因果応報の彼女
波多見錘
すべての始まり
第1話 ハーフボイルドな男
因果応報―――世間で通っているように、やったことはすべて返ってくることを意味した四字熟語。言葉のイメージから自身の行った悪行は自分に返ってくると誤認している人も多いが、悪行だけでなく善行も同じ。二つとも平等に返ってくる。
でも、悪行と善行は重さが全然違う。
たった一つの善行は大した意味を持たず、さほど人生を変えない。それを継続しなければ、他人から認められることはない。
だが、反対にたかが一つの悪行は大きな意味を持ってしまい、人生を大きく変える。たった一度の気の迷い。それだけで世間からは悪人のレッテルを貼られて、それが一生拭えないまま生きていくことになる。
実に不平等だ。
だからこそ、善行に対するリターンは期待せずに、悪行のリターンに人は怯えるべき。
それをよく知らず見誤った子供が犯す人の人生を左右する最初の大きな間違い―――それがいじめだ。
だが、それを反省し悔やむ者をどうして責めるのか。どうして、その人に対して同じ思いをさせようと思うのか。
それを責め、その人を追い詰めること。それはいじめではないのか?確かに因果応報―――いじめたものにはいじめを受けなければならないかもしれない。でも、それが果たして正しいことだと言えるのか。
それが美徳だと他人に押し付けるつもりはない。でも、俺は……
泣いている彼女を放ってはおけなかった。
―――それがたとえ、自分をいじめていた女の子だったとしても。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
きっかけなんてなかった。
彼女―――
夏休みの終わり、唐突に彼女が標的になった。しかも、彼女のいたグループにだ。
リーダー格だった彼女を中心に気弱な男女から、嫌いな男女まで。様々な生徒をいじめていた。そんな彼女から顰蹙を買えば、学校から居場所がなくなるし、不登校になった生徒も累計で考えれば少なくないだろう。
だが、突然の下剋上だった。
リーダー格の彼女の次にグループで発言権のあった女子の言葉で、すべてがひっくり返った。
いじめを進んで行っていた彼女は、高校最初の2学期の初日にいじめに遭った。
下手に美人でスタイルの良かった彼女は、男子にも人気があったが、誰とも関係を持たないくらいに貞操観念が固かった。そこに付け込んで、その取り巻きの男たちを、今のいじめの主犯が取っていったのだ。
そのおかげで、東雲の美貌に惹かれていた男たちは、今の主犯の手籠めに。グループのほかの女子たちは、より男子にちやほやされている者の方に流れ、夏休みの間に彼女の味方は全員いなくなっていた。
思えば、夏休み中からその兆候はあったのだろう。
夏休み明けの初日―――休み中にメッセージを返さなかった皆に対して笑いながら話しかけたのだが、すべて無視。
何が起きたのか理解できなかった彼女は、ほかの人にも話しかけたのだが、やはり結果は同じ。仲の良かった男子にすら、無視され、さすがにいづらくなった彼女は「なにそれ」と捨て台詞を吐きながら帰っていった。HRにも出ずにだ。
その後ろ姿を見送った何人からは、失笑や侮蔑の声が聞こえてきていた。
時間が経つにつれ、それは大きくなっていき、東雲が校門を超えたことを確認したら、教室内は笑い声に包まれていた。
声がデカいだけの男子。影響力のあるだけの女子。
本当に辟易する。だが、俺はそれを悪だとは言えない。
元々、東雲真理が大悪人だ。それは傍から見れば、悪人に対する粛清ともとれる。彼女にいじめられていた人たちは、幾分かの気が晴れたのだろう。彼らの口角もまた上がっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺の名前は
高校2年の男子高生だ。
中学時代は、運動部に入っていたが、今は帰宅部。語ることなんてそれくらいしかない。
あ、そういえば、東雲真理にいじめられていたな。
東雲真理とは小学校から高校まで同じ。そこがかなり特殊なところだろう。数多い彼女の友人の中でも、そんな奴はいない。俺?俺はあいつの友人じゃない。
まあ、友人たちとは言ったが、今の彼女の友人と言えるものはない。
みんなから無視され、物は失くされ、今や彼女の表情には絶望と―――まあいい。とにかく彼女から笑顔は消えていた。
中学の頃は、小学校の頃が続いていた彼女のいじめがあり、彼女とその取り巻きと殴り合いに発展することはたくさんあった。
俺もそれなりに気が強かったし、彼女に嫌われていただけで、いじめ以外は普通の―――と、言いたいところだったが、友人はいなかった。まあ、それも中学の3年に終わり、俺もいい恩師と出会えて、人に暴力を振るうことはなくなった。
そんな俺は、今や先生にパシられるような生徒になっていた。
昔の反動かはわからないが、あまり友人を作らず、勉強だけをしていたのだが、体格のいいおとなしい生徒ということで用事を任されることが多いのだ。まあ、俺が一言断ればいいだけの話だが。
そういうことで成績が多少加点してもらったりと、優遇してもらっていることもあったりするので、面倒ごとの一つや二つ請け負って見せている。
いじめをするような奴らにかかわることなく、アクの強い知り合いたちと数は少なくとも人助けをしてきた。
まあ、友人はいなくてもそれなりに他人とかかわりくらいはあるということだ。
放課後である今は、学校の花壇の水やりをやっていた。
「ったく、美化委員とか環境委員とか、園芸部とかねえなら、こんなクソみたいにデカい花壇なんか作んなよ……」
俺はそんなことをぼやきながらホースを使って水を撒く。
そうしていると、花壇の近くに見知った顔を見た。―――同じクラスの東雲だった。
ほんの少し前と違って、今は一人で歩いている。
しかも、ところどころ黒いというか茶色いというか―――とにかく、白くきれいな肌と白の制服を纏っていればあり得るはずのない色をしていることがすぐにわかった。
まあ、すぐにわかった。
昼休みの時に、知人から聞いていたある女子グループの画策。
『彼女にいじめられていた陰キャたちを使って、用を足している最中の彼女に汚水をかける』
というものだ。
ありきたりないじめではあるが、ダメージはでかい。いじめをしていた手前、彼女に教職の味方はいない。親も彼女を見限っている節がある。因果応報ではあるが、今の彼女に相談できる相手はいない。
俺も関わるべきではない。中学と違って、バカも多いからいじめも苛烈で過激なものが多い。
ものを隠すにしても、ただ隠すだけの中学時代とは違って、高校ともなれば戻ってきても使用不能になるだけだろう。
だが、俺の目には映ってしまった。
汚れた水の中に流れる、透明な液体が。
それを見た俺は―――
―――手に持っていたホースでおもむろに彼女に水をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます