墜とされた魔女。

「あ。でも、そっか。

 たしかに、まだ名乗っていませんでしたね」


 そう言って、ぽん、と少女は手を叩いた。


「私はヴァイアといいます。

 翠緑の魔女……あるいは、その“雛”とも呼ぶべき存在になるのでしょうか。

 しかし、いまはただのあなたの奴隷ですから、そこらへんのことはお気にならさず」


「はあ……」


 はあ、とか言っちゃったけど無理だろ。


 急展開すぎて、我が輩の徹夜明けの頭脳では理解が追いつかない。

 そもそも急に饒舌に話し出したことや、謎の呪いや、魔女だの雛だの――要素が多いわ馬鹿。

 

 そんな我が輩を見て、少女はひとつ苦笑した。


「混乱してるようですね。んー……無理もないか。

 それじゃあ、あれです。訊きたいことがあれば、ぜひどうぞ。なんでも答えてあげますよ」


 鷹揚に、少女は手を広げた。

 さながらそれは美しき絵画が如きポーズである。

 人間性を取り戻したせいか、彼女の魅力はなんと五割ほど増していた。奴隷にしては聖女すぎるだろ。

 

 今すぐベッドインすることは可能か? と訊きたい気持ちを抑え、質問する。


「あれは……お前にかけられていたあの呪いは、なんだったのだ?」


「呪い……そうか、呪いにかけられてたのか……」


 問いに対する答えの代わりに、そう呟き思案する少女――ヴァイア。

 どうやらそもそも、呪いにかかって自失していたことの自覚がないらしい。


 そのあたりのことを教えてやると、ヴァイアはひとつ頷いた。


「記憶があまりはっきりとしないんですが……でも、そうですね。

 さっき言った通り、私は翠緑の魔女の素質を持つ人間です。敵には事欠かないでしょうね……」

 

 そう淡々と言って、ヴァイアは遠い目をした。

 

 ……誰かに自我を奪われた挙げ句に、奴隷に落とされた。

 そういうことなのだろうか。世の中には怖い人間もいるものだ。……なんか可哀想になってきたな。で、我が輩みたいなスケベ貴族に買われたんでしょ? 酷い話すぎる。


 まあともかく。


「その、“魔女”というのは……?」


「あれ? 知りませんか、ご主人様。

 えーっと、魔女というのは、大いなる力を持つ存在のことです。世界には昔から七人の魔女がいて、死ぬとその因子を引き継いでどこかの子どもに生まれ変わるんです」

 

「いや、それは常識として知っているが……。

 お前が、それだというのか?」


 疑うような言葉をかけながらしかし、我が輩は「そうだろうな」と納得している。


 現に、あれほどの魔力量を目の当たりにしたのだ。

 たまたま才気溢れる美少女奴隷を買ったと考えるよりも、実は貶められた超絶美少女魔女だったというほうが筋が通るし、萌えるではないか。


「そうですよ。そこはまあ、信じてもらうしかないですけど。

 その七人の魔女のうち、翠緑の魔女っていうのが私。ほら、目とか緑でしょ? ……うーん、これが証拠になるかは微妙か」


 そう言って自分の瞳を指さすが、遠すぎてよく見えん。

 我が輩はいまだ部屋の隅にいるのだった。


 そんな我が輩に、ヴァイアは「遠いなー、ご主人様」と苦笑を向けた。


「魔女だって言っても、今の私にそこまでの力はないですよ。そもそも、奴隷契約がある限り……ご主人様をとって食ったりはしないです。

 だから、そんな警戒しなくても大丈夫ですよ。……怯えられると、ちょっと傷つくし」

 

 その言葉と同時に、我が輩は音速で距離を縮めた。


 というか、だ。勘違いして欲しくないのだが……決して少女の正体が魔女と聞いて怯んでいたわけではない。怯むほど実感があるわけではないからだ。


 それより、気がかりなのは……。


「――お前は、それでいいのか?」


「え。

 いい、とは?」


「なんというか、お前にとっては……自分の知らない間に、勝手に奴隷にされていたようなものだろう。不当だとは思わないのか?」


「うーーーん……」


 と、腕を組んで考え込む魔女だったが。


「それがまあ……不思議と、嫌な気分じゃないというか。

 むしろ、嬉しいというか」


「う、嬉しい?」


 ぽかん、と口を開ける我が輩を前に、照れくさそうにヴァイアが自分の首元を撫でる。


「まあ、この“奴隷契約”の効果も大きいとは思いますが。

 ほら、魔女の自我を失わせるほどの協力な呪いを、解呪してくれたじゃないですか。

 ご主人様は、恩人なわけですよ。だからまあ、そういう人に仕えられるなら……それもいいなって」

 

「…………」


 我が輩は……なんというか……圧倒されていた。


 無論、その我が輩へのやたらめったな好感度の高さは、ヴァイアの言うとおり奴隷契約の効力ということではあるのだろう。

 ……だがそれ以上に、魔女という存在の器の大きさのようなものを感じざるをえなかった。


 そして同時に。


 その美しき可憐な少女からの好意を受け取ったそのときから、まるで息を吹き返したかのように我が輩の股間が怒張し始めた。


 オレ、コイツト、子ヲ、成シタイ。

 たとえば尿道が口であれば、そんな虎のような咆哮を垂れ流していたことだろう。

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