挿入。

 朝方。


 挿し込むべき鍵が、完成した。

 

 下ネタではない。

 

 少女に刻まれた「謎の呪い」の穴を突き、奥まで挿し込み、ぐりりと回す鍵のことである。

 

 

 ……断じて下ネタではない。

 疑いの目を向けるのはやめてもらえるか?


「じゃ……挿れるね……」


 我が輩は生成した空中で光る青い光――魔術鍵を指で摘まむ。

 それから、少女の胸元に浮き出たせた術式の「穴」に、それをゆっくりと挿れていった。

 


 ――このとき、我が輩は特に何かを期待したわけではなかった。


 呪いというものに最も有効なのは、問答無用で解呪してしまうことである。

 解く過程でそれが必要ならばまだしも、それがどんな呪いなのか、なにが起きるかなどを考察する必要はない。


「呪いと対話するな」とは、解呪師の資格講座教本などでも一ページ目に書いてある大鉄則なのである。

 呪いを解く者は、自身が呪術者にならぬように気をつけなければならない。


 必然、これを解呪する段になってさえ、「謎の呪い」は謎の呪いのままであった。


 だから、そう。

 まさかあんなことになるとは、思わなかったのだ。




 

 

 少女の身体ではない。

 しかしそれ以外の少女の全てが、である。

 

 それは魔力であり、あるいは魂であった。

 

「っ…………」


 押しつぶされるような幻視をして、我が輩は思わず息を呑んだ。

 それはおそらく、コーラの中にメントスを入れた最初の人類の驚きと同様であろう。

 

 あまりに強い魔力に、目がくらむ。

 這うように逃げだとしてから、慌てて視界を切り替え、通常の目――魔力を不可視に戻す。

 あわや、視神経を焼き切られるところであった。


 な……なんなのだこれは。


 そうして視界を切り替えたそのとき、少女が身を起こしているのが見えた。


「――どうしてそんな隅にいるんです?」


 声がした。

 透き通るような声である。

 

 この部屋に、我が輩の他にはもう一人しかいない。

 ――それが分かっていても、我が輩は尋ねずにはいられなかった。


「……お、お前は、誰だ?」


「誰と言われても」


 魔力焼けした視界が、ようやく戻ってくる。

 先ほどまで意識のなかった少女は、座してこちらを見たまま首を傾げた。



「あなたの奴隷ですよ、ご主人様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る