第4話 後悔と行動
やってしまった。
一晩経って眠りから覚めたときに思ったことはただそれだけだった。
小学校の頃から手を上げるにしても、女子に対してすることは絶対になかった。喧嘩の末に、同性とのマジの殴り合いに発展するほど素行がひどかった時も、女子にだけは絶対に手を出さなかった。
小学校も中学校も。
中学時代なんかは特に顧問の先生にきつく言われていた。
学校内で結構問題になるほどの喧嘩をしたときに、唯一便宜を図ってくれた顧問の先生が言ってくれた。
「暴力はダメだが、お前の女子に手を出さないところだけは褒められる」
と。
その先生のおかげもあって、中学2年の後半あたりからいじめを受け流す術を覚え、暴力を振るうこともめったになくなった。
だからこそ、昨日の出来事は少し後悔している。
人に手を上げて、それも相手は好きじゃない相手とはいえ、女子だ。
完全に自分の主義に反した行為だった。
別に相手も悪いから謝る気は毛頭ないが、やはり気分は良くない。
痕になってないと良いが……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
学校に登校すると、いつものごとく東雲の姿はなかった。
いつもならこの時間には登校して、友人たちとバカ騒ぎしているのだが。
まあ、彼女がこようがこまいが関係ないと言えばそれまでなのだが。
今日の彼女の机には異変はなかった。
昨日きれいさっぱり落書きを消したから。さすがに部のキャプテンである城司隼大は2日連続で朝練をサボるわけにもいかなかったのだろう。
まあ、今までなんのアクションも起こしてこなかったことを考えると、自発的というより、誰かにそそのかされたか脅されたかのどっちかだろう。
まあ、妹がいじめられたからと、兄貴がいじめ返してなにになるのか。
―――気晴らしにはなるか
そんなことを想像しながら時間が過ぎるのを待っていると、教室に彼女が入ってきた。
入って早々に自身の机の状態を確認して、なにもないことに安堵していた。自分がいじめを受けていると自覚できる状況でも学校に来るのは、素直に偉いと思う。まあ、あいつの家は厳しいみたいな話を聞いたことあるから、もしかしたら嫌と言っても行かされてるのかもしれないが。
しかし、俺が感心し、彼女が安堵している間に一人の女生徒が近づいてくる。
普段は今のいじめの主犯にへりくだっている奴。強いやつの陰に隠れてイキるのが得意な人種の人間だった。何かの罰ゲームなのだろうか、いつもグループから抜けて、真っ先に声を東雲に声をかけ―――
その時、目に入ってしまった。その女生徒が出てきたグループのメンバーが総じてニヤニヤしていることに。
「真理ー、おはよっ!」
挨拶の言葉とともに、女生徒はなにかを撒いた。
一瞬東雲の周りが白くなり、気づいた瞬間には女生徒は離れていて―――
「けほっけほっ……な、なにこ―――へくしっ!へくしっ!」
彼女のくしゃみが止まらなくなった。
すぐにばらまかれたものの正体がわかった。
胡椒だ。しかも、粗挽きじゃなくて、パウダータイプの。
あれは1回吸い込むと中々症状が治まってくれないから大変だ。俺も1度中学の頃にやられた。無論、あいつにだ。まさか、あいつ自身が受けることになろうとは思わなかった。
段々とくしゃみだけでなく、涙や鼻水で彼女の顔はぐちゃぐちゃになっていき、それを見てメンバーのやつらが大笑いし始める。
「あっはっは!あんたなんかに挨拶なんてするわけないでしょ!」
「いいザマだな、真理!」
言えるだけの罵倒をしたいだけしているメンバーに東雲はイライラを募らせていたが、もはやそれどころではないように見える。
まあ、あんなに胡椒をかぶったら今日の授業を出るのは無理だろうな。
それをわかっているのか、それとも一刻も早く胡椒の弾幕から逃げ出したいのかはわからないが、彼女は教室を飛び出していった。
俺も自分に被害が出ないうちに、荷物をまとめて教室を出ていった。
しばらく校内を見て回っていると、彼女の姿を見つけた。
まだ胡椒の余韻がの残っていて、目がまともに開けられないのかふらふらと歩いていた。
俺はそんな彼女の手を掴んでこの間の花壇に向かっていった。
「だ、誰!?」
「俺だ。とっととこっちにこい」
「い、嫌!やめて……」
東雲はなにをされるのかわからない恐怖からか、どうにか俺の手をほどこうとするが、そこは男女の力の差。
彼女はなにもできずに俺に引っ張られていった。
花壇についた俺は東雲をその場に立っているように言うと、ホースをもって蛇口を開けた。
だらだらと水を垂らしながら俺は言った。
「お辞儀の要領で頭下げて」
「は、はい……」
昔なら『お前に頭を下げるなって』とか言われただろうが、今の彼女は弱っているのか、なんの反抗もしてこなかった。
頭を下げてもらったので、俺もすぐに彼女の頭を洗い流す。
冷たい水が彼女を襲うが、さっきより全然マシだろう。まあ、まさかこいつにまた水をかけることになるとは思わなかったが。
さすがに電車にも乗るだろうから、制服にかからないように気を付けながら後頭部から老町歩にかけて水を流す。
顔のほうは自分の手でぬぐってもらえればいいので、とりあえず彼女の髪についているものを落とした。
「あんな扱い受けるなら髪なんて巻かなければいいのに」
「うっさい!あんたなんかにわからないでしょ」
「まあ、胡椒をかけられた気分はわかるけどなあ」
「うっ……」
謝罪はない。
ただ申し訳ないと思っているようだから、やはりプライドが邪魔しているように見える。
そもそもこれからどうしようか。
別に俺は親は共働きだし、通うも休むも勝手にしろとしか言われていない。だが、こいつは違うだろう。前述したとおり、こいつの親は厳しい。しかし、うちはかなりの回数欠席したりしない限り家に連絡が行くことはなく、帰れないのなら適当なところで時間をつぶせるので、大した問題ではない。
ただ、今の彼女は胡椒まみれで、このまま外に放置し続けるわけにはいかないだろう。
仕方がない―――
「東雲、とりあえず俺ん家行くぞ」
「は!?なに言って……」
「お前、そんな胡椒まみれでどうすんだ?」
「それは……公園で時間をつぶせば……」
「めんどいから行くぞ。裏門から出れば、先生に見つかんねえだろ」
そう言って俺は、半ば強制的に彼女を家へと連れて行った。
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