ホワイト・バレット

一畳半

エピローグ ーM1911ー

少女は一人、雪で溢れた灰の街を彷徨っている。


廃墟と化した建物。

崩れかけた鉄塔。

雪の降り積もった地面。


20世紀中頃から終わりの東欧、共産圏の国に見られた典型的で単純な都市を見る者に思わせる灰と白のモノクロ世界。


彼女は雪に足を取られながら、ヨタヨタと歩く。

肩で呼吸し、微かに白い息を吐きながら歩く。


やがて良さげな所を見つけると、命の綱と抱えていた着剣はされているが弾倉マガジンのない二○式小銃アサルトライフルを力無さげに放り捨てた。


集合住宅であったであろう頃の面影を残す廃墟の入り口。


彼女は放り捨てた二〇式小銃アサルトライフルの隣に倒れるように壁にもたれて座りこむ。

体と装甲アーマー、そして飛行用のバッグパックの重さの分だけずっしりと彼女は沈む。


虚な目は少し彷徨った末に、まず彼女の手を捉えた。

手袋を外すと、震えている彼女の白い手がある。

震えているのは寒さか、恐怖か、あるいはどちらものせいか。


そして彼女は空を見つめた。

空には、未だ空の向こうで戦闘を続ける仲間――自分に離脱しろ、と言ってくれた――と敵のものであろう銃声が響いている。


続けて幾回か響き、止む。

数度それが繰り返された後に、微かに煌めいた閃光。

それきり銃声は聞こえなくなった。


あぁ、味方が落ちたのだーー


離脱前の戦況と、本能による直感から彼女は察した。


判断したと同時に彼女は感じた。


次は自分の番に違いない、と。


隣に、転がっている弾倉マガジンのない二〇式小銃アサルトライフルに目をやる。

少し雪を被っている。

腰のベルトにも、言うまでもなく弾倉マガジンはない。


仲間を負かした相手に、自分が、一番上手く扱える二〇式小銃アサルトライフルすら使えない状況で勝てるわけがない。


逃げよう。いや、どこに――


自問自答を続ける彼女。

どこにもない正解を求めた末に、一つ答えを見つけた。


彼女の右手が腰のホルスターに伸びる。


彼女は中身が落ちないようにつけていたガードを外し、黒鉄色に茶色が入った握把グリップのM1911を抜き取る。


右の人差し指は用心トリガーガードに、その他4本は握把グリップを。

鈍いそれを握る彼女の右手の震えはM1911にも伝わる。


不安。

絶望。


あらゆる道が塞がれた中、ただ一つ取れる行動を。

雲から別れた雪が、地に落ちて降り積もることは覚えているように。


彼女は弾倉マガジンを一度抜き取る。

薬室チャンバーにある1発を除きフルの弾倉マガジン

戦闘前に一度、安全装置を外せばすぐ撃てるようしていたのだが、一応だった。


彼女は震える手で弾倉マガジンを戻し、スライドを引く。

薬室チャンバーに入っていた、0.45インチの弾丸バレットがM1911から出る。装填機構に何らの異常はない。


彼女は雪の上に落ちた一つの弾丸バレットを見やる。

そうして右腕を動かし、冷たい銃口を右側頭部に突きつける。

照門も照星も、今の彼女には必要ない。


必要なのは、一瞬の恐怖に耐える勇気と覚悟のみ。


寒さで白いもやとなった大きな吐息は吹く微かな風になびき、そして消えた。


不安。

絶望。


少し勇気を出せば、今までの自分を、そしてこれからの自分を押し潰そうとしてきた感情から解放される。

そう思えば彼女の胸は、安堵で溢れていった。


右の人差し指が動く。

用心鉄トリガーガードから、引きトリガーへ。


これで全てが終わる。

もう、戦う必要なんてない。

底知れぬ恐怖に怯える必要などない。


もうM1911は震えていない。


息を強く吸い込む。

冷たい空気は喉をすり抜け、肺胞を針のように刺す。


指に力が籠り、引き金が動く。


その時、彼女は頬に一粒の涙と言葉を溢した。


「ありがとう…」


乾いた銃声が1つ、響いた。

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ホワイト・バレット 一畳半 @iti-jyo-han

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