第7話 優しさと欺き
昨日、彼女の選択を聞いた俺は親が帰って来る直前くらいに家に帰らせた。
その時には、すでに夕方の4時を過ぎており、学校から帰るのにはちょうどいいくらいの時間になっていた。
俺の家からおおよそ、20分くらいで到着する距離の上、正直面倒なので一人で帰ってもらった。
別に外も明るいし、近くに本庄は住んでいないし、そうそう何かが起こることはないだろう。
「まあ、今日あいつがどうするかだよなあ……」
ぶっちゃけあいつがどうこうできるとは思ってない。
そういうことを一切してきていないのだから、当たり前と言えばそこまでのことだ。
そんなことを考えながら朝の支度をしていると、いつの間にか学校まで来ていた。
特に何もなく、秀でて変なことがあるわけでもなく。
正直、一目から避けたとはいえ、東雲を助けたのだからなにかあるんじゃないかと警戒していたが、特に何もないようだった。
靴も隠されてなければ、中に画鋲が入っているわけでもないかった。
少し拍子抜けだ。
いや、教室に入った瞬間殴られるか?
まあ、そんなことになったら先生が飛んでやって来るのだけど。
別に俺が反撃する必要はない。特に生活指導系の先生は、暴力に対して過敏だから。特に教職に気に入られている俺は、疑われようもない。
こういうところは、本当に使える。先生たちはそんなに好きじゃないが、媚びは売っておくものだ。
自分の靴の無事を確かめてから履き、教室に向かっていく。
その途中で、俺は気づいてしまった。教室の扉の上に黒板けしが挟まっているのが目に入る。
なんて古風な……
あれをマジでやるやつとかいるんだ。東雲でもやらなかったぞ。
気付きながらも俺はその扉を開けた。
扉が開かれ、押し付けるものがなくなったそれは、重力に伴い下に落ちていき、俺の眼前を通過して地面に落ちた。
ポスッと力なく落下したそれは、白い煙を少し回せて終わった。
東雲がかかったと思ったいじめメンバーのやつらは、相手にしていない俺がかかって唖然としていた。俺はそんなやつらに付き合う気もないので、静かに黒板けしを持ち上げて、所定の位置に戻した。
そうしてから席に戻ると、例の本庄が話しかけてきた。
「ねえ」
「……ん?」
「なんで前の扉から入ってきたの?」
「なんのことだ?昨日、クラスのグループラインで言ったよね?前の扉から入るなって」
「は……?ああ、本当だ。悪い悪い」
「ちっ、メッセくらいちゃんと見ろよ」
本庄に促されるままに、メッセージアプリの「LANE」を確認すると、すぐに状況を理解した。
今日の朝は東雲以外は全員後ろの扉から教室に入るように言われていたのだ。クラスのグループラインで発信するなんて、と思うかもしれないが、東雲は当たり前のようにグループから退会させられている。
だから彼女が知る術はない。
まあ、面白いこと(笑)をつぶされたからと言って俺には興味ないらしく、すぐに教室の前側の扉に黒板けしをセッティングしていた。
懲りないというかなんというか。
いじめを行っている奴らを馬鹿にしつつ、俺はRANEでメッセージを飛ばした。
もちろん、東雲にだ。
まあ、あいつのアカウント友達登録してないから、探さないといけなかったんだけど。
こういう時小中一緒だと使えるよな。
小中の頃のクラスラインには、さすがにあいつのアカウントはあり、俺はそこから登録をして端的に情報を伝えた。
『教室の後ろの扉から入れ』
『めんどいから詳しくは聞くな』
それだけをメッセージに送ると、割とすぐに既読がついた。
だが、返信はなかった。
これを彼女がどうするかは知らない。だが、一応垢の名前は俺の本名だし、見ればわかるだろう。
昨日の一件もあるし、信用しないということはないはず。
つかこれだと、俺が東雲のことを好きなツンデレみたいになってないか?
すっげえ嫌なんだけど……
しばらく経って、ほとんどのクラスの奴らが教室の後ろ側から入り、登校してきていないのは東雲だけになった。
本当に俺以外は後ろの扉から入ってきたのも驚いた。
意外とちゃんと支配されているみたいだな、このクラスも。
だが、さらに時間が経って奴らの目標である東雲も教室に入ってきた。が、本庄達の読みと違って彼女は後ろから入ってきた。
いつも前から入ってきているのに、この日だけ後ろから入ってくる。ここまで白けることもないだろう。
それに怒りが伴ってしまったのか、本庄は扉に仕掛けてあった黒板消しを手に持つと、そのまま東雲をビンタした。
彼女の頬に直撃し、白い煙を舞わせながら東雲は叩かれた方向に倒れこんだ。
「あんたなんで後ろから入ってんのよ!」
「そんなの―――私の勝手じゃない……」
「うるっさい!あんたは前から入って無様な姿さらしておけばいいのよ!」
そう言って、本庄はまた手を振り上げた。今度は黒板けしではなく、自分の手で行こうとしていた。
さすがに看過できないと、俺は本庄の振ら上げられた手を掴んだ。
「痛っ!?結城?なにすんのよ!」
「それ以上はやめとけ」
「なによ、あんたはこいつの味方をするの!」
「違う―――」
俺は彼女の言葉に対して否定し、顔を近づけて言った。
「人目につくような傷はダメだ。つけるなら服の下とか普段は見えないところにやるんだ。本庄自らを危険にさらすようなことはしないほうがいい」
「っ……そうだね。そ、そこまで言うなら……」
納得してくれたのか、本庄は俺から手を放してその場から離れる。
その時、一瞬耳が赤かったように見えたが、気のせいだろう。だが―――
「なにを一端の人間の女みたいな顔してやがる。クソビッチが」
そうつぶやいた。
その言葉が聞こえていたのかは知らないが、東雲は驚いたような顔をしていた。
それでも思い出したように彼女は言葉を絞り出す。
「あ、ありがと―――」
そこまで言われて、なにを言いたいのかは分かった。
まあ、礼をちゃんと言えるようになっているのは彼女の中で何かが変わっている証拠かもしれない。
だが、その礼は受け取る気はない。
そう言わんとばかりに、俺は彼女のそばから離れ、早々に自分の席に戻った。
まあ、想定外のこともあった。
俺が本庄のことを好きだと、よくわからない噂が学校中で噂になっているとは。本当に想定外だ。
―――反吐が出る。
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