第3話 舐めた口と罰する手
「付き合ってください」
かねてよりこういった告白は、少ないながらも経験してきた。
総計で言うなら、だいたい3回だっただろうか?
自分で言うのもあれだが、俺自身顔は普通程度で収まっている。別に秀でてはいないが、たまーに好かれる程度の顔だ。
小中高1回ずつ告白されている。
いじめに遭っていたので、正直そういう気持ちにもなれず、小学生の時は振り、中高は嫌な思い出が反芻してOKを出せなかった。
小学生の頃は付き合えないかー、くらいの反応で気にもとめなかった。が、中学の頃の告白してきた小動物系の後輩の女子の泣きそうな顔。高校の頃に告白してきた凛々しい系の先輩に告白されたときのもの悲しそうな表情は今でも脳裏にこびりついている。
申し訳ない気持ちに支配されたが、だからと言って付き合うような気にもなれない。
東雲という女の影響で、異性に対する嫌悪感が溜まっていたのかもしれない。
誰かと付き合っていれば、俺も少しは青春らしい青春を送れていたのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
午後の授業に東雲は出ていなかった。彼女の席だけ穴のように開いて、教室の空間が少しだけ広そうだ。
ここ最近でよく見る光景。朝は来るものの、自分を待っている仕打ちに毎度耐えきれずにどこかに行っている。
伏見の情報によれば、屋上に出て一人で授業中に泣いているらしい。実に自己中だ。
なぜ自分に、今の環境を憂いる権利があるというのだろうか?
まあ、甘ったれるなとは思うが、自己防衛本能を否定するようにもいかない。
彼女が自分のしたことの重さと辛さを理解すればいいのだが。
生徒一人いなくとも授業は進められる。ましてや、授業中に騒いだり、人をいじめたりするような問題児ならなおさら気にも留められない。
彼女がいなくとも教室の後ろはうるさい。
席替えがくじになることはもう当分ないだろう。なんせ、教室の後ろ半分がうるさいのは、騒ぐ奴らが後ろの席に追いやられたからだ。
1学期は余りにもひどすぎて、先生が勝手に編成したのだ。
しかし、俺はその後ろの席にいる。
うちの
おかげで授業が聞こえないわ。下世話な低レベルの話ばかり聞こえるわ。不快な机が見えるわのスリーアウトだ。
本当にゲームセットしてほしい。
その後は特に問題もなく授業が進み、いつも通り話半分くらいしか聞こえないまま終わった。
授業の終了後に先生に授業資料を職員室に戻すように言われて、帰る時間が大幅に遅れること以外は。
なんであのバカは職員会議の時にこういう頼みごとをするのだろうか?
おかげで回収の時間も合わせて数十分程度で終わりそうなところを、数時間もかかってしまい、時刻は最終下校時刻近くになってしまっていた。
先生に資料を渡し、帰ろうと教室に向かった俺が目にしたものは―――
「ふっ……くっ!」
―――一生懸命に腰を入れながら濡れ雑巾で机を拭く東雲の姿だった。
彼女はどうにか落書きを消そうと頑張ってやるが、油性ペンで書かれたものなのかほとんど落ちていない。うっすら取れているのか、雑巾が黒……というか灰色になっているくらいのものだ。
少し考えた俺は、保健室までものを取りに行ってから、再度教室に戻ってきた。
馬鹿2号が暇なのかまだ残っていたおかげで、すぐにそれは手に入った。
教室に戻ってきた俺は、東雲の机の前に立った。
俺の存在に気付いたのか、彼女はビクッとしたが、さらになにをされるのかわからなくて怯えたような目をする。
俺はそんな彼女にお構いなく手に持っていたもの―――アルコール消毒液を机の上にかける。
「な、なにすんのよ!」
「黙って見てろ。無駄な時間を浪費してんな。見てるだけで虫唾が走る」
「ひっ!?は、はい……」
少し彼女への態度が強すぎたのだろうか?彼女はなぜか怯えたような様子を見せ、1歩下がる。
俺はそれを無視し、彼女から雑巾を奪い取ると、アルコールを伸ばすように拭き始める。すると、さっきまで取れなかったインクが徐々に滲んでいき、すぐに跡形もなく消えてしまった。
「消えた……」
「ふう……これ返すの明日でいいか。今日はもう帰りたい」
「あ、ちょ、ちょっとまっ……」
彼女がなにかを言おうとしていたが、なにも聞かなかったことにして足早に教室を立ち去る。
ここは俺が勝手に首を突っ込んだこと。用が済んだのなら、早々に退散するのだ。
そう思いながら昇降口で靴を履こうとしていると、息を切らした東雲に肩を掴まれた。
「ま、はぁ……はぁ……待って!」
「なんの用だ?」
「そ、その……」
「用がないなら、帰るから放してくれ」
俺がそう言うが、彼女は肩に置いた手を放してくれない。
それどころか、なにか言葉が欲しいとばかりの顔をしてくる。
「はぁ……お前が期待しているような言葉は出てこない。そもそも、お前が俺にやったことを忘れたのか?」
「う……それは」
「お前がなにを望んでんのか知らねえけど、諦めたほうが身のためだぞ」
「う、うるさい!なんで、なんで私だけ、こんな……」
パァン!
気付けば俺は彼女の頬を張っていた。
本当に不用意に手が出ていた。
東雲も何が起きたのか理解できずに、頬を赤く腫らしながら、叩かれた勢いのまま顔を戻せない様子だった。
「舐めたこと抜かしてんじゃねえぞ。もう、放せ」
俺はそう言って彼女の手を払うと、そのまま歩き出した。
なんだか彼女の目尻には涙が浮かんでいるように見えたが、俺にはもう関係ない。
自己中自己中だとは思ってはいたが、実際目にすると気分が悪い。
男だから女には手を出すな。そんな約束すら忘れてしまうほどとっさに出てしまった。だが、それくらい気に入らなかった。
彼女は知らなくちゃならないんだ。
地獄の閻魔であった彼女が、その席から引きずり降ろされる意味を。彼女に信じられる者などいないことを。
だが、次の日に彼女の机も彼女自身も真っ白になったのは、そんな俺も少しは同情してしまった。
反撃しない彼女に対するいじめが過激化することをわかっていながら、なにもしない俺はすでにいじめに加担していたのかもしれない。
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