ガンダムの強襲。

「ご無沙汰しております、兄上!」


 よく通る声が、応接間に響いた。

 

 身内の贔屓目を抜きにしても、どこに出しても恥ずかしくない美丈夫である。


 具体的には、週七でジムに通っていそう、と言えば通じるだろうか。

 朝には亜鉛系のサプリを欠かさず飲み、謎の蛍光色の海外産ドリンクを一定時間に飲み、タンパク質中心の食生活を心がけていそうな感じである。


 つまるところ、肥満体の我が輩とは逆位相に位置する人種だ。

 兄弟といえどここまで違うものかと、神も驚きなさっていることであろう。


「うむ、久方ぶりだな。

 遅くなったが、成人おめでとう。折り悪く職務が立て込んでいてな、便りにて失礼したが」


「いえ、兄上がご多忙なのは分かっておりますから」


 そう語って笑うガンダムバリアンの表情は、作られたかのように精巧なものである。端的に言えば嘘くさく、事実、嘘なのだろう。


 そもそも、身内といえどソファから立たずに主を迎えるほど、奴は常識を知らぬわけではない。

 恐らく最低限の礼儀すら敬わないだけの根拠があると、行動で暗に示しているのだ。


「さて、夕餉にはまだ早いが……兄弟の親睦を深めるとするか」


「せっかくのお誘いですが、結構です」


「なるほど、急ぐ用向きでも?」


「空疎なやり取りは兄上の、ひいては旧来貴族の悪癖ですよ。

 人生の時間は限られているのですから、そういった部分はオミットすべきでしょう」


「ふむ。ご指摘、痛みいるよ。

 では、用件とは?」


 反りのあわなさをひしひしと感じつつ、我が輩は短い足を組む。


「兄上には、この領地から退いて頂きたい」


「おお、なんと」


 驚いたように目を開くが、実のところそうではないかと予感していた。


「それは、我らが父上のご意向かな?」


「私が進言し、了承頂いた次第です」


 慇懃な態度の中に、勝ち誇ったような笑みを隠し切れていない。

 ……なるほど、どうやら一悶着あったようだな。話をきこうじゃないの。


「兄上の功績は優れたものがあります。

 その手腕、こんな場所で腐らせておくのは本意ではないかと思いましてね。弟心としては、兄にはもっとその能力を活かして欲しいのです」

 

 翻訳すると、「こんな簡単な土地をいいかんじに収めてるくらいで天狗になるなよ」といったところか。


「おお……まったく、そなたの心遣いには感服するばかりだ。

 兄想いの弟を持てて私は幸せ者だな。……して、新たな領地とは?」


「北方のアラニードです」


 白い歯を見せて、弟が勝利宣言をする。

 

 なるほど。

 これは翻訳の必要もなく、分かりやすく「死ね」と言っている。

 

 北方と言えば、アガルド共和国との緩衝地帯である。

 魔獣も手強いのが多く、大戦の折りで汚染された土壌は絶望的に農作に向いていない。


 必然、そこに住まうのは前科持ちなどの社会にあぶれた者たちで、なにか不敬をやらかした貴族が飛ばされる流刑地が如き扱いをされているのが実情だ。


「うまいこと取り入ったものだ……」


 茶を啜る音に紛れて、我が輩は嘆息した。

 おそらく、ガンダムバリアンは国のお偉方とのコネクションを長年強め――そして今日、満を持して我が輩に「死刑宣告」を下しにきたのだ。

 

 逃れる術はない。

 そしてもとより、我が輩にそのつもりはない。

 

 しかし、気になるのは。

 

「なぜ、そこまでして我が輩を嫌う?」


「なにをおっしゃいますか。嫌うなどと!

 私はただ、兄上にはふさわしい場所があると――」


「空疎なやり取りを辞めよとは、そちらの言ではなかったかな」


「…………」


「ガンダム、お前の勝ちだ」


 シャア以外言わなさそうな台詞を吐くと、ガンダムバリアンの肩がぴくりと震えた。


「この期に及んでいかなる失言を咎めたとて、こちらに芽はない。

 ……思えば、あまり言葉を交わさぬ兄弟だったな。最後くらい、腹を割って話そうじゃないか」


「あなたのことが嫌いだからです」


 すっと表情を消して、存外素直にガンダムバリアンは言った。


「好き放題に振る舞うその痴態、生き方を体現するがごとき醜い容姿。

 いいですか、兄上。貴族というのはいずれ滅びるべきものです。自然の時が来れば、やがて人民の全てが平等の力を得る時流が来るでしょう。

 しかし、それでは我々貴族は困るのです。ならばその滅びの運命を、先へと延ばす努力をしなければいけません。気高き種族であると、統治するに優れた血族であると示さねばなりません」

 

「そうか」


 ならば、何も言うことはない。

 強いて言うならば、全くの同意見である。

 貴族と平民は一線を画す存在でなければいけない。


 ただ、その方法と考え方が、我が輩と弟では違うのだ。

 

 どちらも正しい。

 どちらも間違っている。


 誰もその裁きを下すことはできまい。

 

 しかしいずれにせよ、我が輩は負けた。

 そういうことなのだ。


「では、早速引き継ぎへと移ろう」


「……やけに素直ですね」


 訝しむガンダムバリアンと、もはや交わすべき言葉はない。

 業務書類を取りに行こうと立ち上がる我が輩を、しかし弟は止めた。


「無用です。あなたは今もはや全くの部外者となりました。

 馬車は正面に用意してあります。この瞬間より、荷をまとめて出て行ってもらう」


「そうか……」


 多少の時間は欲しかったところだ。


 心残りはない。

 ないが、気がかりなのはヴァイアのことだ。


 あくまでも個人資産とはいえ、北方に連れて行くのは忍びない。


 かように美しき少女は道中か領内に着いた瞬間に強姦の憂き目に遭い、肉袋として使われるのが容易に想像できる。

 

 できることならあの奴隷契約を外しておきたかったが……それが叶わぬのなら、ここに残すのが最良だろうか。


「さあ、早く出て行ってくださいよ!」


 死地に赴くのを躊躇っていると思われたか、ぱん、とガンダムバリアンが急かすように手を叩く。


 我が輩は立ち上がり、新たな領主に一礼すると、部屋を後にした。

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