第5話 彼と化け物
裏門から学校を抜け出した俺たちは、それ以降特筆するべきこともなく俺の自宅に到着した。
途中から俺に抵抗するのが無理だと察したのか、東雲は俺に手を掴まれたままついてきていた。
本当に前までの彼女ならこんなにおとなしいことなんてあり得なかった。
彼女を家に入れると、すぐに風呂を沸かし、すぐに着替えを取りに行く。
下着はおそらく無事だろうから、上の羽織る物程度でいいだろう。風呂が沸ききるまでは、クーラーで涼んでもらえればいいだろう。
学校が始まる前に帰ってしまったので、時刻はまだ10時過ぎ。昼にするにも少し早い時間だった。
それのせいか、やることもなく、彼女が気になったことを聞いてきた。
「どうして……」
「あ?」
「どうして、そこまでしてくれるの……?私、結城をいじめてたんだよ?」
「だからなんだ?今からお前を叩けばいいのか?殴ればいいのか?」
「……っ!」
「黙って時間が過ぎるのを待ってろ。乾燥機使って乾かすにも時間がかかる」
そう言って俺は彼女の質問を制した。
なんだか見捨てておけなかった、というのは恥ずかしかったから。
まあ、彼女はその理由が知りたいんだろうけど。
俺自身がよくわかってないんだから、なにもわかることはないと思うが。
給湯の音が鳴るまで、俺はテレビをつけてニュースを見る。
昼前ということあり、報道しかやっておらず、今日は特に速報もないのか朝見たニュースと大した差はなかった。
「そうだ、親には見つかるなよ?」
「え……?」
「いや、お前小中で俺になにしたよ。俺はもう気にしてないけど、親はお前のこと死ぬほど嫌ってるからな」
「じ、じゃあ、私ここにいるわけには……」
「服洗濯してんのにどうすんだ?」
俺の言葉を聞いて、彼女はここにいるのは申し訳ないと立ち去ろうとしたが、ジャージの下には下着しか身にまとっていないことを思い出し、その場に座り込んでしまう。
顔を真っ赤にして腕を自分の体に回すが、俺はそんな彼女にも目もくれなかった。
まあ、警戒するのはわかる。
たいして仲良くないやつが、家まで来いと言ったらそうなるだろうな。
彼女は心も弱って、親が厳しいせいで家に帰れないから仕方なく俺についてくる以外に方法がなかったのだろう。
そんなことを思っていると、風呂が沸いた。
「風呂沸いたみたいだな。シャワーも適当に使え。リンスとか化粧品関係はよくわかんねえから母さんの使え。気に入らねえやつだったら我慢しろ」
「う、うん……」
「つか、今時の女子高生とか化粧品関係とか携帯してないの?」
「最近は盗られたり、壊されたりするから……」
そう言うと、彼女は風呂場にいそいそと消えていく。
彼女自身もある程度は理解しているようだった。言っていた行為が、昔自分がやっていたこととなにも変わらないということを。
ジャーっと流すような音が家の奥から聞こえてくる。
だが、その音を聞いて俺が興奮することがなかった。漫画のようにドキドキすることがあるのではないかと思ったが、思ったより俺は彼女を恋愛対象として見ていないようだった。
ある程度彼女には失礼だと思うが、どれだけスタイルがよくとも、過去があれじゃあ無理なのだろう。興奮どころか、眠くなってきた。
そうして俺は彼女が風呂に入っている間に入眠した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は湯船につかりながら、気になる人のことを考えていた。
私だって人並みに恋をしたし、彼氏がいたこともある。まあ、あの子にかすめ取られちゃったけど……
最近は生きることも学校に行くことも辛かった。
ものを盗られて、隠されて、壊されて。
ほかにも落書きはされるわ、体育の後に下着のワイヤーが切られてたりする。
一番ひどいときは、仲の良かったはずの女子が男子に吹聴して、不躾に胸を触られたこともあった。
今の私に尊厳なんてない。そう言いたいように、私は苛烈ないじめに遭っていた。
最初はなんで私だけ、って思ってたけど、昨日ある男子に叩かれてようやく理解した。
私の言ってたことは全部、私がやってきたことだって。
彼に叩かれた瞬間、自分が彼にしたことを思い出した。
いつからか反応が薄くなって、面白くなくなって、彼をいじめなくなった。
まあ、彼をいじめたときの反撃が想像以上に苛烈な時は、何人かが病院送りになってしまうこともあったので、ちょうどよかったんだと思う。
いじめの理由は単純だった。
彼が先輩にいじられていたから。その流れで、先輩同調するように、彼を馬鹿にするようなことを言い始め。いつからか、私が主導権を握って彼をいじめ続けていた。
でも、いじめをしなくなった。彼を関心に止めることがなかった。
だから、彼と高校が一緒なんて最近まで知らなかった。無論、クラスメイトだということも。
でも、彼は私を助けてくれている。
理由がわからないから不気味でしかない。私の体目当てなんじゃないか。今は優しいだけでいつか牙をむくんじゃないか。
さっきのことでもわかったけど、彼は今までの男子の中でもかなり力が強い。男子だから女子じゃ力に勝てないというのもあるが、今まで私のことを引っ張った男子の中でも一番抵抗できなかったし、頭をタオルで吹くときも、ガシガシと乱雑で、粗暴な力の入れ方だった。
―――ん?タオル……?
「あ、タオル返さないと……」
そうつぶやくと、私はお風呂を出た。
いつもは2時間近く入っていたが、さすがにお風呂を借りてそんなに入れない。いや、私はもっと遠慮しなくちゃならないのかもしれない。このまま彼に見限られたら、不気味でもなんでも助けてくれる人なんていない。
いそいそと体を拭き、髪の毛をドライヤーで乾かした私は、彼に渡されたジャージを着てリビングに戻る。
カバンからタオルを出して、彼に渡そうとしたところで気付いた。
「すぅ……」
「あれ、寝てる?」
彼は寝ていた。
私がなにをするかもわからないのに―――いや、なにをしても彼はどうすることもできる。
ここで私の弱みを握って、あいつらに渡せば……
それをする方法を彼は握っている。というより、隠し撮りすればいいこと
「待って……隠し撮り?」
もしかして彼は―――
そう考えると、なぜか彼の行動が腑に落ちた。
でも、制服が乾くまではこの家を出れない。彼の親に嫌われているのなら、最低限私がいた痕跡を消さないと……
私の目には助けてくれたはずの彼が、おぞましい化け物に見えて仕方がなかった。
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