第2話 学園の情報屋
「うぶっ!?ごほっごほっ!?」
突然水をかけられた東雲は、当然ながら水を不用意に飲んでせき込んでしまう。
俺のことなど一切見えていなかったのか、予想だにしない攻撃にキッとこちらを睨むが、俺の顔を見た瞬間、彼女はなにも言わずに顔を伏せた。
「なに?あなたもこの機に乗じてやろうっての?」
その問いに対して、俺はなにも言わない。
別に好きになってもらうつもりもなければ、嫌われても構わない。ただ、俺は俺のやりたいままにする。それが他の生徒に間違っているとののしられたとしてもだ。
そんな俺は近くのベンチに置いてあったカバンの中から真っ白なタオルを取り出す。それを持ったまま彼女のもとに近づいていく。
東雲は俯いたままのせいで、近づいてくる俺に気付かないまま、頭をタオルごと押さえつけられる。
彼女のびちゃびちゃに濡れた髪をガシガシと粗目に水分を取り、顔もポンポンと痛くならないようにする。
あらかたの水分を取れたのが確認出来たら、一言だけ彼女に言った。
「保健室で頼めばジャージを貸してもらえるから、それ着て帰れ。お前、一応小中の学区、俺と同じだろ?なら、電車使わないと帰れないだろ?」
「な、なんで……?」
「とやかく言ってねえで早く帰れ。俺はまだやることがあるんだよ」
優しくない物言いで東雲を突き放す。
当たり前だ。俺だって、体の汚れをある程度落としてはやったが、それでもこいつに、なんらいい思い出はない。
極力関わって、こいつのいじめに巻き込まれるだなんてごめんだ。たいして仲良くもないのに、頼られてもないのに、なんでそこまでしてやらなきゃいけないんだ。
俺の言葉に彼女はなにかを言い返そうとしていたが、俺はなにも聞かずに花壇へと戻っていった。
俺のその態度になにかを言うのは諦めたのか、彼女は俺の言われたとおりにするのかはわからないが、校舎の中の方に消えていった。
「あ、タオル持ってかれた……まあ、いいか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日
昨日は無事に帰れたのか、東雲は今日も登校していた。
まあ、早朝から彼女の机には数々の暴言だが書かれたひどい落書きにまみれていた。
まあ、俺が来た時点でクラス内がざわついていたので、消すことは愚か犯人の特定すら難しい。
特定したところでなんだって話だけど。
始業ギリギリに学校に来た東雲は、自身の机の惨状を見て戦慄したが、なにも言わずにそこに座った。
暗い顔のまま俯いている彼女はもう昔の面影なんてない。
始業後も先生がその机の惨状に気付いていたが、なにも言わなかった。東雲がいじめをするほど素行の悪い生徒だからではない。大勢の生徒を敵に回すのが嫌だったから、面倒だったからだ。
正直なところ、ここの教員もいじめに加担しているようなものだ。気づいていながら、誰も関与しようとしない。問題が起きたときは、加害側の保護者と結託して、もみ消そうとする。
そんな話もあるくらいに終わっている。入学する高校間違えたかな?
だからこそ、下手な奴らと関わらず、先生に気に入られるようにという絶妙なバランスで生きていかなければならない。
目をつけられても、見捨てられても終わりだ。ちょっとストレス。
その後は、いつもと変わらず、東雲がとにかく無視をされ、物を隠されたり、目の前で『ビッチ』だとか悪口を言われている。
まあ、誰も同情せずに止めない時点で、彼女がどれだけのことをしていたかわかる。
彼女が、隣のクラスにいる学園のマドンナである『
そんなことを考えながら俺は食堂の食券機の前に立ち、食券を発券すると―――
「あ、杏仁豆腐もよろしく」
「あ!おめえ、なにすんだよ!」
自分のものを全部出したので、お釣りを出そうとした瞬間、後ろから伸びてきた手が残りの金額の8割を使って杏仁豆腐の食券を出してしまう。
犯人はわかっている。
いつものやつだ。
「なにすんだよ伏見!」
「いいじゃん、結城。その顔は、僕に情報を求めているって感じだね?」
「ちっ、その見透かしたような口調、どうにかならねえか?イライラする」
「あはは!これが僕の良いところさ。で、なにが知りたいんだい?」
そう言って俺に杏仁豆腐を買わせたこの男の名は、
こいつは、学内のどのつてを使って、どの情報経路でそんなことを知ったのかわからないような情報をたくさん仕入れてくる。
定期テストの直前になると、あいつの財布はパンパンになる。1学期の期末は本当にひどかった。
普段は現金のやり取りではなく、こうして食堂の1品を奢る程度で済むのだが、テストの問題のように競争率の高い、または需要が高いものは現金でのやり取りだ。
そのうち共通テストの問題を盗んできそうで怖い。
だが、だからこその情報源でもある。情報屋であると同時に、口も堅い。
どんなに金を積まれても、俺のような常連の顧客の情報は意地でも渡さないのがこの男の主義。
笑えるほどのことだが、俺も安心して話をすることができる。
食券を出し、テーブルに座ったら、すぐに俺は聞きたいことを言った。
「今日の朝の件はわかるな?」
「あー、東雲さんの机の話?」
「ああ。あいつの机をああしたのは誰だ?」
「うーん……先輩の
「あの、サッカー部のキャプテンのか?」
「そうだよ。なんでも、今日の朝練は出てないらしいし、なぜかあの人は4階から出て来たらしいからね」
「そうか……」
4階は1年のクラスが集中する階だ。
しかし、城司先輩は2年の新しいキャプテンだ。なぜそんな人がいるのか。その答えは一つしかない。
「不審に思った部のマネージャーが確認したら、誰もいない教室の中にある東雲の机がああなっていたらしいね」
「そうか……なんでそんなことしたかわかるか?」
「あのねえ、東雲真理に関しては、僕より君の方が知っているだろ?馴染んでいないけど、小学校からの幼馴染だろう?」
「あれをそう言うのは違う気がするけどな」
まあ、伏見の言う通り心当たりはある。
城司先輩―――
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