第8話 無自覚と腹黒

 変な噂が流れてから数日が経った。

 あれから、本庄がなにかと話しかけてきやがるので休み時間は基本的に教室以外の場所にいるようにしている。活動圏が広い彼女とはいえ、グループの中から男子を置いて出ていくことは難しいようで、無理に追ってくることはなかった。


 今日の昼休みは、屋上にて菓子パンをかじっていた。

 噂のせいで、購買や食堂にもいづらい。それのせいで、伏見に色々聞きたいことがあるのだが、食堂で飯が買えないせいで、取引ができない。


 ―――どうしたものか……


 そんなことを考えながら過ごしていると、屋上の扉が開いた。

 普段からこの屋上は解放されているのだが、夏は直射日光で死ぬほど暑いし、冬はシャレにならないくらい寒いため、夏休み明けの暑さが残る9月は比較的人が少ない。


 春は花見感覚で人がごった返すのだが、まあ今の時期は集団から逃げ出したい俺みたいなやつがちらほらいるくらいだ。

 現に、今は屋上に俺しかいない。


 扉が開いて現れたのは、最近何かと関わることの多い東雲だった。

 しかし、今日は目元に涙を浮かべながらぐちゃぐちゃになったなにかを手に持っていた。


 「はぁ……なにが聞いた方がいい感じ?」

 「うん……」

 「なにがあった?」

 「ん……さっき―――」


 嗚咽が混じり混じりだったので、話が長くなりそうだったので、要約すると。

 持っていた金品を男子に奪われて、今日の弁当をぐちゃぐちゃに回され、これはゴミだと教室のゴミ箱に捨てられたらしい。


 それを彼女は拾ってきたのか、弁当の中身は埃が混じりながら中身がぐちゃぐちゃになっているし、袋もちょっと綺麗な状態とは言えなかった。


 「金品ってどんくらい盗られたんだ?」

 「1万円くらい……」

 「なんでそんな大金を」

 「城司さんの家に謝りに行くための菓子折りを買おうと……」

 「―――ああ、そういうことか。じゃあ、次は休みの日に行け。学校帰りじゃなにかと不便だろ」

 「うん……」


 俺のアドバイスに普通に耳を貸した彼女は、なぜか俺の隣に座った。

 ベンチは一つしかないので、座ろうと思ったらそうなるのだが、別に購買とかにでも目視界に行けば―――金ないんだっけ、こいつ。


 きゅるる……


 東雲がベンチに座った瞬間、彼女のお腹が鳴った。

 小さいながらもしっかり俺にも聞こえる音量だったので、昼抜きでそうとう腹が減っていたのだろう。


 カァーっと顔を真っ赤にしていく彼女を見ていられなくなった俺は、自分の持っていた菓子パンのうちの一つを渡す。


 「これは……?」

 「食え。腹減ってんだろ?」

 「あ、ありがと……」


 俺から渡されたパンを彼女は訝しむことなく袋を開けて食べ始める。

 だが、彼女が一口目をかじった瞬間、動きが止まって―――


 「ぐす……」

 「えぇ……なんで?」


 ―――ぼろぼろと涙をこぼし始め、嗚咽をしながら泣き始めてしまった。

 俺もさすがに急なことで理解が追い付かなかったが、あまり深くは聞かなかった。


 彼女自身のことは自分で解決することだし、こいつに深入りしてもいいことはない。


 俺はいじめの対象になっても、もう気にするほど弱くはないし、むしろ自分が手を出して相手を病院送りにする方が怖い。

 家族にかなりの迷惑が掛かってしまうから。中学時代の恩師に顔向けが出来ない。


 そう考えた俺は、ベンチを立つのだが、くいっと制服の裾を引っ張られた。

 もちろん引っ張った本人は東雲だ。


 「なんだ?俺は教室に戻りたいんだけど?」

 「その……も、もう少し……い、い、いっしょ……に―――」


 俺は彼女の言葉を待った。縋るように言う彼女の言葉を聞かずに切り捨てる捨てることはできなかった。こういうところは甘いなあ、と自分でも思う。


 だが、彼女の口から出たのは俺の思っていた言葉ではなかった。


 「その……この間は本当にありがとう」

 「……どれのことだよ」

 「あ、うん……全部。助けてくれて―――あ、タオル」


 そこで俺も思い出した。いつかの貸したタオルのことを。

 だが、まあ正直あの時はもう帰ってこないものだと思っていたので、特に気にしていない。


 「もらっていいぞ。別にそんなに高いものでもないし」

 「ううん……ちゃんと返す。人のものを盗っちゃダメって、もうわかったから」

 「そういうのは小学生の道徳でわかんねえとダメなやつだぞ」

 「う……ごめん」

 「まあ、それもわかるようになったのは、成長したってことだろ。返すも返さないも好きにしろ。本当にあのタオルは返ってこないものとしてたから」


 そう言うと、俺は制服をつまんでいた彼女の指を放すと、そのまま屋上を出ていった。

 最後に残された彼女は、もう一度ベンチに座ってはむはむと菓子パンを頬張る。まあ、食べられない状態とはいえ、両親がまだ弁当を作ってくれているのは、まだギリギリで見捨てられてないんじゃないかと思う。


 まだ彼女は家族に恵まれてるんじゃないのかな?

 前に見捨てられていると言ったのは、間違いだったようだ。


 教室に戻ると、特に誰にも話しかけることなく席に座る。

 特に興味もないし、誰も俺に興味がないので、話しかけてくる奴なんか―――


 「結城君、今日の放課後暇?みんなでカラオケ行こうって話してるんだけど」

 「なんで俺?」

 「なんでって、ねえ?」


 ―――いた。しかも、遊びの誘いだった。

 俺に話しかけてきた女子は、俺の質問に対してわかってるくせに、とばかりに本庄のほうに顔を向ける。


 ああ、あの噂か。ちっ、これはできるだけ角が立たないようにした方がいいな。

 逆上されるとマズいし、なにより面倒くさい。


 そう考えた俺は、できるだけ笑顔を作り答える。


 「ごめん、今日はこの後用事があるんだ。わざわざ誘ってくれてありがとうな」

 「えー?そっかあ、じゃあまた誘うね!結城君のこといっぱい知りたいから今度またお話ししよ!」


 そう言うと誘ってきた女子はグループの中に戻っていき、本庄に「ごめーん」と手を合わせていた。

 彼女たちが俺の姿を気にしなくなったのを確認してから、俺は普段の表情に戻り、呟く。


 「ちっ、クソビッチが―――清純そうな顔してんじゃねえぞ。気色悪い」

 「えぇ……!?」


 彼女たちに見えないように廊下側に少し顔を向けて言ったので、女子たちに見えることはなかったが、俺の前にいた男子がドン引きの声を出した。

 そんなにえぐいことしただろうか?

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