新たな旅立ち。
「――ボンダンドール様、行ってしまわれるのですか」
玄関を出ようとしたところで、家政婦のキヨさん(48)にそう声をかけられる。
「もう少しゆっくりされてはいかがでしょう。
皆さんもお話したいと思いますよ」
「そうしたいのは山々ですが……弟の奴が馬車を手配してくれたようでしてな。あまり待たせるわけにもいきません。
世話になりました」
「いえ……」
キヨさんは、困ったようにため息を吐いた。
「……あの、ボンダンドール様。
差し出がましい真似とは思いましたが……裏口に、馬車を用意してます。
その、港町行きの飛空船の最終便には間に合うんじゃないかと――」
「不要です」
「……よろしいのですか?」
良いも悪いもない。
貴族とはそういう存在である。
上意下達に異を唱えることは許されない――その前提があるからこそ、身分社会というものは成り立つのだ。
……しかしそんな講釈を垂れるほど、我が輩はキヨさんの心情を解しないわけでもない。
我が輩の行く先を知っていて、それが死にに行くようなものだと分かっているから、わざわざ問うたのだ。
「ありがとうございます、キヨさん。
……しかし、心配には及びません!」
少年漫画の主人公のような笑顔を、我が輩は浮かべた。
……つもりなのだが、青年誌の竿役のようにしかなっていないだろうな。
「……思えば我が着任当時、この地の領地運営といえば、それはそれは酷いものでした。
腐敗、不正、改ざん……。
それが、今やまあなんかそこそこの感じになっているではありませんか!
北の劣悪さは聞き及んでいますが。されど、人の住む地です。……きっと、そこでも良き出会いがあるでしょう。我が輩が、あなた方に出会ったように」
あまり、立ち話をしている時間はない。
先ほどから廊下ではガンダムバリアンの連れてきた部下がこちらに目を配っている。
なにか余分な企てをされていると見做されるのは、いささか困る。
あの弟は、我が輩のことになると過敏だからな。キヨさんに咎が及ぶのは忍びない。
「そういうわけですので。
我が愚弟と……あの子のことを頼みます」
「……分かりました。
私の溢れ出んばかりの母性で包み込んで差し上げましょう」
「あんま母性とか自分で言わないでね」
我が輩は正門へと歩き出す。
その背を、キヨさんの声が追う。
「――私は! ゾルガダ様のことも! 息子のように思っていましたよ!
またいつか……!」
我が輩は答えず、ただ軽い挙手で応じた。
なぜなら、そうするのがカッコいいと思ったから。
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