」


 ガン、と机を叩く。

 その音と痛みで我に返ったのか、ガンダムは荒い息を吐きながら「……失礼」とソファに深く腰掛ける。


「……とにかく、今この場で決めろとは言わないよ。けど、この給料が気に入らなければ辞めてくれないかな?

 貴女よりマシな家政婦を、貴女より安く雇うだけだから。貴女の代わりなんてね、いくらでもいるからね」


 そんな辛辣な台詞と共に、キヨは執務室を追い出されたのだった。


***

 

「キヨさんもやられちゃいましたか」


 顔を見るなり苦笑したのは、眼鏡をかけた若い男性である。


「ええ、ちょっと失敗してしまったようで……」


「まあ、気にすることはないですよ。僕も含めて、全員なにかしら文句をつけられて給料下げられてますから」


「あらま。シラベリエさんも?」


「ええ、まったく……横暴の一言に尽きますよ。

 単にコストカットしたいだけなのか、それとも退職に追いやりたいのか……。

 そこはまあ、分かりませんがね」


「それにしても、シラベリエさんほどの人が他にいるとも思えないですけどねえ」


「『前任者の評価はあてにならない。よって、これからの結果次第で再評価する』……だったかな。

 要するに、お兄さん……ゾルガダさんのことが気に入らないんですよ」


「まあ……よほど兄弟仲が悪いのかしらねえ」


「悪すぎですよ。

 なんせ、実の兄を北方送りにしてるくらいですから――」


「――あーもう、ムカつく!」


 そのとき、部屋に女性――ゼニエルが入ってきた。

 その憤懣やるかたない表情を見たキヨとシラベリエは、思わず顔を合わせて失笑した。


「ねえ~! キヨさんもシラっちも、なんで笑ってるの!?」


「ああ、ごめんねえ。

 ……もしかして、ガンダム様になにか言われたのかしらと思って。私たちみたいに」


「言われたっていうか、そもそもなにあの低賃金! バカじゃないの!?」


「まあまあ、声を抑えて……相手は腐っても貴族ですから……」


「はあ……ゾルガタさんが恋しい……。

 あの人、見た目はアレだったけどあんなのより全然マシだったし……。

 いつか戻ってこないのかな」


「それは……」


 可能性は低いだろう、という言葉を飲み込んだのか……一瞬シラベリエの表情に影が差したが。


「戻ってきてくださるといいわねえ」


 キヨが、慰めるようにそう続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る