偽物の感情、偽物の同意。
――しかし、まずい。
「う……」
夜を徹したせいか、急激な血の巡りによって、我が輩のどっしりド安定重心が取り柄の身体が、ふらりと倒れ込みそうになり――。
「――ご主人様の、お名前は?」
我が輩の重い上半身を両腕で容易く支え――ヴァイアの唇がそう動くのを、間近に見上げる。
まるで母に慈しみの目を向けられる、乳児のような体勢である。
良い匂い。
温かい体温。
「……ゾ、ゾルガダ・ボンダンドールである」
「ぞるがだ、ぼんだんどーる。
……多いな、濁点」
くすくすと笑いながら、ヴァイアが独り言のように突っ込む。
「そうなのだ。多いのだ」
「でも……うん、覚えた。
ゾルガダ・ボンダンドール様。いい名前じゃないですか」
「そうなのだ。いい名前なのだ」
血流が下半身に行き過ぎて、もはや同じことを言うことしか能がない。
我が輩の今の語彙力はハム太郎に劣るだろう。
「それで……。その、さっきからずっと気にはなっていたので、単刀直入に訊いちゃいますが。
ゾルガダ様は……そういう行為がしたくて、私を買ったんですか?」
そういう行為。
なんだそれは、全然分からん、などと惚けるほど我が輩は恥知らずではない。
鑑みれば、少女の視線の先。我が輩の布地を押し上げる膨らみを見れば瞭然としたことである。
「そうなのだ」
もはや我が輩の台詞はすべてちんちんが喋っていると捉えてもらって構わない。海綿体から素直に台詞が紡がれる。
「我が輩は、そういう行為がしたいのだ」
目を見て真っ直ぐにそう伝えると、意外にもヴァイアは顔を赤くし、狼狽えた様子を見せた。
魔女、というのは何があっても超然としているものだと思っていたが。
嬉しい誤算というやつだ。あまりに可愛すぎる。
「嫌か?」
「イヤじゃない……です。
ていうか……なんて言うか。その、うれしい、ですよ?」
…………おうおう、大芝居に出たのぉ。
我が輩のような豚男に抱かれて嬉しい女がいるわけがなかろうて――とネガティブ自己認識が嘲笑を浮かべそうになるが、困ったように視線を彷徨わせるヴァイアの様子には、確かに「拒絶」よりも「恥じらい」が強く見えた。
我が輩の頭を太ももに置いていなければ、うろうろ歩き回っているところだろうと思えるほどの恥じらいっぷりである。
「でもその、なにぶん初めてなものなので……」
「……は、初めてなのか?」
「な、なんですか。悪いですか」
悪いことなどない。
初物が嬉しいというのは、古から多くの男性に見られる傾向である。うんうん。我が輩の中に棲まうユニコーンも深く頷いています。
では何か。
単純な話、この少女が「初めて」であるとは思えなかったのだ。
奴隷商のところで一目見た瞬間から魅了されたように……少女は可憐にして、秘めた色気を放っていた。
可憐と色気。
それは一見相反する要素であるがゆえに、人の身ひとつに宿すためには無垢ではいられない。
分かりやすく言えば、熟練のAV女優だからこそ催すような「清楚さ」に磨きをかけていく現象に似ているだろう。言うほど似てるか?
なんにせよ、事実。
少女は紛れもなく清楚であり……だからこそ、あまりにもえっちであったのだ。
――という趣旨のことを熱弁すると。
「……よく分からないですけど。
それは単に、その、私がご主人様の『ものすごい好み』だったってことですか……?」
「…………」
控えめな声にあまりにもコンパクトに核心を突かれ、我が輩は沈黙の後に赤面するしかなかった。
「…………」
「…………」
性癖をいきなり開示したデブの赤面と、性欲をぶつけられた美少女の赤面が作り上げる地獄の雰囲気を打ち破ったのは、「とにかく」というヴァイアの台詞であった。
「魔女の第一の条件は、“純潔であること”です。
ゆえに、かつての私――翠緑の魔女も純潔だったはず。普通の人のように、愛し、愛されるような……そういう営みを、私たち魔女は経験したことはないんです。
……にも関わらず、色気? が私から出ていて勘違いさせてしまったなら――それは、すみません……。謝ります。生粋の処女であることを」
意味不明な謝罪をしている少女の頬に、我が輩は構わず手を伸ばす。
柔らかな肌の感触。
少女は身をよじって逃げることはなく、むしろ我が輩のほうが汚しがたい宝石に手垢をつけている気分になって慄くも、ヴァイアは我が輩のその手を逃がさまいとするように首を動かした。
「……嫌ではないのか」
「嫌じゃない」
同じ問いに、今度は力強くヴァイアは答えた。
「なんでしょうね。こういうの、『満たされていく感覚』って言うんでしょうか。
……たぶん、この悦びを知った魔女は世界中で私だけ、かな」
「だが……お前も分かっているだろう。
それは、奴隷契約の呪いによる偽物の感情だ」
「そうかもしれない。
だけど、今の私にとっては本物ですよ」
触れている箇所から熱が伝わり――我が輩はかつてない感覚に支配される。
言うなればそれは「愛」という、生物に刻まれた最も単純にして至高の感覚である。
性交の期待感よりも強烈に、自分の根源が興奮状態に陥っていく。
受け入れて、受け入れられることへの喜び。なぜか湧き出る許されたという感情。
そして、互いにそれを共有しているという奇妙な確信。
偽物の嘘っぱちである、と心のどこかで理性が叫んでいる。
それでもいい、と我が輩は毅然と言い返す。
というかそもそもそういう趣旨で奴隷買いに行ったんだろうが。今さらノコノコ出てきて偽善者ぶってんじゃねえぞ。はい論破。引っ込んで算数でもやってろハゲ。
「ん…………」
彼女の頬に添えていた手は、無意識のうちにいつの間にかヴァイアの後頭部にある。
ゆっくり優しく、それを押し倒していく。
ヴァイアは軽く目を閉じ、されるがままという状態だ。
二人の距離が近づく。
彼女の唇を迎えようと、我が輩も上体に力を入れ――。
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