第9話 責任と罰
あれから数日間、東雲へのいじめが収まることはなかった。
最近は彼女も頭を使うようになって、弁当だけは守りたいと、俺に預けてくるようになり、必然的に屋上で一緒に食べることが多くなった。
まあ、特に会話もないので、彼女の味方が俺以外に現れれば、そいつと食べることになるだろう。
まあ、居心地はそこまで悪くない。そもそも彼女が無理に干渉してこないということもあるんだろうが。
弁当を持ってこなくなったことで、当然のように攻撃の対象は彼女のほかの持ち物に変わっていった。
例えば、彼女の筆箱やその中にあるシャーペンだけを狙う。結構陰湿で子供じみたいじめも多かった。
伏見の話によると、やはりというかなんというか、昔東雲にいじめられていた生徒もそれに加担しているらしい。全員ではないみたいだが。
逆に、虐めに対して懐疑的な生徒たちは一人もいない。いじめの主犯は無理にそういうことをさせていないようだった。
あくまで東雲真理を苦しめたいだけか。
このまま放置しても彼女からいじめの対象が移るだけだろうし、それはあまりいいことではない。被害者を増やすだけで、この問題の根本的な解決に至らない。
かといって、自殺などの犠牲者が出てしまったら、すべてが終わりだ。
この学校にいた、という事実だけで、この先不利になる可能性もある。
どれだけ自分が関わっていないと言っても、その事実があっても、集団行動を重んじる日本ではその疑念が新たないじめを生む。
あいつと関わらないようにしよう。あいつはいじめをやっていたかもしれないから、こちらがやっても問題ない。
そんな負の連鎖が始まるだけ。あいつら数人のために、何人の人生が壊れるというのか。
だからと言って俺ができることなんて何もない。暴力に訴えれば抑止くらいになるかもしれないが、もうそういうことはやらないと決めている。
相手が間違っているからと殴るのは、三下のやることだ。
まあ、言論でどうにかなるとも思えねえけど。
そんなこんなで波風立てずにやっている。隣で弁当食ってる奴は暴風雨だけど……
その彼女は、右腕を庇いながら弁当を食べている。
「右腕、どうしたんだ?」
「う、ううん……なんでもない……」
「はあ……そういう嘘はいいんだよ。見せろ」
「あっ、ちょっと待って!」
俺が伸ばした手に対して、どうにか跳ね除けようとする彼女だったが、やはり力では勝てず、袖をまくられる。
すると、そこには所々痣になっている彼女の右腕があった。
一応確認にと、左腕の方を見てみるが、そちらには異変がなかった。
つまるところ、右腕に集中砲火を受けている。
さすがに痛々しすぎて見ていられない。
というか、これって―――
「俺が原因か?」
「へっ!?―――ち、違うよ。たぶん……」
「いや、やるなら目立たないようにしろって言ったのは俺だしな。もしかしたら、服の下を殴ればいいと思って苛烈にやってるんじゃないのか?」
「さ、さすがに考えすぎだと思う……結城のせいじゃない」
「はあ……」
人のせいにすれば幾分か気が楽になるというのに。
その怪我は俺がつけてしまったようなものだと思えば、少しでも自分の非を軽くしようとすれば―――
「これは……私のせい。相手の痛みを考えずにみんなをいじめた私への罰」
その言葉を聞いて、俺は心底彼女が変わったと思った。
思いのほか辛いことは心に重く沈むようだった。
「そこまで自分を追い詰めなくていいんじゃねえか。お前は自分が思っている以上に苦しんでるし、その痛みも理解してる。そこまでやっても正常な被害者たちは誰も喜ばない。それよりも根本的な解決とかをした方がいいんじゃねえか?」
「う、うん……最近、バイトでお金がたまったから、お菓子を買いにくつもりなんだけど……」
「菓子折りか―――殊勝だな」
「それで……結城に選ぶのを手伝ってほしい。私、こういうのどうしたらいいのかわからなくて」
「お前の両親に聞けばいいんじゃねえか?俺の家にも菓子折り持ってきたからな」
「そ、その……本当にその節はごめんなさい」
その節―――というのは、無論いじめのことではあるのだが、特にあの時のことだ。
一回、俺が彼女の男たちと殴り合いの末に病院送りにした話だ。当時、近隣では結構な問題になったし、俺もかなり大変な目に遭った。
まあ、その時は相手の方に責任があるもので、俺はほとんど怒られることはなかった。
代わりに、相手方の親たちから菓子折りを持っての謝罪などがあった。まあ、キチ親もいて、殴り込みに来たやつもいたが、当然のように前科持ちなった。
そして、菓子折りを持ってきた親のうちの一組が東雲の両親だった。
その時に初めて彼女の親を見たのだが、第一印象は「厳しそう」だった。
なんというか、エリートの二人という感じで、自分たちの娘をそうしようとしている感じがひしひしと伝わってきた。その時に察したというかなんというか―――彼女が人をいじめる心理がわかった気がした。まあ、それが絶対悪であることに変わりないのだが。
「菓子折りを買うのには付き合ってやる。ただ、少し待ってろ」
「あ、え、ありがと―――って、どこいくの?」
「ちょっとな。そこを動くなよ」
そう言うと俺は屋上から姿を消し、ものの数分で戻ってくる。
戻ってきた俺が持っていたのは、保健室にあるはずの救急箱だった。
「なんで、それを……」
「保険養護の人、名前知ってるか?」
「い、いや、知らないけど……」
「
「え、結城って……?」
「そう、俺の姉さんだ。年が離れてるからな、お前が知らなくても不思議はないか」
そう言いながら、俺は彼女の右腕の袖をまくり、痣を露わにしながら処置に入る。
「手際、いいね……」
「まあ、昔はあれだったし、姉貴があんなだし。緊急処置とか、救命措置とか、命にかかわったりするようなことはしっかり叩き込まれてる。そうだな、目の前で交通事故が起こっても大丈夫なようにな……」
「それで、お姉さんがいるから保健室の備品を」
「まあ、親族特権だ。いや、貸出くらいは元々やってることだからほかの生徒でもできるぞ?」
「知らなかった……」
「まあ、そんな場面中々ねえもんな。俺も姉貴が保険養護の人にならなきゃ知らなかっただろうし」
会話をしつつ、彼女の痣に軟膏を塗って、包帯を巻いた俺はさっさと救急箱を片付け、俺と東雲はそれぞれ別々に教室に戻っていった。
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