第4話:誰が言ったか理想郷

「ただいまー……」

  若干、ヨレヨレになりながら国鉄使って帰宅。政令指定都市なんだから市鉄ぐらい引きやがれコンニャロウ。

「お帰りなさいませ、坊ちゃん。……いやにお疲れですな」

「……変な先輩に道案内された所為か、やたらしんどい」

「……変な先輩?」

「うん……」


 かくかくしかじか。


「ははは、それは、愉快な方がいらっしゃいましたな」

「やたら機嫌が良いのか、変なところばっかり案内されてさあ……」

「まあまあ、良いではありませんか。後々、役に立つかも知れませんよ?」

「だと、いいんだけどねえ……」

  なんともやれやれ。今夜は疲れた所為か、よく眠れそうだ……。


 翌朝のことである。


  ……結局、ランドセルは殆ど使わなかったな……。

「おや、坊ちゃん。ランドセルなんて抱えて、いかがなさいました?」

「ああいや、余計な物買わせちゃったなあ、って思って」

「……坊ちゃん……」

「中学生からは、カバンも変わるんだろ?」

「まあ、そうでしょうな」

「そんじゃ、行ってくる」

「は……ははっ、いってらっしゃいませ」

  市バスごとごと、向かうは増位。疎開先(らしい)でもあった野里の近辺へ。しかしまあ、スマホ無き移動がここまでヒマになるとは思わなかった。しょうが無い、教科書でも読むか。恐らく前世の近現代史は役に立たない知識なの判ったし。

  そして、今読んでおいてよかったと思えるのは、ガチで歴史の流れが変わっていることに気づけたことだけではなく……。

「……どこの仮想戦記だ、これ……」

  大サトー辺りが歴史改訂に成功したんだろーか。

 高平太少年の持っている教科書に移る文面は、一応この叙述世界に於いては史実なのだが、前世を読者世界で過ごした少年にとっては、理想郷を通り越した何か、であった。

 昔、誰かが言った、「ユートピアとはあり得ない世界ではなく、却ってあったら扱いに困る世界である」と。そして、実際のユートピアとはそこまで理想郷とも言い難い世界であった。まあ尤も、中世欧州の頃に考案されたことは差し引くべきかも知れないが。

 そう、彼からすれば、眼前の歴史の教科書というものははっきり言って仮想戦記全盛期の頃に出された、良質の仮想戦記と言ってまず間違いない世界であった。否、正確にはその「仮想戦記」を辿った世界線の、そのあり得るべき未来、というのが一番正しいか。つまりは、どういうことかというと……。

「そりゃ、軍事研究クラブとかが小学校でも作られてるわな……」

  あの頃は、ぶっちゃけ「寛容な学校」とかかと思っていたが、そういうことか、つまりは。

 誰が言ったか、「勝てば官軍、負ければ賊徒」。大日本帝国が勝利した世界戦というものはつまり、世界の不正が糺された世界線と同義である。アメリカ合衆国という希代の大悪党が倒産したという事実は、決して理想郷などというなまぬるいものではなく、もっと輝かしい世界であった。そう、彼のような戦後体制という牢獄で育った者にとっては、眩しすぎて眼をやられそうになる程度には。

「次はー、獨協学校町前ー、獨協学校町前ー」

  あ、やべ降りなきゃ。

 少年が征く先は、はたして王道か、或いは……。

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